第17話 七草
生きることすら叶わなかったそれらは、全てが片付いて一度終わってしまった後に、生まれることと、生きることを認められた。
創り出されなければ、生み出されなければ、存在の予感も、誕生の胎動を誰にも知られることがなかった。
そんな、在るはずのないモノ達は、全てが似たような存在だったため、総称として『七草』と呼ばれて生きていた。
七草と呼ばれる存在の一人──萩。
その名前がファミリーネームなのかファーストネームなのかは、萩本人も知らない。
親にあたる存在はいないが、親と呼ぶべき存在はいる。そしてその親と呼ぶべき人物には名字があるために、萩本人は萩と言う名前をファーストネームだと捉えている。……親と呼ぶべき人物とは容姿も似ているから、親子だと言っても通るだろう。
そんな萩はポケットから空中ディスプレイの携帯端末を取り出して、たった今受信したメールへと目を通した。
内容を把握すると、溜め息を吐いて玉座から腰を上げる。
そこで一瞬、王たる自分が私情に現を抜かしても良いのだろうかと思いはしたが、実際自分は形だけの王だ。誰にも許可を取らずこっそり消えても誰も困らないだろうと考えて、玉座が設置された広間を後にした。
王城を出た萩がやってきたのは、何の変哲もないごく普通の喫茶店。
先ほどのメールの送り主が、珍しい喫茶店があるからそこで会おう、と一方的に決定したために萩はここにいる。
カランカランと入り口のドアの上部に付けられた小さなベルが鳴ると、一人でいる萩はそちらへ視線を向けてしまう。メールの送り主を待っていることもその原因の一つだろう。
「どこかなー……お、居た居た! いやぁ待たせたね、萩」
入店するなり騒がしく近付いてくるのは、七草の一人──桔梗。紫がかった黒髪と、白みがかった紫色の瞳が特徴的な女性だ。
美しい容姿で店内の男性の目を惹いているが、男連れだと分かると舌打ちの輪唱が始まった。
「久しぶりだな。遠くからわざわざ何の用だ?」
「あは、まぁ萩も感じ取ってるだろうけど、私達に近い何者かの存在についてだよ」
七草と呼ばれる存在は、その誕生の由来故に、血縁などよりも分かりやすく結び付けられている。七草の誰かが遠くで死ねばそれが分かるし、怒ったり泣いたり笑ったり、そんな感情の変化ですら手に取るように分かってしまう。
……もっとも、そんな感情の変化を常に受信していれば、自分自身が情緒不安定になってしまうのは目に見えているため、普段は感情の繋がりを断っているのだが。
「今はまだとても小さいけど、確かに大罪の芽が生えてる。このまま成長すれば、そのうち私達の手に負えない厄災にまで至ってしまうかも知れない。……世界の秩序を保て、だなんて使命を与えられたわけじゃないけど──」
「大丈夫だ安心しろ桔梗。今この国の諜報部隊やらを色々と使って調べている最中だ。相手も中々の異形のようだから、どうせ突き止めることはできないだろうが、まぁとにかく、今回の件について俺が不干渉でいることはない」
真剣な面持ちで言う桔梗の言葉を遮って萩がそう言う。
これが自信なのか余裕なのかは分からないが、心を微塵も動かさずに言うその姿には安心感を抱くことができた。元々不安など抱いてはいなかったが、頼りになる存在がいるだけで安心できるというものである。
「……ん、そうだよね。こんな事態を萩が放っておくわけないもんね」
「当たり前だ。この世界は父さんの家族と父さんと親しい者達と俺達七草……つまりは俺達のモノだ。どこから湧いて出たかも知れない奴の好きにはさせない。面白可笑しく娯楽の一つとして消費してやる」
「ねぇ萩、最後のが本音でしょ?」
「両方本音だ」
■□■□
喫茶店で萩と桔梗が話し合っている頃、別の場所でも七草同士の接触があった。そこは神社がある敷地の、離れとでも呼べる建場所にある物。
その建物の中には、萩と桔梗以外の七草が揃っていた。
床に寝転がっていて肘枕の体勢の巫女服の女──藤袴。
綿のように白い髪は僅かに紫がかっていて濃い桃色の瞳をしており、美女とも呼ぶべき容姿をしているが、この体勢から分かるように、藤袴はだらしない。
そんな藤袴を正座で見下ろすのは清楚な装いの女──撫子。
紫がかった淡い桃色の長髪と白みがかった桃色の瞳が特徴的だ。髪色と瞳の色は桃色と派手だが、撫子の佇まいが淑やかだからか、落ち着いたものに見えてくる。
腕を組んで胡座をかき、一向に始まらない話し合いに苛立っているのか足首を揺らして貧乏揺すりをする少女──尾花。
白みがかなり強いショートカットの金髪と小麦色の瞳は、尾花のラフな服装も相まって遊び盛りの子供を彷彿とさせ、元気溌剌とした活発な少女のイメージを抱かせるが、実際は活発などではなく危険な方向で破天荒なだけだ。
半数以上を女性が占めるこの建物内でそわそわとする男──女郎花。
雲のように尾を引く白い髪に危険な雰囲気を漂わせる黄色の瞳。容姿がかなり整っているため街を歩けば視線を集めるが、やはり女郎花の瞳の色に危機を覚えるのか、ナンパされたりとか、スカウトされたりとかは今までなかった。
誰も言葉を発さない静かな建物の中で唯一音を出している男──葛蔓。
深緑の髪を適当に伸ばして紅紫の瞳をしている。空腹なのか死にそうな目をしながらも獲物を探すようにギョロギョロと建物内を見回している。鼠でも見かければ飛びかかってしまうことだろう。
最初に言葉を発したのは尾花だった。
「藤袴ぁ、いつまでも寝転がってないで、今日わたし達を集めた理由を教えてくれない? 見てみてよ、葛蔓の奴が空腹で死んでしまいそうだ」
「萩と……桔梗が……」
「萩と桔梗は来ないよ、これで全員だ。藤袴、さては二人のメール読んでないね?」
「面倒臭かったから……まぁ……来ないなら始めようかぁ……」
萩と桔梗がまだだと言う藤袴に女郎花が呆れたように返すと、相変わらずのだらしない姿のまま話し始めた。
「みんなも分かってると思うけど……私達以外に何かがいる……それが人間なのか、魔物なのか、妖怪なのか……分からないけど、速やかに排除しないといけない。あいつが無遠慮に感情を流し込んでくるから、眠れない、ご飯も不味い、のんびりできない……邪魔で危険……生かしておく価値がない」
「あぁ……いきなり現れた誰かのこと……確かにあいつは目障りだなぁ。お粗末な感情をばらまいて、わたしを苛立たせてくる。……分かった、わたしはそいつの排除に賛成するよ。……極限状態の葛蔓は置いておくとして、他は?」
尾花はあっさりと七草に介入してくる何者かの排除に賛成し、撫子と女郎花にどうするのかと問う。
「僕はどっちでもいいかな。……撫子は?」
「私は賛成です。邪魔だからというわけではないですが、私達の繋がりに介入できるほどの未知の存在を見逃すわけにはいきませんから。それに、もしこの繋がりについて外部から干渉され、繋がりの仕組みを解析されてしまえば、お父さんの不利益に繋がるかも知れないんですから、早急に排除しませんと」
理外の力によって生み出された繋がりであるために、干渉されて解析されてしまえば再現される可能性は低いと思われるが、念のためにと撫子は賛成する。そもそも解析が可能なのかすらも不明だが、ここも念のためだ。
「じゃあ……排除する……ということで、決まり、ね。今日はそれだけ……解散……私は寝る」
肘枕を崩して地面に倒れ伏した藤袴。突然の終わりに呆気にとられていると、葛蔓の腹の音と、藤袴の小さな寝息が聞こえてきた。
執筆の時間がとれないけど、定期的に更新はしていきたい……と言うことで、誠に勝手ながらこれからは1週間に1度(毎週火曜日)の更新とさせていただきます。




