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第5話 家族(後編)

 山を背にした屋敷を出て環奈達が歩みを進めるのは、自分達が通う異能力開発機関へだ。


 この近辺は都会ほど栄えておらず、かと言って田舎ともつかない中間の街並みが広がっている。そんな街には人間以外のヒト種も多く見られた。


 そんなごく普通の街中に、しかも山に面しているような屋敷から徒歩で向かえるほどの距離に、なぜ数が少ない異能力開発機関があるのかと言えば、それは多方面に根を張っている秋の仕業としか言えない。



 環奈、アグナ、マルス、アルカ、美月、信幸の六人は慣れた通学路を通って、いつものように学校へ向かう。アッシュとクレアはまだ自宅で朝食を摂っていることだろう。


 着物にぽっくり下駄に番傘がトレードマークの美月も流石に制服を着ている。成りきりのために生活を犠牲にする気などさらさらないのだから当然だが、その口調だけはいつもの通りだ。


「……はぁ……朝は好かねぇでありんす」


「前々から気になってたけど美月って吸血鬼なわけじゃないんだよね?」


「母上も純血の吸血鬼ではござりんせんからね、それに加えて父上の血も混じってるとすれば、わっちに遺伝している吸血鬼の要素は限りなく皆無に等しいでありんしょう」


「吸血鬼の部分もあるけど、殆ど普通の人間と変わらないってことかな」


 兄マルスの言葉に美月は頷く。


「着物とか下駄は生徒指導室送りだから無しだとして、吸血鬼の血を引いてる美月の立場なら、番傘ぐらいは許してもらえんじゃねぇのか? 実際、副会長が家のしきたりとかで舞妓さんみたいな服装を認められてんだし」


「それもそうでありんすね。後で掛け合ってみまひょ」


「うわでた。なんか色んなのが入り交じってる、美月特有のやつ」


 そう言うアグナを美月が睨み付けるが、既にアグナの興味は逸れており、アグナは道端に落ちた子供用の靴へ目を向けていた。





 今さらだが、異能力開発機関に正式な学校名などはない。異能力開発機関は全て等しく異能力開発機関だ。……が、それでは不便だからと一般的には、異能力開発機関がある地名+異能学校と呼ばれている。なので、千代田区にある異能学校は、千代田異能学校などと呼ばれるわけで、環奈達が通う異能学校は『横浜異能学校』になる。


 二つの世界が重なりあったことによる地形の変動で、世界は、日本は、横浜市は、大きく形を変えていた。嘗ては栄えていたこの街も、地形の変動によって壊滅的な被害を受け、人も多く死に、以前ほどの活気はない。

 たくさんの人死にこそあれど、日本という小さな島国が沈んでしまわず、ある程度の形を残しているのは──形が変わるだけで済んだことは幸運だったと言える。

 ちなみに、環奈達が住む屋敷が背にしている山も地形の変動によって出現したヴァナヘイムの一部で、相模湾は出現した大陸によって、埋め立てられたかのように跡形もなく消え去っている。



 澄み渡った晴天の下に繰り広げられているのは、新しい学年での生活を告げる校長の言葉。眠らされないように気を張って耐えて凌ぐ。それが終われば生徒会長や教師の比較的短い話を聞いてから、担任によって新しい教室へと誘導される。……アッシュとクレアは校長の話を途中から聞くはめにはなっていなかった。


 横浜異能学校は中高一貫校であり、高等部と中等部で別々の校舎が用意されている。

 高等部の一年である環奈は不安を抱えながら。

 中等部の三年であるアグナ、マルス、アルカと、中等部の二年であるアッシュ、美月、クレア、信幸も不安を抱えながらそれぞれクラスの列に続く。

 高等部も中等部も一学年のクラス数は四つで、同じ名字の生徒がいるのはややこしいからと、全員がバラバラのクラスに配置されている。それによって抱える不安は、もちろん友人関係だ。


 去年の自分の姿を思い返してみれば、そこにはいつも兄弟姉妹の誰かがいて、そんな大家族の輪の中に他人が入り込むことなど当然できず、結局友人はできなかった。


 けれど、今年は違う。全員で話し合って、学校内ではなるべく接することのないようにと決めたのだ。

 家族の誰の力も借りずに友達を作る。言葉で言うなら簡単だが、友達作り自体それほど簡単な事ではない上に、もう誰もが入学初日ではないのだ。周囲は既に自分達の輪を形成していて、他人である自分達がそこに割り込むのは容易ではない。……そう、去年と立場は逆。輪の絆の強固さを知っているから、不安はどんどん募っていくわけである。


 高鳴る心臓の鼓動が足音のように早まっていくのを感じながら、それぞれ新しい教室へと向かった。





 結果から言えば、アグナ、マルス、アルカ、クレア、信幸以外惨敗。つまり環奈とアッシュと美月以外掴みは完璧だった。


 アグナはその親しみやすい性格から男女共に好印象を与え、マルスはそのカリスマ性から人を惹き付け、アルカはそのふわふわした雰囲気で周囲の保護欲を掻き立て、クレアはその人柄の良さと可憐さから自然と声をかけられ、信幸はその愛嬌から女子ウケがよかった。


 一方、環奈は優れた容姿のお陰で男子からの注目を浴びるものの、その勝ち気さと若干の高飛車な性格のせいで関わり辛い印象を与えており、アッシュは机に突っ伏して寝ていたからそもそも話にならず、美月も環奈と同じ理由から男子ウケは良かったが、無意識に醸し出している妖し気な雰囲気と花魁を意識した口調のせいで「なんだコイツ」と距離を置かれていた。


 短い初日が終わり、昼飯時の少し前に全校生徒が揃って家路に就く。校門の前で待ち合わせをしてから環奈達も帰路に就く。


「なんとなくだけど、お姉ちゃんとあっくんとみーちゃんは絶対こうなる気がしてたんだぁ」


 ……と、アルカが言う。


「んー……親しみやすい印象を与えるように気を付けて自己紹介したし、休み時間も積極的に話しかけたのに、なんで友達になれないのかしら……」


「アッシュはどうなんざんす?」


「僕は自己紹介の時以外ずっと寝てました。ありのままの自分を受け入れてくれない人と友達になる必要なんかないですから」


「確かに。友達って悩みとかを腹を割って打ち明けて一緒に困難を乗り越えていくもののはずよね。なら、あれこれ努力して本当の自分を隠して、相手好みの人間になったりしたらダメじゃないの」


 アッシュの答えに、確かに、と共感する環奈。しかしマルスが呆れたような声音で環奈に言った。


「環奈姉さん、そうじゃないと思うよ。友達って言うのは、一緒に過ごして信頼を積み重ねていって、そして最終的に自分を曝け出すものなんじゃないかな。……環奈姉さんは自分のことを受け入れてくれる人ならなんでも打ち明けちゃうの?」


「別にそう言うわけじゃないけど……でもそれって、自分を偽って相手を騙して近付くってことじゃない。そんなの嫌よ。人と接するなら正々堂々と真正面から向き合わないと」


「その心掛けは綺麗で素敵だと思うけど、その魅力を知ってくれる人がいないとどれだけそれを貫き通しても意味ないよ、姉ちゃん」


「あんた達が分かってくれてるならそれでいいのよ」


 姉のそんな返答に危ないものを覚える信幸だったが、満足そうで穏やかな顔をして歩いている姉に水を差すようなことは言えなかった。





 帰宅してまず環奈が向かうのは、父と母の寝室。……別にいかがわしいことをしていないかと覗きに来たわけではない。父が主に居る場所が寝室だからそこへ赴いているだけだ。

 目的はもちろん決まっている。環奈にとってこれは学校から帰宅した後の日課のようなものだった。時間の関係もあり、特に鍛練を積めていたわけでもないのだから結果は昨日と変わらないはずだが、それでも挑まずにはいられなかった。


「お父さん! 今日も勝負の時間がやってきたわよ!」


 バターンと乱暴に騒々しく扉を開け放ち、環奈は根拠のない自信に溢れた満面の笑みで父に声をかける。


 地面に胡座で座り込み、何かの作業をしていた秋が、すぐにそれを白い渦の中に放り込んで振り返り「今日も勝たせないぞ」と言えば、環奈は「今日こそあたしが勝ってやるわ」と返した。


 そんないつものやり取りを繰り広げながら二人は庭へと向かった。





■□■□





 俺が何不自由なく普通に生きているのは……生きているように見えるのは、幾度となく死を経てきたからだ。


 才能という言葉はとても便利だ。

 才能才能と口にして相手を称賛するだけで、相手を持ち上げられて、自分の怠慢を隠せるのだから。


 俺だってこんなひねくれた事を言いたいわけじゃない。

 けど、死ぬ前の周囲の態度と、何度も死んだ後の周囲の態度を見ていると、そう思わずにはいられなかった。

 無能無能と罵っていた癖に、俺が次はこうしようと四苦八苦しながら努力すれば、それを見て才能才能と持て囃すんだ。


 仕方のないことだと思う。

 やり直しの世界にいる人間達には、やり直す前の世界で俺が得た学びを知らないのだから。だから俺が何もかもを最初からそつなくこなせる有能に見えるのだろう。


 そうだと分かっていても、どうしようもなく吐き気がする。どれだけ死んで若返って死んで若返ってを繰り返して、何年何十年と生きても、結局俺は愚を認められない子供なのだ。分かっていても認められず、汚物を直視できない幼さを隠せないのだから。


 頑張りを認めず、努力の痕跡を探そうともせず、全てを才能で片付ける周りの人間が大嫌いだ。それを嫌う自分すらもみっともなくて情けなくて嫌いだ。


 誰だって醜い自分を親しい人間に……嫌われたくないと思う人間に見せたくないはずだ。

 汚を排除して美を慈しむのが人間の無意識であり、人間は自然と汚さを隠して綺麗に生きようと悪戦苦闘し、その癖に他人の汚点を嫌う。

 自分をさらけ出すべき家族に、俺の醜悪さが理由で嫌われたくない。俺が周囲を嫌って生きるのだから、俺が唯一嫌っていない家族に嫌われてしまったりすれば、俺はもうどうすることもできないんだ。


 ……俺は汚く生きてる、俺は汚く生きよう、俺は醜いんだと思っていても、今のように悲劇の主人公ぶって誰かからの光を受けようとしている。

 そんな自分を知ったら、誰かに認識されたら、汚れはより一層汚くなって自分を苛む。


 なら何も考えず、誰の記憶にも残らないほど稀薄に、誰にも何も思われないため刹那的に、誰も汚さないよう清廉に、誰にも汚されないように壁を隔て……そうして夢と化しながら色々な場所を転々としながら生きれば良い。


 だから俺は各地を転々と旅をする。


 幸いにもこの世界は広いから移ろう場所には困らない。

 アースガルズと呼ばれる世界とヴァナヘイムと呼ばれる世界の、二つの世界が重なっているのだから当たり前だろう。


 そうだな……ただ目的を持たずに逃げるように移ろうのも無意味の極みだ。少しでも前向きな旅をするために、浄化計画を遂行しよう。

 世界の美しいところを見て嗅いで聞いて触って味わって、そうして成長するために頑張ろう。

 きっとその旅の過程で色んなものを見ることができて、醜さを受け入れる寛容な心と、醜さを見せ付ける余裕だって得られるはずだ。


 ……せめて、家族に自分を曝け出す勇気ぐらいは欲しい。

 それでいい。それだけでいい。多くは望まない。

 父さんのような強さは、きっと他の姉妹弟が持っているはずだから、俺は、俺しかいない母さんのようになればいいんだ。そうするだけでいいんだ。


 母さんのように、何にも怯まないほど逞しく、困難を乗り越えられるほど強かに、強力な敵にも屈しないほど勇敢に……そう、母さんのようになるのなら、悲劇の主人公でもなく、英雄譚に出てくる英雄でもなく、敵であったはずの魔王と和解してしまうような強さを持った勇者のように。


 魔王の父と和解した勇者の母──アデルのように。


 母のようにとはそう言うことで、そこには俺が欲する全てがあった。

長男

名前:■■

性別:男

年齢:15歳(高1)

誕生日:9/26

父:秋

母:アデル

容姿:黒髪黒目

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