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追放してみた 下

 常ならば、他所のパーティ内での諍いに時間を割く程暇ではないし、こんな茶番は自分らの拠点で済ませてしまえと、すぐに興味を失うものだが、今回は少しばかり様子が違った。


 テーブル席には治癒師ヒーラーの少女が一人、堂々と座り、その隣で青を通越して白くなっていく少年が精いっぱい身体を縮めて震えながら座っている。

 対するその向かいでは剣士の青年を筆頭に三人の少女。一見すればどちらが優勢か見て取れる構図だが、治癒師リーリエの発言一つで事態はひっくり返るだろう事は予想できた。


 複数が一人を、多数が少数を放逐する様は何度となく見てきたが、一人(二人?)が4人にクビを宣告する姿とその落ち着きようは決してハッタリなどではない。明らかに格が違う。


「……さん、」


リーリエがぽつり、と呟きを漏らした。


「あん? よく聞こえねえな」


 青年の発言にリーリエの隣の少年の肩が大きく跳ねた。


 戦闘向きの4人に比べ、戦闘に不向きな二人の姿に旗色は治癒師側が悪いと見て取った者はこれではただの《《いつもの》》パターンで終わりそうだと判断し、己のやるべきことに意識を向けた時だった。


「リ・ー・リ・エ・『さん』」


 ドスの効いた声を聞いたと思うや否や、リーリエは椅子から身を乗り出すと、剣士の青年の髪を勢いよく引っ掴み、その顔面をテーブルに叩きつけた。


 次いで、「ひぃっ……!!」という情けない悲鳴を上げた少年は椅子から転げおち、完全に腰を抜かしている。


「先輩には敬意を以て接する。上下関係は大事。パーティ加入の際のルールブックにも書いてあった筈だが?」


 予想外のバイオレンスな出来事に、その場の誰も声一つ上げる事も出来ずに固まった。


 リーリエが手を放すと青年の身体から力が抜け、その場にずるり、と崩れ落ちようとしたのを慌てて魔術師の少女が支える。

 おろおろとしながら首を巡らせ、僧侶の少女と目が合う。しかし、僧侶の少女も気が動転しているようで、どのように行動していいかを迷っているように見えた。


「……ヒール」


 パチン、とリーリエが指を鳴らせば、青年の下りた頭が弾かれたように上がった。ばちり、と目を開けた青年は何が起こったのか状況が理解できないでいたが、リーリエと目が合うと慌てて立ち上がった。何が起きたのか明確な答えを返せるものは一人もいない。わかるのは、全員一様に青い顔をしていることだけだった。僧侶の少女に至っては、今見たものが信じられないという顔をしていた。


「で、誰がリーダーだって話だったが」

「お、おう……」

「実際は私の指揮にお前らが一切従わなかったの間違いだ。その出来の悪い頭の中の記憶を修正しておけ」

「げ、現場の事は実際に戦う俺たちが一番わかっている。こちとら前線で命張ってんだ、い、一番後ろに引っ込んで、ヒール飛ばすだけの奴の指示に従う馬鹿がいるかよ!」

「成程」


 リーリエのひと睨みに勢いを削がれた青年に一つ頷いてみせれば、周囲の野次馬の中から失笑が漏れた。最初の勢いこそ剣士を中心とした4人にあったが、この場の主導権が誰にあるかは明白だ。


「お前のその指示とやらで、私が手を出さなければ何回死んだと思う?」

「は?死んだも何も、俺たちはほぼ無傷で中層まで……」

「34回」

「は?」

「潜った回数での数じゃない、一回潜っただけの回数だ」

「入口で3回、中に入って上層で8回、中層で23回お前らは死んだ」

「そんな筈はねえ!!あんたの回復ヒールは指の数でも足りる程度だった、メインの回復は僧侶が……」

「その僧侶様が何回も繰り返し言ってたろ? 『神のご加護か奇跡だ』って。お前らはそこの僧侶の謙遜と勘違いしていたようだが、なあ?」


 僧侶の少女は青い顔を更に青くして震えていた。おそらく、今のリーリエの回復魔法で今までの戦闘中に起きた奇跡とやらが合致したのだろう。


「お前らの迷宮攻略ダンジョンアタックに限ってだけいえば、私がその神だ」

「ふざけんじゃねえぞ」

「ふざけているのはお前らだ。命のかかった現場で、リーダーの指示を無視して好き勝手に動き、あまつさえ『死ぬどころかほぼ無傷で中層まで来れたのは俺たちの実力だ』ときた。死にたいなら他所へ行け。当たり前だが私の拠点ハウスから出て行けよ」


 青年の顔が再び赤く染まる。それが羞恥のためか、怒りの為かはわからない。しかし、普段、リーリエが何も言わない事をいいことに、偉そうに幅を利かせていた手前、ここで引く訳にはいかない。青年は己を奮い立たせリーリエに向かって指を突き付けた。


「うるせぇ!! クソ女が! パーティメンバーの過半数の同意があれば、リーダーを別のメンバーに換える事ができるって、ギルド規則に書いてあんだろ? 手前ぇが今更何を言おうが何もかも手遅れなんだよ!!」


ギルドの定めたルールは絶対だ。


「パーティのルールブックは読んでないのにそっちのルールはそれなりに勉強したようだな」

「はっ、今更謝っても遅いぜ、首になるのはてめぇだ、リーリエ!!」


 青い顔をしながらも勝ち誇る面々にリーリエは深く溜息をついた。


「だ・か・らぁ……」


 ゆらり、とリーリエは再び椅子の上に立ち上がる。


「リーリエ『さん』だって言ってるだ、ろ!!」


 鷲掴みにされた青年の頭は再びテーブルに沈められた。しかし今度は手加減されたらしく、青年に意識はあるようで、味方である筈の少女ら三人は一様に固まっている。


「お前ら、ギルドの規定書しか読んでないだろ」

「そ、それが、どうしたのよ」


弓士の少女が言い返す。


「いいか、よく聞け、その項目には概要の最後に小さく(・・・)こうある」


ごくり、と誰かの喉が鳴った。


「『詳細はギルドにご相談ください』」


しん、何度目ともわからぬ訪れた静けさ。4人の表情が僅かに強張る中、リーリエは構わず続けた。


「拠点を持つパーティー、もしくはクランリーダーの一方的な交代は特別非常措置にあたる。従って、ギルドの徹底的な調査が入り妥当と判断されない限りの交代はない。ギルドの許可なく勝手にリーダーを挿げ替えようものなら罰則が下るぞ。

リーダーにしたってそうだ。『お前よりリーダーにふさわしいのは俺』とかイキリ散らして言い出す馬鹿をギルドがすんなり認めると思ってんのか?」


周囲の野次馬の中でも仲間を纏める位置にいるだろう幾人かがうん、うん、と頷いている。

冒険者は基本根なし草だ。他所から来た人間がその場所に居を構えるのは非常に難しい。冒険者なら尚更だ。その地に古くからあるギルドはその地に冒険者を根付かせる権利を有する唯一と言っていい組織だ。従って拠点を構え、ギルドの定めたルールに反する事のない、上に立つに値する人間かを見極める責任がある。


だから拠点を手に入れるには、実績だけでなく、その人となりやギルドからの信頼の厚さも必要なのだ。


「しかも、ギルドが必死になって収めた騒動をギルド内(こんなところ)でやらかしたんだ、よしんば私をリーダーから引きずり下ろす事に成功したところで拠点はギルドに没収、または差し押さえだろうな」


ま、そうはならんが、と小さく付け加える。


それだけの確信はリーリエにあった。


「さて」


リーリエがにっこりと微笑みかけると4人が一斉に顔色をなくした。


「パーティーにおける規約違反項目に則って、違約金代わりにお前らの財産全部差し押さえてもいいが、今回だけは特別に見逃してやる。とっととウチから出て行け」


一様に青い顔で少女らは絶句し、青年に至っては何かを言い返そうと魚のように口をパクパクさせているが、言葉が出てくる様子もない。


「それと、冒険者を続けるにしろ、やめるにしろ、この件についての見届け人にもきっちり挨拶しておけよ、ウチから出て行って、はい、さよなら、ってワケにはいかないからな」

「見届け人って何よ、これはパーティー間の話し合いでしょう!」


完全に腰が引けながらも噛みついてくる魔法使いにリーリエは呆れた視線を返した。


「バカだなぁ、ここはギルドの中だぞ? 別の場所ならまだしも、こんなところで明らかにギルドに知られちゃマズい話し合いを大声でやったんだぞ、おまけに見ろ、この野次馬どもを。証人は十分にそろってる」


リーリエはにやりと笑い、「なあ、」と二階を部分から面白そうに見学していたであろう男に声をかける。茶色の髪にがっしりとした体格の年配の男はにやにやとした笑いを隠そうともしない。その男の顔を見た周囲の野次馬たちに動揺が走った。


「おい、」

「アレって、まさか」

「マジか……、終わったな、あいつら」

「お、おい、誰だよ、ギルドのお偉いさんか?」

「バッカ、お前ここでどんだけ冒険者やってんだよ」


などと周囲がざわめく中、その男が何者なのかを知らない4人はうろたえる。


「おう、リーリエ、面白い茶番を見せてもらった、そいつらはこのギルド長の俺が責任を持って対応する。勿論、逃がさん」


ギルド長は非常に良い笑顔でリーリエに向けて親指を立てて見せた。


「ギルド長!!」


僧侶の少女が素っ頓狂な声を上げた。他の三人は完全に顔色をなくし、その場にくずおれた。


騒動を起こした元凶らがギルドの奥へと連行されたのを見届け、そういえば、隣がやけに静かだな、とふと、振り返れば、リーリエの隣に座っていた筈の少年は床で静かに気絶していた。

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