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第24話 降雪

 洞窟を出れば、ただひたすらに真っ白だった雪原に、ひらひらと白い粉が舞っていた。灰色と言うにはあまりにも白すぎる曇天が、自分より白い雪を降らせていたのだ。


 この無害そうな雪が吹雪へと発展してしまう可能性を視野に入れて、しかし、止むのを待つという堅実な選択肢は取らずに進達は雪原へと繰り出した。


 待たなかった理由としては、冷気の籠った洞窟でいつ止むかも分からないそれを待ち続けるなど無駄でしかないと判断したからだ。なんせ、人造人間(アンドロイド)は寒さも暑さも構わずに外を出歩くのだから、時間が経過すればするほど足取りは掴めなくなってしまう。そんな状況でじっとしているなどあり得ない。

 ……何よりも、この辺りまで来ればもう吹雪による遭難や凍死の心配はもう必要なかった。

 


 そうして洞窟を出て、あてもなく降雪の雪原を進み続けて数時間。

 降り注ぐ雪は勢いを増していき、生意気にも視界を妨げるようになってきた。積もった雪のせいで足元が不安定になったりはするものの、それだけだ。魔道具の一種である、防寒効果の付与されたコートを着込んでいる進達にはあまり目立った影響がなかった。


 影響を受けていたのはスティーブオーロラの二人だけだった。かなり使い込んだのであろう防寒着はボロボロでそれほど耐寒効果はなさそうで、降雪の悪影響を思い切り受けていた。

 手は悴んでぶよぶよの肉のような感覚がして、体力も消耗して足も重く、下手をすればそのまま積雪に吸い込まれてしまいそうだ。


 二人の限界を悟った冬音は音の聞き取りをそこそこに、音の響きを利用して暖をとれそうな空洞を探すことにした。

 そう都合よく空洞が見つかるわけないのだが、幸いにもここは『ホルモル』と呼ばれる全長二メートルほどある土竜型の魔物の生息地域だ。万が一の場合、ホルモルの掘った穴を見つけ出してそこに避難することができるため、これが洞窟を出る判断をした一番の理由であった。


 何とか空洞を見つけ出した冬音は土魔法で土盛り上げて雪を押し退け、空洞の入口を地上へ剥き出しにした。


「せっかくホルモルの穴を見つけたんだ、穴の中を探索してみましょう。運良くホルモルと遭遇できて、討伐できれば今晩の食事が豪華になるでしょうから」


「美味しいわけじゃないけど、干し肉じゃないっていうだけでありがたく感じちゃうよね」


「ホルモルって食べれるんですね……どんな味なんですか?」


「すり潰した青臭い雑草を練り込んだ、肉汁のないパサパサの肉って感じかな。正直言うと干し肉より不味いよ。でもね、干し肉ばっかりの生活をしてると、それなりに美味しく感じちゃうんだよね」


 なるほど、と春暁の説明に頷いた進は、干し肉でいいや、と考えて通路のように奥へ奥へと伸びている空洞の中へ足を踏み入れた。


「うーん、やっぱり分かんないなぁ。あちこちに穴がある見たいで、上手く周囲を把握できないよ……」


 空洞を暫く進んだところで冬音が肩を落として言った。ホルモルの生息地域だけあって、地中にはダクトのように通路が伸びており、音の響きで周囲を把握できないようだ。


「ん? 拓けてる?」


 先頭を歩く春暁が呟いた。

 目の前には一般家庭の居間と同等の空間が広がっており、食事の後と思われる残骸なども散らばっている。どうやらホルモルはここを居住スペースとして活用していたらしい。


「ここで待っていれば確実に倒せるってことか」


「そうでもなさそうですよ。一番腐敗が進んでいない食べ残しでもかなり腐ってしまっていますから、ここに棲んでいたホルモルは暫くここを使っていなさそうです」


 スティーブの呟きに反応したオーロラが指差すのは、歯形がついた部分が黒ずんでいる木の実だ。他にも、肉が腐り落ちたのか黒ずんでいる骨や、枯れた植物の葉や茎などがあった。


「おかしいですね……ホルモルは肉食なんかじゃないはずなのに、なぜ骨が……」


 食べ残しに引っ掛かりを覚える春暁だったが、まぁそんなこともあるか、と適当に納得してホルモルの居住スペースを後にした。


 歩いて歩いて、時には分岐点に出会って、取り敢えず道を選択してそうして歩いて歩いて、その途中で小部屋を見つける度に適当に流した納得が綻びていく。


 昆虫を主食とするホルモルの穴に骨があるのか……地中から姿を現さないホルモルがどうして木の実を食しているのか……際限なく続いているのではないかと思ってしまうほどに長い通路も……ホルモルの生息地域のはずなのに一向にホルモルと出会さないのもそうだ。この空洞には不可解な点が多かった。


 そして春暁なりに考えて導き出した結論は、ここがホルモルの掘った穴ではないというものだった。


 ならばここはなんなのか。

 通路が地中に向かって伸びていること、通路の分岐の多さ、小部屋の多さ、生活の痕跡などから考えてこれは蟻の巣の可能性が高い。……のだが、蟻の魔物にも出会さないのだからこの説にあまり信用はない。


「気味が悪いな……ホルモルなどという微妙な食材をここまで深追いすることもないだろう。ここらで引き返しておかないか?」


「……そうですね。色々と不可解な点が多いここをこれ以上降りていくのは危険だ、引き返し──」


「あ、ハル、ちょっと待って……これ……この音……」


 引き返しましょう、と言おうとした春暁を遮って声を発したのは、目を閉じて耳を澄ましている冬音だ。全員が歩くのをやめたおかげで足音が消え、衣擦れの音も消え、今まで聞こえなかった音が聞こえるようになったのだろう。


「電子音……近くに機械がある。足音みたいな間隔で聞こえる音もある。……ねぇ、ハル。これ多分アンd……反逆者だよ」


「……っ! ……正直、不安はありますし、嫌な予感もしますが、僕達の本来の目的は反逆者の処分です。行く以外に選択肢はありません。……ですよね?」


 驚愕に表情を染め、そしてすぐに思案するような落ち着きを取り戻し、春暁はそう言った。一度退いて体勢を整えてから向かうとも考えはしたが、もう一度ここに戻ってくるのが難しいほどに深く潜り込んでしまっている。引き返してしまえば、人造人間を見失ってしまうかも知れなかった。


 スティーブとオーロラは渋々ながらも頷き、進も冬音も頷いた。

 冬音が指し示す方向へと無理やり道を作って土竜のように地中を突き進んだ。数分ほどそうしていたところで目の前から土が消え、その代わりに分厚い鉄板が露になった。

 何もないところから取り出した剣で春暁が鉄板を両断すると、太い配線、ボタンが集合体のように取り付けられた機械や、何かが映し出されるモニター、他にも、巨大な培養槽に、電力を生み出しているのであろうタービンなどが視界に入ってきた。


「なんだ……ここは……」


「当たりみたいですね」


「皆さん俺の後ろへ下がってください。ここからは俺が先行します」


 唖然と目を点にするスティーブと、絶句するオーロラ。緊張したように引き締められた面持ちになる春暁と冬音。そして足を引っ張るまいと前に出る進。


「進君、危ないから後ろに……」


「そういえば言ってませんでしたか。俺の能力は、未来を視ることができる、というものなんです。ですから、どんな不意打ちだって躱せます、正面からの攻撃だって防ぐことができます。俺ほど最前にいるのが相応しい人なんていませんよ」


 嘘ではない。死という過程を経ることにはなるが、死ぬことによって時間を遡るのだから『未来を視る能力』と言っても嘘にはならない。


「え……? ……未来を視る……?」


「さ、行きましょう」


 首を傾げる春暁と冬音を置いて進は歩きだした。置いていかれるわけにもいかないから、二人は疑問を残したままその後を追いかけた。



 進を先頭にして建造物内を探索する。

 人造人間の姿も見えない、培養槽の中にも何もない、モニターは映っているもののブルースクリーン。何の情報も得られない、タービンの回転音だけが鳴り響くだけのそんな部屋に用はない。

 この部屋に唯一あった扉を開いて廊下に出るが、明かりが微かで薄暗いために壁や天井、床の色などをを正確に判別することができない。


 研究資料が保管されているのであろう本棚ばかりの部屋、毒物ばかりを保管している部屋、何らかの効果が付与されている紫色の飴玉がところ狭しと保管されている部屋、解剖されたモンスターが放置されている部屋、細々した機械が散乱している部屋など、普通に生きていて目にすることのない様子の部屋がたくさんあった。


 やがて辿り着いたのは今までと同じく何の変哲もない扉。だが、向こう側から漂ってくる気配は、モンスターの死骸が放置されていた部屋から漂ってくる鋭いにおいのように明らかだった。


「他の電子音がうるさくて聞き取り辛いけど、この向こうから他の機械とは違う音が聞こえる。意思があるように稼働しているとしか思えない、不規則な機械音がする。……多分、反逆者はこの向こうにいる……気を引き締めていこう」


「……じゃあ、俺が開けます。皆さん、準備はいいですか?」


 進が振り返って訊ねると、春暁も冬音も、スティーブもオーロラも頷いた。最後に自分が頷くと、進は大きく息を吸って、バーン! と扉を思い切り蹴って乱暴に開けた。


 破壊された扉が倒れた先には、三体の人造人間がいた。


 一体は椅子に座って優雅に珈琲を飲んでいるが、口の周囲の機能が停止しているのか茶色い珈琲が顎を伝って首の根へと流れている。

 もう一体は眼鏡をかけて知的に読書しているが、眼鏡の向こう側に眼球の代わりとなる物はない。目を凝らして見えるのは眼窩の奥の回路。


 最後の一体は、人間に見えるか見えないかどころではなく、もはや人造人間なのかどうかすらも怪しかった。動く度に、ギシギシガタガタと全体から軋む音がしている。


 肩から先に左腕はなく、左腕は胴体から生えている。

 右腕はひしゃげたアンテナのように折れ曲がっている。

 左足は凹凸を反転させたトウモロコシのように穴だらけ。

 右足は真っ二つにされてさらに分岐している。

 先ほど、左腕は胴体から生えていると言ったが、あれは単に胴体から無数に腕が生えていたから、それだけ腕があるのならきっと左腕もその中にあるのだろう、と考えて出したものである。……そう、胴体からは無数に腕が生えていた。絵本で描かれる太陽の輪郭のように、獅子の鬣のように、生えていた。

 この人造人間の全体を見て、まともなのは頭部だけだった。全身がガラクタのように滅茶苦茶だというのに、頭部だけは人工皮膚の欠損すらも見られないほどに綺麗な状態だった。


 こいつを目にすれば、珈琲の人造人間と読書の人造人間はいないも同然なほどに存在感が薄れていた。


 それはつまり、春暁と冬音と、スティーブとオーロラと、先頭に立つ進の視線と意識を釘付けにしていると言うことで……それによって曝け出される無防備な姿は、人造人間にとっての敵というには程遠く、一方的に攻撃するだけの恰好の的でしかない。


「……ァッ!?」


 最初に攻撃を受けたのは先頭に立っていた進だった。

 天井から降ってきたそれに押し潰されるような形で地面に叩き付けられ、何が起こっているのかさえも理解できないまま、腹部を貫かれて首を直角にへし折られ……そうして、ここでの最初の死を迎えた。


 死体の温度は瞬く間に失われていった。

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