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予言

「キエアアアーッ! キアアア!」


 ズズン、ドスン、とグレイト・バーミンは、顔の半分を黒く焦がして苦しんでいる。


 私とバーミリオンは、なにが起こったのかわからずに、顔を見合わせた。


「今の炎、バーミリオンの手から出たわよね?」

「あ、ああ」

「すごいじゃない、効いてるわよ! もっとやって!」

「いや、俺も無意識にやったことで、どうやったのかは」

「おい、また来るぞ!」


 ライムの声にハッとそちらを見ると、顔を半分焦げつかせ、怒り狂った怪物が、ふたたびこちらに襲い掛かって来る。


「ロビン、右手を出して下さい!」


 叫んだのは、カレントだ。


「えっ?」


 意味がわからない私の手を、カレントが握る。

 そして、グレイト・バーミンに向けて、もう片方の手のひらを向けた、刹那。


バリバリバリ! という激しい音と同時に、カレントの手のひらから、雷のような光が放たれた。


「ギアーッ! アアア!」


 グレイト・バーミンは、身をよじり、のたうち回った。


「なっ、なんだ、今のは」

「雷みたいに見えたよね?」

「あまりにも抽象的、かつ希望的観測すぎて、言っていなかったことが、ひとつあります」


 カレントは、苦しんでいるグレイト・バーミンのほうを、まだ警戒しつつ見ながら言う。


「それを確証に変えるためにも。ライム、きみも試してみて下さい」

「僕にも、ロビンの手を握れということか?」


 尋ねると、カレントはうなずいた。


「わかった。来い、ロビン!」


 私は強くうなずいて、ライムと一緒にぐねぐねとうごめいていている、グレイト・バーミンの前まで行った。


「ロビン、手を」

「うん」


 ライムは私の右手を、左手で、ぎゅっと握る。


 そして自分の右手を、グレイト・バーミンに突き出した。


「消えろ、化け物!」


 ゴオッ! とライムの手のひらから、とがった氷柱が無数の針のように、怪物に向けて放出される。


「キアアッ! キッ、ア……!」


 パリパリパリ、バキバキバキと音をさせて、グレイト・バーミンは白く固まっていく。


「す、すごい、ライム……!」


 ライムの手からは、まだ氷の針が噴き出している。


 そして完全に怪物が動きを止め、ズズーン、と横たわったとき。


「お……終わったか」

「終わった、みたい」


 ようやくライムは手を下ろし、私たちは歓声を上げた。


「やったああ!」

「やったんだ、やり遂げたんだ!」

「僕たちは、生き延びたのか」

「信じられません、奇跡ですよこれは!」


(食べられなくてよかった! 死なずにすんだ! 誰も犠牲にならなくて、本当によかった!)


 お互いの背中を叩き、肩を組み、なぜだかむしょうにおかしくなって笑ってしまったが、頬には涙がつたってしまう。

 

私たちはそれほどに、ホッとしていたのだった。

 


♦♦♦


 ズズズズ、と地面が震動し、洞窟内が明るくなっていく。


 振り向くと、塞がれていた出入り口が、再び開き始めていた。


「グレイト・バーミンの身体が、崩れて消えていく。やっぱり、闇の生き物なのね……」


 バーミリオンの火炎、カレントの雷撃、ライムの凍結攻撃によって、怪物は完全に息の音を止めた。


 その身体は、だんだんと崩壊し、今では焚火のあとに残った、消し炭のようになっている。


「ねえ、あそこ。なにかあるわ」


 疲労もあり、呆然と立ち尽くしていた四人だったけれど、その消し炭の中にキラリと光ったものを見つけて、私は駆け寄る。


「ほらこれ! ……ウロコだわ」


 そこには明らかに一枚だけ異質な、崩れていないウロコがあった。

 他のウロコより小さく、木の実ほどの大きさで、涙の形をしている。


「確かにウロコのようではあるが。全身をおおっていたものとは色も形も違うな」


 受け取ったライムが、しげしげと見ながら言う。


「ああ。やつの身体はくすんだ緑色だったが、そのウロコは青黒い。それに、銀粉をまぶしたように光っている」

「身体の、核になっていたものかもしれませんね」

「国王が持ってこいといったのは、これのことかもしれないな」


 四人で顔を見合わせてうなずくと、バーミリオンが開いた出入り口に顔を向ける。


「ともかく、出よう。もうこの、生臭い洞窟にはうんざりだ」

「こんな穴が私たちのお墓にならなくて、本当によかったわよね!」


 それぞれが、生き延びた安心感と、ピークに達した疲労をひきずって、私たちは洞窟の外へと出たのだった。


♦♦♦


「ああー! 風が気持ちいい!」


 外は今まさに、夜明けを迎えたところだった。


 私たちは岩場に腰を下ろし、さわやかな風に頬をなでられながら、上ってきた太陽を見つめる。


「そういえば、空腹だな」

「私はそれより、喉がカラカラ」

「水は全部飲んでしまっていないか、ロビン。なければ僕のを分ける」

「ライムったら、私だって子供じゃないんだから大丈夫よ、ちゃんと考えて残してあるから」


 荷物から、それぞれ革の水筒を出して水を飲み、携帯の保存食を口にして、へとへとになった身体を休めた。


 しばらくして、ハッと気が付いたように、バーミリオンが隣に座っているカレントに言う。


「それで、カレント。さっきの俺たちのアレは、なんだったんだ? 希望的観測がどうとか、言っていたよな」

「はい、それを話すべきですね。すごいことですよ。僕はちょっと、感激しているんです」


 カレントは、疲れてぐったりした様子だったが、話し始める。


「僕が思い当たったのは、過去の大神官が、予言を記した巻き物についてでした」

「大神官の、予言?」


 はい、とカレントはうなずく。


「三百年ほど前の予言のようです。ただ、その神官は当時の王の死まで予言したものだから、処刑されてしまいました。そして予言はいつわりとして禁書とされ、図書の館の地下に秘蔵されていたのです。もちろん僕以外にも、知識として知っている神官はいると思いますが」

「その予言と、今回の僕たちの攻撃と、関係があるのか?」


 ライムの問いに、カレントは続けた。


「おそらくですが。……関係のありそうな文言の、ひとつめはこうです。『王家の血を受けし神子の連なる星、異国の尊き血、血のかよう文字の泉、それらを合わせ四宝とす。竜の血の長きにわたる流れのもと、魔石となりて結実す。風の使い、この封印を解き放つ』」


「うーん、聞きながら忘れていく」

「これくらい覚えろ、バカめ。しかしカレント、血のかよう文字の泉というのは、お前のような人物のことではないのか? 王国の蔵書すべてを頭に入れた、などというものは、学者でもそうはいないだろう」


 ライムの言葉に、少し照れ臭そうにカレントは認める。


「自分で言うのはおこがましいですが、もしもそうだと仮定したら、他の言葉も人物のことになります。だとしたら、ですが。連なる星、というのは俗に言う、双子星を意味しているのではないでしょうか。つまり、きみたち、ライムとロビン。御母上は、神官の娘でしたね」


 えっ、と私はライムを見る。


「そうなの?」

「……ああ。そのうえ、自らも巫女として神殿に使えながら、国王と契った。僕とお前は、そういう意味でも歓迎されない命だったんだ」


 しかし、とライムはそこで言葉を切った。


「母上についてのことは、いずれ僕とロビンでゆっくり話す。もうひとつ、異国の尊き血というのはどういうことだ。バーミリオンが、そうだと言うのか?」


 話をふられたバーミリオンは、複雑な表情で、しばらくためらった後に口を開いた。


「……生死の境を共にした、お前たちにだから言うが。……俺の母親は、滅ぼされた亡国の王女だ。俺の父親も含め、この国のものには誰にも、それは隠したままだと聞いた」


 へええ、と私たちは顔を見合わせる。


「そうだったのね。じゃあ、バーミリオンは、ふたつの王族の血を引いているんだわ」

「そういうことになるな」


 言ってからバーミリオンは、ハッとした顔になる。


「カレント。武器庫でお前が、唐突に俺の母親について聞いてきたのは、このことだったのか」


 はい、とカレントはうなずく。


「これでますます、予言に信憑性が出ましたね。そして、まだ続きがあります。『生体魔石結び繋がれしとき、穴倉の闇の魔物をほふる。さらなる災いから民を救うもの、この王国の四宝のみ。ただし光さらにふたつあり。四宝と光、闇を祓う。失えば国、闇に飲まれる』」


 聞き終えても私たちは、しばらくぽかんとカレントを見つめてしまった。


「せーたいませきむすび、ってなに」


 尋ねた私に、苦笑しつつカレントは答える。


「だから言ったでしょう、抽象的だと。これを今回、戦う前に言ったところで、なにかの助けになるとは思いませんでした。いたずらに希望を持たせるのも、どうなのかと。けれど、今なら漠然と、意味がわかります。……そしてみんな気が付いていないようですが。それぞれ、右手を出してみて下さい」


 カレントに言われて、バーミリオンとライムは手甲を外し、私たちは言われたとおり、右手を出した。すると。


「なんだこれは。今までこんなもの、なかったぞ」

「全員の手にあるのか?」

「あら。ちょっと可愛いじゃない」


 四人の手の甲の、中指の下の部分に、それぞれ爪くらいの大きさの、石のようなものが現れていた。


「色が違うな。俺が赤、カレントが金色、ライムが白で、ロビンのは透明……いや、虹色だな」

「形も違うわ。バーミリオンが縦長の楕円、カレントは菱形、ライムは六角形で、私のは細い三角形……というか矢の先みたいなV字。天然のアクセサリーね。お花型だったら、もっと可愛いのに」


 それだけがちょっと不満だが、手の甲に生まれた石はどれもキラキラして、宝石のように綺麗だった。


「いつできたんだ、こんなもの」

「さあ。最初に力を発動したときじゃないのかな」

「結び繋がれしとき……そうかつまり、手をつないだとき」


 ライムが腑に落ちた顔をする。


「僕たち自身が、生体魔石というものだった、ということか」

「ええ。それが生きるか死ぬかの瀬戸際に、しっかり手を握ったことで発動したのではないかと」

「でも、ちょっと待ってくれ」


 バーミリオンが、私を見る。


「俺が火で、カレントが雷で、ライムが氷、それを増幅したのがロビンだったとしたら、お前の属性はいったいなんだ?」

「あっ、そうか。なんだろう。ライム、ちょっと手を貸して」


 私は座ったままライムの右手を握り、自分の右手を誰もいない場所に向けた。


「っ!」


 えいっ、と心の中で気合を入れると、右手から、ゴッと竜巻のような、雪混じりの旋風が放たれる。

かなり遠くの木の枝までが、ゆさゆさと揺れた。


「風だったんだあ」


 自分で驚いていると、なるほど、と三人は納得していた。


「とにもかくにも、グレイト・バーミンは死に、我々は生き残った。これで大手を振って、城に帰れるわけだが」


 ライムはしまっていたウロコを取り出し、日の光にかざしながら言う。


「僕は正直、あの王宮での暮らしに、さほど執着はないけれどな」

「俺もないな。息が詰まる。もう役目を果たしたんだし、あそこにいる理由もない」

「右に同じくです」


 ええー、と私は三人を見た。


「あんなにキラキラな部屋で、キラキラな料理を食べて、キラキラなドレスが着られるのに」

「お前も一年もいれば、飽きると思うぞ」

「宮廷には、感じが悪いものが多いしな」

「なかなかに、グレイト・バーミンとは違った意味で、恐ろしい場所ではありますね。噂話と、悪口と、人のあらさがしが趣味のような貴族は多いですから」


 話を聞くうちに、確かにそうね、と私は思ってしまった。


(あの黒髪の。ド派手なドレスの、ゴールディーだっけ。あんな子たちがうじゃうじゃいる場所だったら、確かに楽しい生活とは言えないわね)


「でも、そうだとしたら、みんなは王宮に戻らないつもりなの?」

「いや、もちろん一度は戻る。このウロコも見せなくてはならないし、なにより首輪を外してもらわねば」

「そのことですが。ロビン、ちょっと失礼」


 ライムの言葉をさえぎって、カレントが私の手をとった。そして。


「あっ!」

「わっ、ちょっとビリッとしたぞ」

 順番に、私たちの首輪に指先を向け、ごく軽く雷撃を放つ。

 すると首輪は一瞬で、バキッと弾けて取れた。


「すっごい、簡単に取れちゃった! ああ、すっきりしたあ!」

「僕たちはどうやらロビンと手をつなぐと、とんでもなく魔力が増強されるようでしたからね」

「カレントのものは、僕が」


 ライムが言って私の手を取り、カレントの首輪にやはり軽く凍結魔法を使うと、パリン、と首輪は壊れてしまった。


 足元に落ちた首輪をふんづけて、私は言う。


「せいせいしたわ! だいたい、人にこんなものをつけるなんて、失礼よ」


 まったくだ、と三人もうなずく。


「さあ不愉快な首輪も取れたことだし、宿に泊まってゆっくりして、いっぱい遊んでからお城に戻りましょうよ」

「遊ぶって、お前なあ。ガキじゃないんだから」

「いいじゃないですか。失くしていた命と思えば、楽しく使いましょう」


 珍しいほど、屈託なく笑って、カレントが立ち上がる。


 こうして私たちは、グレイト・バーミンの討伐を終え、誰ひとりとして餌になることもなく、王国への帰途へとついたのだった。


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