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第21話 救うのなら

 自宅へマーガレットとその他両親の友人が訪れた日の翌日、いつものように学校で勉学に励み、兄弟姉妹と下校する放課後。『異能力理解』の授業で自分達が既に学習したことを学んだという長女──環奈の話を適当に聞き流し、考える。


 昨日、巨大な生首の妖怪を問い詰めて知った主婦の殺害事件の情報。

 痩せ細った餓鬼のような妖怪、と巨大な生首は伝えてきた。それから巨大な生首を問い詰めて問い詰めて、そしてアッシュはこの事件の犯人を、自分が二度も見逃した妖怪だとほぼ確信していた。


 殺す機会など何度もあったのに、一時の憐憫に駆られて見逃したあの妖怪が、見知らぬ他人の命を奪った。

 これはもはや自分が殺したも同然で、悔いて悔いて、どれだけ悔いても時間は巻き戻らない。あの主婦にも家族がいて……考えれば考えるほど、自分は取り返しのつかないことをしてしまったのだ、と自分を責め立てるように頭痛がする。


 これ以上犠牲者を出してしまう前にあの痩せ細った妖怪と対峙して早急に退治……いや、討伐しなければならない。


 そんな脅迫が如き思考に満たされて、アッシュは駆け出した。最後尾を歩いていたために、そんな行動は誰にも気付かれることはなかった。


(救える、救えるはずだ。救えない命なんかじゃないはずだ。少しでも救える可能性があるのなら、みっともなく足掻いてでも、全力を尽くして救わないといけない)


 救える命があるのなら救う。それがたとえ、赤の他人であったとしても。


 無差別な救済が欲張りな願望だっていうのは分かっている。……でも、それを欲張りと言って嘲笑するのなら、いったい誰を救うのか?


 ……大切な人だけ? ……そんなのはおかしい。

 全てが同じ命である以上、人は皆平等であるはずなのに、自分と親しいから、自分が大切に思っているから、と大切な人だけを選んで救い、他を救わないなんてそんな贔屓は、あり得ないほどに自己中心的な考えだと思う。


 母が生前歩んできた道に憧れ、母のような立派な騎士を目指したいと思った自分は、そんな自分勝手な思想に納得するわけにはいかない。

 人を贔屓目で見て、命に優先順位をつけて、利害を考えて取捨選択をするわけにはいかない。

 ……だから、手の届く範囲にある救える命は全力で救いに行くのだ。




 脅迫が如き思考に駆られて走り出した自分がどこを目指しているのかなんて分からない。救わなくては,…けれどどこへ向かえばいいのか、とそんな意思はあるが、停止するという考えは思い浮かばない。


 招かれるように導かれるように──誰に? ただひたすらに脇目も振らず必死に我武者羅に走った。

 昨日と同じく、走る自分とすれ違った人々は振り返って「なんだなんだ?」とでも言うように訝しげな顔をしていたような気がする。




 やがて辿り着いたのは、死臭が鼻腔を擽る丘の上だった。

 丘から見下ろせば、つい最近兄弟姉妹達と共に戦った、燃えていた町が一望できる。そこではモンスターパレードによる被害を乗り越えようと、復興作業が行われている。


 鉄製品などは見当たらないが、緑の自然で溢れているはずの周囲がやたらと鉄臭い。その原因として考えられるのは、色とりどりの草花を赤黒く染めている、嘗ては液体だったであろうものの存在だ。

 この赤黒い物質には見覚えがあった……どこでの記憶だったか……あれは確か……屋内で……それもかなり狭い、山小屋のような場所だった。

 その家屋の玄関先から室内を覗くと、そこには死んでからかなりの時間が経過していると思われる生物の亡骸があった。ちょうどその時家屋の中に飛散していた、血液としか考えられないものがそんな色をしていた。


 ……だから、恐らくこの草花を染めている赤黒いものは生物の血液だろう。それなら鉄臭いのも納得できる。鉄臭いながらも、結局は自然物で溢れていたわけだ。


 ただまぁ、赤黒い草花より先に目についたものがあった。

 それは周辺に散乱する骨だ。

 死骸が微生物にでも分解されたかと考えるが、そんなになるまで誰にも発見されないなんて不自然でしかない。つまりこの骨達は死んで間もない生物のもので、誰かがその肉を食らい尽くしたことになる。


 そして、恐らくそれを成したであろう存在が、見覚えのある存在が、しかし以前とは大きく姿を変えて骨の山に座していた。


 最初に出会った時の、可哀想になってしまうほどに痩せ干そっていて、涙を流しながらミクを頬張っていた弱々しさはなく……二度目に出会った時の、背を向けて一心不乱に肉塊を貪っていた成長開始の兆しもなく……そこに在るのはただ、成長することを覚えた強者だった。


 ……おかしい。眼前にいるのが自分を見ては震えて怯えてばかりだったあの妖怪のはずなのに、それなのに情けなく震えて怯えているのは自分で、豪然と振る舞っているのがあの妖怪だ。


「……ッ!」


 ごくりと息を呑んで、あぁそうか、と納得した。

 モンスターの生態系は人間の生態系(社会)よりも弱肉強食が顕著に出るのだろうから、生きる残るためには瞬きのように早く速く強さを得なければならない。……つまりはそういうことなのだろう。


 恐怖に折れそうになった心が、次の瞬間、視界に映ったものによってなんとか折れずに保たれた。


 骨の山に座す妖怪を怯えた眼差しで見つめる女がそこにいた。

 仰向けに寝かされて、四肢を骨で貫かれて地面に縫い付けられているせいで、痛みを恐れて無闇に踠くこともできないでいる。アッシュを視界に入れるなり「お願いします! 助けてください! 死にたくないんです!」と助けを求めてきた。


 無論、助けを求められずとも救うつもりだ。けれど、どうにも足が動かない手も動かない。言葉も出ないし、そもそも呼吸すらまともにできているか怪しい状態だ。


「……ッ! ……ッ! ……ッ!」


 気持ちだけが先走って、妖怪に殺意だけを向け続ける。


 妖怪がニヤリと笑った……気がした。

 気がしただけだ。実際の妖怪は食休みは終わりだとばかりに、ただただ無表情で立ち上がり、丘に積み上げられた骨の山を下山して、麓にあった女の側に移動した。


 途轍もなく嫌な予感がして、その拍子にやっと全身が稼働を始めた。突然の自身の動作に驚いて、つんのめって転倒しそうになるも、なんとか堪えて妖怪の元へと駆け出した。


「中途半端にあなたを哀れんだ僕のせいで、誰かが傷付くのなんて耐えられない……! 全部が全部、僕の都合だ……あなたを殺さなかったのも、誰かの負傷を受け入れられないのも、全て僕の都合でしかない。最後の最後まで身勝手な僕の都合で悪いんですけど、ここで死んでもらいますッ!」


 赤黒く染められた草花を踏み鳴らす足音が、衣擦れの音が、ポキポキ鳴らした指の音が……自分が発した音の全てを【反響】させれば、武器となる。

 野外かつ遮蔽物が皆無なために十分な効果は得られないが、それでも牽制程度の攻撃にはなることだろう。

 本命は【領域把握】で強制的に自分の領域へ引き摺りこんで相手の一挙手一投足を把握し、腰に提げた剣の抜刀による斬撃で傷を負わせて有利を得ることだ。


 時偶対峙する同格、或いは強者との戦闘ではそれなりに有効な戦術ではあるが、しかし、この瞬間に於いては致命的な欠点があった。


 自分を中心にして半径二メートル程度の空間を把握する、【領域把握】で認識できない速度で飛び蹴りが飛来し、アッシュの顔面に鋭く突き刺さる。勢いと体重を全て乗せた非情なまでに強力な飛び蹴りだった。


 アッシュは後転するように地面を転がり、口内と鼻腔に血をためて、それを撒き散らしながら表通り(・・・)に出た。路地裏(・・・)から飛散な有り様で現れた制服姿の男に雑踏は喧騒に包まれる。


「きゃあああああああっ!!」


「な、なんだ……!?」


「だ、誰か救急車呼んでぇー!」


「ひっ……も、モンスター……っ!」


 集まるだけ集まって、一向に対処せず騒ぐ烏合の衆を眺め、飛び蹴りの反動で高く跳躍していた妖怪はふわりと着地する。どうやらあの人間だけでなく、ちらほらと自分にも視線が向けられているようだ。


 いくら強くなったとは言え、つい最近まで人目を避けて隠れ潜んでいた自分だ。臆病な小心者の性質は抜けきっておらず、踏鞴を踏むように人集りから後退りしてしまう。……異変に気付く余裕などなかった。


「おい、君ぃ! 動かない方がいいぞ!?」


「いえ……大丈夫です……このぐらいの怪我は……慣れっこですから。……それよりも、危ないですから離れていてください。気付いていないかも知れませんが、路地裏の奥にモンスターがいるんです」


 起き上がるアッシュに心配そうな顔をしたサラリーマンが声をかけるが、服についた土埃を払ってアッシュは警告する。


(物凄く頭が痛い、視界が揺れている……でも、このぐらいなんてことない。頭痛なんて歯を食い縛ればなんとでもなるし、意識すれば視界だって統一できる。……そんなことより、あの妖怪、思ったより遥かに強くなっている。反響の牽制をものともせず、領域把握の認知外の速度で重い一撃を食らわせてくる……)


 自慢の固有能力が悉く一蹴されたことに歯噛みする。


(ただでさえ苦しい状況だって言うのに、それに加えて周囲の人々を守りながらだなんて──あれ……? 周囲の……人々……?)


 痛む頭に鞭打って思考して、アッシュは気が付いた。骨が積み上げられた丘の上にいたはずなのに、いつの間にか自分が町中にいることに。


「なに……これ……」


 キョロキョロと周りを見回して、さらに気になった。どれだけ目を凝らしても、自分を中心に広がる喧騒の一部を認識できない。景色を何重にも重ねたかのように人の姿がブレていて、とても不快だ。

 頭部に強い衝撃を受けたから、脳味噌が異常を起こしているのだろうか。


 ハッとする。戸惑っている暇なんかなかった。自分が今対峙しているのは途轍もない速度で成長を遂げた、特異個体の可能性がある妖怪なのだ。いつまでも呆けていられない。早く討伐しなければ、路地裏の奥で地面に縫い付けられた女が死んでしまうかも知れない。


 どういうわけかは分からないがここは路地裏だ。周囲をコンクリートに囲まれた閉鎖的と言ってもいい空間。当然、音は遮蔽物のない丘の上よりも反響する。


 土魔法で、舗装された道路からアスファルトの塊を幾つか取り出して投擲する。それが地面に落ちれば音が鳴り、音を反響させられるようになる。駆け出した足音を鳴らし、衣擦れの音を鳴らし、指を鳴らす。

 反響音が大きくなって種類も増え、牽制とは思えない攻撃力を誇る。

 領域把握で周囲の動きを把握して、今度こそ、と剣の柄を握って抜刀の構えをとる。


「──喧しいな」


 声がした。

 駆ける自分を迎え撃とうと構えていた妖怪が、自分へ向かって真っ直ぐ飛び出すよりも早く、体に小さな衝撃と浮遊感が走って、気付けば丘の上へと戻ってきていた。


 目を瞬かせ、ドサリと衝撃。草の柔らかい感触と剥き出しになった土の硬い感触がする。

 地面に寝そべっていることに気付いて取り敢えず立ち上がったが、一向に把握できない状況には混乱するしかない。


「【空間歪曲】──空間を捻じ曲げる異能力だ。この丘の上であの怪物と対峙するキミを見て、取り敢えずどこかの町中と繋げてその場を凌いだ。……これで謎は解けただろう。さて、では少し話をしよう。キミに聞きたいことがある」


「……え?」


 再び声がした。低く透き通ったき心地好い声。

 混乱する直前に聞いたものだと理解して振り返る。そこには、三十代の中頃と思わしき落ち着いていて静かな雰囲気の中年の男がいた。

 白髪混じりの黒髪、死んだ魚のような黒い目をしている。


「キミは彼我の実力差を理解できなかったわけではないはずだ。だと言うのになぜ無謀にも戦いを挑んだ? 生きたくなかった……死にたかったのか?」


「いや、死にたかったわけじゃ……」


「ならなぜ戦おうと?」


「……ただ、助けたかったんです。あの妖怪に襲われて、地面に磔にされていた女の人を」


「自分の命を危険に晒してでも?」


「はい。僕の視界に助けを求める姿が映ったから、救いの手が届く範囲にいたから……だから、助けなくちゃって思って……助けたかったんです」


 中年男の質問に、なぜこんなにも素直に答えているのか分からない。つい先ほどまで危機に身を晒していたはずなのに、驚くほどに自分は落ち着いていて沈んでいて、なぜだか縋りたい気持ちになって自分の弱さを曝け出していた。

 きっとそれは、この中年男の異能力を理解したからだ。

 きっと今頃、さっき見た町は波乱に包まれていて、磔にされていた女もとっくに死んでいることだろう。……この丘の上にあの妖怪がいないことが何よりの証左だ。


 見えていたのに、手が届いたはずなのに、救えなかった。


「視界に映った窮地の人間を救おうとするのはきっと人間として素晴らしいことなんだろう。だが、だからと言って、視界に映ったから、手が届きそうだからと必ずしも救えるわけではない。もし手が届いたところで、強大な危険と脅威を前にすれば、死にかけの人間諸共キミの手を持っていかれるだけだ。…………まさかこんな単純なことに気付かなかったわけではないよな?」


「……分かってます。分かってました。視界に映らないどこかの誰かを救えないことも、視界に映ったところで絶対に救えるわけではないことも。ただ、そんな事実を受け入れるわけにもいかないでしょう。……だってそれって、分不相応なことはするなって、自分の大切な人だけを救っていろって、そう言われているようなものじゃないですか」


 そんなの認められない。


「僕は、僕の大切な人だけを救うなんて、身内贔屓なことはしたくない」


「自分の手と共に救いたい他人が強大な外敵に奪われようともか?」


「はい」


「そうか」


「……あの、ところで、あなたはいったい何者なんですか?」


「何者なんだと言われてもな……盛岡(もりおか) 生死浪せいしろうと名乗っている、ただの一般人だ。言うまでもないだろうが偽名だ。本名は捨てた」


 問いに答えてくれた礼とでも言うように、盛岡生死浪はアッシュの問いに答えた。

 そして、もう用はなくなった、とばかりに一方的に「質問に答えてくれてありがとう。キミとまたどこかで出会えることを祈っている」とだけ言い残して、空間の歪みへと消えていった。

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