そのとき
洞窟の中に明かりが差し込まず、出入り口がふさがってしまうということは、真っ暗闇の中で戦うしかない。
「ラトレアの枝を出してくれ。俺が火をつける」
私たちはそれぞれの荷物を、ごそごそと探る。
「はいこれ、よろしく」
「こういうときには、便利だな。まさに人間火打石」
なんだと、と眉を寄せつつ、バーミリオンはひとりひとりの枝に、魔力で火をつけていった。
ラトレアの木は、太くゴツゴツしていて、わずかに樹脂を含み、長くゆっくり燃える。
そのため、松明としてよく使われていた。
「他の荷物は、置いて行って大丈夫かなあ。誰か盗んだりしない?」
特徴のある、尖った岩の下に、それぞれの荷物を置いたのだが、なんとなく気になって私は言う。
「大丈夫ですよ。旅人すら近寄らない、こんなところにまで来る、盗賊はいないでしょう」
カレントの言葉に、そうかしらと首を傾げると、バーミリオンがからかう口調で言った。
「いるかもな。お前だよ、盗賊娘」
「ほんっと、あなたって失礼よね。今の私は王女なのよ」
「そういえばそうだったな」
「そう思われたければ、相応の振る舞いをしろ、ロビン」
「男の子の格好をしてる、ライムには言われたくないわよ」
私たちは、いつものように軽口を叩いていたけれど、洞窟に向かって歩きながら、実はみんな緊張しているのがわかった。
生臭い、なにか腐ったような匂いのする入口が間近になってくると、誰もが自然と顔がこわばってくる。
「──よし。入るぞ」
バーミリオンが、決意を秘めた声で言い、私たちはうなずいた。
松明を手に、ゆっくりと湿った土を踏みしめ、中へと入って行く。
そして歩き始めて、まもなく。
「っ!」
「震動だ」
「後ろが……!」
ズズズズ、と地下から突き上げるような音がして、振り向いたときにはすでに、出入り口はふさがれてしまっていた。
「これは、自然にできた仕組みではないな」
冷静な声でライムが言う。
「そうですね。かつて王家と対立した、なにものかの仕業ではないか、という伝承の記述を見ました」
カレントが説明し、私は見たことのない、その魔導師に文句を言った。
「迷惑な話よね。無関係な私たちまで巻き込んで」
「今そんなことを言っても、仕方ない。それより、気を抜くな。俺たちは今まさに、化け物の間近にいるんだ」
バーミリオンの言葉どおり、確かになにものかの、気配を感じた。
洞窟内はカレントが言っていたとおり真っ暗で、松明がなかったら、なにも見えないに違いない。
と、いきなり背筋に、ざわっと悪寒が走った。
三人も同様らしく、一気に緊張が走る。
「なにか、来る」
ライムが小さくつぶやいた。
「松明を、急いで地面か壁に差せ!」
バーミリオンが言い、私たちは即座に短剣や剣を使って隙間を作り、そこに松明を差した。
ズズーッ、ズズーッ、と遠くから、なにものかが地を這うような音が、確かに聞こえてくる。
ズズッ、ズズッ、ズッ! ズッ! ズッ!
音はだんだんと早くなり、近くなってきた。そして。
「キエアアアーッ!」
巨大な口を開いて咆哮しながら、それは私たちの前に姿を見せた。
(こ、これって、なに。こんなの、見たことない!)
それは顔の縦も横も、お城にあった大人用のベッドくらいの幅がある、蛇のような生き物だった。
手足はなく尾は見えず、洞窟の奥深くから繋がっている身体の長さがどれくらいかは、見当がつかない。
もちろん、巨大というだけでなく、普通の蛇とはまったく違った。
「てえーいっ!」
まず最初に、剣を大上段に構えたバーミリオンが、怪物に切りかかっていく。
キン! と確かに剣はウロコに当たったが、火花が散るのみだ。
「キイーッ!」
グレイト・バーミンは頭を振り、私たちに襲いかかってくる。
たたっ、と私は壁を駆け上がるようにして蹴り、高く飛ぶ。
「えいっ!」
怪物の頭に飛び乗って、短剣を刺そうと試みたが、ガツン、と音がしただけだ。
「キイッ!」
私を振り払おうと、グレイト・バーミンは首を振る。
「ロビン! そいつに、突き刺さりそうな部分はないのか!」
キン! ガキン! と三人は、固いウロコの身体に必死で斬りかかっているが、どうにもならないらしい。
「ないわ! 目だってないんだもの!」
私が叫ぶと、怪物はまたも大きく口を開け、奇声を上げた。
「キーアアアッ!」
そして、カレントに向かっていき、食いつこうとする。
「っ!」
カレントは反射的に、持っていた剣を思い切りグレイト・バーミンの口の中に投げつけた。
「ガアッ!」
ひゅんと回転したそれは、上手くつっかえ棒のように、怪物の口が閉じることをふせいだのだが。
「なっ……なんだ、こいつの口の中は」
呆然としたように、ライムが言う。
私も頭から飛び降りて、くるっと回って着地した。
松明に照れされた、グレイト・バーミンの口の中。
そこにはびっしりと、鋭くとがった歯が生えていた。
そして、その舌も、上顎も、そして喉までも、頑丈なウロコが守っているのがわかったのだ。
「弱点がない、というのは残念ながら、本当だったようですね」
新たに、背負っていた剣を構えてカレントがつぶやいた。
「キエアアア!」
バキッ、とつっかえ棒の剣をかみ砕き、再び怪物は暴れ出す。
私たちは、右に左に、上に下にと攻撃をかいくぐりながら、なんとか傷を負わせようと、剣をふるった。
それから、どれくらいの時間が経過しただろう。
「はあっ、はあっ、はあっ」
延々と飛び回り、さすがに私は息が切れてきていた。
「下がれ、ロビン! 少し休め」
言ってライムが、刃こぼれした剣を捨て、二本目の剣で斬りかかる。
「てあっ!」
「くそ、固すぎる、この化け物!」
時間が経つにつれ、どうしたって私たちの動きは鈍くなっていく。
けれどグレイト・バーミンは、まったく疲れ知らずのようだった。
(このままじゃ、いずれ私たちは体力を使い果たしてしまうわ)
どんなに剣の腕がたっても、痛覚のない岩を相手に戦い続けていれば、いつか疲労して倒れるだけだ。
(そこをこいつは、食べにくる。どうすればいいの)
誰の顔にも、絶望の表情が浮かび始めていた。
けれど私は、あきらめるつもりはない。
「絶対に、負けない!」
私は再び地面を蹴り、ぴょんびょんと、固いウロコの身体を蹴って、頭の上へと飛び乗った。
「やらせない! あんたなんか、石ころでも食べてればいいのよ!」
ガツ、ガツと、無駄とわかっていても、短剣で頭を必死に突く。
ウロコの内側にも、短剣の先を入れたのだが、一枚も外れない。
「キエアアッ!」
怪物は一声鳴くと、思い切り頭を振った。
「きゃあ!」
振り落とされた私は、バン、と背中を壁に打ちつけ、地面に落ちる。
「ロビン!」
ガアッ! と口を開いて襲ってくる私の前に、ライムが飛び出した。
バキッ、バキッと怪物の横っつらを叩き、そこから動こうとしない。
「逃げろ、ロビン早く!」
「……駄目、すぐは、立てない。ライムが、逃げて」
「妹が食われるところを、僕に見ろと言うのか!」
「お姉さんぽくしないで!」
私は痛む身体で、どうにか起きようとしながら、涙まじりの声で叫んだ。
「一緒に生まれたのに、ずっと離れていたじゃない! せめて最後くらいは、一緒にいたい!」
「駄目だ、ロビン、もう……」
バキッ、とライムの剣が折れた、瞬間。
「どけえ!」
ライムの身体が突き飛ばされ、ガキーン! とバーミリオンの大剣が、怪物の顔を打った。
「お前らどっちも、邪魔だ! 隅っこにいって、震えてろ!」
口は悪いがバーミリオンは懸命に、先に体力の限界を迎えていた私たちを、かばってくれようとしている。
「くっ!」
だがその剣も、次の一撃ではじけ飛んだ。
ぐあっ、とグレイト・バーミンの口が開き、まず最初にバーミリオンを餌食にしようと、襲いかかる。
「危ない!」
身を起こした私は咄嗟に、その手を強く握って引っ張った。
「うあ!」
まがまがしい牙が身体に達する寸前。
バーミリオンは身を守ろうとするように、もう片方の手を怪物に向かって突き出した。
そのとき。
ボッ! と真っ赤な炎が凄まじい勢いで放出され、グレイト・バーミンを直撃した。




