伝説のなんとか
「へ、陛下。そこまでされなくとも」
「そのような真似をされては、国王陛下のご威光にかかわります」
「どうか、おやめくださいませ」
神官や、従者たちが慌てるのも無理はない。
由緒ある大国の国王が、「高貴な無益」と呼ばれ、追放された私たちに、土下座をしているのだ。
「どういうこと?」
隣を見ると、ライムもぽかんとしている。
「さあ。お身体の具合でも悪いのではないか」
「もしくはオツムの具合とかな」
「それはさすがに不敬ですよ、バーミリオン」
不審な顔をする私たちに、国王はしぼり出すような声で言う。
「バーナヒムから戻った四人を、国中で祝し、この国の繁栄を信じる。そ、それは、国の威光をしらしめる大切な行事であり、伝統なのだ」
「なるほど。代々続いてきた、その行事をしくじったとなったら、王家の歴史の中に、汚名が残るだろうな。失態を犯した王として」
バーミリオンの言葉に、それだけではない! と国王は叫んだ。
「あ、あのものたちの母親は、自分たちの子が実力で選ばれれば、国の英雄となれることで、王位継承権に口出しできなくとも、納得している。それがそうでなくなるとすると……口に出すのも、はばかられる」
どうなるの? と私はライムを見たが、わからん、と言うように首を左右に振られてしまった。
かわりに、カレントが私に言う。
「後宮内で、熾烈な女の闘いが始まるでしょうね。王との間にできた子の立場によって、自分たちの地位も立場も変わる。バランスが崩れれば、他の王の子を蹴落とそう、潰そう、今ならばチャンスだからのし上がろうと、それは醜い争いが生まれると思います」
「そのとおりだ」
国王は、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「謀略。毒殺。暗殺。勢力争い。そのようなことになったら、王妃や王太子の身も危うい」
「だから、私たちに、優秀な『王宮の尊い花』の四人を助けに行って欲しい、ってこと?」
うむ、と国王は、汗を流しながらうなずいた。
「頼む。救援のため、今朝一個小隊を送ったのだが、魔力を持つものでなくば、たちうちできん相手ということもある」
はあ、とライムが溜め息をついた。
「どうにも、お断りするのは難しいようですね」
「おお。や、やってくれるか、ライム」
国王は、パアッと明るい表情になる。が。
「いやよ。面倒くさい」
ふん、と私は横を向いた。
「それに私、ゴールディーとステファニーって、大っ嫌い! あんな意地悪を助けるくらいなら、野良猫でも保護したほうが、何百、何千倍もましよ!」
「だけどロビン。あれも一応、僕たちの異母姉だぞ」
むぎぎ、と私は、全身がかゆくなるのを感じながら、ライムに言う。
「もう、それを考えるだけでもイヤ。ほら、ここ見て。ぶつぶつできてる」
「全身で拒絶してる感じだな」
バーミリオンが、まじまじと私の腕を見た。
「この調子だと、実物に会ったら腹痛でもおこすんじゃないか?」
「だと思うわ。やっぱり、やめとく」
部屋に向かって歩き出そうとすると、なおも国王は必死に叫んだ。
「ま、待ってくれ! 頼む、これまでのことは、わしが謝る!」
「平気な顔で人を殺しかけておいて、今度はお願いするわけ。調子のいい人ねえ」
私はもうとっくに、国王に対する敬意も、実の父親に対する愛情も、目の前の男には持てなくなっていた。
「ロビン王女殿下! そ、その物言いは、あまりに無礼ではありませぬか」
「このように、陛下が頭を下げておられるのですぞ!」
そんなことを言われても、私の胸にはまったくなにも響かなかった。
「その人が頭を下げると、なにかいいことでもあるわけ? 頭を下げるとビスケットが一枚落ちてくる、っていうんなら、ちょっとは楽しいけど」
毛虫を見るような目で見ても、まだ国王はすがるように懇願してくる。
「わしのことは、なんとでもさげすむがいい。憎むがいい。ただ、頼む。あのものたちを、助けてやってくれ」
「もういいじゃないですか、ロビン」
背後から、カレントの優しい声がかけられた。
「もし本当に彼ら四人に命の危機がせまっていて、それを見殺しにしたのだとたら、きっときみは後悔しますよ」
ふぐっ、と私は言葉につまった。
(た、確かに、殺されちゃう、とまで考えると……それに少なくとも、姉妹の他のふたりには、なんの恨みもないし)
その私の心を読んだかのように、バーミリオンが言った。
「お前は話す機会はなかっただろうが、フェンネルはちょっと変わっているが、別に悪いやつじゃない。放っておくのは、俺も気が引ける」
「僕もだ、ロビン。それでもどうしても、イヤか?」
信頼する三人に、そんなふうに言われると、私はもう折れるしかない。
「……わかった。いいわ、誰かが死んでしまうと、他にも悲しむ人が出るものね。じゃあ、すぐ行きましょう。道案内は、誰かいるの?」
尋ねると、国王は今度は焦ったように、両手を前に突き出した。
「いや、待ってくれ。出立は、明日にして欲しいのだ。今朝、兵士たちと伝令班を送り出したばかりだ。なにか知らせを持って来るかもしれぬし、すぐにそなたたちが行けば、自分たちは信用されていないのかと、士気が下がるかもしれぬ」
「ほんっとに、王室って、いろいろと面倒くさいのねえ」
私は溜め息をついたが、ライムたちはうなずいた。
「わかりました。では明日の朝、出立いたします」
その言葉に、国王はホッとした表情を浮かべ、私はそれが腹立たしかった。
「言っておくけど、あなたのために行くんじゃないわよ」
「うむ。わかっておる。決死の戦いを終え、戻ってきたばかりということも、理解しておる」
言うと国王は神官と従者に、向き直って命令した。
「ただちに、このものたちに、滋養のある料理と、ゆっくり休息をとる場を用意し、湯をつかわせよ。そして、明日の早朝、出立するための準備を」
ははっ、と従者たちが下がっていき、国王は改めて、私たちに頭を下げる。
「……よろしく頼む。伝説の生体魔石、ボンファイアの四宝たちよ」
(この前は、壊れた椅子あつかいしたくせに。今回は、伝説のなんとかになっちゃった)
はーい、と私は返事をし、その横をすたすたと歩いて通り過ぎていく。
ライムとカレントは、きちんと国王陛下に対する礼をし、バーミリオンは軽く肩をすくめた。
そして四人で顔を見合わせ、苦笑しつつ、宮廷の自室へと向かったのだった。
♦♦♦
ゆっくりたっぷり、休養を取った翌朝、私たちは早速、新たな旅の支度をした。
待ってみたものの、残念なことに、伝令はひとりも戻ってこない。
「今回はまた、ずいぶんと待遇が違うな」
バーミリオンが、呆れたように言うのも無理はなかった。
私たちには、四人で乗っても十分に広さに余裕があるような、四頭立ての馬車が用意されていた。
「きゃー、すごい! 馬車なのに、椅子が絹張りで、すっごくふわふわしてる! それに、小さな額縁の絵まで飾られてるわ! まるで部屋ごと移動してるみたい」
「はしゃぐな、ロビン。王族の乗る馬車だぞ。これが普通だ」
きりっとした顔でライムが説明する。
「そうなの? 窓枠ですら細かい飾りがついて、豪華だわあ。カーテンもこんなにたっぷり、レースや飾りがついてるし」
私は大型の馬車で移動するということが、生まれて始めてだった。
もちろん、さらわれる前、赤ん坊だった時代にはあったのかもしれないが、覚えていない。
(車輪が回る音って、けっこううるさいし、クッションがふわふわする分、揺れると酔いそうになるけど。でも)
私は四人で馬車に乗っている、ということ自体が、楽しくて仕方なかった。
町の中では、私たちの正体がわかるとややこしくなる、ということで、窓にはカーテンを引かなくてはならなかった。
けれど、城門を過ぎて森の中へ入って行くと、風光明媚な景色が眺められる。
「黙って座っていても、景色がどんどん後ろに行くって、面白いわねえ」
「お前だって、盗賊団で荷馬車に乗ったことくらいあるだろ?」
バーミリオンに尋ねられ、私はにこにこして答える。
「うん。でも、襲う場合は一瞬だったし、あとは乗っても、馬車っていうより荷車みたいな感じだったから」
「すごいですね。毎日が冒険みたいだったんじゃないですか」
カレントが、なんだか羨ましそうに言う。
「そうね。退屈しなかったことだけは、確かだわ」
「荒くれ者たちとの暮らしが終わり、やっとレディになるべくして、戻ってきたというのに」
やれやれというように、ライムは頭を抱える。
「王国に戻っても、剣を振り回さねばならない日々に、お前を送りだすことになるとは」
「いいじゃない。こっちのほうが、性に合ってるわ」
「それが困ると言っているんだ」
ライムは小言ばかりだけれど、それは私のことをとても心配して、気づかってくれているからだと、今はわかる。
「大丈夫よ、ライム」
私はライムに、微笑みかけた。
「今度だってまた、上手くやれるわ。面倒なことはさっさと片付けて、お城に帰りましょ」
「だといいんだが」
私たちの会話を聞くうちに、バーミリオンは気掛かりそうな目を、カレントに向けた。
「なあ。今度のことについては、なにか心当たりはないのか。つまり、予言や言い伝えで読んだ記憶は」
「僕もずっと、考えているんですけれど」
カレントは、首を傾げる。
「ただ、この前の予言についてよくよく考えると、グレイト・バーミンを倒して終わり、ではなかったなと」
「そうだったか?」
「カレント、もう一回、あの予言を言ってみて」
私の頼みに、カレントは快く応じる。
「『生体魔石結び繋がれしとき、穴倉の闇の魔物をほふる。さらなる災いから民を救うもの、この王国の四宝のみ。ただし光さらにふたつあり。四宝と光、闇を祓う。失えば国、闇に飲まれる』」
「……さらなる災い、とはっきり言ってるな」
はい、とカレントはバーミリオンに同意した。
「あのとき僕らは、殺されるとばかり思っていた洞窟から無事に脱出して、気分が浮き立ち、そこを深く考えることをしていませんでしたが」
「さらなる災いから、民を救う……。民を救う?」
ライムは難しい顔をして、脳裏に刻み込むように繰り返す。
「ということは、王国民にまで、災いが広まる可能性があるわけか」
「そっか。だったらやっぱり、放ってはおけないわね」
私も深刻な顔をしたが、そのとき、視界にキラキラと陽光を受けて輝く、湖が入ってきた。
「わああ! 見て見て、綺麗! 鏡みたいで、滑らかで、水の匂いがする」
私はうっとりしていたのだが、ライムは相変わらず、冷静だ。
「確かに美しい景色だ。が、ロビン。王族たるもの、そのような感覚だけで景色を見てはいけない」
「え? どういうこと?」
すると今度はバーミリオンが、湖の先を指差した。
「あっちに連山があるのが見えるか。岸の向こうだ」
「うん。見える」
「その先が、クラウディ公国だ。山のふもとには街道があり、商人たちが行き来している。現在は友好な関係にあるが、かつては境界線で争っていたこともあった」
「……あ。家庭教師に、習ったことがあるかもれない」
思い出した私に、ライムが言う。
「景色ひとつとっても王族というものは、常にそうした目で見なくてはならない。それを覚えておけ」
うん、と私は素直にうなずいたが、それでもやっぱり湖はキラキラして、青空はみとれるほど綺麗で、ついそういうことばかり考えてしまう。
けれど、湖の中に浮かぶ、小島を見た瞬間。
(えっ。なに、これ)
ざわっ、と背筋に強烈な悪寒が走ったのを、私は感じていた。




