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怒られてみた  下

「……何って?」


 マークの限りなく抑えた声に途端、リーリエの声が震え、目が宙を彷徨う。


「あの小僧、テーブルにぶつけて気絶させたろ、そのあとだよ」

「普通の———」

普通ただのヒールじゃねぇだろ。ヒールに気付けの作用はない」


 マークははっきりと断言した。

 彼は神殿所属の聖騎士だ。本職(ヒーラー)に及ばないものの、回復魔法を使えるし、それがどういうものかは理解している。

回復ヒール】は傷を癒すものであっても、気絶した人間の意識を回復させるものではない。

 しかしこの目の前の少女はたった一言、たった一動作ワンアクションでそれをやってのけたのだ。


 じっと見つめ合う事数瞬。先に目を反らしたのはリーリエだった。


「……ヒールの中に【衝撃ショック】を混ぜた」

「……いい加減俺もキレるぞ」

「キレる意味がわからない」


 悪戯がばれた子供のような表情でいてなお、その往生際の悪さにマークの拳に力が入る。


 駄目だ。落ち着け、俺。


 マークは一旦目を瞑り、大きく深呼吸をし、荒ぶる気持ちを落ち着ける。


 よし。


「いいか、リーリエ。魔法には指向性ってのがあってだなぁ、そんな軽い感覚で混ぜられるものでもないんだよってか、迷宮都市ここでは魔法と神の御業は絶対混ぜんなって前にも言ったよな?」

「……実際できたしバレてないし」


 びきりっとマークの蟀谷(こめかみ)に血管が浮いた。


 世の中には魔法や神術に関する構築理論というものがある。

 それは専門分野のエキスパートが組み立てた理論であり、細かな点で言えば、未だ議論の余地があるが、大きな点ではないとされている。


 この世界には魔法を構築するのに必要な、それぞれの属性に応じたエネルギーの素となるものが満ちている。

 四大元素、世界の根源たる光と闇、信仰によってもたらされる奇跡の御業。

 それら単体の扱いはそれほど難しいものでもないが、全く別の属性を同時に使いこなすとなると一気に難易度が上がるができない事ではない。しかし、混ぜる事は不可能である。という結論に至った。


 魔法と神の御業は根本が違う。


 それは神と人の不可侵であり、神を信ずる者らからすれば、神の御業と人の魔法を同列に並べる事は神に対する冒涜であり、魔法を研究するものからすれば、神というあやふやな存在からの援けなくして使えない御業と人の研鑽の証たる魔法を同義に語るなという事である。つまりは組織の対立を含めた諸々の大人の事情の絡んだデリケートな問題を多いに含んでいるのである。


 しかし、その常識の範疇をあっさり超えて見せるのがリーリエという少女なのだ。その辺りの話は何度も話して聞かせた。なんなら、子供でもわかるレベルで噛み砕いて聞かせた話だ。


 それでも俺の言葉に耳を貸さないってのはアレか、ウチの魔法使いの「だ~いじょうぶ、バレないように上手くやれば問題ないから~」とかいう能天気な言葉の方を真に受けたのか?


 たしかに巧妙にやっていた。周りの野次馬も一瞬の事に何が起こったかは理解していない様子だったのは確認済みだ。アレに目ざとく気付いたのはマークの他にはたった一人だ。その点を鑑みれば、確かに素質はあったのだろう。


 しかし、問題はそこではない。


 マジでなぐりてぇ……。


 マークは心の奥底から湧き上がる衝動を必死に抑え自身に言い聞かせる。

 女に手を挙げるなど、男として、神に仕える聖騎士として、最低の行為である。

 決して倍の威力で殴り返されるのが怖いわけではない。怖いわけではないのだ。


 そして深呼吸を三回繰り返した。


「……お前んトコにいた元僧侶。あいつ捕まえてしっかり口止めしとけ。多分まだこの辺うろついてるだろ」


 あの表情から察するに、リーリエと迷宮に潜った際、不可解な出来事に何度も訝しんだに違いない。単純に【回復ヒール】のみの援護に見せかけて色々何度もやらかしたその光景が目に見えるようだ。


 具体的には34回やらかしているに違いないのだから。


 人の口に戸は立てられず、どこで誰にどんな話が流れるかもしれない。

 神殿にしろ、寺院、教会にしろ、信仰系はとかく利権が絡んで厄介だ。

 マークの言葉にリーリエがわずかに眉を寄せる。


「その言い方だと、あの僧侶が今は僧侶じゃないみたいな言い方だな」

「破門くらったってよ。迷宮都市所属の寺院ってのがマズかったろうな」

「何故?」


 心底不思議そうに尋ねるリーリエに今度はマークが眉を寄せた。


「何故ってお前、喧嘩売った相手がお前だもんよ。Sランクパーティ【疾風迅雷ストームサンダー】って言やあ話題沸騰中の押しも押されもせぬ実力派パーティだぞ。そこの元ヒーラーが初めて結成しようとしたパーティをあろうことか徒党を組んで乗っ取ろうとしたんだ、当然の結果だろ」


燃える石炭(カーバンクル)】は元々リーリエが立ち上げたものである。最初は荷物持ちの少年との二人だったのが、後から入ってきた彼らが好き勝手始めたのがそもそもの原因だ。


 確かに前衛は後衛よりも戦闘に関する能力は上だが、ぞれは実力が軒並み揃っている場合である。

 冒険者になって日の浅い低ランクの前衛職と二つ、三つ上のランクの後衛職では積んできた経験値が違う。後衛職は支援が主な役割だが、戦えないわけではない。


 ましてや迷宮攻略の経験者である事すら理解できないようなら冒険者としての先は短い。

 生死をわけるには十分すぎる。


「方や名実共に実力派の元()()()()()()()()()()()()がリーダー、方や自分の力量を勘違いした駆け出しの小僧ども。話にならんねぇ」


 マークは椅子の背もたれに身体を預けた。


「道理で、随分と息巻いていた割に何の音沙汰もなかった筈だ」


 がたん、と椅子とテーブルがぶつかるような音がした。

 勿論、目の前の聖騎士ではない。


 音のした方へ眼を向ければ、テーブルと椅子が見事にひっくりかえり、そこに座っていたであろう少年もひっくり返っていた。


 少年とリーリエの目がぱちり、と合う。


「あれ?そいつ、お前んとこの」


 マークが身を乗り出して少年の顔を確認する。3日前に見た時もそうだったが、顔色が尋常ではなく悪い。身体もがくがくと震えている。

 荷物持ち(ポーター)、という事だが、こんな調子で大丈夫だろうか、と他人事ながら心配になった。


 その少年の震える指がリーリエの首元を指し、唇が何事かを紡ごうと動く。なんとなく言わんとする事を察したリーリエはローブの下に僅かに見え隠れする、ネームタグ(ライセンス)を取り出して見せた。


「これでいいか?」


それは、少年が迷宮都市に来てから話でしか知らない、不思議な光沢を持つ金属でできていた。上を目指す冒険者にとっては憧れの代物だ。

リーリエの向かいに座る聖騎士が同じタグを下げているのを見た瞬間、少年は白目を剥き泡を吹いて倒れた。


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