捕まえてみた 下
アレックスはテーブルに頬杖をついた。
賢いパーティーならば、難易度が上がれば上がるほど、後衛職がどれだけ重要な役割を担う存在か理解している。それが理解できないなら冒険者として上を目指すべきではない。
「君さ、同じSランクのパーティ紹介してあげるから、牽引されてきなよ、僕の読みだと中層に行く前に放逐されるか死ぬかのどっちかだけどね。ちなみにウチは絶対にやらないよ。リーリエが抜けてそんな余裕ないし」
そう言って隣に座るリーリエに目を向ければ、我関せずと黙々と食事を口に運んでいる。
実に彼女らしい。とアレックスは思う。
「だいたいさ、なんでそっち信じたの? 寺院にリーリエのパーティに入ったこと、報告しなかったの?それに君ら、ギルドを通してリーリエのパーティーに入ったよね」
「高ランクの癒術士の立ち上げたパーティーに入ったとだけ。パーティー名とリーダーの職業以外は特に聞かれなかったので。それに、リーリエさん、普段タグを見える位置に下げてませんでしたから、その……最初は【疾風迅雷】の癒術士だと知りませんでした」
だんだんと言葉尻が小さくなっていくアリアの言葉にまあ、それはそうかとアレックスは納得した。寺院とて、まさかSランクの癒術士が駆け出しだけ集めて一からパーティーを結成するなど酔狂を起こすとは思うまい。
(それよりも問題なのは)
アレックスはリーリエへと視線を向けた。リーリエは明後日の方を向いている。
「リーリエ?」
「【疾風迅雷】のネームバリューやランクタグにつられる変なプライドを持った人間よりも、何も知らない駆け出しの方が面倒が少ないと思った」
「結果、変なプライドを持った駆け出しを引っ掛けてしまったみたいだけど?」
「一応、そうでない噂がある事なんかも皆に話はしたんです」
アリアは慌てて声を上げた。理由は何であれ、Sランクパーティーに所属できるだけの実力あるヒーラーだ。迷宮に潜れるようになって間もない自分達とは実力の差は推して知るべしである。それに、円満に脱退したとなれば、そのパーティーとの繋がりが今も続いている事になる。それがどれだけ不味い事かは理解できる頭は持っていた。
「そしたら、ロイドさんは、それこそただの噂だって……」
アリアはリーリエのにちらりとだけ視線を向け、言いにくそうに元パーティーメンバーの剣士の名をあげる。
「そのロイドくんとやらが、何かマズい事でも言ったの?」
ぬけぬけと笑顔で言葉の先を促すアレックスに、顔を青くしながら口を閉ざし、リーリエの顔色をちらちらと窺い見る。
「殴らない。言ってみろ」
アリアはごくり、と唾を飲み込み、精いっぱいの決意でもって口を開いた。
「り、リーリエ……、さん、て、て、程度が、え、Sランクパーティーに、は、入れるなら、そ、その、……パーティもた、大したこと、ないっ……て、お、俺たちだったら、Sランクの、上を目指せるって」
「ほう、大きく出たねぇ。仮にも迷宮攻略のトップを張ってる【疾風迅雷】だよ? リーリエ、甘やかしすぎじゃない?」
「だからきっちり締めただろう?次から失敗しない」
決意を新たにしたリーリエの様子にアレックスはため息をついた。
「それでもちゃんと付き合ってれば、彼女の中身がどんなかわかりそうなものだけどね。僕は総本山の出だけど、迷宮都市含めた近隣の寺院には彼女に関して僕が釘を刺してるし、神殿側はウチのマークが手を回してる。魔法協会は魔法使いのサリーナが首根っこ押さえてる。教会は、最初から我関せずだったかな? 何にせよ安易に手を出していい子じゃないんだな、これが」
アレックスはちらり、とリーリエに向けた目をアリアへと移す。
「リーリエがギルドに僕らと滅多に顔を出さなかったのはね、単にリーリエが面倒くさがりっていうのもあるんだけど、あんまり目立ちたくないっていう、本人の希望だったんだよね。本人曰く、言葉も通じないような僻地で育って、ここいらの常識にも疎い。言葉も最近は少しマシになったけど、この通りでしょ? ウチも何だかんだ言って注目を集めるパーティーだし」
と、そこで言葉を一旦切って、アレックスは意味ありげに口の端を僅かに吊り上げる。アリアは不意に嫌な予感がした。
「で、噂の真相を明かせばさ、リーリエが僕らのパーティーから抜けた例の騒動の切っ掛け、「実力が釣り合わない」って言葉、アレね、逆なんだ」
「……は?」
「僕らの実力では、今のリーリエには釣り合わないんだよ」
「え?」
「だから、僕らはリーリエに待ってもらっているんだよ。回復職に牽引される戦闘職なんて、笑えないだろ?」
アリアは言葉を失った。
「そんなリーリエにせっかく選んでもらったのに」
アレックスの目が薄っすら開き、隙間から青い瞳が覗く。
「残念だったね」
言葉こそあっけらかんとしたものだったが、その青い瞳には明らかに侮蔑と憐みが多分に含まれていた。
止まった思考がゆっくりと動き出す。
彼の言葉の全てを理解した瞬間、自分の中にどっと押し寄せてきたものは、言い知れない重たさを含んだ後悔だった。
どこで間違ったのか、もっとあの噂を精査していれば、他人の言葉を鵜呑みにせず、自分の目で確かめる事を怠った。保身の為に数の多い方に迎合した。冒険者の常識すら放棄して。
結果、拠点から追い出され、ギルドからは重大なペナルティを課され、寺院からは僧侶の資格を剥奪された。冒険者の資格こそギリギリ剥奪は免れたものの、無期限の凍結を言い渡された。
悄然と項垂れるアリアにアレックスは一枚の誓文書を差し出した。
「で、まあわかりきった本題なんだけどね、君が認識及び推察できた神の奇跡とやらの内容は口外無用に頼むよ。よくあるんだよ、普段注意を払っているのに、酒の席でうっかり、なんてことが。そんな奴に限って翌日には迷宮都市からいなくなる。もちろん、【疾風迅雷】は一切関与してないし、彼らがどうなったか、なんて知らない」
それは情報の漏洩を一切を封じる為のものだった。続けて聞かされた内容に冷たい鉛が胃の腑に滑り落ちる感覚を味わう。
あの追放劇以降、剣士の姿を見ていない。他の二人は一瞬だけ、遠目に見かけた。迷宮都市は広い。あれだけの事をやらかした手前、往来を歩きづらいというのもあるかもしれない。
(たまたまだ)
そう言い聞かせるアリアの前にもう一枚、別の誓文書が差し出された。
そして寺院の所属を示す真印を象ったペンダント。
「寺院に剥奪された僧侶の資格の取り消しはできない。それは神の教えに反する。
だけど、資質を失わずに正しくあろうとする者に新たに資格を与える事は道理に反してはいない」
アリアの喉が大きく鳴った。それが建前である事を彼女はよく理解している。
「君の為に特別にわざわざ用意してあげたんだよ」
アリアは目の前に提示された真印を見つめた。彼女の知る一般的な僧侶に渡されるものに非常によく似ているが、そうではない。つまり、これはアリア自身を守るための物であり、縛るためのものだ。
理解したアリアは差し出されたペンを震えながら手に取った。
★
アリアが食堂から去り、二人きりになったのを確認したアレックスは深々と溜息をついた。
「もうちょっと地味にできない?キミ」
「ばれないようにやったら神の奇跡扱いされてちょっと腹が立った」
「他の人が普段どんな感じの魔法使うか見てるでしょ」
「色々勉強になる」
「いや、そうじゃなくてさ、新しく魔法を覚えろってことじゃなくて、周りの同業者がどの程度の奇跡や魔法しか使ってないかを見て、真似しなさいって言ってんの。サリーナは面白がってるし、リーダーは何考えてるか解らないけどさ、マークの苦労も察してやりなよ。」
アレックスは再び深いため息をついた。