表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/24

伝説のなんとか

「へ、陛下。そこまでされなくとも」

「そのような真似をされては、国王陛下のご威光にかかわります」

「どうか、おやめくださいませ」


 神官や、従者たちが慌てるのも無理はない。

 由緒ある大国の国王が、「高貴な無益」と呼ばれ、追放された私たちに、土下座をしているのだ。


「どういうこと?」


 隣を見ると、ライムもぽかんとしている。


「さあ。お身体の具合でも悪いのではないか」

「もしくはオツムの具合とかな」

「それはさすがに不敬ですよ、バーミリオン」


 不審な顔をする私たちに、国王はしぼり出すような声で言う。


「バーナヒムから戻った四人を、国中で祝し、この国の繁栄を信じる。そ、それは、国の威光をしらしめる大切な行事であり、伝統なのだ」


「なるほど。代々続いてきた、その行事をしくじったとなったら、王家の歴史の中に、汚名が残るだろうな。失態を犯した王として」


 バーミリオンの言葉に、それだけではない! と国王は叫んだ。


「あ、あのものたちの母親は、自分たちの子が実力で選ばれれば、国の英雄となれることで、王位継承権に口出しできなくとも、納得している。それがそうでなくなるとすると……口に出すのも、はばかられる」


 どうなるの? と私はライムを見たが、わからん、と言うように首を左右に振られてしまった。


 かわりに、カレントが私に言う。


「後宮内で、熾烈な女の闘いが始まるでしょうね。王との間にできた子の立場によって、自分たちの地位も立場も変わる。バランスが崩れれば、他の王の子を蹴落とそう、潰そう、今ならばチャンスだからのし上がろうと、それは醜い争いが生まれると思います」

「そのとおりだ」


 国王は、苦虫を噛み潰したような顔になった。


「謀略。毒殺。暗殺。勢力争い。そのようなことになったら、王妃や王太子の身も危うい」

「だから、私たちに、優秀な『王宮の尊い花』の四人を助けに行って欲しい、ってこと?」


 うむ、と国王は、汗を流しながらうなずいた。


「頼む。救援のため、今朝一個小隊を送ったのだが、魔力を持つものでなくば、たちうちできん相手ということもある」


 はあ、とライムが溜め息をついた。


「どうにも、お断りするのは難しいようですね」

「おお。や、やってくれるか、ライム」


 国王は、パアッと明るい表情になる。が。


「いやよ。面倒くさい」


 ふん、と私は横を向いた。


「それに私、ゴールディーとステファニーって、大っ嫌い! あんな意地悪を助けるくらいなら、野良猫でも保護したほうが、何百、何千倍もましよ!」

「だけどロビン。あれも一応、僕たちの異母姉だぞ」


 むぎぎ、と私は、全身がかゆくなるのを感じながら、ライムに言う。


「もう、それを考えるだけでもイヤ。ほら、ここ見て。ぶつぶつできてる」

「全身で拒絶してる感じだな」


 バーミリオンが、まじまじと私の腕を見た。


「この調子だと、実物に会ったら腹痛でもおこすんじゃないか?」

「だと思うわ。やっぱり、やめとく」


 部屋に向かって歩き出そうとすると、なおも国王は必死に叫んだ。


「ま、待ってくれ! 頼む、これまでのことは、わしが謝る!」


「平気な顔で人を殺しかけておいて、今度はお願いするわけ。調子のいい人ねえ」


 私はもうとっくに、国王に対する敬意も、実の父親に対する愛情も、目の前の男には持てなくなっていた。


「ロビン王女殿下! そ、その物言いは、あまりに無礼ではありませぬか」

「このように、陛下が頭を下げておられるのですぞ!」


 そんなことを言われても、私の胸にはまったくなにも響かなかった。


「その人が頭を下げると、なにかいいことでもあるわけ? 頭を下げるとビスケットが一枚落ちてくる、っていうんなら、ちょっとは楽しいけど」


 毛虫を見るような目で見ても、まだ国王はすがるように懇願してくる。


「わしのことは、なんとでもさげすむがいい。憎むがいい。ただ、頼む。あのものたちを、助けてやってくれ」


「もういいじゃないですか、ロビン」


 背後から、カレントの優しい声がかけられた。


「もし本当に彼ら四人に命の危機がせまっていて、それを見殺しにしたのだとたら、きっときみは後悔しますよ」


 ふぐっ、と私は言葉につまった。


(た、確かに、殺されちゃう、とまで考えると……それに少なくとも、姉妹の他のふたりには、なんの恨みもないし)


 その私の心を読んだかのように、バーミリオンが言った。


「お前は話す機会はなかっただろうが、フェンネルはちょっと変わっているが、別に悪いやつじゃない。放っておくのは、俺も気が引ける」

「僕もだ、ロビン。それでもどうしても、イヤか?」


 信頼する三人に、そんなふうに言われると、私はもう折れるしかない。


「……わかった。いいわ、誰かが死んでしまうと、他にも悲しむ人が出るものね。じゃあ、すぐ行きましょう。道案内は、誰かいるの?」


 尋ねると、国王は今度は焦ったように、両手を前に突き出した。


「いや、待ってくれ。出立は、明日にして欲しいのだ。今朝、兵士たちと伝令班を送り出したばかりだ。なにか知らせを持って来るかもしれぬし、すぐにそなたたちが行けば、自分たちは信用されていないのかと、士気が下がるかもしれぬ」

「ほんっとに、王室って、いろいろと面倒くさいのねえ」


 私は溜め息をついたが、ライムたちはうなずいた。


「わかりました。では明日の朝、出立いたします」


 その言葉に、国王はホッとした表情を浮かべ、私はそれが腹立たしかった。


「言っておくけど、あなたのために行くんじゃないわよ」

「うむ。わかっておる。決死の戦いを終え、戻ってきたばかりということも、理解しておる」


 言うと国王は神官と従者に、向き直って命令した。


「ただちに、このものたちに、滋養のある料理と、ゆっくり休息をとる場を用意し、湯をつかわせよ。そして、明日の早朝、出立するための準備を」


 ははっ、と従者たちが下がっていき、国王は改めて、私たちに頭を下げる。


「……よろしく頼む。伝説の生体魔石、ボンファイアの四宝たちよ」


(この前は、壊れた椅子あつかいしたくせに。今回は、伝説のなんとかになっちゃった)


 はーい、と私は返事をし、その横をすたすたと歩いて通り過ぎていく。


 ライムとカレントは、きちんと国王陛下に対する礼をし、バーミリオンは軽く肩をすくめた。


 そして四人で顔を見合わせ、苦笑しつつ、宮廷の自室へと向かったのだった。


♦♦♦


 ゆっくりたっぷり、休養を取った翌朝、私たちは早速、新たな旅の支度をした。


 待ってみたものの、残念なことに、伝令はひとりも戻ってこない。


「今回はまた、ずいぶんと待遇が違うな」


 バーミリオンが、呆れたように言うのも無理はなかった。


 私たちには、四人で乗っても十分に広さに余裕があるような、四頭立ての馬車が用意されていた。


「きゃー、すごい! 馬車なのに、椅子が絹張りで、すっごくふわふわしてる! それに、小さな額縁の絵まで飾られてるわ! まるで部屋ごと移動してるみたい」

「はしゃぐな、ロビン。王族の乗る馬車だぞ。これが普通だ」


 きりっとした顔でライムが説明する。


「そうなの? 窓枠ですら細かい飾りがついて、豪華だわあ。カーテンもこんなにたっぷり、レースや飾りがついてるし」


 私は大型の馬車で移動するということが、生まれて始めてだった。


 もちろん、さらわれる前、赤ん坊だった時代にはあったのかもしれないが、覚えていない。


(車輪が回る音って、けっこううるさいし、クッションがふわふわする分、揺れると酔いそうになるけど。でも)


 私は四人で馬車に乗っている、ということ自体が、楽しくて仕方なかった。


 町の中では、私たちの正体がわかるとややこしくなる、ということで、窓にはカーテンを引かなくてはならなかった。


 けれど、城門を過ぎて森の中へ入って行くと、風光明媚な景色が眺められる。


「黙って座っていても、景色がどんどん後ろに行くって、面白いわねえ」

「お前だって、盗賊団で荷馬車に乗ったことくらいあるだろ?」


 バーミリオンに尋ねられ、私はにこにこして答える。


「うん。でも、襲う場合は一瞬だったし、あとは乗っても、馬車っていうより荷車みたいな感じだったから」

「すごいですね。毎日が冒険みたいだったんじゃないですか」


 カレントが、なんだか羨ましそうに言う。


「そうね。退屈しなかったことだけは、確かだわ」

「荒くれ者たちとの暮らしが終わり、やっとレディになるべくして、戻ってきたというのに」


 やれやれというように、ライムは頭を抱える。


「王国に戻っても、剣を振り回さねばならない日々に、お前を送りだすことになるとは」

「いいじゃない。こっちのほうが、性に合ってるわ」

「それが困ると言っているんだ」


 ライムは小言ばかりだけれど、それは私のことをとても心配して、気づかってくれているからだと、今はわかる。


「大丈夫よ、ライム」


 私はライムに、微笑みかけた。


「今度だってまた、上手くやれるわ。面倒なことはさっさと片付けて、お城に帰りましょ」

「だといいんだが」


 私たちの会話を聞くうちに、バーミリオンは気掛かりそうな目を、カレントに向けた。


「なあ。今度のことについては、なにか心当たりはないのか。つまり、予言や言い伝えで読んだ記憶は」

「僕もずっと、考えているんですけれど」


 カレントは、首を傾げる。


「ただ、この前の予言についてよくよく考えると、グレイト・バーミンを倒して終わり、ではなかったなと」

「そうだったか?」

「カレント、もう一回、あの予言を言ってみて」


 私の頼みに、カレントは快く応じる。


「『生体魔石結び繋がれしとき、穴倉の闇の魔物をほふる。さらなる災いから民を救うもの、この王国の四宝のみ。ただし光さらにふたつあり。四宝と光、闇を祓う。失えば国、闇に飲まれる』」

「……さらなる災い、とはっきり言ってるな」


 はい、とカレントはバーミリオンに同意した。


「あのとき僕らは、殺されるとばかり思っていた洞窟から無事に脱出して、気分が浮き立ち、そこを深く考えることをしていませんでしたが」


「さらなる災いから、民を救う……。民を救う?」


 ライムは難しい顔をして、脳裏に刻み込むように繰り返す。


「ということは、王国民にまで、災いが広まる可能性があるわけか」

「そっか。だったらやっぱり、放ってはおけないわね」


 私も深刻な顔をしたが、そのとき、視界にキラキラと陽光を受けて輝く、湖が入ってきた。


「わああ! 見て見て、綺麗! 鏡みたいで、滑らかで、水の匂いがする」


 私はうっとりしていたのだが、ライムは相変わらず、冷静だ。


「確かに美しい景色だ。が、ロビン。王族たるもの、そのような感覚だけで景色を見てはいけない」

「え? どういうこと?」


 すると今度はバーミリオンが、湖の先を指差した。


「あっちに連山があるのが見えるか。岸の向こうだ」

「うん。見える」

「その先が、クラウディ公国だ。山のふもとには街道があり、商人たちが行き来している。現在は友好な関係にあるが、かつては境界線で争っていたこともあった」

「……あ。家庭教師に、習ったことがあるかもれない」


 思い出した私に、ライムが言う。


「景色ひとつとっても王族というものは、常にそうした目で見なくてはならない。それを覚えておけ」


 うん、と私は素直にうなずいたが、それでもやっぱり湖はキラキラして、青空はみとれるほど綺麗で、ついそういうことばかり考えてしまう。


 けれど、湖の中に浮かぶ、小島を見た瞬間。


(えっ。なに、これ)


 ざわっ、と背筋に強烈な悪寒が走ったのを、私は感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ