第34話 無人の大地
曇り空が割れて、青い空がそこから覗いている。
曇天が続くこの地に長くいたからだろうか。目にした青空はやたらと眩しく映る。
……が、その眩しさはとても儚いものだった。
いくら眩しくとも、直視しておくべきだったかと、少し後悔した。
霜の巨人ヨトゥンは、真っ二つにされたところで死にはしない。そこにいるだけで天候を変えてしまうほどの、大きな存在なのだから。
だからみるみる内に青空は曇天に遮られ、隠れてしまった。人間如きが空を裂いた罰だ、とでも言うように、吹雪が吹き荒ぶ。
裂けたはずのヨトゥンは、春暁が空から視線を移動させた時にはもう元通りだった。
(やっぱり半分に斬り裂いた程度じゃ倒せないか……となるとどうしても尾花さんの力を吸い取らないとだけど、でも……尾花さんは気絶してしまっている。怒ることのできない、今の尾花さんの力を吸い取ったところで何も変わらないし……どうする……?)
元通りになったヨトゥンを翻弄するように撫子が駆け回り、次々と攻撃を加えていく。いくら攻撃を受けたとしても再生し続けるヨトゥンにダメージはないが、目障りなのだろう。ちょこまかと動き回る撫子へと、吹雪に紛れ込ませた氷の礫で反撃している。
撫子の白い肌には少しずつ赤い線が浮かび上がってきていた。
「仕方ない、か」
春暁はそう呟いて尾花を抱えたまま冬音の元へと戻る。
「……あちゃあ……状況は滅茶苦茶厳しいわけだ?」
「うん……尾花さんの性格を考えれば飛び出していくことぐらい分かってたはずなのに……取り敢えず、尾花さんが目を覚ますまで僕と撫子さんでヨトゥンの相手をする」
「春暁の援護もすればいいんだよね? 任せといて、魔力はまだまだたっぷりあるからさ」
胸を叩いてそう言う冬音に、任せたよお姉ちゃん、と春暁は微笑みかけて再び吹雪の中へと消えていった。
春暁が無理をしているのは見れば分かった。あんな引き攣った笑み──微笑みかけられた冬音はもちろん、側から見ていた進でも無理をしていると分かった。
不安を与えないようにと笑って見せたのだろうが、それが仇になった。あの笑みを見なければ、きっと冬音は表情を悲壮な形に引き締めたりはしなかっただろうから。
「仕方ない」
冬音の横顔を見つめて呟いた進は、足元に落ちていた鋭利な天井の破片で、自分の首を突き刺した。
「は、え? 進君……? ……え、なな、何を……!?」
後ろに倒れると吹き出す血液が顔に飛ぶ。
赤く染まる視界の中で考えるのは、冬音の前で命を絶つのは二度目だということ。何も見えないが、冬音がどんな表情をしているのかは容易に想像できた。
──価値の無い命だな。
思っていたことを口にしていたのか、最後にそんな言葉が聞こえてきた。
「ちょうどいいところに来たなぁ? 退屈な話を延々と聞かされてイライラしてきたとこだったんだ。手加減無しの八つ当たりでボッコボコにしてやる!」
時間を遡り、目を覚まし、意気揚々と飛び出そうとする尾花を後ろから抱き締めて動きを阻害する。
無力な今の自分ではこれぐらいしなければ尾花を止められないと思ったから。……もっとも、春暁と冬音より強いと思われる尾花がちょっと力めば簡単に解けてしまう拘束だが。
「あ……? は、ちょっ……んだよ……っ! 離せ!」
「尾花さん、今一人で飛び出そうとしていましたよね?」
「し、してねぇよ! ……って、おいこらァ、進ゥ、お前どさくさに紛れてどこ触ってんだァ……? アァ?」
「……え?」
なぜだか怒っている尾花の肩から顔を覗かせて手元を見てみれば、そこには尾花の胸に触れている自分の手があった。
あまりにも平坦なものだったため、視認しなければどこを触っているか分からなかった。そのせいで言われるまで手を退けることができなかった。
ステータスの差を利用して拘束を抜け出した尾花は、青褪めている進の顔面に死なない程度の裏拳をかます。
「……っ! 進君ありがとう!」
膝を曲げ鼻血を流しながら悶絶している進に投げ掛けられたのは、心配や責めるような言葉ではなく、予想外にも感謝の言葉だった。
「は──?」
不愉快そうに疑問を呈する尾花を黙らせるように、春暁は進を真似たのか突然尾花を抱き締めた。
「は? は? は? は?」
困惑する尾花は脱力感を感じ始めた。
「あ……? ……チッ、なるほどそういうことか。春暁てめぇ、わたしの力を吸い取ってやがるな?」
力を吸収されていることを理解した尾花は首だけで振り返り、春暁を睨む。拘束から抜け出そうと踠くが、自分の力は減衰し、春暁の力は増幅されていくため、もはや意味はない。
常人であればとっくに倒れ込んでしまっている頃だろうが、力を吸収されていること自体に怒りを抱く尾花はまだ力尽きない。
「ごめんなさい尾花さん、ヨトゥンを倒すにはこうでもしないとダメなんです。……いくら尾花さんと撫子さんがいるとは言え、僕達とヨトゥンとではあまりにも規模が違いすぎる」
天に届きそうなほどに巨大なヨトゥン。家屋を粉砕できるほどの威力の攻撃だとしても到底痛手にはなり得ないし、吹雪の中のヨトゥンは再生し続けると聞いた。ならば再生できないように、圧倒的な火力で一撃で倒さなければならない。
尾花が暴れる力を失ってへなへなと崩れ落ちるほど力を吸収した春暁は、同様に撫子からも力を吸収した。尾花は押さえ付ける必要があるため、抱き付くという手段を選んだが、撫子は抵抗しなかったので、少々効率は落ちるが手に触れるだけで済ませた。
空気を掴むように手を伸ばし、無から現れた剣の柄を握る。
その剣の刀身には、淡い紫色の光が螺旋のように渦巻いていた。
冬音や撫子、進から感嘆するような声が漏れた。
嘗て、今と同様に他者の力を吸収して巨人を討ち取ったことがあった。その時は膨大な力の奔流に流されそうになって、無意識に口角を持ち上げてしまっていたが、今は違う。
あの時と同等かそれ以上の力を吸収したが、口角は持ち上がらない。
冬音が刀身を指で弾く。
甲高い金属音が刀身に浸透し、小刻みに振動する。
渦巻く淡い紫色の光はその姿を赤く熱い炎へと変えた。
炎を纏う剣を一瞥もせず、姉からの「頑張って!」という激励を背に受けて、春暁は吹雪の中へ飛び出した。
ヨトゥンを中心にして吹き荒ぶ吹雪と、吹雪に紛れる氷の礫は接近すら許されず蒸発する。雪原を駆け抜けるだけで積雪が蒸発する。
眉毛、瞳、鼻、頬、口、表情を構成するものがないため、春暁にヨトゥンの感情を知ることはできない。
だが、ヨトゥンは確かに怯えていた。自分を跡形もなく焼き尽くす炎に。そして憎んでいた、怨んでいた──闘争心を燃やしていた。
「──オオオオオオオオオオォォォォォォ──ッ!」
それは咆哮のようだったが、声ではなく音だった。
ただの雪で人体を引き裂こうとするかのように、より一層激しく吹き付ける。やられてたまるかと、ヨトゥンの体躯が一回りも二回りも大きくなった。
それに応えるように、春暁は炎が渦巻く剣を振り上げた。
それと同時に、炎の螺旋が爆発するように大きくなった。
「……初夏さん……ありがとうございます……」
感謝するように一人呟いた春暁は、全身全霊で叫んだ。
「──ハアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!」
曇天を焼いてしまいそうなほどの炎の剣は、そんな叫びと共に、一息に振り下ろされた。
その一瞬の光景は、まるで太陽が墜落したかのようだった。
雪が解け、蒸発音で何も聞こえない。
雪が解け、白煙で視界が真っ白に染まる。
ヨトゥンを斬り裂く過程で、その冷気によって徐々に炎が消えていくが、地面を黒く焦がしてしまうほどには余裕があった。
そこまでは見えていたが、果たしてどうだろうか。
徐々に、徐々に、晴れていく。
白煙も、恐らくだが、曇天の空も。
水蒸気で視界は未だに真っ白だが、発光するかのように光を受けて輝くその白い霧を見れば、結果は明らかだった。
忌々しく感じ始めていた白い景色が、今では達成感を感じさせてくれる。
光る白い霧はとても綺麗だったが、そこから覗く青空はそれ以上に綺麗で、墜落したはずの太陽もそこにあった。
■□■□
そこはただの荒野。モンスターと呼ばれる外敵に滅ぼされたかつての都市。
そこで鼻血を流しながら地面に手と膝を突いて息切れしているのは、赤髪黒目の勝ち気そうな少女。
多少距離はあるものの、その周辺には蔓延るモンスターと戦いを繰り広げる人間達の姿。
視界の端に映るその光景に突き動かされ、環奈は立ち上がる。依然として息切れしたままだ。
(マーガレットさん達は……多分、大丈夫なはず……)
なら自分が向かうべきは──と考えた環奈は、痛む頭に手を添えて走り出した。
「クッ……ハハ……ハハハハハハハッ!」
苦悶に歪んだ表情を見下ろしながらカルマは笑い声を上げる。
「楽しい、とても愉快だ。……だが、気に入らないな。開き直ったような、諦めたような……そんな、善意の蹂躙に揺るがないその態度が。どうすればお前を苦しめることができるだろうか」
自らを正義の味方でも正義そのものでもないと宣っていたアッシュを、どうすれば苦しめられるかを考える。
「……四肢を斬り落とし瞼を剥いで監禁して、見せ付けてやる。だんだんと壊れていくお前の大切なものをな。幸いにもお前の家族はたくさんいるようだし、当分困りはしないだろう。……自分を生かした報いだ。地獄を見ながら後悔しろ」
吐き捨てるように言って哄笑を上げるカルマ。
「殺したいほど憎いけど、殺さず苦しめたい。この世の地獄を味わわせるけど、本物の地獄には落とさない。……つまり、あなたは僕に死なれたら困るわけだ」
「……ぁあ?」
地面に倒れ伏したまま、アッシュは自分の首筋に手にしていた剣の刀身を宛がった。
間抜けな声を上げたカルマは、それを見てすぐにその表情を怒りに歪ませた。
死ぬ度胸なんてない癖に。そう頭に過ったが、アッシュの瞳が真実味を持たせる。
「~~~~~~ッ!」
「少しでも僕に向かって動こうとすれば死ぬ。ここにいても死ぬ。あなたが取るべき行動は、そのまま後退りをしてこの廃都市から出ていくことだけだ。……正直、ここで確実に仕留めたいところだけど、この様だからそれも叶わない」
カルマさえいなくなればこの場は取り敢えずなんとかなる。
後々の脅威が残ってしまうが、こんな状態である以上仕方がない。
次に相対するまでにたくさん犠牲者が出てしまう、犠牲者を出す度にカルマは強くなってしまう。
だが、そこは目を瞑り、歯を食い縛って耐えるしかない。
環奈達が戻ってくるまでこの場に拘束できればとも思ったが、環奈達が勝てる保証はないし、環奈達が戻ってくるまでに隙を突かれて剣を取り上げられてしまえばおしまいだ。
……ここで見逃すわけにはいかないが、こうしなければ自分の手で終わらせることができない。自分の撒いた種なのだから、自分の手で終わらせなければならない。
だから多少の犠牲は──
「──バカなこと言ってんじゃないわよ」
そんな言葉と共に放たれた魔法がカルマの背中に直撃するが、その皮膚には小さな傷しか付いていない。
「あんたとその妖怪の間に因縁があったみたいだから今まで静観してあげてたけど、こんな化け物をそう易々と見逃すわけにはいかないから、手を出させてもらうわ!」
「有栖川さん……」
アッシュが視線を向けた先には、姉によく似た性格をした少女が立っていた。
正直な話、存在を忘れていた。それはカルマも同様のようで、「どこから湧いてきた?」とでも言うような表情をしている。
……恐らくだが、有栖川セーラは意図して存在感を薄くしていたのだろうと思う。
「特に狙ったわけじゃないけど、ギョフノリとかいう性格の悪い奴みたいになっちゃったわね……だけど、あたしは有栖川ギョフノリじゃなくて有栖川セーラよ、勘違いしないでよね」
「……あの、有栖川さん、それ、人名じゃないですよ」
「……え? 違うの? ひろのり……みたいな」
「違いますね」
勘違いしていたのは有栖川セーラだった
どうやら漁夫の利を人名だと思っていたようだが、僅かに赤面しながら「ま、まぁいいわ!」と強引に話を終わらせる。
「とにかく、あんたを助けるついでにあたしがあいつを倒す……いいわね? あとで手柄を横取りしたとか、文句言わないでよ?」
「言わないですよ。だって、僕も戦いますから……!」
さっきまではどうかしていた。自分のケジメのために犠牲を必要とするなど、どうかしていた。暢気に空を仰いで追い詰められている場合じゃない。
アッシュはフラリと頼りない動作ながらも立ち上がる。
「お? おお? ……ククッ、それだ、その目だ! 自分が歪めたかったのはその目だ! 光を受ける鉄のような、その瞳だ……! 何が切っ掛けかは分からないが、とてもいい、ちょうどいい。ああ、ああ! ああああ、ハハハハハハハ!」
立ち上がったアッシュを見て、カルマは胸が熱くなるのを感じ、耐えきれなくなって笑う。
その隙に有栖川セーラの側まで移動したアッシュは、カルマに聞こえないよう声を潜めて話しかける。
「有栖川さんの固有能力……【幻の国の迷子】でしたっけ。あれって、何か制限とかありますか?」
「あれは、あたしが目を閉じて集中して周囲の景色を脳内に思い浮かべないと使えないの。だから景色を思い浮かべられなかったら発動できないし、途中で意識が乱れても能力の効果が切れちゃう。もし発動できたとしても、魔力の消費が尋常じゃないぐらい激しいから、発動時間は一分が限界。それに、あたしは目を閉じてるから移動した人の位置なんて分からない……だからこまめに目を開けて把握して目を閉じて……ってしないと、まともに使えないわ」
「なるほど……ちなみに、この周囲一帯をドーム状に覆い尽くすことってできますか?」
「それなら簡単よ。景色を記憶して適当に覆い尽くすイメージをすればいいんだから」
「では、適当の辺りを包んでその中に剣の雨でも降らせておいてください。その中であの妖怪と戦います。僕は自分から半径二メートル程度の空間を把握する固有能力を持っていますから、圧倒的に有利な状況で戦えるはずです」
「あたしはドームの外からドームの中に剣の雨を降らせるイメージをしておけばいいわけね。分かったわ」
剣の雨が降り注いでいて自分が有利に動けるその閉鎖空間。
さぞかし音も響くことだろう。
降り注ぐ剣に触れることができれば、その剣には【反響】の効果が及ぶ。剣の雨を見切って回避しつつ、それすらも利用しながら立ち回る。
「話し合いは済んだか?」
制限時間は一分とかなり短いが、これだけの条件が揃っていれば十分足りるだろう。
「行きますよ、有栖川さん」
「えぇ、いつでもいいわ」
走り出す構えを取り横目で声をかけ、準備はできていると言う返事を聞いてから、アッシュは駆け出した。
背後からは「【幻の国の迷子】」と叫ぶ心強い声が聞こえてくる。
空気が変わり、天井が展開される。あっという間に周囲はドームに包まれ、影で満ちる。だが、問題ない。
成長したカルマに容易く破られた【領域把握】は、自分の中心とした半径二メートルの空間を把握する能力だ。
ドーム内が暗闇に満ちようと、半径二メートル以内であれば昼間のように鮮明に見える。そこよりも向こうはもちろん暗闇であるが、ハッキリ見える空間があるというのはそれだけでカルマに差を付けられる。
カルマの目が暗闇に慣れてしまわない内に、という点で見れば、一分の時間制限もちょうどいい。
【幻の国の迷子】の効果が切れ、ドームが消滅した瞬間が勝負所。それまでにカルマの神経を磨り減らすのが、今するべきことだ。
「な、なんだ、なんだこれは! 何が起こっている!?」
狼狽するカルマ。ドーム内に響いているその驚愕の声が道標。黙っていれば位置の特定は難しかった。
暗闇から伸びるように領域内に侵入してくる剣に触れ、その剣が地面に衝突した瞬間に鳴る音に【反響】の能力を使う。
領域内にまで響いてくるその音によるダメージを防ぐため、手を叩く音で跳ね返すと、それに伴って威力も増幅する。その手を叩いた音もドーム内を徘徊する。
「み、耳が……か、か、体が……」
音の逃げ場がなく、何度も跳ね返ってくる音を跳ね返して、とそれを何度も繰り返す。
どんどん、どんどん響き渡る音が多く、そして大きくなっていく。きっと、カルマは全身が歪みに歪んでいることだろう。
実行して改めて実感する。
【幻の国の迷子】、【領域把握】、【反響】、即興で考えたにしては、あまりにも相性が良すぎる組み合わせだ。
今までは叔母の音を操作する力との組み合わせが一番強力だと思っていたが、こちらの方が幾分か強力なように思える。
このままカルマに接近して殴打する。その打撃音も【反響】させれば──
「あ、あ、ああああああああああああああああああッッ!!」
ビリビリと、鼓膜と体が震えてしまうほどの絶叫。
音がたまたま弱点にでも当たって痛みに叫んだのか、とも思ったが、違う。この怒声はその文字通り、怒りを孕んでいた。
四方八方から見えず抗えず延々と襲い掛かってくる攻撃に、カルマは恐怖ではなく怒りを抱いていた。
先ほどまでとは打って変わって暗闇が暗闇らしく静かになった。
唯一鳴り響くのは剣が地面にぶつかる音。
「?」
頭が真っ白になり、やがて理解した。
音が掻き消された。【反響】の効果を帯びた音が、怒声に相殺されていた。
「クゥゥ~ソォォ~ガァァ~キィィ~──!!」
腹の奥底から響くような、重い怨嗟の声。それと共に飛来するのは、足の裏。
いつかの再現のような光景だ。
だが、何度も同じやられ方をするわけにはいかない。
後先考えず体を捻り、無理にでも回避する。ボキボキと骨が鳴っているが構わない。椅子の背凭れを使って背骨を鳴らすあの感覚と殆ど同じものに構うわけがない。
「避ォけんなァァ~! お前は無様に転がってれば良いんだよォ~……!」
飛び蹴りから素早く殴打に転じたカルマの攻撃を丁寧に捌きながらアッシュは剣の雨を回避するが、相対するカルマは知ったこっちゃないとばかりに体から剣を生やしながら一心不乱に殴打を繰り出す。暗闇のせいでよく見えていないのか、その殴打を捌くのは簡単で、剣の雨の方が厄介だった。
「ああああああああああッ! ああぁあああぁぁああッ!」
「…………」
捌くのが容易なのは、一心不乱にそれでいて無我夢中……つまり我を失っているせいもあるようだ。当たれば危険だが、当たらなければなんともならない。
(そろそろ一分経つ頃か。開ける視界に眩んでいる内に畳み掛けないと勝てない。……ここが勝敗の分かれ目……)
そう考えた数秒後に、一瞬にしてドームが消え去った。カルマの傷をそのままに、体から生えた剣が消失した。【領域把握】の発動中に見るその光景はなんとも奇妙だった。
「グゥァッ……!?」
暗闇が消え去り眼球に飛び込んできた膨大な光に目が眩み、カルマは攻撃の手を止めて目を押さえてしまう。
見逃せない、見逃すはずのない、あまりにも大きすぎる隙。
「アッシュ!!」
有栖川セーラの叫ぶような声が耳朶を打つ。
「【空想流、和の型──鬼切】」
それは、鬼への強い特攻を持つ一撃必殺の技。
斬り裂くのは幻でも影でもなく、紛れもない実像。
先ほどは味わえなかった確かな手応えと、赤い血が宙を舞う。それが、カルマの切断を何よりも意味していた。
「──ぁ?」
断末魔も、遺言もなく、目的を何も成せず、何も果たせなかったカルマの身体が朽ちていく。
踏み潰された炭のように、ボロボロと形を失い塵になっていく。一つの都市を滅ぼした凶悪なモンスターの最後は、以外にも呆気なく、生物として普通に訪れた。
先ほどまでカルマだった黒い塵が残る。
剣を伝って腕に届いた斬り裂く感覚が残る。
死んだことに気付いた間の抜けた声が耳に残る。
自分の撒いた種から出た花を摘み取るような達成感が残り、何もかもが見えなくなるような巨大な虚無感が訪れた。
なぜだろう。
邪悪を極めたモンスターを討ち取ったというのに、誰かが去っていくような、誰かが見えなくなるような、そんな空虚を感じてしまうのは。
気付けば空を仰いでいた。
遠退く意識とは裏腹に、視界の端には心配そうな表情で駆け寄ってくる有栖川セーラが映っていた。
疲労、疲弊、達成感。そんな様々な理由で、気絶しようと意識が遠退いているのだろうが、多分、一番の原因はあれだ。
視界の中心で渦を巻く真っ黒で巨大な穴。
黒い穴は、吸い込み、吐き出す。
吸引と排出。
廃都市と化した陽波市に蔓延る人間とモンスターを呑み込み、そこから化け物の片鱗が覗く。
化け物の片鱗──それは恐らく手。
手らしきものが穴の淵に手を掛けると、簡単に空が裂けた。
──■■■■
空の裂け目から怪音を立て、絶対的な王が醸し出すような威光を放つ、歪に歪んだ化け物が姿を現した。




