第19話 授業
「皆さん初めまして。『異能力理解』担当の田島 亮です」
教卓に立ってそう自己紹介したのは、黒い髪を短く切り揃えたいかにも真面目そうな黒目の男だ。
それ以外に話すことが思い浮かばないのか、それだけ言ってから、同じように生徒にも短く自己紹介を求めた。
そうして生徒の顔と名前を一通り目にしてから、田島亮は授業を始めた。
教科書などは初日に受け取っていたので全員がきちんと机に教科書を広げている。
「中等部で異能力の基礎は学んだと思いますが、一応サラッと確認しておきましょう。……ではまず、異能力を行使する上で大事なことは何か? それは、身体や空気中に流れる魔力を認識してそれを操作することと、イメージです。……イメージなのですが、異世界人の方々のように大昔から魔法やスキルといったものに触れ合っていたわけではない私達地球人は異能力そのものへの適性が低く、異能力を行使する際に思い描くイメージがひどく曖昧で脆弱です。ですので、頭で思い描くだけではなく、詠唱という形で口に出してイメージをより強固なものにすることで、異能力を行使するのです。……つまりイメージが強固であれば、無詠唱で異能力を行使することも可能なわけですが、まだまだ若い皆さんにはそれはまだ早いですね」
異世界人のほぼ全てが魔法を使う際に詠唱を必要としないが、地球人はそうではない。
魔法への理解を深めればその限りではないが、その域に達することができるのは大人でもそれほど多くないため、基本的に学生ぐらいの若い年齢では詠唱をしなければ魔法は行使できない。
ちなみに、その異能力への適性の差から同じ教え方では効率が悪いというわけで、異能力関連の授業は地球人と異世界人は別々になって受けている。
地球人と異世界人のハーフは本人の適性と意向によってどちらで授業を受けるか選択することになっている。
「詠唱には定型文が用意されています。例えば、『火よ』」
仰向けにされた田島亮の手の平に小さな火の玉が浮かぶ。
「このように、簡単にイメージを固めることができる詠唱が定型文として教科書に書かれていると思いますが、これから皆さんに学んでいただくのは、オリジナルの詠唱です。知能のないモンスターが相手なら定型文でも構いませんが、知能のあるモンスターや犯罪者から身を守るために魔法を使うのなら、広く普及している定型文の詠唱では対策をされてしまいますので、オリジナルの詠唱を習得しておいて損はないでしょう」
イメージさえできれば詠唱はオリジナルのものでも良い。さらに言えば、即興で考えた詠唱でも構わない。
田島亮は身を守るためと言うが、実際は戦うための戦力とするためだ。
世界間戦争による惨状が広がる荒野に蔓延るモンスターは、そこで弱肉強食の生態系を構築し、適者生存やら自然淘汰やらの法則に則って、弱者から順番に命を摘み取られ、強者のみが生き残る鋭利な環境を作り上げている。
つまり特異個体──ネームドやらユニークモンスターなどが、嫌になるほどのさばっているというわけで、言語を理解できるほど知能が発達したモンスターもうじゃうじゃいるわけだ。
だから、定型文の詠唱を学習されて対策されてしまわないように、モンスターにとって未知でしかないオリジナルの魔法をぶつけるしかないのだ。
「……とは言っても、いきなり詠唱を創作しろというのも無茶な話ですから、取り敢えず私が自作した詠唱を教えますので、そこから自分がイメージしやすい言葉を選んで……と、オリジナルの詠唱を創作するコツを掴んでもらいます」
田島亮はそう言ってから生徒へとプリントを配布する。自分の切り札とも言うべきオリジナルの詠唱を他人に教えるなど、デメリット以外に何も存在しないはずだが、効率よく教えるためにはオリジナルの例を見せるのが手っ取り早いと判断していた。
「極端な話、『着火、発射』とかでもいいんですけどそれじゃあ、炎を放ちますよ、と宣言してるようなものですから難しいですよね。……まぁ、最初はこんな感じで単純なものでもいいですから、とにかく自分でイメージして魔法を行使するところからやってみましょう」
教室内を徘徊しながら田島亮は言った。
そうして各々がオリジナル詠唱の創作に勤しみ続け、チャイムが鳴って今日の異能力理解の授業のまず一時間目が終わった。
異能力理解の授業は、異能力者を育成するこの学校において最も重要な授業であるため、国語や数学といった基本的に一時間しかない授業とは違い、二時間続けて行われる授業だ。
号令を終えて休み時間が始まっても、教室内の殆どが机に齧り付いて詠唱の創作に励んでいた。集中して何かを作り上げることに夢中になってしまったようだった。
そんなクラスメイトに、環奈は昔の自分の姿を重ねていた。
昔は自分もこんな風に色々と考えたなぁ、と。熟達すれば熟達するほど詠唱の必要性を感じなくなるほどに瞬時にイメージできるようになって、いつの間にか詠唱しなくなったなぁ、と。
謂わば詠唱とは補助輪のようなものだ。自転車に乗れない子供が自転車に乗る感覚を鍛えるためにつけている、あの補助輪のようなものだ。だから、イメージと異能力を行使する感覚を体で覚えて慣れれば、自然と詠唱は必要なくなった。
そんな懐かしい記憶と共に思い出すのは、これまた懐かしい記憶。けれど、今の記憶のように感慨に浸れる記憶かと言われれば全くの真逆で、思い出したくもない記憶だ。思い出したくないのだが、今の自分がいるのはこれがあったからだと分かっているから無下にできない。
屋敷の背に高く聳え立ち、見下すように屹立するアリティージ山。
小さい頃、兄弟姉妹揃ってお父さんみたいに強くなりたいと懇願したところ、父に連れて行かれ、モンスターと対峙させられた場所だ。
泣き喚いてもやめなかったのはやりすぎだと思うが、父曰く、「甘えるな、泣き喚いたって敵は見逃してはくれない」だそうだ。確かにそうなのだろうが、当時二桁にも満たない年齢だった自分達にそれは厳しすぎるだろうと思う。
とにかく、あれがあったおかげで今の自分はここまで強くなれているわけで、中途半端に異能力への知識が豊富になってしまう前に父や母が正しく教えてくれたおかげで、すんなりと異能力への理解を深められたのは大きかっただろう。
「あ、あの久遠さん」
「……?」
思い出に浸っていると、声をかけられた。友達作りに失敗しただけに、声をかけられたのは以外だったが、すぐに視線を上げて反応する。
「あの……久遠さんって、異能力の扱いが上手だよね。だから、その、教えて欲しいなって……」
オドオドしながら、チラチラと視線を逸らして向けてを繰り返しながら言うのは、透き通るような水色の長髪に琥珀色の瞳をした小柄な少女だ。
身長の低さから一瞬だけ下級生かと思ってしまったが、クラス内で見慣れた顔だったと思い出して必死に名前を思い出そうとする。
「……えーっと……碧・ジェミナスさんだったっけ……? なんであたしが異能力の扱いが上手いって思ったの?」
「……異能力テストの時、西蓮寺さんや有栖川さんみたいな目立つ人が居たから犬飼さんみたいにあんまり目立ってなかったけど、なんて言うか、久遠さんからは先生みたいに異能力に慣れている人のような感じがしたから……」
できるだけ目立たないようにと控え目に異能力テストを受けたつもりだったが、その妙に手加減している感じをそう悟られたのだろうか。
教師ですら気付いた素振りを見せなかったから上手くやり過ごせたと思っていたが、どうやらバレていたようだ。
……まぁ、異生物対策組織で荒野掃除を担当する奪還者ではなく、迎撃者と呼ばれるユニオンに加入した今、目立たないようにする意味はなくなったのだが。
「そうね……教えたいところなんだけど、上手く教えられるか分からないのよね。下手をしたら変な癖をつけさせちゃうかも知れないから、確実に上達したいなら他をあたった方が良いと思うわ」
「……で、でも、周りに久遠さんレベルの実力があって頼れるような人がいなくて……西蓮寺さんとか有栖川さんみたいなどこでも名前を聞くような人に話しかける勇気も私にはなくて……」
碧・ジェミナスは項垂れ、水色の前髪で琥珀色の瞳を覆い隠す。落ち込むようなそんな仕草に、なんだが悪いことをしているような罪悪感を覚えた環奈は唸りながらも、渋々といった様子で「変な癖がついても責任はとれないけど、それでもいいの?」と再確認した。
そうすれば、光明を得たりとでも言うように、碧・ジェミナスは表情に花を咲かせて大きく何度も、首がもげるのではないかと心配になるほど頷いた。
そうして、いつ都合が合うかなどを話し合っている内にチャイムが鳴って授業が始まった。
話したことのない相手に気弱そうな人間が話しかけるなど相当な勇気を要するはずで、ならば碧・ジェミナスはさぞ一生懸命授業を受けているのだろうなとチラリと目を向けてみれば、それはもう必死に考えていた。
素質があるからと取り敢えずで入学したそこらの生徒とは違って、どんな理由なのかは分からないが、西蓮寺志乃や有栖川セーラといった有力な人間に並ぶほどには強くならないといけない理由があるのだろうと、そう思わされた。
「さて、そろそろ皆さん一つはできた頃でしょう。まだできてない人もいるとは思いますが、今からオリジナルの詠唱できちんと魔法を発動させることができるか試していこうと思いますので、皆さん運動場へ移動しましょう」
田島亮は手を叩いて注目を集めてそう言った。
これが一番イメージを定着させやすそうだから、とたくさん作った創作詠唱でも、実際に口に出してその言葉の意味を理解できるかと言われれば別だ。
創作する思考段階では意味が理解できたとしても、たくさんの言葉を継いで接いでと繰り返したそれが意味を成さないことだってあるのだから。……補助輪が歪んでいれば真っ直ぐ進もうとしても曲がってしまい、足枷になるようなものだ。
だから、完成させればすぐに試して、不発に終わればその原因を考えて、そうして試行錯誤しなければならない。完成したら終わりではないのである。
グラウンドへとやってきた環奈達は、田島亮の目の届く範囲で順々に創作した詠唱を紡いで魔法を行使しようと悪戦苦闘する。詠唱を不発に終わらせ続けて魔法を発動させる感覚を狂わせてはいけないからと、一度失敗すれば定型として用意されている魔法を適当に行使している。
考えた詠唱を出し尽くした者はグラウンドの端に座って再び創作に戻る。
オリジナルの詠唱を行使することができた者は僅か数人程度。
けれど、まだまだ若い年齢の学生にしてみれば上出来と言える結果だ。
「本当はもっと後の授業で教えようと思っていたことなのですが、成功者も数人でてきたので、一先ず簡単にだけ教えておきますね。これはその内もっと詳しく教えますから、別に覚えなくてもいいです」
全員の手を止めさせたいわけではないから、注目を集めずにいつもの調子で言う。
「先ほどの授業で、イメージが強固でさえあれば無詠唱でも魔法の行使は可能だと言いました。ならばイメージさえできればオリジナルの詠唱でも魔法は使えるだろうと今こうして教えているわけですが、まぁ、要はイメージさえできればいいんです。……だから実際にライターなどの道具を使って火を出現させてそれを見ながら無詠唱でそれを再現したり、或いはライターの火に魔力を通して自分の魔法としたり、火を出現させるだけの『火よ』と言う詠唱のように極端に短い詠唱でも良いんです」
田島亮は懐から取り出したライターに火を灯してそれを見ながら無詠唱で手の平に火の玉を浮かべ、そしてライターの火を伸ばしたり広げたりする。最後に短い詠唱をしてその火の玉の隣にもう一つ火の玉を浮かべた。
「詠唱を長くすればするだけイメージは積み上げられて固定されるので、安定して魔法を行使することができます。詠唱の内容に『神』などの大きな存在の単語を含ませて圧力を持たせれば持たせるだけ魔法の威力は増していきます。……ただ、長くしすぎて意味不明な内容になってしまえば自分でも理解できなくなって魔法は不発に終わりますし、『神』などの、存在が不確かで曖昧な存在を含めばそれだけイメージは曖昧になって魔法は不発に終わります」
イメージを強固にして魔法の発動を安定させるために詠唱を長くしてもその意味が理解できなければ結局魔法は行使できないため本末転倒であるし、バカみたいに『神』の単語を乱用しても実際に神を見たり触れたり感じたりして神への理解を深めていなければそのイメージは曖昧になって魔法は不発だ。
「何が言いたいかと言えば、自分に分かりやすく、他人に分かりにくく、長くも短くもなくて隙を突かれ辛い適度な長さで、尚且つそれだけの詠唱でイメージを定着させられるように頑張りましょうということです。……そのためにも、想像力を豊かにして柔軟な発想ができるように、できるだけ多くの詠唱を創作していく必要がありますので、皆さん引き続き頑張ってください」
気付けば、生徒の殆どが田島亮の話に聞き入っていた。
自分に分かりやすく、他人に分かりにくく、長文と短文の中間ぐらいでイメージを固定できる文、そしてそれらを自然とこなせる想像力と発想力、そうして更にイメージを鍛えて慣れて、無詠唱を可能にできるほどに熟達しようと、そういうことなのだろう。
余計な知識を持たない幼い頃からそれらを意識してきた環奈には今さらな話で、既に大抵の魔法なら無詠唱で行使できる環奈にとってこの話は、イメージの固定化を妨げ兼ねない話であったが故に殆ど聞いていなかった。
しかし、この話は後々クラス内で普及する話であったため、環奈の孤立化は進んでいくばかりだった。




