表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/24

双子の王女


「いいか、ロビン。お前はもっと、王女の自覚を持て! きょろきょろするな、背筋を伸ばせ!」

「あのねえ! 急に王女って言われて、自覚なんてあるわけないでしょ! なにそれって感じ、かんべんしてよ」

「その言葉遣いもなんとかしろ!」


 散々に叱られて、お説教をされ続けている私は、溜め息をつく。


 ここはボンファイア王国の、王宮の一室。

 白と金で統一されたこの部屋は、私の座っているソファも同じく、白い布張りだ。


 そして目の前に仁王立ちしている人物は、私と同じ十三歳。


 真っ白な髪を短く切りそろえ、純白の衛兵のような服に身を包んでいた。

 瞳も私と同じ、淡い紫色をしている。



(きれいな顔して、憎たらしいことばっかり言ってるから、余計腹立つわ。この白づくめの、雪だるま)


「おい、ぼんやりするな!」

「してないわよ、ライムちゃん」


 私の返事に、ライムの細い眉が、キッとつり上がる。


「その呼び方はやめろと言っただろう、ロビン!」

「えー。じゃあ、なんて呼べばいいの?」


 するとライムは、真っ白な頬を、ちょっとだけ赤くした。


「お姉さまか、姉上と呼べ」


♦♦♦


 自分では覚えていないのだが、私は一歳くらいのころ、盗賊にさらわれたらしい。


 だが、その盗賊が叩き売った奴隷市場で、また別の盗賊が私をさらい、つい先月まで、彼らの一員として暮らしていた。

 

『早く逃げろ! いやお前は、帰れ!』

『えっ? 帰るって、どこへ?』


 盗賊団のすみかで、他の盗賊団から夜中に、激しい奇襲を受けていた真っ最中。


河原のほうに逃げながら、急にそんなことを言い出したのは、私の父親代わりだった盗賊団の首領、クレイターだ。


『つい情が移ってそばに置いちまってたが、お前はこんなとこで、命を落としちゃなんねえ。いいか、これを持って、ボンファイア城を訪ねろ。赤ん坊のお前が身に着けてた、お守りだ』


 そう言ってクレイターは私に、鎖のついた、イチゴくらいの大きさの、水晶を渡してくれた。


『ボンファイア王国のお城に? なんで私が』


 わけがわからなかったが、私はほとんど突き飛ばされるようにして小舟に乗せられ、川をくだって逃げおおせた。


 翌朝、その場に戻ったけれど、このときの乱闘は本当にひどいもので、クレイターも含め、大半の盗賊たちが死んでしまっていた。


『私、ひとりぼっちになっちゃったじゃない! 置いていくなんて、みんなひどいよ』


 私は丸一日泣いていた。しかし、死人を生き返らせることはできない。


 しばらく途方に暮れていたが、クレイターの遺言は守ろう、と私は決心した。


(中に金色の星が閉じこめられているような、不思議な水晶。これを見せたら、門番が通してくれるのかな)


その水晶を手に、本当かどうかわからないと思いつつ、お城へやってきたのが、一か月ほど前のことだ。


 そしそれは実際に、王家の子供のみが身に着ける護符であり、特別なものと認められた。


 そして私は、背丈も目の色も同じ、双子の姉と引き合わされたのだった。


♦♦♦


「いいか、ロビン。盗賊に育てられたからといって、甘えは許されない! すでにお前は十三歳。もう半年もすれば、立派な王族の一員、レディとして振る舞って当然の年齢だ。急いで、王家に相応しい知識と、教養を身に着けねば駄目だ。のんびりとはしていられないのだぞ」


 腕を組み、きりっとした表情で言うライムは小柄だが、どう見ても男の子だ。


 銀髪を腰までのばしている私と、似ているとは思えない。


「あっ、そう。でもライムちゃ……姉上だって、レディぽくはないよね?」

「僕が今、こうして男の格好をしているのは、必要性と理由があるからだ。野生の動物に近い状態のお前とは、なにもかも違う」

「へー、そうなの?」

「そうだ!」


 なによ、いばっちゃって。と私はふてくされた顔で言う。


「なんで? こういうの、着たくないの? 結構、似合うんじゃない」


 私は与えてもらった、リボンとレースのたくさんついたドレスの裾をつまみ、ひらひらさせた。


「すっごく、キラキラして可愛いのに! 私、こういうの大好き。このお城もキラキラしてるし、女官さんたちも、みんな素敵」

「フン。お前は盗賊として、獣のような生活をしていたから、珍しく感じるだけだ」


 ライムは言って、顔をそむける。


「すました顔して、ひどいこと言うわね。でもまあ、確かにそうかも」


 私は認めた。


「だって盗賊団の連中は、みんな日焼けして頭はボサボサ、ヒゲももじゃもじゃ、汚れとお酒で赤くて黒くて、それにすっごく臭かったもん。私もそうだっただろうけど」


 でも、陽気で気のいい仲間だった、と一瞬しんみりしかけて、私は急いで別のことを口にした。


「だからね。私はずっと、キラキラした可愛いものに憧れてたのよ。髪の毛も結んで、がんばって伸ばしてた。綺麗な馬車を見かけたりすると、中に乗ってる女の子はみんなお姫様に見えて、うっとりしてたわ」


 両手の指を組んで言うと、ライムはじろりとこちらを見た。


「そういう貴族を、お前たちは襲っていたんだろう?」


 なんですって、と私はライムを睨む。


「なんにも知らないくせに、悪口を言わないで! うちの盗賊団は、女子供は見逃してたわよ。襲ったのは、強欲で村の人たちを苦しめてるって評判の、油や塩商人の一行ばかりだったんだから」

「義賊と言いたいのか? 盗人という意味では、同じことだ」

「違うってば!」

「はいはい、違う違う」


(あーもう、この雪だるま、くずして平たくしてふんづけたい! バカにして。なにが姉よ、同時に生まれたくせに!)


 私は腹が立って仕方なかったが、ライムは肩をすくめ、それからピシリと言った。


「いいから、午後の授業に入るぞ! そろそろテーブルマナーくらい、完璧に覚えろ!」


 なによもう、と私はぶつぶつ愚痴をこぼす。


「だいたいねえ。ものを食べるなんて、せいぜい一本フォークがあれば、それで充分じゃないの。なくたって、問題ないくらい」

「手づかみで食べたかったら、自室で勝手にそうすればいい。だが、社交の場では決まりごと、ルールというものがあるんだ。ましてお前は、王女なのだから」


「そんなの、知らなかったし」

「今は知っているんだ。覚悟を決めろ」


 こんなやり取りは、もう何十回もしてきた。

 ライムはかなり強情で、負けず嫌いで、決して折れない。


 やれやれと私はあきらめて、空のお皿と食器が用意されている、テーブルに向き直った。


 毎日がこんなふうで、他に王国史、魔法学、帝王学、楽器とダンス、外国語に詩と文学、字の練習などの授業もある。


(でも、キラキラの部屋での勉強だから、まあいいか。布団もベッドもふかふかのキラキラで、清潔でいい匂いがして……なにより安全だし。もしここに来られなかったら、岩場が寝床で、食料は木の実か、せいぜい川魚くらいしかなかったもの)


 宮廷でのお茶の時間のお菓子や、食事内容は、素晴らしいものばかりだ。


 ただ、もう少しこの姉とやらが、おだやかな性格だとよかったのに、とは思わずにいられない。


「こら、落としたスプーンは、自分でひろうな、と言ってるだろう」

「だって、人に頼んだ方が、時間がかかるじゃない」

「それは僕も思うが、そういうルールなんだ。さあ、もう一度」


 気に食わない姉ではあるが、上手にできない私に何時間も付き合ってくれる、という意味では感心する。


(それに僕なんて言って、男装して、ちょっと変わってるけど。私の、お姉さん。血の繫がった、肉親だもんね)


 盗賊団での暮らしのような、自由で気ままな生活は、もう二度と無理らしい。


だが、衣食住に不自由しないことはありがたい。


食べていくことの大変さを知っている私としては、多少のことは我慢しよう、と考えていた。


♦♦♦


「どうだ、マリィ。ロビンの勉強具合は」


 夕食は、私の部屋でもライムの部屋でもない、また別のきらびやかな場所が用意されている。


(いったいこのお城、何人くらい人がいて、どれくらい部屋数があるのかな)


 自室に通されてから、ライムと過ごす共通の居間と食事の部屋以外、まだ私はお城のことがよくわかっていない。


 ただ、こうして食事をするにしても、周囲には侍女たちが常にひかえ、背筋を伸ばして立っていた。


「ロビン王女殿下におかれましては、ダンスはとびぬけた成績をおさめておりますが。外国語、王国史、文学などは、あまり興味をお持ちでないようです」


 答えたのはライムの背後に立っていた、私の家庭教師のひとりである、マリィ女史だ。


 そうか、とライムはうなずく。

 それから一呼吸おいて、なぜか深刻な顔になって言う。


「……肝心の、魔力はどうだ」


 その問いに、髪をお団子にしたマリィは、難しい顔になった。


「はい。そ、その。まことに申し上げにくいことでございますが。そちらは、つまり、残念ながら、まったくといっていいくらいに」

「わかった。もういい」


 ライムは聞き終える前に、言葉をさえぎった。


「ロビン。先日も話したが、来月には王宮内で王族による『選別の儀』がある」

「ああ、うん。王族が魔力の強いか弱いかで、分けられるんでしょ?」


 このボンファイア王国の王族たちは、魔道を使えるのだそうだ。

 私はちっとも知らなかったけれど、教師について練習するうちに、ちょっとだけ使えるようになっている。


「私、わりと才能ある気がするのよね。ほら、見て」


 指先で空中に簡単な魔法陣を描くと、すーっ、と花瓶の下に落ちていた葉っぱが、テーブルの上を滑っていった。


 それがライムの前までいくと、ぴたりと止まる。


「フン。これくらいは魔法陣などなくとも、赤ん坊でもやってのける」

「えっ、そうなの!」


 私は軽いショックを覚える。


「知ってたら私、クレイターたちといるときに使えばよかった。薪集めとか、衛兵から逃げるときとか、絶対に役に立ったのに」


 悔しがると、コホン、とライムは咳払いをする。


「ロビン。盗賊団とやらのことは忘れろ! これまでの暮らし、食べるもの、話し方、すべてについてだ」

「はあ? そんな簡単に、忘れられないわよ」

「難しくとも、忘れろ!」


 ライムは鋭い声で言う。


「今のお前は王女だ! 完璧なレディとしての作法を身に着ける。それまでは、思い出にひたることも禁止だ!」


「……はーい」


 ぼそっと小声で応じた私だったが、冗談じゃない、と心の中では反抗的に思っていた。


(ふざけないでよ、この雪だるま! なーにがレディよ。そんな簡単に、忘れられるわけないじゃない!)


 冬の寒い日、クレイターにしがみついて眠ったこと。


 パチパチ燃える火を囲み、男も女も酒を飲み、私は果実を食べて、夜明けまで歌ったこと。


 どっさりと金貨を手に入れて、それをまずしい人々の家の前に、そっと少しずつ置いて回ったこと。


(私にとっては、全部大事な思い出よ。それに、みんなは家族も同様だったんだから。豪華な暮らしをして、のんきに男装なんかしてるあなたが、ぬくぬくと王室で世話をされてるとき。私たち盗賊団は生きるために戦って、血と泥の中をはいずり回って、必死だったのよ!)

 

 私はそんなふうに、ライムに反発を覚えずにはいられなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ