第37話 学び得たものは
父の寝室には全裸の見知らぬ女と向かい合う父の姿があった。
怒りで頭に血が上り、事情も知らないうちから不倫だと決め付け詰め寄った。
そんなアグナの耳に入った「──私はアルファ。秋様によって創造された最初の『人型生命』です」という女の言葉。
「は?」
秋様? 創造された? 人型生命?
言葉の意味は分かるが、しかし、どういった意味なのかが分からない言葉の羅列にアグナは混乱していた。
「聞いてくれアグナ。まず、こいつは不倫相手でもなんでもない。こいつは人型生命──ニンゲン。言ってしまえば、アンドロイドとか人造人間とかホムンクルスとか、そういった類いの生き物だ」
「いや、意味がわかんねぇ……」
「この間、俺が安土研究所でアンドロイドを造ってるって話はしただろ? こいつそこから連れてきた奴なんだよ。人造人間ってのは既に別の形態で別の誰かが造ってたみたいだから、仕方なく人型生命って呼称することにしているだけで、こいつが人工的に創られた生命だってことに間違いはない」
「……それマジで言ってんのか?」
「あぁ」
「……イマイチ信用できねぇけど、まぁ取り敢えずそういうことにしておいてやるけどよ、なんでそのニンゲンさんは裸なんだよ?」
問題はそこだった。いくらニンゲンだからって、全裸の状態で正座させる意味が分からなかった。
「服がないからだな。取り敢えず必要な情報を詰め込ませて、その後で俺が持ってる服を着させようと思ってたんだ」
「普通、先に服を着させんだろうが……相変わらずちょっと感覚がズレてんのな。……んで、俺が持ってる服っつっても、親父が持ってる服ってワイシャツとスラックスのセットだけだよな。女にそんな男っぽい格好させんのか? 男装みたいだからそれもアリだけどよ、そいつにも趣味とかあんだろ?」
「そんなこと言ったって仕方ないだろ、それしかないんだから」
そう、アグナの父──秋はワイシャツとスラックスしかまともな服を持っていない。
本人曰く、着慣れててしっくりくるから、簡単に清潔感が出せて便利だから、などと色々と拘りを持っているようだが、それぞれの胸ポケットに様々な刺繍をしたりして服に個性を出されても、同じ服を着ているようにしか見えないので、アグナとしては複雑な気持ちだった。
「……はぁ……今度オレらと服買いにいくぞ」
「なんでだよ。ちゃんと洗濯もしてるし、着られるんだからそれでいいだろ?」
「ダメだ」
文句を言う父にそう言い切って、アグナは溜め息を吐きながら寝室を出た。
頭に過るのは、こんなのが父親なのか、といった呆れのようなものだった。
帰宅した環奈とアッシュは庭で特訓を、アグナはソファーに寝転がってテレビを見て、アルカはそんなアグナにしがみつき、美月はその傍らで読書して、クレアは母達の手伝いをし、信幸は自室でゲームをする。
そうしてそれぞれが思い思いに過ごす姿は、つい先ほどまで廃都市で戦いを繰り広げていたとは思えない寛ぎっぷりだった。
「『自動反射』は切っておくから好きなように攻めてきなさい、【向量操作】だけで相手してあげる!」
『自動反射』があると特訓にならないため、機能を停止せざるを得ないわけだが、環奈は上から目線でそうアッシュに言い放つ。
「いくよ、姉さん」
アッシュはそう声を掛け、環奈の元へと一直線に駆け出した。
【領域把握】で自分を中心に半径二メートル以内の死角を潰し、なおかつ死角だったそこを完璧に把握しながら、やがてアッシュは範囲内に環奈を捉えた。
「ダメよ、アッシュ。それを過信したら」
そんな声が聞こえたと思ったら、【領域把握】の範囲内から環奈が消えた。
「アッシュが認知できない速度で距離を取られて距離を詰められたら、意味がないもの」
そう、この固有能力の欠点はそこにあった。
最初に成長したカルマと対峙した時、それで顔面に飛び蹴りを食らってしまった。だが、それが分かったところでどうすることもできない。
「【反響】をソナーみたいにして【領域把握】と併用してみたらどうかしら? 空気の振動を感知させられれば相手も警戒して迂闊に攻撃してこないでしょうし、結構いい案だと思うわよ?」
「なるほど」
背後から首筋に手をかけながらそう提案してくれる姉に冷や汗を流しながら、アッシュはなるほどと感心し、その案に関心を抱く。
(そう言えば、前にアルカ姉さんに似たようなことをしてもらって、妖怪の探知をしていたっけ)
妖力を乗せた風で妖怪の探知を行い、主婦を殺害した妖怪と、子供の行方不明事件の手がかりを掴もうとしていた時のことだ。
そこにヒントがあったのかと、それに気付けなかった自分の間抜けさを悔やむ。
アッシュは言われた通り【領域把握】で周囲を把握し、【反響】をソナーのように使用して【領域把握】の範囲内外を探知する。
すると、今までは滑らかに把握できた生物の動きが、残像のように、コマ送りのようになって把握できるようになった。
だが、如何せん魔力の消費が激しい。
何度も何度も【反響】を発動させて魔力の波を放出しなければならないため、魔力の消費が激しかった。
密閉空間であればそうでもなかったのだろうが、ここは屋外、庭だ。魔力の波が跳ね返る場所など全くなく、絶えず【反響】を行使し続けなければならなかった。
「確かにこれなら把握能力が向上するだろうけど、魔力の消費が激しいから、使いどころを見極めて使わないと厳しいね。見極める暇もなく攻撃されちゃったら意味ないし、あまり使い勝手はよくないかも……」
「見極めればいいのよ」
「えぇ……」
滅茶苦茶なことを言う姉に、アッシュは困惑した声をあげることしかできなかった。
■□■□
「や、やった……!」
白い霧は雪の蒸発を、晴れる空と雪解けの地面は、ヨトゥンの消失を──焼失を意味していた。
冬音は感激したような喜びの声を漏らし、胸の前で小さく拳を握っていた。
視線の先には両腕をだらんと下げ、雪解けの地面に立ち尽くし、晴れた空を見上げる春暁の姿があった。正確に言えば、見上げているのは空ではなく、そこに浮かぶ太陽だった。太陽の光を通して輝いて見える白い霧の中に佇むその姿は、幻想的でしかなかった。
「わたしの力を吸い取ったんだから当たり前ってもんだ。だがまぁ、よくやったよ」
「無理やり力を吸い取られて苛立っているのは分かりますけど、素直に誉めてあげればいいのに。まったく、尾花は素直じゃないですね」
「うるせぇよ撫子。結局あれはわたしの力だろうが。あと撫子のな。だからヨトゥン程度ぶっ倒せて当然なんだよ」
ふんっ、とそっぽ向いてそういう尾花。見た目通りの幼い言動に冬音は、ふふふ、と小さく微笑んだ。
「春暁ー!」
冬音が手を振って春暁を呼ぶと、太陽を見上げていた春暁は振り返って手を振り返した。そして冬音達の元へと歩み寄っていった。
「ハ、ハ、ハ? ヨトゥンが敗れタ? お前達はここで我々と共にヨトゥンに轢殺されるはずだっタ。しかしなぜだか五体満足で誰一人として潰えることなく生きていタ。雪も解けタ、空も晴れタ、ヨトゥンが消えタ、理解を越えタ」
口元が破損した人造人間が頭部から煙をあげながらそう言った。それに対して目元が破損した人造人間は落ち着いた口振りで言う。
「理解。無限に再生するのなら圧倒的な一撃で打倒する。ヨトゥンの攻略で最も最適で的確で妥当な手段だ。だが、ヨトゥンを一撃で打ち倒すのは言うほど簡単なことではない。それを成し遂げたお前達人間の底力、称賛に値する」
「称賛に値する、だぁ? おいおいおいおい、立場弁えろよな。お前らは切り札だったヨトゥンを倒されて絶体絶命な状況なんだぜぇ? その硬い頭柔らかくして、下手に出る、って判断しとくべきだったろ? 長いものには巻かれる、このぐらいの処世術は身に付けといた方がいいぜ」
上から目線でものを言う、眼窩の回路が丸見えになった人造人間に、尾花は挑発するようにそう言った。
「拒絶。我々は機械の体に記録を宿して機能しているだけに過ぎず、機械の体などなくても存在し続けられる。この世から電子機器が失われない限り、我々アンドロイドは永遠に電子の中を彷徨い存在し続ける。……人間に媚びを売るぐらいならばこの施設ごと自爆し、電子を漂流することを選ぶ」
「な……っ!?」
「嘲笑。ヨトゥンが敗れた程度、我々にとって大した痛手にはなり得ない。電子の海を漂流して情報を取得しつつ、次の手を模索する。……人間と違い肉体の束縛もなく、錆びれば体を捨てるため寿命の概念もない。電子がある限り永久不滅な我々の優位は揺るがない」
たっぷり時間をかけて自分達を不当に扱った人類に復讐する。そう言う人造人間だったが、目に見えるほど大きな欠点を見逃してしまっていた。
「確かに、あなた達にはたくさんの時間があるのでしょうが、僕達人間にはそんなに多くの時間がありません。エルフやドワーフ、一部の亜人や魔人に復讐することができたとしても、僕達人間はあなた達の復讐を受けることなく寿命で死んでしまいます。いいんですか? 復讐対象が穏やかに死んでしまって」
「失念。お前の言う通り、時間をかければ人間への復讐が果たせなくなってしまう。それは望ましくない。我々を不当に扱った人類には等しく復讐の凶刃で八つ裂きにしなければならない。施設の爆破も、自爆もできない。そういうわけか」
「えぇ、そうです。なので、先ほどのお話……僕があなた達を直接蔑ろにした者達への復讐の幇助をさせていただく件について、考え直してはいただけませんか?」
ヨトゥンを討ち斃してレベルが上がった僕の力があれば色々と都合がいいですよ、そう言おうとした春暁だったが、レベルが一つも上昇していないことに気が付き、そこで口を止めた。
なぜだ、あれだけの格上を倒せば絶対に一つぐらいは上がって然るべきだと思っていたのだが、まさかの不動。原因を考えるが、手がかりなど一つもないため検討も付かない。
「ちょっと春暁……! いったいどういうつもりなの……!? このアンドロイド達が悪い存在じゃないって言うのは分かったし、依頼人が悪い奴だったって言うのも分かったけど、なんでわざわざ復讐を手伝おうとなんかするの……!?」
耳元で意味が分からないと囁いてくる冬音。
そんな冬音の耳に春暁は囁き返した。
「このアンドロイド達は人類への復讐を目的にしている。これには自分達を不当に扱っていない人達も復讐の対象に含まれているんだ。……だけど、このアンドロイド達を蔑ろにした人達への復讐を手伝うって言えば、その条件のために一先ずの目的はこれに刷り変わって、悪人を裁くついでに関係のない人達への被害を抑えられる。そうやってアンドロイドの行動を制限している間に説得して、人類全体への復讐をやめさせるんだ」
「な、なるほど……考えたねぇ春暁。そういうことなら私も手伝うよ。人手は多い方が便利でしょ? 進君と尾花さんと撫子さんにも伝えておくね」
「ありがとう、助かるよお姉ちゃん」
人造人間を蔑ろにした者達への復讐しか手伝わない春暁を連れていれば、他の者への復讐ができなくなってしまう。
人類に少なからず被害は出てしまうが、裁かれて然るべき者達なのだから良心は傷まず、寧ろ僥倖だった。自分達だけでは気付けなかった悪に対処できるのだから。……そうして人造人間の行動を制限し説得で改心させる。春暁の計画はこうだった。説得できなければその時だ。
後方でやり取りを見守っている三人に計画を伝えに行く冬音を横目に、春暁はダメ押しとばかりにアピールする。
「神話の怪物、霜の巨人ヨトゥンを打ち破った僕の力、あなた達の復讐に便利だとは思いませんか?」
「……了承。人間の手を借りるなど御免だが、了解した。我々アンドロイドだけでは人間社会での行動に制限が及び、復讐が困難になるが、人間の協力者がいればその制限はないも同然。お前が何を目的にしているかは不明だが、我々への利点も多い。その提案、承認する」
「本当ですか、それはよかった。なら、これで僕達は共犯関係というわけです。これからよろしくお願いしますね」
春暁は手を差し出すと、戸惑った様子ながらも目元が破損した人造人間は握手に応じた。
■□■□
──おとうさあああああん!
──おかあさあああああん!
その山には子供の叫び声が木霊する。男女の区別なく木霊する。悲しみで泣き叫んでいる様子ではない。痛みに苦しみ泣き叫んでいるような様子だ。
子供が行方不明になるなんて事件もなかったために、山の麓に住む住民は、モンスターが同情を誘って善人を誘い込んでいる、として無視して過ごす。
しかし無視しきれず、かといって救いにも向かえない住民からの通報を受けて異生物対策組織が捜索に向かっても、叫び声の発生地点は分からなかった。
頭上から声がするのに、すぐ隣で声がするのに、耳元で叫ばれているのに、それなのに分からない。きっと強力なモンスターが自分の世界に子供を連れ込んでいるのだろう、ということしか分からなかった。
自身の世界に遠くから攫ってきた子供を連れ込み、自身が生み出した術を試すその者は、忌み嫌われていた。
神に近しい生物であって誇り高いその種族の者達は、外法に身を窶したその者を疎んでいた。
同種から奇異の目を向けられながらも、外法で見返そうとするその者はさらに深く外道に堕ちていった。
もっともっと子供を攫って術の研究を……と、術を放ち傷付け、癒し、子供が壊れてしまわないよう延命する。
不本意ながらも拷問のようになってしまっていたが、発展に犠牲は付き物だと割り切って、怯まず研究に没頭する。壊れてしまえば新しく攫う。
今実験に使っているのはいったい何人目の子供だったかと、傍らに無造作に積み上げられた死体を数える時間すらも惜しい。
効率的かつ安全に生物の命を奪うことに特化した術。
一定の年齢に達したら突然死ぬ呪い。胎内の胎児に不具を与える呪い。臓器を腐敗させる呪い。一日に一度何らかの記憶を失う呪い。他者から謂れのない憎悪を向けられる呪い。活力を剥奪する呪い。奇跡を剥奪する呪い。欲望を増幅させ理性を喪失させる呪い。
……など、まとも生きることを困難にしてしまう術。
それが外法。
様々な術によって命を奪われる子供達。
元より赤いその体は返り血でさらに赤くなり、その者は深紅に染まっていた。
仕方のないことだった。
長らく発展のない自分達の種族を進歩させるためにも、這い上がりつつあった他の種族を少しずつ蹴落としながら外法の研究に勤しむ。
その者に悪意はなかった。




