第18話 同窓会のような
帰宅したアルカとアッシュは来客であるマーガレットに挨拶をしておこうと、父や母達、兄弟姉妹の談笑の音が聞こえてくる居間へと足を運んだ。聞き覚えのない声も幾つか聞こえてくるが、自分の家なのだから遠慮する必要はないと居間へ足を踏み入れた。
「お、帰ったか」
「おお、おかえりなさい二人とも。お邪魔させてもらってる」
開かれた扉に目を向けて声をかけてくる父とマーガレット。
そんな二人の反応で察したのか、青色の瞳で紫色の髪をオールバックにして悪人面を張り付けた男がやや興奮したように声を上げた。
「…ほぉ! 他の子らもそうだが、どいつもこいつもしっかり父親と母親の面影を宿してんだなぁ。桃と黒のはクラエルみてぇに幼くてふわふわした感じがするし、灰色のは秋の冷ややかで静かなところとかがよく出てるぜ」
悪人面の男──ラモンは感心したように、納得するようにそう言った。
「写真でしか見たことないが、お前とエリーゼの子供もお前達とよく似ていたな。親子なんだから当然なんだろうけど」
「どうか悪人面の旦那様に似ず、わたくしのようにもっと可愛らしく育って欲しいところですわね」
冗談めかしてそう言うのは金髪に翡翠のような緑色の瞳をした女──エリーゼだ。
左手の薬指にはラモンのものと全く同じ指輪がはめられている。指輪をしている指まで同じだ。
「…うちの奥さんはひでぇな。なぁ、どう思うよアキぃ?」
「別に良いんじゃないか? 愛情表現は人それぞれなんだから」
「…そうだけどよぉ、こういう薔薇見てぇな愛情じゃなくて、もっと甘ったるい愛情を向けられてぇんだよな、俺は」
「……あら、でしたらこれからはそのように致しますわ、旦那様」
愚痴るラモンに、威圧するエリーゼ。場が多少怒気に包まれたところで、未だ未婚の二人は寄り添いあっていた。
「私達には理解のし難いやり取りですね……マーガレットさん」
共感を求めるのは明るい茶髪に青い瞳をした女──ラウラだ。
以前から男の気配が全くしなかったラウラだったが、自分と同じく男の気配がしなかったエリーゼが、さも当然のように結婚していることには驚きを禁じ得なかった。……一体いつラモンとエリーゼが恋仲になったのか、未だに分からない。
「あぁ。この、家庭を持つ者しか盛り上がらないやり取りを見せつけられると、私も早く結婚しなければと思わずにはいられなくなってしまうが、私はこういったことは好かないからな……なんとも複雑だ」
「はぁぁぁ、やっぱりマーガレットさんだけが私の味方ですよぉ……いっそのこと私達で結婚しちゃいましょぉ~……?」
「は……? 何を言って──」
「今ではどこでも一夫多妻制とか一妻多夫制が認められてますし、同性婚とか近親婚すらも一般的に認められちゃってますから、私達が結婚しても問題なんかないですよぉ……?」
人間とは自由に群がる生き物だ。特に、愛に関しては悉く自由であろうとする。
そのため、結婚に厳しい地球から、結婚に関して寛容な部分が多い異世界へ移住する者が次々と現れ始めた。……ハーレム願望のあるものや、同性愛者、家族に恋情を抱く者などだ。
このままではどんどん人口が減っていってしまう……そうなってしまえば経済やら何やら色々と不味いことになってしまう。……何より、人が減るとはそれだけ戦力となる者が減ると言う事で……人が移り住むとはそれだけ戦力となる者を分け与えると言う事で……戦争は取り敢えず終結はしたが、人口の減少を好機と見て再び戦争が始まってしまえばどうなるかは想像に難くない。
いくらなんでもそんな些細なきっかけで戦争が始まるわけがないだろうと思うだろうが、二つの世界の一体化が齎した世界間戦争は、文明を求めるヒト種の欲望によって発生し、二百年近く数多くの犠牲を生みながら継続され、お互いに欲しかったものをきちんと得られないまま終息したのだ。
利益と損失が釣り合っていない、完全なる不完全燃焼。
焼き尽くされなかった遺恨はヒト種の心に根深く根を張っている。小さなものだとしても、何かきっかけさえあれば不発弾のように爆発して、漸く得られた安寧を平穏を、平和を乱すことだろう。
……こんなのは妄想のような憶測にしか過ぎないが、スキルや魔法なんていう予測不可能な超常の力が存在するこの世界では可能性があるだけでも十分過ぎる脅威なのであり、そして、危険分子を悉く排除しようとするのは統治者として当然だ。
ならばそれらを懸念して小動物のように怯えるそれらは、どのようにして移住者をひきとめるか……答えは簡単だった。
「いや、そりゃあ確かに問題はないが、そうは言ってもだな、結婚だなんて……私はお前をそんな風には…………む? ちょっと待て、ラウラお前……さては酔っぱらっているな? 酒臭いぞ?」
「えぇ~? そんなことないれすよぉ~……?」
「……はぁ、お前は致命的に酒に弱いのだからあれほどやめておけと言ったのに……酔っている時の記憶がないから自分が酒に弱いことが理解できないんだろうな……」
呆れたように溜め息まじりに言ったマーガレットは、いつの間にか机に置かれていた缶を振って中身が空になっていることを確かめてから、どこか休ませられる場所がないかと秋に訊ね、来客用にと用意されていた部屋へと案内されて行った。
「…そういやぁ、アデルとクルトはどうしたんだ?」
「アデルは遅れてくるって聞いたけど、クルトに関しては連絡先を知らないから分からないわ。アキなら何か知ってるかも知れないけど……」
「…そっか、フレイアも知らねぇのか。あいつ今頃何してんだろうなぁ……んまぁ、にしても以外だよなぁ……アデルがクルトじゃなくてアキを選ぶなんてよぉ」
「わたくしも最初の頃は、あらこの二人もしかして、とは思いましたけれど、今になって思い返して見るとそんなことはなかったように思えますわね。どこまで行ってもアデルさんはクルトさんの事を幼馴染、それか兄のような存在としてしか見てなかったみたいですもの。……でも、クドウさん……はたくさんいて紛らわしいですから……えぇと、一体いつアデルさんはアキさんに恋情を抱いたんでしょう?」
「アデルが路地裏で不良に絡まれてるところをアキが助けたことがあったんだけど、その時じゃないかしら。私もアキと初めて会ったのはそんな感じの状況だったから可能性はあるんじゃない?」
「…ってことは学校にテイネブリスの奴らが乗り込んで来た時が初めてってわけじゃねぇのか。……あ、そういやあん時から仲良さげだったわ。路地裏で意識して学校で芽生えたって感じか?」
「真相は本人に聞くしかありませんわね。その後は他の皆さんの馴れ初めも……」
ふふふ、と笑うエリーゼ。冒険者時代のパーティメンバー同士の語らいを邪魔するまいと、少し離れたところで思い思いに過ごしていたニグレド達は悪寒を覚えた。
そこで居間へ秋とマーガレットが戻ってきた。
ラモンがラウラは大丈夫そうか? と訊ねると、中々大人しくならなかったからスキルを使って無理矢理寝かし付けて来たと返された。
「そうだ、危うく忘れるところだった」
マーガレットが大きな鞄へと歩み寄り、そしてそこから取り出したのは、異生物対策組織として活動する上で必要な道具一式の二人分だ。
パッと見える範囲では、護身用のものと思われる一振りの懐刀と一丁拳銃と、衣服の下に着込む防刃防弾のインナー、傷を癒すポーションと魔力を回復させるポーションがそれぞれ三つずつ、そして組織の人間同士のやり取りに使う専用の携帯端末に、魔物のものと思われる革製のウエストポーチ。他にも色々とあるようだったが、目に見える範囲でもそれだけの物があった。
「今渡したのは、最低でもこれだけは渡しておかなくてはいけないだろうというような物だ。必要であれば購入という形にはなるが、その端末でのみアクセスできるショッピングサイトで色々と物資を買い揃えることもできるから、上手く活用してくれ」
「そうやって仕事道具を購入させることで、結果的に支払った給料の一部が組織に戻ってくるってわけだ。それが分かってても自分の安全のために道具を買わずにはいられねぇから、割と上手く回ってるよな」
説明するマーガレットに割り込んで、横になってテレビを見ているアグナが言う。
「そうだ。人手不足などで色々と危険な状況に陥っている今、手段なんか選んでいる場合じゃないんだ。意地汚い面を見せてしまって悪いが、仕方ないことなんだと割り切ってくれると助かる」
「いえ……それよりもこのポーチ、もしかして……」
「あぁ、よく気付いたな、そのポーチは時空間魔法で中身が拡張されているから、見た目よりもかなり多くの物を収納することができる。そうだな……図書館の本棚一つに詰め込まれている本を全て収納できるほどには容量があるぞ」
「結構たくさん入るんですね。……でもそんなに容量があるってことはかなり貴重な品物なんじゃないんですか? それをこんな簡単に人にあげちゃっても……」
「気にするな。確かに値は張ったが、将来的な利益を考えれば十分に黒字だ。それに、裕福なことだけが取り柄のお偉いさんに持たせたって死蔵されるだけだろう。ならお前達のような人材に持たせておいた方が有益だ。それに、せっかく革を使ってるんだから尚更使わないともったいない……だろう?」
「えへへ、ありがとー、マーガレットさん!」
「……それもそうですね。でしたら、ありがたくいただいておきます」
もちろん、マーガレットの言うそれも理由としてあるのだろう。けれど、アルカが手にしているウエストポーチと、自分が手にしているウエストポーチを見比べてみると、形が違うのが見て取れる。革製品であるが故に多少の違いはあるだろうが、しかしこれは多少の違いなどではなく、素材や形そのものが違っており、それぞれ所有者のイメージに沿った形状をしている。
例えば自分のウエストポーチは燃えカスのような灰色をしており指で叩けばコツコツと固さの感じる音が鳴るのに対して、ソファーに寝転がって携帯ゲーム機を弄っている環奈のポーチは、鮮血のような赤に黒を足したような落ち着きのある深紅をしており、隣で目を輝かせているアルカのポーチは、桃色と黒色の革が上手く噛み合わさったもので、留め具は金色をしている。
桃色と黒色の革など、一体どのような素材をどのように加工したのかと疑問は残るが、どうやらこのポーチは自分達の髪色や瞳の色を元にしているようだった。
どう考えても手作りだ。そして、自分達のイメージに沿ったウエストポーチを作れるほど自分達を知る異生物対策組織の人間と言えば、西蓮寺志乃、有栖川セーラ、マーガレット・シルヴェールの三人ぐらいしかいない。
誰が作ったのなんかは知らないが、西蓮寺志乃や有栖川セーラのような人間がこの短期間で革製品をいくつも作り上げられるとは思わない。
とにかく、手間暇かけて作ったポーチなのだから、受け取ってもらわなければ困るのだろう。
そう考えたアッシュは少し間を空けてから礼を言ってそれを受け取った。
「あと、端末の形状や専用のショッピングサイトにアクセスできる点などから分かると思うが、その端末は特別製だ。異生物対策組織の規則、各支部や本部の位置に関する情報、他の職員の最低限のプロフィールなど、外部に漏れるとまずいものがたくさん入っている。他人に触らせないのはもちろん、使用している姿すらも極力見られないように頼む……一般的な端末と形状が違うから確実に興味を持たれてしまうだろうからな。……本人以外に扱えないように設定してあるから大丈夫だとは思うが、用心してくれ」
「分かりました」
「分かった、気を付けるよ!」
ちなみに一般的な携帯端末はガラパゴス携帯の持ち手部分だけの形をしており、電源を入れるとそこに空中ディスプレイが浮かび上がるというものなのだが、異生物対策組織で使用されるものはさらにその機能の一つに、持ち手部分がパソコンのキーボードのように展開されるというものがある。そのため、持ち手の部分には圧縮されたキーボードの痕跡が、ティラミスの層のようになって窺えてしまうのだ。
それほど目立たない特徴のように思えるだろうが、普段から見慣れているそれと他のものの違いは目につきやすいものだから、用心しておくにこしたことはない。
……と、そこで玄関から音がした。ガチャリと鍵を開ける音がして、「ただいま~」と可愛らしい声が聞こえてきた。この場にいる全員が確実に一度は耳にしたことがあるその声に反応する。
テレビの音に紛れて聞こえてくる廊下を進む小さな足音。それが居間の扉の前で止まると、間を置かずに扉が開かれた。
姿を現したのは肩に触れるほどの艶やかな黒髪に純粋な黒い瞳をした女──アデルだった。幼さを感じさせる相変わらずの童顔は、背負った役割と釣り合っていない。
「わ、もうみんな揃って……ないね。クド……じゃなくてアキ、クルトは?」
「仕事が山積みになってて来られないって言ってたぞ」
「あ、そうなんだ。久しぶりに会えると思ったんだけど……でもまぁ、お仕事なら仕方ないかぁ」
落胆したように呟いたアデルはすぐに気持ちを切り替えてから居間を出て、自室へと荷物を置きに行った。少しして戻ってきたアデルはラフな部屋着に着替えていた。あまり家にいることがないアデルからすればそれが新鮮に感じられた。
それからはもう同窓会のようなものだった。二つの世界が一体化する以前から異世界で交流があった者達……つまり子供達以外の全員が思い出話、或いは体験談などに花を咲かせていた。
自宅で大人同士の集まりが行われると、残された子供としては気まずい以外のなにものでもない……普通ならそうなのだろうが、しかしこちらはこちらで大家族特有の兄弟姉妹の空間を作ることができるため問題はない。
そして幸いにもこの場の大人の殆どが自分達の家族であり、しかも他の大人も自分達に対してとても友好的だったため、同じ居間にいてもそんな気まずさは皆無だった。……途中から目が覚めたラウラが加わりもしたが、和やかな雰囲気は揺るがず変わらずで、居間には居心地の良い空気が流れ続けていた。




