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追放してみた 上

 迷宮都市、それは大陸にある数ある国々の中で唯一のどの国からも干渉を受けない、複数の迷宮ダンジョンを擁する国なき都市である。一説によれば、嘗て栄えた国が滅び、都市だけが残ったなどとも言われているが、真実は定かではない。ともあれ、迷宮ダンジョンに夢を持ち、大望を抱く者らを引き寄せ、そんな彼らを相手に儲けようとする商人らを寄せ集め、その結果、都市として成り立っている事だけは確かではある。


 そんな都市に設置された冒険者ギルドは常に人で賑わっていた。冒険者の仕事は迷宮の探索だけではない。

 実力は千差万別。どれだけ夢を見てこの都市へとやってきても、戦闘の経験も浅く迷宮ダンジョンに入る事すら許されない者らにとって、そこで営む人らからの依頼もまた、大事な収入源でもあるのだ。


そんな冒険者たちの集うギルド待合所に使われる場所。その中で一際人の集まる場所があった。ギルド内での喧嘩はご法度。あくまでも話し合いでケリをつけるのが暗黙のルールであるが、偶に血気に逸った者らが騒動を起こすこともある。そんな場合はギルドの職員が即座に対応に動く。しかし、今回ばかりは違った様子に野次馬と化した冒険者がなんだなんだとその輪に加わっていく。


輪の中心にでは長テーブルを挟んで6人の男女が座っていたが、どうにもバランスがおかしい。

回復職の少女と荷物持ちの少年の2人。

その向かいに座るのは剣士、僧侶と弓士、そして魔術師の4人。剣士の青年以外はいずれも年若い少女や女性であり、一様に余裕の態度を崩さず、対する回復職の少女は無表情を貫き、その隣では荷物持ちの少年が青い顔でがくがくと震えている。


その構図と空気の不味さで何が起こるかは察せられた。


青年は余裕の笑みを浮かべ、椅子から立ち上がる。


「そういうワケだ、リーリエ。パーティーの過半数がアンタをリーダーとして不適格と判断した。よって、ギルドの規則に則って、アンタにリーダーの座を降りてもらう。そして―――」


青年がにやり、と笑う。


「このパーティーからその荷物持ち《やくたたず》と一緒に出て行ってもらおうか」


場が一瞬にして静まり返った。


「最近、また増えたよな」


 野次馬と化した輪の中でぼそり、と抑えた声で呟いた男に、たまたま傍にいた男が同意を示すように小さく頷いた。


切っ掛けはとある実力派の有名パーティーでの癒術士の脱退だった。

話し合いが行われ、実際円満にパーティーを抜けたらしいが、どこでどう捻じ曲がったのか、広まった噂の中では癒術士はパーティーから追放された事になっていた。


 その噂を安易に信じたパーティーが、後衛職はレベルを上げても追い出される程度の実力にしかならないのだと解釈し、切りにかかった。そこから噂に拍車がかかり、騒動はどんどん広まっていった。

大手のクランや実力派と呼ばれる集団ですら《《そういった事》》があったと聞く。その噂に冒険者の死亡率が上がると危機感を持ったギルドが事実確認と共に騒動の火消しや仲裁に回り、騒動は落ち着きを取り戻し始めたのが最近の事である。それでも噂を信じる愚直さを発揮した有力パーティで後衛職は役に立たないのだと追い出し、戦線崩壊したのは有名な話である。


そうして騒動の発端となったパーティーは事態が収束するまでは迷宮攻略を止められている。

実際、癒術士が脱退した際、その理由を聞かれたときに「実力差が開き過ぎた」からだと語った事は事実であり、ギルドに止められるまでもなく、彼らは迷宮攻略を一旦休止するつもりでいたらしい。

おそらく、癒術士が攻略に値する実力をつけるまで待つつもりでいるのだと、人々は噂した。

そうして彼らもまた、各々がさらなる知識の習得や鍛錬に励んでいるらしい。


そうやって落ち着きを取り戻しつつある現在、ギルドの待合の中でも目立つ場所で行われているそれはギルドの不興を買う行為である。なのに職員は彼らに見向きもせず、淡々と仕事をこなしている。

野次馬として集う者の中には彼らパーティーを知る者も少なくない。最近、よく見るようになったパーティだ。結成されたばかりにも拘わらず、既に中難易度の迷宮の中層まで到達した、将来有望なパーティだった筈だ。将来性を見込まれた故の目こぼしかと思う者もいるが、そうではない。ギルドはそんなに甘くはないし、腐ってもいない。それを熟知している少ない者らは余計な口は挟まずに静観している。


この状況を不審に思う者は多い。それ故にこの騒ぎの行く末を見届けようと輪から外れる者はいない。


「はぁーーーーー……っ」


野次馬が息をつめて見守るなか、これ見よがしに深いため息を吐いたのはリーリエと呼ばれた癒術士の少女だった。隣の少年がびくんっと跳ねた。

リーリエは正面で勝ち誇った顔をしている剣士をめ上げる。


「何だ、リーリエ? 言っておくが、俺がリーダーになった以上、あの拠点ハウスも俺のものだ」


それに野次馬らはああ、そういう事か、と納得した。


つまりこれは、追放を名目にした乗っ取りだ。


冒険者となってパーティーを結成して日の浅い者らの中で拠点となるハウスを持つ事はそうそうない。いつ死ぬともわからぬその日暮らしの冒険者がそれを手に入れるには、一定の信頼と実績、そして資金が必要となる。


この十代も半ばの華奢で儚げに見える少女はその見た目に反してそれなりの実績のある癒術士なのだろう。


薬草採取から地道に始める駆け出しにとって、その道のりは厳しい。風雨や寒さをしのぐには宿を取るかギルドの宿舎と契約する。そこを切り詰めようと野宿を選べば結構な確率で明日の朝日は拝めない。都市の外は魔物が徘徊し、内には破落戸ごろつきや追剥が目を光らせている。

最初のうちは宿代や武器、薬代、食費などでその日の報酬はほぼなくなる。


だから伝手や実力のある者はまず最初に拠点を持つクランやパーティーに入るし、それがない者も自分の利点を売り込み、どうにか入れないものかと画策する。拠点を持つ者からすれば、負担を減らす事で早く強く育てくれれば報酬も上がり、上納金も上がるから、最初は安くても何の問題もないからだ。


その拠点を自分のものにすれば今後の活動は随分と楽になることだろう。それだけ拠点を持つ事の旨味はでかい。

そして、下手な気を起こさせない為にこうして大勢の目の前で事を起こしたという訳だ。

反論に足る理由が弱ければ、これは実質の公開処刑だ。訳アリの癒術士などと組みたがるパーティーはいない。


「バカだバカだと思っていたけど……ここまで馬鹿だったとは」


落ち着いた、凛とした声が響いた。


「お前ら4人全員クビだ。ウチからとっとと出て行け」


再び場が静まり返った。場を圧するその声が、一体誰から放たれたものかを彼女をよく知らない者らは理解できなかった。いや、その可愛らしい見た目と発言内容のギャップの激しさに理解を拒んだと言っていい。


それが、リーリエの発言と理解した剣士の顔にみるみる血が昇り、赤くなる。


「ふっ……、っざけんな!!」


 剣士の拳が乱暴に机に打ち付けられた。

場を剣士に任せていた少女達が乱暴に椅子を蹴立てて立ち上がり騒ぎ始める。


「そうよ、あんた何様のつもり?」

「あんたはこのパーティーから追い出されたのよ役立たず!」

「アタシらよりちょっと先に冒険者デビューしたからって身の程を弁えなさい、穀潰し」


聞くに堪えない罵声に周囲の野次馬らの表情が歪む。仮にも自分達を受け入れてくれたリーダーに対する発言ではない。

周囲の反応を追い風と取った青年らが更に意気込もうとしたところをリーリエの有無を言わさぬ言葉が遮った。


「何か勘違いしているようだが」


リーリエがじろり、と4人を睨む。


「お前らにひとつ聞く、最後に潜った迷宮での、リーダーは誰だった?」

「そりゃ、アンタだったぜ、リーリエ。だが、実質現場で指揮を執っているのはこの俺で、アンタはただのお荷物だった」


うすら笑いで肩を竦める青年に三人の少女らが同調する。


野次馬たちは先ほどとは違った意味で固唾を飲んでそのやり取りを見守った。




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