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第36話 惨憺たる悲劇は淡々と

 執事のような出で立ちの老人に案内され、天城彼汰とマーガレットは建物内を進む。


 先ほど集会所に駆け込み、天城彼汰に報告をしたのは、何の特徴もない至って普通の風貌をした青年だった。声も今まで生きてきて、一度はどこかで聞いたことのあるような、特徴のないものだった。そんな、どこにでもいそうな青年だった。

 だが、それが今では執事のような出で立ちをした老人へと姿を変えていた。


 天城彼汰もマーガレットもその変貌ぶりに驚くことはなかった。


 老執事に案内され、空想力観測機が設置された部屋へとやってきた天城彼汰とマーガレット。


 その部屋には巨大なモニターが幾つも設置されている。そのモニターは小型のドローンや、街中に設置された監視カメラなどから得た映像を映し出している。

 空中に漂う魔力──マナを観測するもの。

 生命体の体内にある魔力──オドを観測するもの。

 妖怪だけが行使できる妖力を観測するもの。

 霊だけが行使できる霊力を観測するもの。

 そして、何も映し出していないものが二つ。


 淡い紫色で染め上げられたモニターは魔力を観測するモニター。マナとオドをそれぞれ観測する両方が、画面を淡い紫色で満たしている。だが、淡い紫色であるため、うっすらと風景の輪郭が見える。

 それと同じく、霊力を観測するモニターも薄い水色で画面が染まっており、薄い水色の向こう側が窺えた。

 妖力は濃い紫色であるため、風景が透過することがなく、濃い紫一色で染まっている。

 そしてそれぞれが等しくノイズを走らせている。


 そのため、天城彼汰とマーガレットと老執事の三人と、元々『観測室』にいた者達は、魔力と霊力を観測するモニターを見るしかなかった。


「支部長、ここです。ノイズで少々分かり辛いと思いますが、ここにその男性と少女が……」


 天城彼汰は黒い瞳を細めて職員が指差す場所を注視する。

 マーガレットも青い瞳を細めて凝視する。


「あー、確かにいますね、黒髪の男性とくすんだ白髪の少女が。少女の方はともかく、男性の方は我々の手に負えなさそうですね。モニターをこんな風に染め上げる力の奔流は全てあの人からみたいですし」


「…………」


「いったい何者なのでしょう。空の化け物と戦わないところを見るに、我々の敵となる可能性が高いですが、敵という感じでもなさそうだ。……さっきからずっと静かでsyけど、どうしました? シルヴェール中佐」


 何も言わず黙ってモニターを凝視するマーガレットを不審に思った天城彼汰は、マーガレットへと顔を向けて尋ねた。


「少し……知り合いに似ているような気がして……」


「知り合い、ですか。例えばどのあたりが?」


「体格、体型、立ち居振舞い、仕草、物腰、黒い髪、白いワイシャツにグレーのスラックス、黒と白のスニーカー……」


「……ああ、もういいです。洞察力に優れたシルヴェール中佐がそこまで言うんです。ほぼその人で間違いないでしょう。ですが、あともう少し、なにか決め手が……シルヴェール中佐以外のその人を知る人物からの話を聞きたいところですね。……シルヴェール中佐、この支部内に誰かいたりします? いないのでしたら外部から人を呼んでいただいても結構ですが」


「それならちょうど血縁の者が……連れて来ても?」


「どうぞ」


 許可を得たマーガレットは礼を言って観測室を出て、小走りで集会所を目指して再び廊下を進む。

 部屋の数はそれほど多くない、部屋が広いわけでもない。だが、その癖に長くて入り組んだ廊下なのだから厄介だ。

 支部内を移動し慣れているマーガレットですらそう感じるのだから、外部の人間にとっては厄介極まりないだろう。


 集会所の扉を開け放ち、マーガレットは声をあげた。


「かんっ……久遠家の面々! ちょっと来てくれ、確認してもらいたいことがある」


 環奈達一人一人の名前を呼ぼうとしたが、面倒臭くなってしまったマーガレットは、久遠家、と一括りにして呼んだ。

 幸いにもこの場には環奈達以外に久遠という名字の者も、名前の者もいなかったため、ややこしいことにならずに済んだ。

 マーガレットは集まった七人の男女を連れ、再び長い廊下を通って観測室へと小走りで進み始めた。


 マーガレットに連れられて観測室にやってきた環奈は、モニターを目にするなり、ハッキリとした迷いのない口調で言い放った。


「あら、お父さんじゃない。あっちの女の子はミクかしら」


「……! やはりあれはク……アキだったか! 友人として、友人かそうでないかの区別もできないというのはどうなんだ、と思っていたが、そうか、間違いじゃなかったか。……それにしてもさすが親子だ。一目見ただけで確信するとはな……!」


「あたし達が親子っていうのもあると思うけど、あんな異質な存在はお父さん以外にあり得ないもの」


 どこが、と言われれば返答に困ってしまうが、確かに感じる漠然とした異質さ。


 それは、人間性に因るものか……強さに因るものか……種族としての特性か……固有能力に因るものか……スキルや魔法に因るものか……称号が持つ秘められた効果に因るものか。

 それとも──


 誰も彼もを殺し尽くし、何もかもを喰らい尽くし、万物万象をも奪い尽くしたからこそ、あらゆる可能性が存在してしまっている。

 故に、異質さを抑え込む明確な方法などなく、秋は一生その異質さと共に生きなければならない。

 ただ、生死が曖昧になるほど存在を薄くして、幻想ように朧気に、死者のように虚ろに生き、自分もろとも異質さを緩和させることしかできない。


「……?」


 気のせいだろうか、モニターの向こう側から視線を感じた。


「異質……確かにアキは以前と比べるとどこかそんな雰囲気が漂っている。だが、アキの本質はアキのままだ。嘘を吐くのが下手くそな癖に素直にもなれず、強いから頼らない。優しいから助ける。人よりズレているから人より人らしく在ろうとする。……不器用で、けっこう間の抜けた奴だ。長々と語ってしまったが、まぁ、お前達ならキチンと理解しているだろう?」


「もちろんよ。……ね、アグナ」


「……あぁ? 何の話だ?」


 環奈はアグナに話を振った。するとアグナはビクッと身を震わせ、少し不愉快そうな表情でそう答えた。


 いつの間にか蚊帳の外にいた天城彼汰はごほんと咳払いをして話を終わらせ、そして自分に注目させる。


「女子トークに夢中になってるところ悪いんですけど、結局、この男性はシルヴェール中佐のお知り合いの方で、そちらの方々の父親……ということでいいんですよね?」


「間違いありません」


「えぇ、間違いないわ」


「では、隣の少女が何者なのかは?」


「あの子は居候みたいなものよ。このことに関してはアッシュが一番詳しいんだけど、見ての通り気絶しちゃってるから、あたしからは居候としか言えないわ」


「そうですか、分かりました。ではあの二人は敵ではない可能性が高いということですね」


 組織の職員の友人や家族だからと言って、必ずしも味方とは言えない。たとえ友人であろうが家族であろうが、善人とは限らない、悪人じゃないとは言い切れない。

 だから、可能性、と言って濁すだけにとどめておく。


 ……と、そこでモニターの映像に動きがあった。大きなノイズが走ったとかではなく、マーガレット達が集会所に帰還するきっかけとなった化け物に大きく変化があった。


「……あ、そうか、そういうことだったのか」


「支部長?」


「あの化け物は何もしなかったんじゃない。何もできなかったんだ、何かをするだけの余裕がなかっただけなんだ。攻撃のように見えた暴風は、化け物がいた別世界で発生していた……つまり化け物の意思とは無関係に発生していたもの。化け物はそれに抗って、この世界にしがみついていただけ……」


 這い出ようとするかのように空の裂け目で踠く化け物を見て、掃除機で吸い込めないゴミを思い浮かべた天城彼汰はそんな結論に辿り着いた。

 どんどん酷くなっていく暴風。どんどん遠ざかっていき、どんどん小さくなっていく化け物。

 踠き、抗うように手らしき器官で裂け目の枠──空に手をかけている。なぜ空に触れることができているのかと言われれば、スキルや魔法によるものだろうとしか言えない。

 この世界は、それだけの言葉でこの現象を片付けられるようになってしまっていた。


 やがて引力に耐えられなくなった化け物は裂け目の向こうへと吸い込まれていった。すると、何事もなかったかのように、空の裂け目は修復された。


 そんなことはどうでもよかった。

 ただ、この場にいる者は等しく、あんな化け物でもそういった現象(・・)の力には抗えないのだと思い知らされるばかりだった。


「吸い込まれて……しまいましたね……」


 静寂を破るのはクレアの呟き。見れば分かる、この場の誰もが知っている当たり前のこと。だが、思考停止した者達を稼働させるには最適の行為だった。


「おや? 父上とミクさんがおりんせんよ?」


「僕達が化け物に夢中になってる間にどっか行っちゃったみたいだね。そりゃそうだよね、あんな何もないところにずっといる意味もないしね」


「家に帰ってから何をしてたのかたっぷり問い詰めてやりてぇところだが、オレらが学校サボってんのバレちまうからな……」


 色眼鏡をかけたようなノイズ交じりではなくなったモニターを見て言う美月の言葉に視線を移し、父の存在を確認できなかった信幸は理解を示すようにそう言い、アグナはどうしたものかと頭を捻る。


「まぁ、何はともあれ、これで一件落着ですね。取り敢えず集会所に戻って、このことを他の皆さんに伝えないといけませんから、皆さんも一緒に行きましょうか」


 そう言って歩き出す天城彼汰。何度も何度も複雑な廊下を行き来することになっているマーガレットは、もはや嫌がらせを受けているのではないかと、辟易としたような表情を張り付けていた。


 その後、この支部の人々と応援に駆け付けた人々に事態の集束を告げ、歓喜と不満の声を聞き届け、あれだけのことがあったと言うのにあまりにも呆気なく解散した。

 集会所から次々と退室していく人々。

 人間もエルフやドワーフ、獣人などの亜人も、魔物の特徴を受け継いだ魔人も。いがみ合うことなく退室していく。


 マーガレットは、以前ではあまり考えられないその光景を未だに不思議に思う。

 出会ったら即殺し合い……とまではいかなかったが、人間、亜人、魔人の仲がそれほどよくなかった頃を知っている。

 もちろん、種族の垣根を越えて友好的に接する者も多々いたが、やはり異種族を蔑視する者も多かった。

 だから、この現在、人間、亜人、魔人などがこうして生活しているのが、不思議で現実味がなかった。

 だけどこれは紛れもない現実。種族間の大きな争いがなくなった現実。

 騎士は守る者であり、攻める者ではない。だから、どれだけ不思議で現実味がなくとも、それは喜ばしいことだった。


 次々と去っていく背中を見つめて、マーガレットは微笑んでいた。


「マーガレットさんは帰らないの?」


「ん? ああ、私はまだ仕事があるからな。お前達そこ帰らないのか?」


「あたし達ね、お父さんに内緒で今日ここにいるのよ。だから気を失ったアッシュを連れて帰ったらバレちゃって多分怒られちゃうわ」


「ははは、そうだったのか。それならもう暫くは帰れそうにないな。アッシュは随分と疲弊していたみたいだったからな」


「ほんと、無茶するわよね」


「ああ。人の助けを待たず、助けを求めず、一人で突っ走って一人で何でもやろうとするところとか、本当にアキにそっくりだ」


「確かにお父さんってそんなところあるかも」


「……私はアキを友人だと思っている。アキも私をそう見ているだろう。だが、助けを一切求められず、私達は助けてもらうばかり。そんな一方的にもらってばかりの関係……本当に私達は友人同士なのかと疑ったことも……実は何度かあった」


 マーガレットは思っていたことを吐露する。


「けど、何度か一人でいるアキを見たことがあった。その時のアキはどこまでも何もなかった。何かを考えている様子もない、表情もないから恐らく感情もなかったはずだ。だが、私達といる時には考えを持っている、感情を表に出している。だから、ちゃんと私達を友人として見てくれているのだと知れた、知らず知らずの内に助けてやってたんだと知れた。……長くなったが、つまり何が言いたいかというと、一人で動き回って人を助けてばかりで、自分が救われることを考えていないアッシュは、どこかでアキと似ている。だから、なるべく一人で行動させないように見守って、支えてやって、拠り所になってやるといい。……アキもアッシュも、子供なんだ」


「えぇ、そのぐらい分かってるわ。だって家族ですもの」


「……そうだよな、家族だものな」


 安心したような、でもしかしどこか心配そうな声音で、マーガレットはそう呟いた。





■□■□





 アッシュが目を覚ましてから帰宅した。その頃にはいい感じに日が暮れていて、帰宅時間の不自然さは払拭されていた。


 一つ難解なことがあるとすれば、荒野掃除へと赴く環奈達を心配しながら見送った母達が、帰宅した環奈達にモンスターパレードの時のような過剰な心配をしなかったことだ。

 大丈夫だった? 怪我はない? と心配をしてはくるが、以前のように執拗に触診をしてこないのだ。


 それを不思議に思ったアグナは、母であるニグレドに尋ねた。


「なぁ、お袋。なんでモンスターパレードん時みたいに心配してこねぇんだ? モンスターパレードん時より荒野掃除の方が危険だってのは分かってんだろ? なのになんでバカみたいに心配してこねぇんだ?」


「アグナ達に大事ないのはアキから聞いていたのだ。それに、モンスターパレードの時は突然の出来事だったから取り乱しただけで、今回のように事前に危険を知らされておれば、多少の心構えはできるのだ。忘れるでないぞアグナ、これでも我は龍種。生態系の頂点に君臨する龍種。体はもちろん、心も強いのだ!」


 胸を張ってそういう母。我が母ながら、こういうところが可愛いと思う。


 それにしても、父と顔を合わせた覚えはないが、なぜ自分達の無事を知っているのか。そう考えた時、ふと思い当たることがあったアグナは、なるほど、と内心で手を打った。

 モニターの向こう側から感じた視線は、父がこちらを覗いていたから感じたものだったのかと。

 どうやってモニター越しにこちらを見ていたのかは分からないが、出鱈目な父のことである。スキルや魔法を駆使してなんとかしたのだろう。そう適当に結論付けて、アグナは父に一言文句を言うべく、父の寝室へと歩き出した。


 ノックもせずに父の寝室の扉を開け放つ。

 姉のようなことをしたな、と思って、少し頬が弛緩しかけたが、すぐに緊張して引き攣った。

 こめかみに青筋が浮き立つのを感じた。もちろん怒りからだ。


「……お、おい……クソ親父……てめぇ、何してやがんだァ?」


 父の寝室には、父と全裸の見知らぬ女がいた。

 繊維のように木目細かい黒髪、生気感じない黒い瞳、病人のように白い肌と作り物のように整った体。

 アグナから見ても色っぽく映るその女は正座をして、胡座をかいた父と向き合いながら地面に座っていた。


「アグナ」


「9人もの妻を娶っときながら、堂々と寝室で不倫かますなんていい度胸してんじゃねぇか」


「いや、違うんだアグナ。これはそういうのじゃ──」


「おい、あんたもあんただぜ。どこの誰だかは知らねぇけどよ、こんなことしちゃダメなのは分かんだろ? それとも何か? 親父に無理やり……とかそういうのか? それなら味方してやらねぇでもないが、どっちなんだ?」


 ずかずかと寝室に足を踏み入れ、父と女の間に割ってはいるアグナ。

 そんなアグナに女が答えた。


「アルファです。あんた、でも、どこの誰か、でもありません。私はアルファ。秋様によって創造された最初の『人型生命(ニンゲン)』です」


 自らをアルファと名乗る女は表情を変えずにそう言った。

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