第35話 数奇なる運命の放浪者
裂けた空に現れた見るからに異質な化け物。
威光を伴って顕現する神を見上げ崇拝するが如く、誰もが空を仰いでいる。
激しく渦巻く暴風に抗いながら廃都市に佇む人々は「殺される、死んでしまう……っ」と恐れ、「ひぃっ、ば、化け物……!」と怯え、「もうダメだ」と諦め、「たははは! こんなのどうしようもねー!」とやけくそに笑う。
未だに止まない、竜巻を思わせる暴風を受けて金色の髪を靡かせながら、有栖川セーラは意識を失ったアッシュが空の裂け目に吸い込まれてしまわないようにと、地面に押さえ付けるようにして繋ぎ止める。
咄嗟の出来事だったため、こんな不味い体勢になってしまっていた。
なんとかして現状を打破したいところだが、頼みの綱である固有能力は魔力の枯渇により、行使することができない。そしてその魔力の枯渇は固有能力だけでなく、スキルも魔法も使えないことを意味する。
『お前にはそれしかないんだから他はどうだっていい。お前はそれだけを磨き上げていればいいんだ、余計なことをするな』
そう言って基本的なスキルや魔法の鍛練を許さず、固有能力の鍛練ばかりさせた大人達の顔が脳裏に過る。
どこにいっても側仕えが付きまとい、言い付けを破ることができなかった有栖川セーラはそれに従うしかなかった。
朝起きれば鍛練、昼間も鍛練、寝る間も惜しんで鍛練。魔力が尽きれば魔力回復のポーションで無理矢理回復させられ、自由を剥奪され研鑽を積まされる。
だが、あまり成果はなかった。
固有能力を持たない周囲の大人達には不振の訳が分からなかったようだが、有栖川セーラにその理由がよく分かった。
固有能力とはその名の通り、『固有』の能力である。使えば使うほどに成長していくスキルや魔法と違い、能力そのものか、能力の所有者、或いはその両方──個々によって性質が異なるのだ。
それが分かったところで、じゃあどうすれば伸びるかが分かるわけではない。
結局はモンスター討伐などによる自身の成長──異世界人が言うところの、レベルアップで無理矢理鍛えるしかなかった。
──お前にはそれしかない。
呪いのように絡み付くその言葉を否定したくて、何もできないのに空の化け物を睨み付けた。
「有栖川さん」
そんな声が少し離れたところから聞こえ、振り向いた。
有馬真由と芦田遥日。容姿や服装から黒っぽいイメージが漂う二人がそこにいた。
声の主は芦田遥日だろう。そしてマーガレットとジャンクを両脇に抱えている。
「あれ、とても危険」
有馬真由が空の化け物を指差して、分かりきったことを言う。だが、その発言の割に語調は軽い。
それに「そうみたいね」と生返事をして、どうしたものかと考える。
「あ! アッシュ!」
また別の場所から声が聞こえた。視線を向けると、その先には息を切らせながら走る環奈がいた。
環奈は有栖川セーラの側までやってくると、アッシュの状態を確かめ、気を失っているだけだと把握すると、ホッと息を吐いて有栖川セーラに礼を言った。
「ありがとうセーラ。アッシュを守っててくれて」
「いや……気絶しちゃわないように手助けできなかったあたしが悪いんだし、お礼を言われても困るわ……」
「どうせアッシュが一人でやろうとしたんでしょ? ならセーラが気を落とすことないわよ。……そんなことより、西蓮寺生徒会長とか大丈夫かしら……?」
環奈が心配そうに言うと、その後ろから「このぐらい平気よ」と西蓮寺志乃の声がした。
有馬真由と芦田遥日に続いて環奈に西蓮寺志乃……と、続々と集まってくることがふと気になった有栖川セーラが「あんた達どうやって示し合わせたみたいに……」と尋ねれば、「荒野のど真ん中で蹲ってるおバカさんを見つけたら声を掛けたくなっちゃうのは当たり前でしょう」と西蓮寺志乃が薄ら笑いを浮かべて答えた。
「ほら、見てみなさい。あなたを見てあっちのチームもやってきたわよ。……一緒に行動してたんだから当たり前なんだけど」
誰がバカですって!? と声を荒げる有栖川セーラを無視して西蓮寺志乃が指差すのは、アルカ、美月、クレア、増田善、剛力里子の五人だ。
それに加えてここには西蓮寺志乃のチームメンバーである、アグナ、信幸、不知火ミスラ、矢沢渡琉の四人に、環奈とアッシュと有栖川セーラ、有馬真由と芦田遥日の五人とマーガレットとジャンクの二人。
これでこの場には17人──いや、騒ぎを聞き付けてたった今サンソールビルから出てきたライリーとティアネー、障害物に引っ掛かって吹き飛ばされずにいるグリンもいるため、20というかなりの人数が集まっていることになる。
「みんな無事みたいでありんすね」
「あっくん!?」
「大丈夫よアルカ、気を失っているだけだからそのうち目覚め──っていうかクレアが治してあげれば早いんじゃないの」
胸を撫で下ろす美月と、アッシュを見て声を上げるアルカ。そんなアルカを宥める環奈はクレアにアッシュの治療を催促する。
クレアの力量では衰弱している人間を元気な状態まで回復させることはできないのだが、せめて傷だけは治療しておこうと聖魔法でアッシュの治療を始めた。
そうしてわちゃわちゃしている間に、一通りの自己紹介を済ませ、手の内を大雑把に明かし合う。
「まだあまり理解が追い付いていないのだが、取り敢えずあの妖怪は討伐したということでいいのか?」
クレアの治療を受けて【報復の病】の症状が軽くなったマーガレットが、確認を取る。
「えぇ間違いないわ。アッシュのなんだったかしら……鬼切? だかなんだかを受けて炭みたいになってたわ。……もっとも、その残骸のあの化け物の暴風に吹き飛ばされちゃってるから証明はできないけどね」
「そうか、ならいいんだ。……で、問題はあれだ。突如現れ、人数もモンスターもお構い無しに吸い込みどこかへやったあの化け物だ」
わざわざ指を指さずともこの場にいる全員の視線がそちらへ向く。
何をするでもなく空の裂け目から顔か何かを覗かせている巨大な化け物。何かに形容することが困難な、極めて異質な姿をしている。
そしてその大きさは30階建てであるサンソールビルなど比べ物にならないぐらい巨大だ。だが、それが全長というわけではない。
空の裂け目の化け物は、まだ完全に姿を現しきっていないのだ。だから、その全長は今見えている部分の倍程度はあると考えておいた方がいいだろう。少なく見積もって後々驚愕して呆けてしまう、なんてことはあってはならないのだから、多く見積もっておいた方が得だ。
「私は異世界人だからな、【鑑定】というスキルが使えるんだ。だから使ってみたのだが、肝心のステータスの数値と、スキル、魔法の欄は文字化けしていて見ることができなかった。……恐らく、隠蔽しているわけではなく、表記できない領域まで足を踏み入れているのだと思う」
【鑑定】のスキルは、自分よりも相手が強ければ【鑑定】によって得られる情報が少なくなり断片的になってしまう。しかし、相手がステータスの閲覧を許可すれば許可された部分だけ見ることができる。
そして、許可を出す、出せるそれは、【鑑定】を行使されたことに気付いた上での行動──つまり、あの化け物には許可を出すほどの知性があり、少なくとも自分より強く、この場の誰に知られたとしても問題ないと判断したわけである。
「取り敢えず正確に見られた情報を伝えておく。名前は『放浪皇re=アル』、種族は異質同体、レベルは6000、称号は一つ一つ挙げていたらキリがないから特筆すべきものを挙げる。『人間だったモノ』『亡国の皇帝』『脱獄達成者』『次元の放浪者』『多世界因子の集合体』『異常生物』『崩壊を齎す者』『理壊し』『世界壊し』……他にもあるが、共有しておくべきものはこれぐらいか」
マーガレットは【鑑定】で得ることができた情報を伝えた。
「あれが人間……だった……? しかも皇帝って、何をどうしたらそんな数奇な運命を……」
「いやいや、てか、それ以前にレベルおかしいだろ。何だよ六千って。地球人……のオレ達にゃステータスってのが見えねぇから、普通がよく分からねぇけど、でも桁がぶっ飛んでんのは分かるぜ……」
クレアが信じられないとでも言うような様子で呟き、化け物のレベルにアグナが呆れたように言った。
「あのさ『多世界因子の集合体』って何だろう?」
「『次元の放浪者』の称号を手に入れてしまうほどに世界間を彷徨い、世界と世界を繋ぎ覆う『虚空世界』に漂う特殊な力に触れて、適応力上昇か何らかの不死性を得て流れ着いた世界に適応し、その世界の力を得たのでしょう。……空気のない世界、生物の存在を許さない毒に満ちた世界、生きるだけで姿形が変わってしまう世界など、そんな世界で生き抜き順応し、やがてやってくる次元の裂け目に呑み込まれ、虚空世界で力を得て──そうして生きてきた、生物の成れの果てが得られる称号です」
「……?」
剛力里子が疑問を呈すると、増田善が口を開いた。
世界の知識などない剛力里子達は首を傾げるしかなかったが、理解できるとも思っておらず、理解させようともしていない増田善は詳しい説明をしなかった。
「要するに、虚空世界で力を得て、その力で異世界を生き抜きその世界の力も得て、再び次元の裂け目に呑み込まれて虚空世界で力を得て──そうして色々な世界の因子を取り込んだのが、あれ。……ちなみに、虚空世界は宇宙みたいなものだけど、宇宙とはまた別のもの。私も詳しくは知らない」
「…………」
「なるほど……? イマイチ分からないけど、なんとなく分かったかも。じゃあ『理壊し』とか『世界壊し』とかもその副産物ってことなのかなー」
増田善の話をまとめた有馬真由はそう説明した。
都合の悪そうな表情の増田善と、少し理解できてスッキリした剛力里子が「ありがとう」と礼を言う。言われた本人はその感謝の言葉に、不愉快そうに顔を顰めた。
「何はともあれ、私達にできるのはこの情報を持ち帰ること。私達がこんなところであーだこーだ考えるよりも、よっぽど生産的よ。それに、何のつもりかは知らないけれどあの化け物は暴風を起こすだけで、今のところ特定の対象への明らかな害意は見せていない。ならここは、目を付けられる前に一旦撤退して体勢を整えておきましょう。そろそろ他の支部からの応援も到着する頃でしょうしね」
西蓮寺志乃はそう言った。
もちろん監視も無しにここを去るようなことはしない。
懐から取り出した札から妖怪を呼び出し、この場を監視させる。使役している妖怪とは五感を共有することもできるため、何かあってもすぐにそれを察知することができる。
「確かにそうするべきなのでしょうが、ですがそうすると他の方々は……」
不知火ミスラが心配するのは、吹き荒れる暴風に行動を阻害されて避難することのできない組織の人間達のことだ。
壊れかけの壁を盾にしたり、グラつく電柱に掴まったりしてなんとか持ちこたえているようだが、一度支部へ帰り援軍を連れて帰ってくるまでこの状態を保っていられるとは思えない。
「この暴風にすら耐えられない人達を助けるためにあちこち動き回って、目立った動きをみせない化け物を刺激してしまうわけにはいかないでしょう。少し心苦しいけど私達にできるのは、この化け物の情報を持ち帰り、天城支部長とその他によって綿密に立てられた作戦を基に、ここに舞い戻ることよ。……天城は信用ならないけど、何にしろ、無駄な行動はするべきじゃないわ」
「……分かり、ました」
心情的には受け入れられなかったが、現実的に考えればそうするのが正しいのだろう。
自分の感情で確実性を損なうわけにはいかない。
だから不知火ミスラは切り捨てることを選ぶしかなかった。
各チームのリーダーが絶対に一つは持つことを義務付けられている『携帯転移装置』。
それはその名の通り、持ち運びができる転移装置だ。人を一人転移させてしまう装置のためそれなりに大きいのだが、時空間魔法で中身が拡張されている特殊な鞄があれば問題はない。
転移先となる転移装置は予め横浜支部の、白く広い集会所に置いてきた。転移装置の定員は一人、使用回数に制限はない。なので、西蓮寺志乃の手持ちの転移装置でこの場にいる20人全員を順番に転移させる。多少時間はかかってしまうが、貴重な転移装置を無駄に消費するわけにはいかない。
気を失ったままのアッシュも含めて全員の移動が完了すると、支部の方に設置していた携帯転移装置からその機能を停止させる。
廃都市に設置した転移装置を弄ったモンスターや悪意を持った人間が転移してくるのを防ぐためである。携帯転移装置に再起動という機能はついていないため、一度機能を停止させれば二度と使用できない。……せっかく機能を停止させたのにモンスターやら悪意を持った人間やらが再起動させて使用してしまえば意味がないからだ。
機能を停止させることができるのは、携帯転移装置の所有者だけであるため、西蓮寺志乃が転移する順番は最後だった。
そうして横浜支部の集会所へと帰って来た西蓮寺志乃達を出迎えたのは、天城彼汰と大勢の人間だった。
天城彼汰への状況説明のため、この中で最も位の高いマーガレットが最初に転移しており、西蓮寺志乃が転移した頃には応援に駆け付けた他の支部の人間にも話が伝わっているような状況だった。
「なぁ、なぁ、こうして戻ってきたはいいけどよ、あんな化け物相手にオラ達だけで太刀打ちできんのか? やるしかねぇってのは分かってんだけど、どう考えたって勝てる気がしねぇんだよなァ……」
「今までは陽波市の復興が大変になるからと爆発物の使用を控えるよう言われていましたけど、流石に使用許可がおりると思いますから、少なからず望みはあるんじゃないでしょうか……それに、万が一の場合は──」
「おい、ミスラ」
「あ……ごめんなさい……」
愚痴るように呟いた矢沢渡琉を励まそうと不知火ミスラが口を開いたが、当の矢沢渡琉によって遮られる。その不審なやり取りを目にした者も耳にした者もいなかったのは幸いだった。
「ねーねー、二人は付き合ってるの?」
「わっちも気になるでありんす」
「ちょ、ちょっとアルカお姉様……! あ、美月お姉様まで!」
「何の話してるです?」
壁に凭れて座り込む不知火ミスラと矢沢渡琉の元にやってきたのは、アルカ、美月、クレア、ティアネーの四人だった。
「ミスラと渡琉は付き合ってるの? もうちゅーはしたー?」
「別に付き合ってるわけじゃないですよ。キスもしてません。ただ、小さい頃から仲がよかっただけで、そのまま成長してしまって、距離を置くに置けなくなってしまっただけです」
「惰性で一緒にいるってことです?」
「言い方が悪かったですね。えぇと、いい意味の腐れ縁とでも言いましょうか……ともかく、嫌い同士とか無関心同士とかではなく、お互いに好意……好印象……友情を持って接しているんです。だからそこに恋愛感情とかはないですよ」
「……今のところまったく面白くありんせんが、そのうち面白くなりそうでありんすねぇ。今後の関係に注目するとしんしょう」
……と、この場に、この状況に相応しくない、緊張感の欠片もないやり取りを繰り広げる。だが、ある意味では相応しいとも言えた。絶望的な状況であるが故に、明るい話をして士気を、精神を保つやり取り。話の発端であるアルカにその自覚はないが、かなりいい仕事をしたと言える。
だが、そんな空気も次の瞬間には崩れ去った。
「天城支部長! 陽波市に変化が!」
唐突に飛び込んできた金切り声にも似たその大声に、周囲のざわめきが止んだ。誰もがその切羽詰まった報告を耳にしようと口を閉じて沈黙する。
「落ち着いてください。いったい何がありました?」
「は、はい。……その、『空想力観測機』に異常反応がありまして、報告をと……」
「空の裂け目の化け物……ではなく、また別の?」
「はい、裂け目の化け物に匹敵するほどの反応の発生源は一般人と思われる男性でして、観測機から得られる映像にノイズが走るほどの強力な反応を示しています。その男性の側には小学生ぐらいの少女もいるんですが、そちらは男性の反応に掻き消されて上手く反応を掴むことができませんでした」
空想力とは、魔力や妖力、霊力などの、常識外の力の総称であり、空想力観測機とは、それらを可視化して感知する機械のことである。
ちなみに、魔力は淡い紫色で、妖力は濃い紫色で、霊力は薄い水色で、それぞれ可視化される。
「分かりました、取り敢えず指令室へ──現場の状況の変化も知りたいのでシルヴェール中佐もついてきてください。……他の皆さんは暫くの間ここで待機していてください」
そう言い残して、天城彼汰は報告にやってきた男とマーガレットと共に集会所を去っていった。
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「誰もいない。まぁそりゃそうか。あんなのがいれば流石に撤退するよな」
「……お主は平気なのか?」
機能を停止した携帯転移装置を見てそう呟くと、脂汗を玉のように浮かべたみずくめが問いかける。
「あぁ。虚空の環境は散々味わったからな、今さら何も感じない」
「浴びているだけで精神が摩耗していくコレに慣れるなど、いったいどういう精神構造をしておるのだお主は……」
「俺が、と言うよりお前が脆いんだよ。虚空は神を凌駕し、世界の内外を問わず、理を識るモノだ。理内の存在──肉体を持つ歴とした生命体である人間や魔物と、理外の存在──肉体はあるが魂が剥き出しの、生命体とはとても呼べないお前ら妖怪や霊には厳しいんだろう」
「ふむん。魔物は肉体がある故に死体が残るが、儂ら妖怪には仮初めの肉体しかない故に死体が残らない。だからそもそも生きておると認識されておらんと言うわけか?」
「だいたいそんな感じだ。生きていないものが生命体のように自我を確立して生きているのが気に食わないんだろうな。……だが、それでもこうしてまだ形を保てているのは、お前がそれなりに強い妖怪だと言うのもあるだろうが、世界の融合によって理が揺らぎ、お前達妖怪が生命体として定義され始めているからだと思う」
地球の理しか持たないままであれば、みずくめはここで次元の裂け目に吸い込まれて消滅していたはずだが、異世界と融合し、異世界の理を取り入れた今の地球ではそうはならなかった。
アンデッドやレイスなどの生命として曖昧なものが生命体として定義される異世界の理を取り入れたのだから、存在としてそれらと同列の妖怪や霊が、虚空に淘汰されてしまわないのは当然だった。
「……それで、先ほどから何故お主が周囲を威圧しておるのか聞いてもよいか?」
「見られてるからだ。魔力や妖力、霊力などを感知する特殊な機械で見られている。だからこうでもしないと、お前が纏う妖力が感知され、お前が妖怪だとバレてしまう」
「そうだったのか……すまぬな、手間をかけさせて」
「このぐらいは別にいい」
会話が一段落すると、二人の視線は自然と空の裂け目から顔を覗かせる化け物に向いた。
「あやつはなぜあそこから動かぬのだろうか……いや、動けぬのか」
「そうだ。次元の裂け目に呑み込まれ、虚空に放逐されかけている。今はこの世界にしがみつくので精一杯なはずだから、少し押し込んでやるだけで簡単に次元の裂け目に呑まれるな」
「なら──」
「放っておけばいい。そのうち勝手に呑み込まれる。今はあいつのステータスを解読して、次に備えるべきだ」
なら押し込んでやろう、と言いかけたみずくめの言葉を遮って、秋はそう言った。
「次?」
「今まで散々虚空やら次元の狭間やら異世界やらを漂流していただろうに、なぜだかは知らないが、あいつは異常なまでにこの世界に執着している。だから、次元の裂け目に押し込んでもきっとまたこの世界に来ようとするはずだ。だから、その時に備えて少しでもあいつの力量を把握しておかないといけない」
「今ここで殺してしまうのではダメなのか?」
「そうしたいところなんだがな、残念ながらあの状態では殺せない。今見えている部分なんてのはあいつの体のほんの一部に過ぎないんだ。そこを潰したところで、『次元の放浪者』の称号を手に入れてしまうほどに次元の狭間を彷徨い、世界間の負荷に耐え、強靭な生命力を手に入れてしまったあいつは死なない」
異世界を喰らい尽くした時のように一口で呑み込んでしまうことも考えたが、そうはしなかった。
「ふむん……儂の常識を遥かに越えておるな、お主もあやつも」
「まぁ、そうだろうな」
そう言いながら秋は次元の裂け目から顔を覗かせる化け物に【鑑定】のスキルを行使した。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
名前:放浪皇 re=アル
種族:異質同体
Lv6000
MP :■■■,■■■,■■■,■■■
物攻 :■■■,■■■,■■■,■■■
物防 :■■■,■■■,■■■,■■■
魔攻 :■■■,■■■,■■■,■■■
魔防 :■■■,■■■,■■■,■■■
敏捷 :■■■,■■■,■■■,■■■
固有能力
【■■】【■■】【■■】【■■】【■■】【■■】【■■】【■■】【■■】【■■】 ……
常時発動能力
■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ……
任意発動能力
■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ■■Lv■ ……
魔法
■■Lv■
■■Lv■
■■Lv■
■■Lv■
■■Lv■
■■Lv■
■■Lv■
■■Lv■
■■Lv■
■■Lv■
■■Lv■
……
称号
人間だったモノ 亡国の皇帝 脱獄達成者 次元の放浪者 多世界因子の集合体 異常生物 崩壊を齎す者 理壊し 世界壊し ……
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次に【天眼】のスキルを使い、その次に【神眼】のスキルを使用し、最後に【世界眼】の固有能力を行使した。
使用するスキルの位を徐々に変えていくことで、見られるものが変わってくる。その差異を知れば、鑑定系統の最上級スキルであり、眼系統のスキルの最上級スキルでもある【世界眼】で全てを解読することができなかったとしても、おおよその相手の強さを推し量ることができるのである。
そうして段階を踏みながら次元の裂け目の化け物のステータスを解読していくと、今まで秋が抱いていた些細な疑問の一つが晴れた。
「……あぁ、なるほどな、道理で白紙化の際にいなかったわけだ。……まったく……ただの人間でしかなかったお前が、何をどうしたらそんな数奇な運命を辿ることができるんだよ」
化け物の正体を知った秋は、自分のことを棚に上げて、呆れたように一人呟いた。




