第22話 曇天
飲食店を出て先ほど妨げられた話を耳に入れてから、三人は深々と雪が降り積もる町を出た。
そこに広がるのは、曇天の空と白雪の大地を曖昧にする白銀の世界。
特殊な効果を持つ防寒着を纏う三人に、白銀世界の冷ややかな刃は意味を成さない。……だが、真っ白な世界、足元は不安定、太陽も見えないから大体の現在時刻も分からない。吹雪いていないのは幸いだった。
「確かに、天地の境界が曖昧なこの地域は外敵から隠れ凌ぐのに最適だ。しかも、人間と違って凍死しない人造人間は寒さに追いやられることもない。空腹と渇きがないから飲食の必要もない。つまりいつまでだって隠れられる。崖下に空いた洞窟にでも隠れられたりしていたら、降り積もった雪で入り口を見つけ出すのが困難になってしまう。……一度は廃棄されてしまったアンドロイドも、バカじゃないってことですね」
人造人間との戦闘で二人の足を引っ張ってしまうのではないかと悩んでばかりだった進は、雪原を知って漸くこの積雪地帯の厄介さを理解した。
捜索しようと進んでも目的の場所などは一切不明で、ただひたすら無駄に体力を消耗し、防寒着があると言えど完全には防げない冷気によって徐々に奪われる体温に凍死の危機を抱く。
思っていたより人造人間が隠れ家としている場所の捜索が長期化しそうだと知って、肩を落とす。
「大丈夫だよ、進君。私の力があれば見つけ出すのはそんなに難しいことじゃないからさ。……私は自分が鳴らした音を自由に操作できる。意識すれば普通の人には聞こえない音を聞いたりもできる。だから、魔物も動物も姿を見せないこんな静かな雪原は私の能力が存分に活きる場所なんだ」
雪に埋もれた洞窟に隠れていようが、アンドロイドが発する極小の稼働音を聞き取って見つけ出してやる! ……と、冬音は息巻いていた。
それからどれだけ時間が経っただろうか。太陽を隠す曇天のせいで常に薄暗く積雪のせいで地平線も見えないから、夕日で察することも叶わない。
それにここは寒冷地。携帯端末の電源はとっくに落ちているために時刻の確認もできない。
どうするのだろうかと心配になって二人の背中に目をやると同時に、声があがった。
「きた……聞こえたよ。そこの崖の下に洞窟があるっぽい」
冬音が指を指すのは左側の雪原。どこに崖があるのかと一瞬疑問に思ったが、目を凝らして見れば、白が続く雪原に僅かな差があった。
今まで全く意識することはなかったが、積雪が凄まじい雪原はこういうこともあるのだと知った。今までうっかり足を滑らせて滑落しなかったのは幸運だった。
土魔法で下り坂を作り出して崖下に降りて、冬音が指差す場所に降り積もる雪を除雪すれば、そこには本当に穴が空いていた。
白銀の雪景色の中にぽっかり空いた暗い洞窟は、不思議な感じがした。
「行こう」
そう言って先行しようとする春暁の前に出て、洞窟の内部へと足を踏み入れる。後方に回ってしまえばただのお荷物になってしまうから、多少強引にでも前に出る必要があった。
洞窟の内部には壁掛け松明といった生活の痕跡は一切なく、本当に人造人間は……そもそも野生生物自体いるのかすら不安になる。……いや、そもそも眼球に暗視機能など搭載されている人造人間にはそんな明かりは不要であるはずで、それならば崖の上で冬音が耳にした物音が人造人間のものである可能性は十分にあると言える。
暫く洞窟内を進んでいると、二つの人影が目に入った。
進が春暁と冬音を手で制して、そのまま息を潜めて岩影に隠れる。この先の光景をよく捉えるために暗闇に目を慣らすため、そのついでに人造人間同士のやり取りを盗み聞きできればいいなという考えからそうした。
暗い洞窟内は、自らを示すように静寂を湛えている。
人造人間らしき人影は会話を繰り広げない……が、問題はない。岩影に潜む本来の理由は、奥に広がる暗闇に目を慣らすためなのだから。
それから暗闇に大分目が慣れてきたところで岩影から少し身を乗り出して、二つの人影の様子を窺う。
その人影は三角座りをしているようだ。そしてお互いをお互いの体温で温め合うように寄り添い合っている。その様子はなんとも人間味がある。他でもない人間が、自分達を模して造り上げた結果だろうか。
片方の人影は暗闇故に視認し辛いが、夜空のような暗紫色の髪をしているようで、妙に浮かび上がる深緑……いや、新緑色の瞳をしている。
もう一方の人影は雪解けに咲く草花のような緑色の髪をしており、青い瞳は、前者と同じく妙に暗闇に浮かび上がっていた。
美しいその四つの瞳に見入ってしまいそうになるが、そういうわけにもいかない。あれは世界各地でモンスターパレードを誘発している悪質な人造人間なのだ、と気を引き締める。そのおかげだろうか。気合いの入った自分の目は、目先の人影に命を見出だしていた。
「あの、お二人共。あの人影、もしかすると人間かも知れません」
「確かにアンドロイドにしては人間味が強すぎる気がするね。寒さに凍えて寄り添い合っているところとか、やたらと生き物くさい瞳、食事をしていたと思わしき痕跡……何よりも、廃棄されたアンドロイドであれば人口皮膚が剥がれ落ちているはずなのにそんな部位がない。……仕方ない、万が一アンドロイドだった場合、不意打ちで始末することはできなくなってしまうけど、取り敢えず声をかけてみようか」
あれが人間だという確証もないが、人造人間だという確証もない。もし人間だった場合、それに気付かず殺してしまったりすれば一大事だ。
進の場合は一度死んでしまえば【死行遡誤】で時空跳躍することで無かったことにできるが、人間を殺してしまった罪意識からは逃れられない。悪人だと分かっているのなら別だが、悪人かどうかの区別もできないまま殺してしまうわけにはいかないのだ。
岩影から姿を現して声をかけた。
「そこの黒っぽい髪の男の方と緑の髪の女の方。こんなところで何をされているんですか?」
静寂が広がる洞窟で、特別大きいわけではない進の声は思ったよりも大きく聞こえた。
寄り添い合う男と女はガバッと顔を上げて声がした方へ視線を向ける。
「……何って、休んでいるだけだ。いつ吹雪くかも分からない雪原で、暢気に寝泊まりするわけにもいかないからな」
「見た感じ、あなた達は私達とは違う目的みたいですけど、いったいどんな用なんでしょう?」
自分達と比べてかなり軽装な進達を見て、緑髪の女は警戒心を露にして言う。
もっとも、警戒心を露にしたところで抵抗するだけの力などないために、害意を持って襲い掛かられてしまえばあっという間に害されてしまうに違いない。
「その前に、お二人は人間……で間違いありませんか?」
見た目の破損はない、まともに会話できることから内部構造の破損もないものと思われる。そんな理由から、間違いないと言ってもいいほどに相手が人間だと考えている春暁は、一応人間なのかと訊ねておいた。
「……どこからどう見ても人間だろう。あんた達には俺達が亜人とか魔人とかにでも見えんのかよ?」
「いえ、人間なのならいいんです。……えっと、それで、僕達の目的でしたっけ。僕達の目的は……この近辺に潜んでいるものと思われる反逆者の討伐です」
進のように自ら手伝いを申し出てくる者ならともかく、偶然出会っただけの一般人にまで人類を滅ぼそうと暴走する人造人間のことを明かす必要はない。別に依頼主から秘密しろと言われているわけではないが、余計な混乱を生まないために、少し濁して答える。
……反逆者でも十分すぎるほど混乱の芽にはなり得るが、暴走する人造人間よりはマシだ。
「反逆者って……背教者とかそんな感じの……あぁ、いえ、なんでもありません。それでえっと、私達への疑いは晴れた……んですよね?」
「そうですね。お二人が危険な思想をしているような人物にはとても見えませんから」
不安げに訊ね、そう返されて緑髪の女は安堵の息を吐く。……が、すぐに今までの会話を思い返して、不快な気持ちになった。隣を見てみれば、同じ境遇が理由で行動を共にしている男も同様の表情をしていた。
人間ですかと訊ねられ、人間だと答えて疑いが晴れた。
それはつまり、反逆者は人間と見紛うような容姿をしていながらも人間扱いされていない者で、しかもこんな洞窟のような場所に身を潜める必要があるほど存在が知れ渡っている、大犯罪者のような存在だと言うことだ。
男も女も、そんな存在には物凄く覚えがあった。
それは、老いないからと排斥され、こんな辺境へと追いやられる、不老人間である自分達によく似ていた。
スティーブとオーロラは視線を交差させ、小さく頷きあった。
「ここで出会ったのも何かの縁だろう。俺達にも手伝わせてくれないか? 戦う力なんかは全くないが、盗賊やモンスターに襲われない安全な道筋を示すことぐらいはできる。盗賊の捕縛やモンスターの討伐をしたいのなら、囮にもなる。荷物持ちだってする。だから、手伝わせてくれないか?」
「…………分かりました。基本的にはお二人を守るように行動しますが、厳しい状況になったりすれば僕達も僕達の身を守ることで手一杯になってしまうので、囮にするつもりで容赦なく見捨てさせてもらいます」
何らかの事情があるのだろうと察した春暁がそう言えば、スティーブは短く「それでも構わない」と答えた。
戦う力も、自分の身を守る力すらも皆無なスティーブとオーロラが自ら申し出てまで行動する理由は、めっきり使いどころがなくなってしまった仲間意識からだ。
自分達とよく似た境遇の『反逆者』と称される存在をどうにかして救いたかったのだ。救える望みなど、自分達の力のように僅かなものであるし、無力な不老人間が徒党を組んだところで現状がどうにかなるわけでもないが、それでも、同じ境遇におかれた同族のためならば損得勘定など不要だった。
不幸、不遇、不当、不明……不老人間として迫害されるようになって味わってきたそれらを語り合う、まさしく傷の舐め合いで、救われたかのような安心と安定を知ってしまったから、他の同族も同じように安らぎを得て欲しいと望んだ。
そう望むだけで、やはり自分は紛れもなく人間なのだと再認識することができた。
無力でありながら分不相応な願いを抱く。無力であるためその願いを叶えるのは他者。無力であるためにそんな他者の援助がなければ生きられない。
どうしようもないほどに強欲で図々しく愚かしい、人間なのだと。




