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第3話 異能力

 世界間戦争が終結してから二十年。

 科学と異能の力を駆使すれば街並みは大体元通りと呼べるほどに修復されていた。


 そして、この戦争で唯一得たのは地球人側で言えば異能力へのより強い適性、異世界人側で言えば科学へのより強い適性だ。


 失ったものがあまりにも多すぎて、まだマイナスの域をでないが、しかしこれは大きな進歩と言えた。


 魔道具の質が以前よりも遥かに向上したおかげで以前とは比にならないほど発展速度を増しており、誰かが夢に描いた近未来的な光景がチラホラ見受けられるようになっていた。

 例えば車輪がなく、地面から僅かに浮き上がっている自動車や、ホログラムで映し出される映像、場所と場所を軽々と移動できるようにするワープポータルなど。

 もちろん発展に合わせて秩序を保つため監視の目も厳しくなっており、街の至るところに監視カメラが設置されている。


 そして教育機関で働く教育者の質も向上し、学生の育成が捗り、学生の質が向上している。戦争の終結からまだそれほど時間が経過していないために比較対象はないが、それでも安らぎの中で余裕を持って物事を教えることができる程度には育成環境は整っていた。


 異能力者を育成する教育機関はそれほど数がなく、年齢制限があるのだが、その理由は単純だ。


 平和が訪れて間もないために学校建設のための環境が整っていないのもあるが、異能力者は欲しいが危険だから多くはいらないというような理由もあった。

 便利とはいえ異能力は危険なものであるために、たくさん学校を建設して、強力な異能力者を量産するわけにはいかなかったのだ。


 年齢制限に関しては、善悪の区別がつかない子供に異能力の使い方を教えるのはよくないと言う事で、異能力開発機関に入学するには最低でも小学校を卒業している事が条件となる。


 ……まぁだが、異能力はスキルや魔法を総称したものである。

 つまりは異能力開発機関などに頼らずとも、自力で魔物を倒したり鍛練を積むことさえできれば、スキルレベルや魔法レベルを上げることができ、異能力を使いこなすことができてしまう。……が異世界人ほど戦闘の才能を持っておらず、多少異世界人の血が流れているとは言え、ただの地球人には到底無理な話である。

 だから異能力を上手く扱えるようになろうと思えば学校のような機関がなければならず、異能力者の教育機関の数が少ないのは、民衆に力を与えすぎないようにするのにそれなりに有効な策だと言えた。



 けれど、例外とはどこにでもあるものだ。

 二つの世界が交わる以前から異能力に触れてきた者や、異世界人などが身近にいれば話は別だ。

 そう、自分一人の力で強くなることはできずとも、そう言った教師と同様に物事を教える事ができる立場の人間がいれば、異能力開発機関で研鑽に励む以前から異能力の扱いを学ぶことはできてしまうのだ。


 だがまぁ、今の社会の中で異能力開発機関に入学するに満たない年齢の子供に、異能力の使い方を教える者などいないと言ってもいい。

 なぜなら、現代に存在する異能力者とは、二十年前の戦争に駆り出されていたような者達ばかりだからだ。

 二十年とは子供が大人になるまでの短くも長い期間であるため、世の大半の異能力者は戦争経験者や戦争の脅威を知っている者であり、戦争を知らない異能力者はそれほど多くない。

 だから大半の異能力者が戦争を知り、その身で痛いほど体験して痛感し、咽び泣いて慟哭したのだから、そんな危険の種を好き好んで後世に伝えようなどと思うはずがないのだ。



 ……何度も言うが、どこにでも例外はある。

 例えば、生まれたその瞬間から強力な異能力を抱えており、早急に力の使い方を教えておかなければならない存在とかだ。


 異世界人であればそのようなスキルや魔法の暴走はあり得ないのだが、どれだけ異世界人の血を取り込もうとも、地球人には異能力の存在は重かったのだろう。強力な異能力を持って産まれてくる地球人の子供は、度々異能力の暴走を引き起こし、周囲に被害を齎していた。


 胎内から取り上げられたばかりの子供が泣き叫んで周囲の人間の鼓膜を破ったり、癇癪を起こして壁を殴って壁を焼いたり、説教してくる大人に反抗して八つ裂きにしたり、子供同士の喧嘩で相手を氷漬けにしたり……とにかく、感情の昂りによって無意識に異能力を暴走させてしまう子供が稀に出現したのだ。


 そんな事件は子供のトラウマにもなってしまうし、こんな事件を発生させないためにも、例外的に強力な異能力を持つ、満たない年齢の子供への教育は認められていた。



 だから、ある家庭に産まれた子供は皆が幼い頃より異能力の扱い方を教えられ、育てられてきていた。


「今日こそお父さんに勝ってやるわ!」


 芝生の緑の上で自信満々にそう意気込むのは、焼けるような赤い髪に、黒い瞳を輝かせた少女だ。顔立ちは地球人風か異世界人風かと言われれば、両者の良いところだけを選んで組み上げたような、機械的な造形美を醸し出していて、どちらかと区別することはできない。

 もちろん、人工的に造られた機械などではなく、正真正銘、母胎を母体に変えて産まれた人間である。……もっとも、100%純粋な人間かと言われれば首を傾げて唸らずにはいられないが、少なくとも機械ではない。


「よし来い。今日もいつものように負かしてやろう」


 そう言って赤髪の少女の前に立ちはだかるのは黒髪黒目の男。口振りから察するに、いつもいつも大人げなく勝利しているのだろう。

 大人げなくとは言ったが、容姿から受け取れる両者の歳には大差無いように見えるが、実際は男の方が遥かに長く生きており、男の見た目に変化がないだけだ。


「そのクソニートをぶっ倒せ、姉貴!」


「俺らの分までボコボコにしてやれェ!」


「姉上、兄上、後で父上に叱られんすよ?」


 対峙する2人から離れたところで野次を飛ばすのは、腰まで届くほどの黒髪と左右で別々の色をしている瞳を持つ少女と、数ヶ月髪を切っていないのかボサボサな白髪とこれまた左右で別々の色をしている瞳の少年だ。

 黒髪の少女は右の瞳が黒で左の瞳が赤、白髪の少年は右の瞳が赤で左の瞳が黒だ。


 そんな二人に呆れたような目を向け、廓詞で言うのは、赤みがかった黒髪に血のように赤い瞳の少女。地面に届きそうな着物は、ぽっくり下駄のおかげで土を引き摺らずに済んでおり、その少女は日差しを避けるため番傘をさしている。番傘の効果か、母親の種族故か、その肌は白皙そのものだ。


「いいよいいよ、あのクソニート親バカだから説教なんか怖くねぇもん。だろ、美月?」


「アグナ姉のように叱られたことなどござりんせんで、わっちには分かりんせんが、父上が姉上方を叱るところを見る限りはそのようでありんすね」


 左目が赤い少女──アグナは、花魁を意識しただけの少女──美月(みづき)にそう言い、美月は苦笑いを浮かべながらそれに小さく頷いた。

 ちなみに、美月のこの廓詞は生まれもっての口調などではなく、意識して口にしているもので、美月がそうする理由はやはり自分の出自からだ。

 吸血鬼人の母親を持ち、その特徴を色濃く受け継いでいる美月は、吸血鬼と言う白皙の肌を持ち、夜に本領を発揮するその生物のイメージから、遊廓で励む妖艶な遊女を連想し、ならば花魁に成りきってみようと意識しているわけである。

 そんな理由なので妖艶さが感じられるのなら花魁でなくとも言いわけで、美月の口調はぶれたりすることが多々あり、そして所詮は成りきりだ。焦ったりして感情が荒ぶってしまえば口調は美月本来のものに戻ってしまう。

 ……簡単に言えば厨二病のようなもので、そのうち飽きるだろうと家族からは放置されている。


 少々話が逸れたが、どうやら赤髪の少女と対峙している男は自分の子供達に舐められているようだ。


「お、始まったぜ」


 ボサボサの白髪の少年はアグナと美月に声をかけて前を指差す。

 二人はその指の先へ目を向けた。


 そこでは連撃を繰り出す赤髪の少女と、回避に徹する男の姿があった。

 少女が男を目掛けて拳を振るえば風切り音が鳴り風が吹くが、それは男に掠りもせず軽々と躱される。

 少女はいつものやり取りに口の端を歪めながら、パンチやキックを絶え間なく続ける。


「何度も言うが、環奈の固有能力は攻めに向いていないんだ。スキルや魔法を絡めた攻撃をしないのなら自分から相手に突撃せず、相手の攻撃を待つべきだ」


「何もしないで待ってるなんて嫌よ! それに当たれば強いんだから!」


「ならせめて魔法を使って遠距離から相手を攻め立てるとかしないと」


「そんなチマチマした戦い方なんか気に食わないわ!」


「……はぁ……お前らが変に拘りが強いのは俺のせいなんだろうな……」


 男は溜め息を吐いて赤髪の少女──環奈(かんな)に聞こえないぐらいの声で呟き、環奈を組み伏せて無力化した。


 男はその光景にいつかを思い出す。

 男が組み伏せていたわけではないが、それでも、赤髪の美少女が組み伏せられる光景には見覚え……既視感があった。思えば、あの出会いがなければ根本的に何もかもが違っていたのだろう。

 今となっては懐かしい思い出だ。


 自分が芝生の上で押さえ付けられている事を認識した環奈が「わぁぁぁ! ああもうやっぱり勝てないわよ!」とジタバタ暴れ始めてから解放し、男は「さて……」と呟いてから、先ほど野次を飛ばしていた二人を連れて屋敷の中へと戻っていった。


 青々とした芝生が風に揺れる庭に残ったのは、大の字になって空を仰ぐ環奈と、番傘で空を遮る美月。


「アグナとマルス……いや、今のはアレスね。あの二人どうかしたの?」


「姉上がクソニートと父上をなじり、兄上が中指を立てながら汚い言葉を叫んだんでありんす」


「ああ、いつものね。……ねぇ美月。どうしたらお父さんに勝てると思う?」


「そうでありんすね。やはり父上の言う通り、自分から向かっていくのをやめることでありんすかねぇ……」


「んー……やっぱそうよね……美月、ちょっと私の相手になってくれないかしら」


「日中に戦えとは姉上、これまた好かねぇことを言いなんすなぁ」


 大の字で見上げてくる環奈に美月は素っ気なく言ってから、ヒラヒラと手を振って屋敷の中へと戻っていった。

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