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第23話 泥濘

 骨の山を携えて、赤黒く染まった地面に四つの穴を空ける丘に一人取り残された。

 すぐに帰宅しようと思う気にはどうしてもなれず、二時間ほどただひたすらに、下方に見える復興作業中の町を見下ろしていた。

 その間、何かを考えていた気がするが、何を考えていたのか思い出せなかった。

 空が茜色に染まって来たところで勝手に足が帰路を進んでいた。

 帰宅すると真っ先に姉──アルカが家の中から飛び出してきて、「あっくん! いつの間にかいなくなっちゃってたから心配したんだよぉ~!?」と抱きついてきた。


 喪失感、虚無感、とでも言うのだろうか。今まさに降りかかっている全ての出来事が、どこか他人事のように思えてしまう。


「いくらあっくんとは言っても最近物騒だからね、噂の行方不明事件の犯人に後ろから襲われて抵抗できないまま誘拐されちゃったんじゃないかとか色々考えちゃって、本当に心配だったんだから!」


 どうすればよかったのだろうか。

 あそこで丘の上へと向かわなければ被害は最小限に抑えられたのではないか。そうすると磔の女を見捨てることになってしまうが、自分は磔の女を認識することはなく平穏な心情で暮らせていて、町中にあの妖怪を置いてくることもなかったはずではないだろうか。

 ……それはつまり、多くの犠牲を生まないために一人を見捨てろと言っているようなもので……こんなの論外だ。


 丘の上に至るまで磔の女の存在を知らないにしろ、誰かが危険な目に遭っているかも知れない状況を見逃すわけにはいかない。……だが、その結果がさらなる悲劇を生んだとなれば、胸を張って論外だと一蹴することはできない。

 自分が丘の上へ向かってしまったばかりに、いたずらに女に希望を与え、窮地の自分を救うためにと盛岡生死浪が空間を歪めて町中に移動させたのだ。そのせいで、今頃あの妖怪は町中で殺戮を繰り広げ、本来あるはずのなかった損失を生んで、最初に救いたいと願った女も当然殺されてしまっているだろう。


 町中に残された妖怪がどうしているのかなど知らないが、丘の上で骨の山を築き上げていたのを見るに、あの妖怪は今までと違って人間を餌と見れるほどの余裕ができたはずで、生命線である餌の塊をみすみす見逃すわけでもないだろう。

 殺戮が繰り広げられていないなどと自分善がりな現実を見られるわけがなかった。


「……あれ? ねぇあっくん聞いてる? お姉ちゃん、あっくんのこと心配してたっていってるんだよー? ねぇねぇ、おぅい、あっくーん! 聞いてるー?」


 何が正解だったのか。

 その答えは間違いしかない(・・・・・・・)だ。


 何もしなければ磔の女は死ぬ。それが諦め、傍観、つまりは無抵抗の結果。

 ならば、と助けにいったところで妖怪との隔絶した実力差があるため、結局磔の女は救えず、それどころか盛岡生死浪によって妖怪と共に町中へ移動させられ更に多くの犠牲を生む。唯一の抵抗手段であるこれでさえこんな結果なのだから、この問いの答えはアッシュにとって間違いだけ(・・・・・)なのだ。


「……むー……なんで無視するの……もういい! あっくんなんか知ーらない! あっくんが無視するならボクも無視するから!」


 ……けれど、だからと言って、じゃあ仕方ないのだな、と終わらせられない。受け入れられるわけがない。大切な人だけを救っていろと言わんばかりのこの世の厳しさを受け入れられないように、間違いしかない結果を認められる、半ば腐敗した心を持っていないのだから。


 ……と、そこで思考が澄んでいくのが分かった。

 モヤモヤドロドロした粘着質な悩みが溶けるように消滅していった。


 いくら受け入れられないと駄々を捏ねてもそれは変わらない。自分で変えなければそれは変わらないのだ。


(変えるためには強さが必要だ。無抵抗でいて何かが変わるわけないのだから、抵抗するための強さが、力が必要だ)


 揺るぎない水面のように澄んだ思考は、結論へと辿り着いた。目指す場所がある。曖昧ながらもそこへの道標もある。


(どうして気付かなかったんだろう)


 身近にいるじゃないか。不条理なまでに理不尽な力で自分が望んだ道を切り開き、我が道を突き進んできた存在が。


「僕は……弱かったんだ。正義の味方を名乗るにはあまりにも弱すぎたんだ」


 環奈やアグナ、マルスにアルカ、美月にクレアに信幸……生まれながらにして相当な実力を持つ兄弟姉妹が身近にいるから勘違いしていたが、所詮は田んぼの泥水から出たことのない、しかも手足のないおたまじゃくし。

 身内ばかり見て、泥水ばかり見て、周囲を見ることができていなかった。泥水の外へと飛び出した成体を見ていなかった。


 自分は決して強者などではない。泥水に棲む他の生物に襲われれば死ぬし、田んぼの水が干からびれば自立やら成長やらの前に死ぬ。自分は弱者だった。


 思考の霧が晴れて前方が見えるようになったところで、靴も脱がず玄関に佇んでいることを思い出した。

 何か忘れているような気もするが、忘れるほどのことなのだから大したことではないのだと結論付け、靴を脱いでからアッシュは自室へと戻った。





 ──その夜、一つの町が一体の妖怪の手によって炎の中へと崩れ落ちた。

 その町の住人は理不尽な現実への怨嗟だけを遺言のように遺し、当然のように死に絶えた。妖怪に抵抗する異能力者がいなかったわけではない。ただ、異能力者なんていなかったかのように蹂躙されたというだけだ。

 人々の負の感情は蓄積され、魔物や妖怪やらを呼び寄せた。

 その町は廃墟と化した。

 奪還者(リキャプター)が準備を始めた。

 迎撃者(インターセプター)も準備を始めた。

 廃都市に蔓延る異生物(モンスター)を殲滅するために。





 翌朝。その起床は目覚まし時計ではなく、喧しい通知音が齎したものだった。マーガレットから渡された特別製の携帯端末だ。まだ少し手探り感が拭えないながらも寝ぼけ眼で操作して、西蓮寺志乃からのメッセージで事情を知った。

 ここからそれなりに離れた場所にあるとある町が一夜にして壊滅し、そのせいでモンスターが跋扈する荒野となっているため、今日は学校を休んで対処する、と。


 一瞬理解できなかった。一夜にして町が滅んだこともそうだが、なぜ迎撃者として組織に加入した自分達まで荒野掃除に駆り出されることになっているのだろうか。


 中途半端に目が覚めてしまったアッシュはもう完全に起きてしまおうと、居間に向かった。まだ太陽が目を覚ましたばかりな、朝の4:00だと言うのに、居間にはマルス以外の兄弟姉妹達が集まっていた。それに少し驚いたが、寝起きの悪い自分ですら起こされる通知のうるささだったのだから当然かと考えて、ソファーに座った。

 ……ついでに言えば、テレビゲームに夢中なみずくめの姿もあった。恐らく夜通しでプレイし続けていたのだろう。


「ミクさん、もしかして夜更かししてました? 小さい子がそんなことしたらダメですよ?」


「誰が小さい子だ、誰が。こう見えてもお主の数百倍は生きておる人生の大先輩だぞ。それに儂は夜に活発化する妖怪じゃ。夜更かし上等、昼寝上等、ぞ!」


「どうぞ、お兄様」


「あ、あぁ……ありがとうクレア」


 珈琲を持ってきたクレアに礼を言ってからそれを飲み干す。


「さて、全員揃ったことだし、あの生徒会長(クソアマ)からのメールについて話し合おうじゃねぇか」


 足を組み貧乏揺すりをして、見るからに不機嫌オーラ全開のアグナがそう切り出した。朝早くに起こされたのもそうだが、迎撃者として組織に加入すれば、荒野掃除を担当する奪還者の仕事はしないでいいという話だったのだ。西蓮寺志乃からのメールで騙されたのだろうと悟ったアグナが苛立つのは当然だと言える。


「あいつの話によれば荒野掃除をしてんのがリキャプターで、それ以外のモンスターパレードとかに対処してんのがインターセプターだっつー話だったはずだ。それなのになんだあのメール? まるで、インターセプターのオレ達がリキャプターみてぇに荒野掃除しないといけねぇみたいな文面じゃねぇか」


「生徒会長さんは嘘を吐いたわけじゃござりんせんよ、姉上」


「あぁ?」


 興奮した様子のアグナに美月が言う。


「屁理屈、詭弁のようなものでしょう。何も生徒会長さんは、荒野掃除がリキャプターだけの仕事とは言っておりんせんし、インターセプターの仕事に荒野掃除がないとも言っておりんせん。……要するに、わっちらは仕事の概要を誤魔化されたんでありんす」


「んな小学生みてぇな……」


「まぁこんな理屈がなくとも、そもそも、インターセプターとは文字通り迎撃者──侵攻してくる外敵を迎え撃つ存在でありんす。わっちら人間の町に攻め入って、その町を攻め滅ぼした外敵(モンスター)と対峙するのも迎撃者(インターセプター)の仕事の内ってわけでありんしょうね」


「……チッ、んじゃあオレらはあの性悪にまんまとしてやられたワケかよ」


 美月の話を聞いて、舌打ちをして大きな溜め息を吐いたアグナは、少しして怒りが収まったのか「それに気付けなかったオレらが悪ぃってことか。まぁ、一番悪ぃのは仕事内容を誤魔化したあの性悪女だけどよ」と独り言を漏らした。


「じゃあ、あたし達は生徒会長に従って荒野掃除しなきゃダメってことね?」


「えぇ。父上か母上に話して学校に休みの連絡を入れないとでありんすが……母上はともかく、問題は父上。危険な仕事をする組織にわっちらが騙されたと知った父上がどうするかが心配でありんす……」


「あぁ……お父様は過保護の塊ですからね……」


 環奈に美月が答え、美月の懸念にクレアが納得する。

 過保護だという認識が普及してはいるものの、それはモンスターの蔓延る裏山に環奈達を放り込んで修業させていた張本人である。

 それでも過保護だと言われるのは、自分が用意した安全な土地とそうでない場所とでは別だと考えているため、裏山などの安全な土地以外での危険に対してはうるさいからだ。……この間のモンスターパレードの際は母親達の剣幕に破れ、心配が消し飛んだからその素振りを見せることはなかった。


「じゃあ、お母さんにだけ伝えて、お父さんには内緒にしておけばいいってことだね。お母さんにもそう伝えて口裏を合わせておかないと……大丈夫そう? アルカ姉ちゃん」


「うん、大丈夫大丈夫! こう見えてボクは口が堅いから!」


「姉ちゃんが自分の意思で秘密をバラさないことぐらい知ってるよ。でも姉ちゃんはちょっと……いやかなり抜けてて、うっかり口を滑らせたりすることが多々あるから気を付けてね、って」


「おっけー、気を付ける!」


 弟に心配される姉の様子をなんとも言えない面持ちで見守る環奈達。うっかりミスを常日頃からやらかすアルカを知っているから、信幸が生意気言っているようには聞こえてこない。


「よーし、話も大体纏まったわね。もう一回眠れるほど時間に余裕はないから、後の荒野掃除に備えてちょっとだけ運動しておきましょう」


 後に控えている荒野掃除で失敗してしまうわけにはいかない。

 なんせ荒野はモンスターが跋扈する魔境である。モンスターが雪崩れ込んできているだけのモンスターパレードとは違い、完全にモンスターだけの地域だ。なので、小さなミスが瞬く間に大きなミスに発展してしまう可能性が物凄く高い。そんなリスクを少しでも低くするためにも、今のうちに運動をしてできるだけ体の調子を整えておこうと言うわけだ。


 それを理解したアッシュ達は環奈の提案に賛同し、自室へと着替えに戻っていった。居間に残ったのは環奈と、未だに膨れっ面のアグナ、テレビゲームに夢中なみずくめだけだ。アグナの怒りは収まったようだが、騙されていたのが心情的に気に入らないらしい。


「ほらアグナ。いつまでも膨れてないで早く着替えに行きましょ。体動かしたらスッキリするわよ」


「……わぁったよ」


 しつこく肩を揺すってくる環奈に折れて、面倒臭そうに立ち上がったアグナはやれやれと溜め息を吐いてから、着替えるために自室へと戻っていった。


「今回は例外的な状況だからリキャプター以外も徴集されてるんだろうけど、荒野掃除か……なんか嫌ね……」


「…………」

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