双子の王女
「いいか、ロビン。お前はもっと、王女の自覚を持て! きょろきょろするな、背筋を伸ばせ!」
「あのねえ! 急に王女って言われて、自覚なんてあるわけないでしょ! なにそれって感じ、かんべんしてよ」
「その言葉遣いもなんとかしろ!」
散々に叱られて、お説教をされ続けている私は、溜め息をつく。
ここはボンファイア王国の、王宮の一室。
白と金で統一されたこの部屋は、私の座っているソファも同じく、白い布張りだ。
そして目の前に仁王立ちしている人物は、私と同じ十三歳。
真っ白な髪を短く切りそろえ、純白の衛兵のような服に身を包んでいた。
瞳も私と同じ、淡い紫色をしている。
(きれいな顔して、憎たらしいことばっかり言ってるから、余計腹立つわ。この白づくめの、雪だるま)
「おい、ぼんやりするな!」
「してないわよ、ライムちゃん」
私の返事に、ライムの細い眉が、キッとつり上がる。
「その呼び方はやめろと言っただろう、ロビン!」
「えー。じゃあ、なんて呼べばいいの?」
するとライムは、真っ白な頬を、ちょっとだけ赤くした。
「お姉さまか、姉上と呼べ」
♦♦♦
自分では覚えていないのだが、私は一歳くらいのころ、盗賊にさらわれたらしい。
だが、その盗賊が叩き売った奴隷市場で、また別の盗賊が私をさらい、つい先月まで、彼らの一員として暮らしていた。
『早く逃げろ! いやお前は、帰れ!』
『えっ? 帰るって、どこへ?』
盗賊団のすみかで、他の盗賊団から夜中に、激しい奇襲を受けていた真っ最中。
河原のほうに逃げながら、急にそんなことを言い出したのは、私の父親代わりだった盗賊団の首領、クレイターだ。
『つい情が移ってそばに置いちまってたが、お前はこんなとこで、命を落としちゃなんねえ。いいか、これを持って、ボンファイア城を訪ねろ。赤ん坊のお前が身に着けてた、お守りだ』
そう言ってクレイターは私に、鎖のついた、イチゴくらいの大きさの、水晶を渡してくれた。
『ボンファイア王国のお城に? なんで私が』
わけがわからなかったが、私はほとんど突き飛ばされるようにして小舟に乗せられ、川をくだって逃げおおせた。
翌朝、その場に戻ったけれど、このときの乱闘は本当にひどいもので、クレイターも含め、大半の盗賊たちが死んでしまっていた。
『私、ひとりぼっちになっちゃったじゃない! 置いていくなんて、みんなひどいよ』
私は丸一日泣いていた。しかし、死人を生き返らせることはできない。
しばらく途方に暮れていたが、クレイターの遺言は守ろう、と私は決心した。
(中に金色の星が閉じこめられているような、不思議な水晶。これを見せたら、門番が通してくれるのかな)
その水晶を手に、本当かどうかわからないと思いつつ、お城へやってきたのが、一か月ほど前のことだ。
そしそれは実際に、王家の子供のみが身に着ける護符であり、特別なものと認められた。
そして私は、背丈も目の色も同じ、双子の姉と引き合わされたのだった。
♦♦♦
「いいか、ロビン。盗賊に育てられたからといって、甘えは許されない! すでにお前は十三歳。もう半年もすれば、立派な王族の一員、レディとして振る舞って当然の年齢だ。急いで、王家に相応しい知識と、教養を身に着けねば駄目だ。のんびりとはしていられないのだぞ」
腕を組み、きりっとした表情で言うライムは小柄だが、どう見ても男の子だ。
銀髪を腰までのばしている私と、似ているとは思えない。
「あっ、そう。でもライムちゃ……姉上だって、レディぽくはないよね?」
「僕が今、こうして男の格好をしているのは、必要性と理由があるからだ。野生の動物に近い状態のお前とは、なにもかも違う」
「へー、そうなの?」
「そうだ!」
なによ、いばっちゃって。と私はふてくされた顔で言う。
「なんで? こういうの、着たくないの? 結構、似合うんじゃない」
私は与えてもらった、リボンとレースのたくさんついたドレスの裾をつまみ、ひらひらさせた。
「すっごく、キラキラして可愛いのに! 私、こういうの大好き。このお城もキラキラしてるし、女官さんたちも、みんな素敵」
「フン。お前は盗賊として、獣のような生活をしていたから、珍しく感じるだけだ」
ライムは言って、顔をそむける。
「すました顔して、ひどいこと言うわね。でもまあ、確かにそうかも」
私は認めた。
「だって盗賊団の連中は、みんな日焼けして頭はボサボサ、ヒゲももじゃもじゃ、汚れとお酒で赤くて黒くて、それにすっごく臭かったもん。私もそうだっただろうけど」
でも、陽気で気のいい仲間だった、と一瞬しんみりしかけて、私は急いで別のことを口にした。
「だからね。私はずっと、キラキラした可愛いものに憧れてたのよ。髪の毛も結んで、がんばって伸ばしてた。綺麗な馬車を見かけたりすると、中に乗ってる女の子はみんなお姫様に見えて、うっとりしてたわ」
両手の指を組んで言うと、ライムはじろりとこちらを見た。
「そういう貴族を、お前たちは襲っていたんだろう?」
なんですって、と私はライムを睨む。
「なんにも知らないくせに、悪口を言わないで! うちの盗賊団は、女子供は見逃してたわよ。襲ったのは、強欲で村の人たちを苦しめてるって評判の、油や塩商人の一行ばかりだったんだから」
「義賊と言いたいのか? 盗人という意味では、同じことだ」
「違うってば!」
「はいはい、違う違う」
(あーもう、この雪だるま、くずして平たくしてふんづけたい! バカにして。なにが姉よ、同時に生まれたくせに!)
私は腹が立って仕方なかったが、ライムは肩をすくめ、それからピシリと言った。
「いいから、午後の授業に入るぞ! そろそろテーブルマナーくらい、完璧に覚えろ!」
なによもう、と私はぶつぶつ愚痴をこぼす。
「だいたいねえ。ものを食べるなんて、せいぜい一本フォークがあれば、それで充分じゃないの。なくたって、問題ないくらい」
「手づかみで食べたかったら、自室で勝手にそうすればいい。だが、社交の場では決まりごと、ルールというものがあるんだ。ましてお前は、王女なのだから」
「そんなの、知らなかったし」
「今は知っているんだ。覚悟を決めろ」
こんなやり取りは、もう何十回もしてきた。
ライムはかなり強情で、負けず嫌いで、決して折れない。
やれやれと私はあきらめて、空のお皿と食器が用意されている、テーブルに向き直った。
毎日がこんなふうで、他に王国史、魔法学、帝王学、楽器とダンス、外国語に詩と文学、字の練習などの授業もある。
(でも、キラキラの部屋での勉強だから、まあいいか。布団もベッドもふかふかのキラキラで、清潔でいい匂いがして……なにより安全だし。もしここに来られなかったら、岩場が寝床で、食料は木の実か、せいぜい川魚くらいしかなかったもの)
宮廷でのお茶の時間のお菓子や、食事内容は、素晴らしいものばかりだ。
ただ、もう少しこの姉とやらが、おだやかな性格だとよかったのに、とは思わずにいられない。
「こら、落としたスプーンは、自分でひろうな、と言ってるだろう」
「だって、人に頼んだ方が、時間がかかるじゃない」
「それは僕も思うが、そういうルールなんだ。さあ、もう一度」
気に食わない姉ではあるが、上手にできない私に何時間も付き合ってくれる、という意味では感心する。
(それに僕なんて言って、男装して、ちょっと変わってるけど。私の、お姉さん。血の繫がった、肉親だもんね)
盗賊団での暮らしのような、自由で気ままな生活は、もう二度と無理らしい。
だが、衣食住に不自由しないことはありがたい。
食べていくことの大変さを知っている私としては、多少のことは我慢しよう、と考えていた。
♦♦♦
「どうだ、マリィ。ロビンの勉強具合は」
夕食は、私の部屋でもライムの部屋でもない、また別のきらびやかな場所が用意されている。
(いったいこのお城、何人くらい人がいて、どれくらい部屋数があるのかな)
自室に通されてから、ライムと過ごす共通の居間と食事の部屋以外、まだ私はお城のことがよくわかっていない。
ただ、こうして食事をするにしても、周囲には侍女たちが常にひかえ、背筋を伸ばして立っていた。
「ロビン王女殿下におかれましては、ダンスはとびぬけた成績をおさめておりますが。外国語、王国史、文学などは、あまり興味をお持ちでないようです」
答えたのはライムの背後に立っていた、私の家庭教師のひとりである、マリィ女史だ。
そうか、とライムはうなずく。
それから一呼吸おいて、なぜか深刻な顔になって言う。
「……肝心の、魔力はどうだ」
その問いに、髪をお団子にしたマリィは、難しい顔になった。
「はい。そ、その。まことに申し上げにくいことでございますが。そちらは、つまり、残念ながら、まったくといっていいくらいに」
「わかった。もういい」
ライムは聞き終える前に、言葉をさえぎった。
「ロビン。先日も話したが、来月には王宮内で王族による『選別の儀』がある」
「ああ、うん。王族が魔力の強いか弱いかで、分けられるんでしょ?」
このボンファイア王国の王族たちは、魔道を使えるのだそうだ。
私はちっとも知らなかったけれど、教師について練習するうちに、ちょっとだけ使えるようになっている。
「私、わりと才能ある気がするのよね。ほら、見て」
指先で空中に簡単な魔法陣を描くと、すーっ、と花瓶の下に落ちていた葉っぱが、テーブルの上を滑っていった。
それがライムの前までいくと、ぴたりと止まる。
「フン。これくらいは魔法陣などなくとも、赤ん坊でもやってのける」
「えっ、そうなの!」
私は軽いショックを覚える。
「知ってたら私、クレイターたちといるときに使えばよかった。薪集めとか、衛兵から逃げるときとか、絶対に役に立ったのに」
悔しがると、コホン、とライムは咳払いをする。
「ロビン。盗賊団とやらのことは忘れろ! これまでの暮らし、食べるもの、話し方、すべてについてだ」
「はあ? そんな簡単に、忘れられないわよ」
「難しくとも、忘れろ!」
ライムは鋭い声で言う。
「今のお前は王女だ! 完璧なレディとしての作法を身に着ける。それまでは、思い出にひたることも禁止だ!」
「……はーい」
ぼそっと小声で応じた私だったが、冗談じゃない、と心の中では反抗的に思っていた。
(ふざけないでよ、この雪だるま! なーにがレディよ。そんな簡単に、忘れられるわけないじゃない!)
冬の寒い日、クレイターにしがみついて眠ったこと。
パチパチ燃える火を囲み、男も女も酒を飲み、私は果実を食べて、夜明けまで歌ったこと。
どっさりと金貨を手に入れて、それをまずしい人々の家の前に、そっと少しずつ置いて回ったこと。
(私にとっては、全部大事な思い出よ。それに、みんなは家族も同様だったんだから。豪華な暮らしをして、のんきに男装なんかしてるあなたが、ぬくぬくと王室で世話をされてるとき。私たち盗賊団は生きるために戦って、血と泥の中をはいずり回って、必死だったのよ!)
私はそんなふうに、ライムに反発を覚えずにはいられなかった。