第25話 泥中
母達に事情を伝えると、心配されながらも学校を休んで荒野掃除へ赴くことを認められた。
そんなわけで、荒野掃除に関しての詳しい情報を得るために、環奈達はこのあいだ西蓮寺志乃に案内された異生物対策組織の支部へとは訪れていた。
受付に立つ四人のヴァルキリーの内、白髪のヴァルキリー、ブランが環奈達の来訪に気付くなり奥へと引っ込むと、すぐにマーガレットを伴って帰って来た。
「まず、みんなを騙すような真似をして悪かった。色々と言いたいことはあるだろうが、如何せん時間がない、そこは我慢してくれるとありがたい」
開口一番に頭を下げて謝罪するマーガレットに、苛立っていたアグナでさえも豆鉄砲をくらった鳩のような顔をする。
その口調や佇まいなどでそう簡単に頭を下げるような人物ではないと思っていただけに、衝撃は大きかった。
「……んで、今はどんな状況なんだ?」
「組織に加入して間もないみんなは知らないだろうが、それなりに腕の立つチームが偵察も兼ねて荒野へ先行したのだが、そのチームの話によると、『他の廃都市に比べると、比較的綺麗な状態で残っている』『モンスターはそこら中にいるが、襲いかかってこない』『ある一点を守るかのように一ヶ所に固まっている』『モンスターは『C級』のものが殆どだが、ある一点に近付けば近付くほどに等級が上昇していっている』だそうだ。……まず、統率者のような立場のモンスターがいると見て間違いないだろう。それも、他の特異個体を凌ぐほど大きく逸脱したとびっきり異常なのがな」
「その統率者とやらがどんなモンスターなのか……魔物か妖怪なのかの検討はついてるでありんすか?」
「荒野になって間もない内は魔物は少なく、人間の怨憎を好む妖怪ばかりが集まるから恐らくは妖怪だろうが……場所が場所だからな、一概に妖怪とは言えないな。だがまぁ、私は十中八九妖怪だろうと思っているぞ」
「では妖怪だと仮定して、それがどんな妖怪なのかは……?」
「ふむ。……魔物は自然発生するものや人間から生まれるものが少数ながらいるものの、大半が動物と同様に繁殖するものであるから情報さえあれば当たりをつけることができるのだが、妖怪は元々人間だったものや物に宿った念、伝承によって生まれたものだったりと、唯一無二と呼べる存在が多いため、統率者に相当するほどの強力な妖怪となれば有識者がいないと未知でしかない。だから、どんな妖怪なのかは分からない。すまない」
人間から生まれる魔物とはグールやレイスなどのアンデッド系のものなどである。
不死者は妖怪の一例と同じく、人間が生前抱いていた怨憎などが原因で生まれるものだ。アンデッドとなるか妖怪となるかは、その死者が地球人か異世界人かで変化する。
あと、妖怪の他にも『幽霊』と呼ばれるものが存在するのだが『幽霊は亜人か魔人といったヒト種として扱うのか、モンスターとして扱うのか』という問題に直面しており、未だにどう扱うかが定まっていない状況にある。
これは、魔人と呼ばれる『一度死んで魔物の特性を受け継いだ人間』と、ヴァルキリーやハーピー、アルラウネやアラクネなどの『知性ある人型の魔物』を同一視して同様の扱いをしていいのかという『知性ある人型の魔物を魔人とするか否か』といった問題とよく似たものだ。
ちなみに妖怪と幽霊の境界は、死後この世に存在する際に生前と変わらない容姿をしているかどうかで決まる。生前と異なる容姿であれば妖怪、生前と同じならば幽霊である。
「…………」
「……まぁ、相手がどんな奴にしろ、団体行動する知性がある時点で危険度は半端なくあがっちゃうわね」
浮かない表情のアッシュに気付いたものの、環奈は特に気にすることなく苦々しそうに呟いた。
「……ねぇねぇ、荒野掃除っていうのはモンスターがボクらの町に雪崩れ込んでこないように定期的にするものなんでしょぉ? それならさ、攻めてくる気配がないなら放っておいていいんじゃないかなぁ?」
「そうもいかない。今は守りに徹していたとしても、時間が経ち態勢が整えば攻め入ってくる可能性がある。憖知性がある分、早々に対処しなければならない」
「あれか。戦争の準備を整えている隣国みてぇな感じか」
「あぁそんな感じだ。そういう点で言えば、今回の荒野掃除は通常のものとは異なるな。通常の荒野掃除はただ適当にモンスターの数を減らすだけだが、今回に限っては相手に統率者がいるからそうはいかない。統率者をなんとかしなければ減らしても減らしても徒党を組まれ、モンスターに私達の戦術を盗み見させて戦闘に関しての知恵を与えるだけだ。だから統率者が対話できるのなら話し合いで。話し合っても分かり合えないのなら、討伐するしかない。その場合は統率者を失った邪魔な荒野を一つ抱え込み、組織がさらなる人手不足に嘆くことになるだろうから、やはり最善は話し合いでの解決か」
かなり厄介な現状に溜め息を吐くマーガレット。
アグナの言う通り、これは戦争のようなものだ。かなりの数のモンスターが徒党を組んでおり、怪しげな動きを見せている。危険分子だからと先手を打てばモンスターに被害を与え、話し合いでの解決の道は遠退く。そうなればただでさえ厄介な荒野が増え、そこに人員を割けば組織はさらに人手不足になり、対処が遅れて苦情を受け、組織への加入希望者は減り……と。
「……あぁ、もうこんな時間か。朝方に志乃が伝えてくれていたと思うが、今から集会……作戦会議があるんだ。ついてきてくれ」
頭を抱えながら言うマーガレットはなんだか可哀想だった。
連れられてやってきたのは、天井、壁、床が真っ白なことと、異常に広い以外は普通な、東京ドーム四分の一ほどもあるかなり広い場所だった。
いったいどうやれば地下空間にこんな場所を造れるのか疑問でしかない。支部の集会所ですらこれなのだから、本部の集会所はさぞかし広いのだろう。組織の気合いが見てとれるが、それでもまだまだ満場とは言えないことに、気合いの空振りを感じた。……など、環奈達は様々な感想を抱いていた。
とても広い空間であるが故に少なく見えてしまうが、パッと見回してみた感じ二千人はいるだろうか。到底人手不足には思えないほどに人が集まっている。だが、世界的な脅威であるモンスターに対処しようとするのであれば、これでもまだまだ足りないのだろう。
それも当たり前だろう。県一つが丸々廃墟と化してしまっているものも荒野の中にはある。
そうであれば、廃墟と化した県内には荒野になるまでの人口とほぼ同数のモンスターが跋扈しているものと考えられる。人口が一番少ない県であっても五十万人は住んでいるというのだから、この場に集まっている二千人程度では足元にも及ばないのは明らかである。
それに、町の人口は三千人以上だ。怨みや憎しみで妖怪や怨霊に変貌してしまった者や魔物の存在を考慮すれば、荒野に蔓延るモンスターの規模は三千ではとどまらない。つまり、二千人程度しかいないこの横浜支部では、モンスターから町を奪還することはできない。しかもその二千人には奪還者はもちろん、迎撃者も含まれているのだから、やはり、荒野掃除で定期的にモンスターの数を減らすのが精一杯の抵抗というわけである。
異生物対策組織の人手不足は予想以上に深刻なようだった。
キョロキョロと見回していると、西蓮寺志乃と有栖川セーラの姿を発見したので、声をかけておこうち歩み寄ると向こうもこちらに気付いたのか歩み寄って来てくれた。
「うおらぁっ!」
歩みを走りへと変えてアグナは西蓮寺志乃へと殴りかかったが、どこからか現れた白い布に包まれて拘束されてしまった。
「ふふっ、甘いわね。もう離していいわよ、一反木綿」
「クッソォ……」
「備えておいて正解だったわ」
「あんたねぇ、そこは受けてやりなさいよね……」
「嫌よ」
「じゃあ騙してたことを謝るとか……」
「別に騙してたわけじゃないわ。ユニオン名の意味もロクに考えず私の説明にばかり気を取られてただけじゃないの。勝手に勘違いして人のことを詐欺師扱いするなんて、逆恨みの達人ね」
頑なに折れない西蓮寺志乃に呆れた目を向ける有栖川セーラはやれやれと頭を振ってから、話を切り出した。その後ろではアグナと西蓮寺志乃がぎゃーぎゃーと騒いでいる。
「見ての通りあいつは性格が捻じ曲がってるのよ。それを除けばいい奴ではあるから、嫌わないであげて欲しいわ」
「えぇ分かってるわ。言葉は冷たかったりキツかったりするけど、言動の節々に本性みたいなのが見えるんですもの。なんて言うか、素直になれない不器用な人の匂いがプンプンしてるのよね」
「そう、そう! 素直になれないのよあいつは。その癖に学校とかでは猫を被るのよね。何重にも嘘を吐いていいこちゃんを演じてるから取り巻きはたくさんいるけど、あたし以外の友達はいないし、本当に将来が心配よ!」
「えっと、有栖川さんって幾つでありんすか?」
「12歳。まだ誕生日が来てないだけでちゃんとした中1よ。あと、セーラでいいわ。あたしもみんなのこと下の名前で呼ぶから」
先ほどの発言から、年齢に見合わない幼児体型な少女かも知れない思っただけに、有栖川セーラが見た目通りの年齢だったことに驚いてしまう。
異能力テスト固有能力を使用するという浅慮ぶりは有栖川セーラが見せた年齢相応の面ということなのだろう。
そうこうしている内に、集会所の天井部に取り付けられたスピーカーから音が鳴り始めた。すると自然に喋り声は途絶えていき、完全に途絶えたところで声が響いた。
「異生物対策組織、横浜支部、支部長の天城彼汰です。この度はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。基本的に組員の自由意思が尊重されるこの組織ですが、今回のように強制徴集せざるを得ない状況に陥ってしまうことを残念に思います」
天城彼汰と名乗る人物がどこから喋っているのかと見回すが、どこにもそれらしき人影は見えない。
「強制徴集の理由は皆さんも知っての通り、ここからそう遠くない町の一つが一夜にしてモンスターに壊滅させられてしまいました。その町は本来の地球に存在する土地ではなく、二百年近く前に出現した異世界の大地にある土地です。ですが、相模湾と横須賀三浦地域、湘南地域の一部を呑み込んだ無人の大地であったために、特に争いなくここ神奈川の土地として割り当てられています」
だからこれは異世界の方々ではなく我々地球人が対処しなければならない問題です、と天城彼汰は言った。
もちろん、相模湾と横須賀三浦地域、湘南地域の一部を呑み込んだ大陸の全てが神奈川の一部というわけではないが、失った土地と同じぐらいの異世界の土地が神奈川の一部として扱われていおり、隣接する市町村は少し拡大化され、新たな市町村が誕生していた。……と言ってもそれは紛れもなく異世界の一部であり、地球よりも魔物の生息数が多いため、それだけ危険は多い。
「さて、一夜のうちに廃都市化してしまった陽波市ですが、先行しているチームからの報告によれば、C級に分類されるモンスターがのさばっている、危険度の高い状態にあるようです。危険だからと言ってここで見過ごしてしまえばモンスターは成長し、危険度がさらに上昇してしまうため、ここでなんとか押さえ込まなければなりません。……この場にいる二千人程度の戦力でそんなのは不可能なため、他の支部にも応援を要請していますが、作戦の途中で合流する形になると思いますのでそれまで持ちこたえれば、後はもういつもの作業になるはずです。厳しい状況ではありますが、決して不可能ではありませんので、皆さん、死んでしまわないように気を付けてください。これ以上人手が減ってしまうと本格的に危ないので。どんな手を使っても構わないので、生き残ってください。……以上です」
姿も見せず、理解の浅い無責任な発言を残して天城彼汰の声は途絶えた。
それから別の声が響き渡り、その案内に従って移動すると、何枚もの紙が張り付けられた掲示板があった。そこには荒野掃除の際のチームが、五人一組編成で記載されていた。一枚一枚に目を通して漸く自分の名前を見つけた。知り合いが多ければ多いほど連携を取ることができ、強力なチームになるだろうという考えからか、割り当てられたチームにはそういった立場の人間が多かった。
環奈、アッシュ、有栖川セーラと後二人。
アグナ、信幸、西蓮寺志乃と後二人。
アルカ、美月、クレアと後二人。
……と、各チームに三人ずつ割り当てられた。
その後、割り当てられたチームで集まるようにとの指示に従ってチームメンバーとの顔合わせを済ませ、作戦会議やら武器や防具、道具などの準備を整えて、そうして陽波市異生物掃討作戦が始まった。
『モンスターの等級』
X 未知の存在全般
SSS 呼吸をするように国を滅ぼす
SS 大災害と同等
S 都市を滅ぼす 単独討伐など到底不可能
A 上位一握りの異能力者が単独で討伐可能
B 上位の異能力者が単独討伐可能
C 平凡な異能力者が単独討伐可能
D 異能力学校の学生でも単独討伐可能
E 一般人が相討ちで単独討伐可能
F 一般人がなんとか単独討伐可能
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異世界人→死→不死者
地球人→死→妖怪か幽霊




