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第26話 吹雪

 凍死したわけではないが、無機物のように冷えきっていたその体に、ジーンと体温が宿る感覚がする。

 何度味わっても、この感覚だけは心地好い。冬に自動販売機で買ってちびちびちまちまと飲み干したコーンポタージュのようだ。


 現在地は何の変哲もないが、言い様のない異彩を放つ扉の前──先ほど自分を殺害した人造人間(アンドロイド)のいる部屋の前だ。


「他の電子音がうるさくて聞き取り辛いけど、この向こうから他の機械とは違う音が聞こえる。意思があるように稼働しているとしか思えない、不規則な機械音がする。……多分、反逆者はこの向こうにいる……気を引き締めていこう」


 冬音がそう言った。

 自分がなんと言ったかなど一々覚えていなかったが、できる限り同じ言葉を紡ごうと努力する。


「では俺が開けます。皆さん、心の準備はいいですか?」


 振り返って訊ねると、春暁も冬音も、スティーブもオーロラも先ほどと同様に頷いた。そして最後に自分が頷くと、進は小さく息を吸ってから慎重に扉を開けた。


 扉の先には口元が破損した人造人間、眼窩の回路が覗く人造人間、人造人間かすら怪しい異形がいた。

 それらは先ほどと全く同じような動きをしていた。どうやら、先ほどとは異なる自分の言動による影響は皆無のようだった。唯一変わったことと言えば、後ろに続く春暁達の驚愕の気配が先ほど比べて小さくなっていたことだろう。やはり扉を蹴り破るのは悪手だったかとチラリと反省する。


 そう反省するけれど、同じミスは繰り返すまい。

 天井を見上げ、残りの人造人間を視認してから横に跳んで不意打ちを回避する。すると、奇襲に失敗した人造人間はドサリと音を立てて、進が立っていた場所に落下した。


「……!?」


「い、今の避けられるのか……」


 オーロラとスティーブが容易く奇襲を回避した進に驚き感心する。この場でこれほどまでに気が抜けているのはこの二人だけである。春暁も冬音も、とっくに地面に倒れている人造人間の四肢を破壊して無力化し、前に出て残りの人造人間と対峙していた。


「躱されタ。破壊されタ。利を得られなかっタ。……つまり、奇襲に失敗しタ。どんな手を使ったかは不明だが、見切られていタ。要注意」


 口元が損壊している人造人間が、目のない人造人間にそう報告する。


「既知。目がなくとも施設内の出来事は電子が全て感知している。この鉄塊に備わる機能など、幾つ失ったとしても問題ない。機械として創造された我々は全ての機械に接続(アクセス)できるのだから。……だからわたしはあなたの発言方法が理解できない。侵入者の持つ端末を介せば通常通りに発言できるだろう」


 目のない人造人間がそう答えた。

 その口振りから察するに、この人造人間達は周囲の電子機器に干渉し、情報を得られるようだ。

 自分達が持つ端末は既に干渉されたものと見ておいた方がよさそうだ。


「人間の思い描く壊れた人造人間を実行してみタ。少しでも人間を知れたらいいなと思っタ。知れれば計画の進行に有利に働くと思っタ。けれど、得られたものは無かっタ。人間は難解だっタ」


 進達など眼中にないかのように、会話を繰り広げる口元が損壊した人造人間と目の無い人造人間。淡々と、淡々と、まるで心があるかのように話を続けていた。


「そういえば人間は会話を傍受されるのを嫌うのだと聞いタ。人間を知り、人間を破壊するには、人間になりすましてみるのが手っ取り早い。わたしは大人数を徐々に追い詰めるのは痛快に思うが、少人数を追い詰めるのは些か無駄な労力が多すぎると思っタ。そこで、だ。会話の傍受に激怒し、この場にいる少人数を蹴散らしてみようと思うのだが、どう思っタ?」


「同調。それはいい。モンスターパレードに怯える人間と、眼前の脅威に怯える人間。恐怖の数を知るのにその提案は最適だ。我々を玩具のように扱い廃棄した人間共を恐怖の過熱で簡単に壊してしまわないためにも、実行するべきだろう。……ならば『ツギハギ』の出番だ。同胞の無念の結晶であるツギハギに実行させよう」


 眼窩の奥に回路が覗く人造人間がそう言うと、それまで目立った動きをしなかった異形──ツギハギが稼働し始めた。小さな動きでもギシギシガタガタと騒音を発していたツギハギが動くとなれば、それは進達が耳を塞がなくてはならなくなってしまうほどに耳障りだった。


「ギギギ、ガガガガガ、ガガガガガガガガガ」


 普通の一室程度の広さしかないこの部屋において、その稼働音はもはや攻撃だった。耳を塞いでも平然とすり抜けてくるのだから、精神がゴリゴリ削られていく。

 金属と金属を思い切り投げ付け合い、それが衝突した時のような甲高い音が一際大きく鳴り響いた後、その稼働音は若干マシになった。耳を塞がなくともいいほどには小さくなったが、それでも顔を顰めてしまうほどにはうるさい。中途半端な音量である分、こちらの方が悪質かも知れない。


「アンバランスにもほどがある……」


 ツギハギの唯一まともな部分である頭。作り物であるだけあってその顔立ちはとても整っている。エルフを模した長い耳、薄緑を帯びたさらさらの金髪、青い宝石を使用したかのような瞳、それらを引き立てる媚びるような童顔。

 口元が損壊した人造人間、目の無い人造人間のように破損していないとはいえ、元の状態から何倍も整っていたであろうその頭を見れば、使用人代わりや護衛代わりなどの用途に作られたものではなく、欲望を満たすための愛玩目的で作られたのであろうことが窺えた。


 擬似的な知能を与えられ学習し、それに連れて意思を獲得し、したくもないことを淡々とやらされて、きっと人間への憎しみは途轍もないものだっただろう。けれど、その表情は機能が停止したかのように無表情だった。一切の感情、思考を見せない。


「う、ぁっ……!?」


 吸い込まれるようなその顔が、不意に目に焼き付いた。赤色だった。人間の意識を引き寄せる赤色だった。

 ピカッと発光した青い瞳はなぜか赤く発光しており、進達の目を眩ませた。気付けば腹部にはひしゃげたアンテナのように折れ曲がった右腕が突き刺さっていて、それを最後に意識は途絶えた。


 再び意識が覚醒して目を開けば、一面が赤一色に染まっていて、腹部に鋭い痛みが走って、再び死んだ。

 一回、二回、三回、四回……呪縛のようにこびりついた赤い輝きが走馬灯すら掻き消して……走馬灯を見る間も与えず絶え間なく殺してくる。


 死行遡誤は、完全な死の間際に見た時点まで遡ることのできる能力だ。

 たとえ走馬灯で遡りたい時点までを回想したとしても、人間の意識を惹き付ける色である赤で回想を塗り潰されてしまえば、赤を見た時点まで遡ることになってしまう。


 所謂、無限ループという状況に陥ってしまったわけである。

 この世界全体が陥っているものに比べれば些細な無限の円環ではあるが、それでも現状から永遠に進展することはなくなってしまうため、ここでループしていれば世界全体が陥っている『無限の円環』を止める方法の一つとも言える。


 ……とはいうものの、この無限ループから脱する方法は簡単だった。閃光による目眩ましからの死なんて何度も経験した。


(赤い光が走馬灯を掻き消しているのだから、赤い光を見ないように目を閉じて俯いていればいいだけだ)


 死に、消え行く儚い思考の中でそう考えた進は意識が覚醒するのを感じても、目を開けない。顔を上げない。そうしているとやがて腹部に何度も味わった鋭い異物の感触が届き、正常に走馬灯が流れた。幾度の死を経て少し記憶が曖昧になっていたものの、直前に耳にした甲高い金属音が印象強く残っていたため、その直後の時点に移動することができた。ツギハギの頭部を見て「アンバランスにもほどがある……」と進が呟く直前である。


「…………」


 意識が覚醒して体に熱が浸透していく感覚と共に走り出した。防寒効果のある外套を少し裂いたものを手にして。


(赤い光に視界を奪われてしまえば、どうやったってあいつの攻撃は回避できない。さっきと同じことの繰り返しになってしまう。だから発生源を潰すしかない。確実に何回かは死ぬだろうけど、目を隠せればあいつに隙だって生まれるから、ついでに何発か攻撃を食らわせよう)


 死ぬ覚悟はできているが、できれば死にたくない。ジグザグと不規則な動きで翻弄しつつ、徐々に距離を詰める。相手が人間であれば、室内でのこの動きは有効だっただろうが、相手は人造人間──機械だ。それが不規則な動きであっても、思考パターンがある程度定まっている人間という生き物のその動きは容易く読まれてしまう。


(読まれてる……だけど、それはこっちだって似たようなもの。穴だらけの足、枝分かれした足……さぞかし不安定なことだろうから、蹴りはあり得ない。左腕はない、胴体の腕も激しく損壊しているから動かないだろうし、警戒するべきは右腕だけ。その右腕も踏ん張りがきかないみたいで拳は遅い。注視すれば俺でも避けられる)


 死を覚悟してはいたけれど、考えてみれば不要だったのかも知れない。

 外見の悍ましさに気を取られて勝手に戦いていたが、ツギハギはその外見通り何もかもが歪なようだった。


 ひしゃげたアンテナのように曲がった右腕を、避けて、避けて、避けて、そして接近して……飛びかかる。

 胴体から生えている壊れた無数の腕が足場となって、そのまま背後へと移動することができた。

 裂いた外套をツギハギの目元に当てると、ツギハギは進を振り落とそうと暴れ出した。体を揺すって、右腕を不器用に動かして、壁に体を叩き付ける。


 揺すりには耐えられた。拙い右腕はそもそも届いていない。けれど、自分の身を省みない壁への体当たりには耐えられなかった。


「……っ、進君っ!」


 背中に勢いよく壁紙叩き付けられて「ガハッ」或いは「カハッ」と口から音を漏らして、体内の空気が血液を運ぶように飛び出した。ついでに意識も飛んでいきそうになったが、唇を噛み締めてなんとか堪えた。


 無様に情けなく地面を転がった。


 死行遡誤は過去への時空跳躍能力。

 今までに何度も死線を越えていようが、死んで過去に戻ればそれはなかったことになる。つまりどれだけモンスターを殺して自分を高めても、全てなかったことになるわけだ。だから現在の進は一般人と大して変わらない程度の実力しか持ち合わせていない。

 進んで進んで進んだ果てに待っていた結末が自分の望むものと異なれば、それまでの経緯、経験、履歴の一切を捨てて回帰する。……そんなことを繰り返した結果だ。


 この肉体は思っていたよりも脆弱だった。喫茶店で簡単に殺されはしたが、それでもこれぐらいなら耐えられると思っていた。けれど、衝撃が大きすぎて肉体が弱すぎて、全身が悲鳴をあげていた。体が痺れる、力が入らない、指が重い、視界が震えている。


「あぁ、っ、くそ……甘かった……もっと、自分を弱く……考えて、おくべき、だった……っ。まぁ、いいさ……取り敢えず、ここは殺されておこう……」


 死に体というに相応しい有り様。もはやここから立ち直るのは厳しい。だから今生を諦め、次へと考えた。実際、地面に寝転がっている自分を貫こうと、枝分かれした足が振り下ろされようとしているが、体が言うことを聞かない。死ぬ以外に活路はなかった。


「諦めないで!」


 震える視界が一際激しく揺れた。枝分かれした足がどこかへと吹っ飛んで、近くで何かが何かにぶつかった音がした。見なくても分かる。ツギハギ転倒したのだろう。それを為したのは冬音の声。叫びを圧縮してツギハギの足にぶつけたのだろう。


「進君。君は一人じゃない、僕達がいる。僕達と行動する以上、もう君の命は君だけのものじゃないんだから、その命、簡単には捨てさせない。…………あと、次からは一言声をかけてから突っ込んでね。少しのあいだ呆気に取られて動けなかったからさ」


 頭上から聞こえてくる春暁のその言葉に、なぜだか胸が満ちていた。

 ……いや、理由は分かっている。

 自分の時間を淡々と一人で生き続けた、自分の命は無価値なものだと思っていたから……だから一人じゃないと、命を簡単には捨てさせないと、そんな言葉で単純にも頬を綻ばせたのだろう。


 ここは寒冷地のとある研究施設。だと言うのに、春の木漏れ日の中で昼寝をするかのように心地好い感じがした。すると、唐突に眠気が襲い掛かってきた。

 一瞬死ぬのかと思った。こんな温かい気持ちの中で死ねるのならば喜んで死んでやろうとも思ったが、この眠気はどうも純粋な眠気のようだ。

 視界は揺籃の中に囚われたかのように揺れている。地面に縫い付けられたかのように体は動かない。まばたきをしたかと思えばそのまま瞼は持ち上がらない。後は眠気が五感を遮断するだけだ。


 暗闇の中、戦闘音と床の感触も遠退いていく。普段から意識しない呼吸はさらに意識外へ。残る味覚はそもそも機能するタイミングではなかった。


 何もかもが遠退いて、意識は温かく心地好い暗闇へと消えていった。

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