表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/24

そのとき

洞窟の中に明かりが差し込まず、出入り口がふさがってしまうということは、真っ暗闇の中で戦うしかない。


「ラトレアの枝を出してくれ。俺が火をつける」


 私たちはそれぞれの荷物を、ごそごそと探る。


「はいこれ、よろしく」

「こういうときには、便利だな。まさに人間火打石」


 なんだと、と眉を寄せつつ、バーミリオンはひとりひとりの枝に、魔力で火をつけていった。


 ラトレアの木は、太くゴツゴツしていて、わずかに樹脂を含み、長くゆっくり燃える。

 そのため、松明としてよく使われていた。


「他の荷物は、置いて行って大丈夫かなあ。誰か盗んだりしない?」


 特徴のある、尖った岩の下に、それぞれの荷物を置いたのだが、なんとなく気になって私は言う。


「大丈夫ですよ。旅人すら近寄らない、こんなところにまで来る、盗賊はいないでしょう」


 カレントの言葉に、そうかしらと首を傾げると、バーミリオンがからかう口調で言った。


「いるかもな。お前だよ、盗賊娘」

「ほんっと、あなたって失礼よね。今の私は王女なのよ」

「そういえばそうだったな」

「そう思われたければ、相応の振る舞いをしろ、ロビン」

「男の子の格好をしてる、ライムには言われたくないわよ」


 私たちは、いつものように軽口を叩いていたけれど、洞窟に向かって歩きながら、実はみんな緊張しているのがわかった。


 生臭い、なにか腐ったような匂いのする入口が間近になってくると、誰もが自然と顔がこわばってくる。


「──よし。入るぞ」


 バーミリオンが、決意を秘めた声で言い、私たちはうなずいた。


 松明を手に、ゆっくりと湿った土を踏みしめ、中へと入って行く。

 そして歩き始めて、まもなく。


「っ!」

「震動だ」

「後ろが……!」


 ズズズズ、と地下から突き上げるような音がして、振り向いたときにはすでに、出入り口はふさがれてしまっていた。


「これは、自然にできた仕組みではないな」


 冷静な声でライムが言う。


「そうですね。かつて王家と対立した、なにものかの仕業ではないか、という伝承の記述を見ました」


 カレントが説明し、私は見たことのない、その魔導師に文句を言った。


「迷惑な話よね。無関係な私たちまで巻き込んで」

「今そんなことを言っても、仕方ない。それより、気を抜くな。俺たちは今まさに、化け物の間近にいるんだ」


 バーミリオンの言葉どおり、確かになにものかの、気配を感じた。


 洞窟内はカレントが言っていたとおり真っ暗で、松明がなかったら、なにも見えないに違いない。


 と、いきなり背筋に、ざわっと悪寒が走った。


 三人も同様らしく、一気に緊張が走る。


「なにか、来る」


 ライムが小さくつぶやいた。


「松明を、急いで地面か壁に差せ!」


 バーミリオンが言い、私たちは即座に短剣や剣を使って隙間を作り、そこに松明を差した。


 ズズーッ、ズズーッ、と遠くから、なにものかが地を這うような音が、確かに聞こえてくる。


 ズズッ、ズズッ、ズッ! ズッ! ズッ!


 音はだんだんと早くなり、近くなってきた。そして。


「キエアアアーッ!」


 巨大な口を開いて咆哮しながら、それは私たちの前に姿を見せた。


(こ、これって、なに。こんなの、見たことない!)


 それは顔の縦も横も、お城にあった大人用のベッドくらいの幅がある、蛇のような生き物だった。


 手足はなく尾は見えず、洞窟の奥深くから繋がっている身体の長さがどれくらいかは、見当がつかない。

 もちろん、巨大というだけでなく、普通の蛇とはまったく違った。


「てえーいっ!」


 まず最初に、剣を大上段に構えたバーミリオンが、怪物に切りかかっていく。


 キン! と確かに剣はウロコに当たったが、火花が散るのみだ。


「キイーッ!」


 グレイト・バーミンは頭を振り、私たちに襲いかかってくる。


 たたっ、と私は壁を駆け上がるようにして蹴り、高く飛ぶ。


「えいっ!」


 怪物の頭に飛び乗って、短剣を刺そうと試みたが、ガツン、と音がしただけだ。


「キイッ!」


 私を振り払おうと、グレイト・バーミンは首を振る。


「ロビン! そいつに、突き刺さりそうな部分はないのか!」


 キン! ガキン! と三人は、固いウロコの身体に必死で斬りかかっているが、どうにもならないらしい。


「ないわ! 目だってないんだもの!」


 私が叫ぶと、怪物はまたも大きく口を開け、奇声を上げた。


「キーアアアッ!」


 そして、カレントに向かっていき、食いつこうとする。


「っ!」


 カレントは反射的に、持っていた剣を思い切りグレイト・バーミンの口の中に投げつけた。


「ガアッ!」


 ひゅんと回転したそれは、上手くつっかえ棒のように、怪物の口が閉じることをふせいだのだが。


「なっ……なんだ、こいつの口の中は」


 呆然としたように、ライムが言う。


 私も頭から飛び降りて、くるっと回って着地した。


 松明に照れされた、グレイト・バーミンの口の中。


 そこにはびっしりと、鋭くとがった歯が生えていた。

 そして、その舌も、上顎も、そして喉までも、頑丈なウロコが守っているのがわかったのだ。


「弱点がない、というのは残念ながら、本当だったようですね」


 新たに、背負っていた剣を構えてカレントがつぶやいた。


「キエアアア!」


 バキッ、とつっかえ棒の剣をかみ砕き、再び怪物は暴れ出す。


 私たちは、右に左に、上に下にと攻撃をかいくぐりながら、なんとか傷を負わせようと、剣をふるった。


 それから、どれくらいの時間が経過しただろう。


「はあっ、はあっ、はあっ」


 延々と飛び回り、さすがに私は息が切れてきていた。


「下がれ、ロビン! 少し休め」


 言ってライムが、刃こぼれした剣を捨て、二本目の剣で斬りかかる。


「てあっ!」

「くそ、固すぎる、この化け物!」


 時間が経つにつれ、どうしたって私たちの動きは鈍くなっていく。


 けれどグレイト・バーミンは、まったく疲れ知らずのようだった。


(このままじゃ、いずれ私たちは体力を使い果たしてしまうわ)


 どんなに剣の腕がたっても、痛覚のない岩を相手に戦い続けていれば、いつか疲労して倒れるだけだ。


(そこをこいつは、食べにくる。どうすればいいの)


 誰の顔にも、絶望の表情が浮かび始めていた。


 けれど私は、あきらめるつもりはない。


「絶対に、負けない!」


 私は再び地面を蹴り、ぴょんびょんと、固いウロコの身体を蹴って、頭の上へと飛び乗った。


「やらせない! あんたなんか、石ころでも食べてればいいのよ!」


 ガツ、ガツと、無駄とわかっていても、短剣で頭を必死に突く。

 ウロコの内側にも、短剣の先を入れたのだが、一枚も外れない。


「キエアアッ!」


 怪物は一声鳴くと、思い切り頭を振った。


「きゃあ!」


 振り落とされた私は、バン、と背中を壁に打ちつけ、地面に落ちる。


「ロビン!」


 ガアッ! と口を開いて襲ってくる私の前に、ライムが飛び出した。


 バキッ、バキッと怪物の横っつらを叩き、そこから動こうとしない。


「逃げろ、ロビン早く!」

「……駄目、すぐは、立てない。ライムが、逃げて」

「妹が食われるところを、僕に見ろと言うのか!」

「お姉さんぽくしないで!」


 私は痛む身体で、どうにか起きようとしながら、涙まじりの声で叫んだ。


「一緒に生まれたのに、ずっと離れていたじゃない! せめて最後くらいは、一緒にいたい!」

「駄目だ、ロビン、もう……」


 バキッ、とライムの剣が折れた、瞬間。


「どけえ!」


 ライムの身体が突き飛ばされ、ガキーン! とバーミリオンの大剣が、怪物の顔を打った。


「お前らどっちも、邪魔だ! 隅っこにいって、震えてろ!」


 口は悪いがバーミリオンは懸命に、先に体力の限界を迎えていた私たちを、かばってくれようとしている。


「くっ!」


 だがその剣も、次の一撃ではじけ飛んだ。


 ぐあっ、とグレイト・バーミンの口が開き、まず最初にバーミリオンを餌食にしようと、襲いかかる。


「危ない!」


 身を起こした私は咄嗟に、その手を強く握って引っ張った。


「うあ!」


 まがまがしい牙が身体に達する寸前。

バーミリオンは身を守ろうとするように、もう片方の手を怪物に向かって突き出した。


 そのとき。


 ボッ! と真っ赤な炎が凄まじい勢いで放出され、グレイト・バーミンを直撃した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ