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第16話 進展

 空き教室での昼食とその後の授業などを経て放課後になり、帰宅した。


 今日か明日のどちらかにマーガレットが屋敷を訪問してくるようだが、全員が全員屋敷で出迎える必要はないだろうと考えて、アルカとアッシュは住宅街へと繰り出した。

 目的はもちろん、近所の丘の上に建ち並ぶ住宅街で発生した妖怪による殺人事件の捜査だ。


 妖力を使用して発生させた風を使用して妖怪の気配を探り、見つけた妖怪を襲撃して事件の手がかりを得る。襲撃したとしても何の手がかりも得られないだろうと思うかも知れないが、アルカとアッシュと一緒に行動しているもう一人の人間──犬飼翔(いぬかいかける)の異能力があればその限りではない。


 犬飼翔は生物の感情が雰囲気のように大まかにだが感じ取れるようで、今回のような犯人捜しには大いに役立っていた。


「犬飼さん、この妖怪は?」


「もし犯人なら、昨日殺した人間の敵討ちをしにきたんじゃないかって警戒や憎悪、後悔などの感情を抱くはずだけど……でもこの妖怪からそれらの感情は全くしない。驚きと困惑と怯えしか感じられないから……うん、違うよ」


「……そう簡単には見つかりませんよね」


 アッシュは分かってました、とばかりに頷いてボロ雑巾となった妖怪にとどめを刺す。

 この妖怪が事件の犯人でないにしても、魔物や妖怪などのモンスターは人間に害を及ぼす害虫やら害獣やらと同じ、害にしかならない存在だ。せっかく見つけて戦闘したのに、見逃す意味がない。


「ありがとうございます犬飼さん。瀕死の生き物の感情を読み取るなんて嫌でしかないはずなのに……」


「別にいいさ。西蓮寺さんと同じ土俵に立って背中を預け合って共闘したいとは思わないけど、協力したい、力になりたいとは思ってたんだ。……それがこうしてできるようになったんだから、僕の方こそ礼を言いたいところだよ」


 犬飼翔と西蓮寺志乃は以前から交流があった。西蓮寺志乃が周囲には打ち明けていない『異生物対策組織』についてのことを打ち明けられるほどには交流があった。

 犬飼翔は異生物対策組織にこそ所属していないが、身を晒して危険に立ち向かっている西蓮寺志乃の力にはなりたいと思っており、西蓮寺志乃もそれを把握していた。だから、ちょうどいいからと西蓮寺志乃の紹介によって、犬飼翔はアッシュとアルカの手助けをすることになっていた。


「見つけたよ~、あっくん」


 アルカが妖怪を発見したようなので、話を切り上げて駆け出したアルカの後を追う。

 なぜ走るのかと言われれば妖怪が逃げ出すからだ。妖力を乗せた風と言っても、それはただの攻撃……いや、威圧に過ぎないため、それを叩き付けられた弱い妖怪は怯えて逃げ出してしまうのだ。だから発見する度に走らなくてはならず、その後には戦闘も待っている。疲労が蓄積される速度は尋常じゃない。


 歩く人々を抜き去って後方に追いやり、景色すらも後ろに移動させる。一般人には大した魔力や妖力が宿っていないため、すぐそばにいるモンスターや、殺意を向けてきているモンスター、強力なモンスター、密集しているモンスター……他にも色々とあるが、大体はモンスターを視認することはできない。そのため、妖怪を追うように駆けているアルカ達を不思議そうな目で見ることしかできない。


 人を掻き分けて追うのは、巨大な肉塊……いや、生首だ。頭部しか判断材料がないために男のものなのか、女のものなのか判断する事はできないが、風に靡く長い黒髪と、生首が振り返る度にニィッと気味の悪い笑みを浮かべた大きな口からお歯黒のようなものが窺えるため、暫定的に女としておく。


 ちなみに、巨大な生首が一般人に接触しても透過するだけで一般人に大きな害は与えられていない。

 巨大な生首が透過した際に寒気のような悪寒を感じるだけで、これは巨大な生首に関わらず、妖怪なら誰もが持っている特性だ。ならどうして妖怪が人間に接触して殺せたりするのかと言えば、そこには殺意の有無がある。殺すという意思が無ければ透過し、殺すという意思があれば接触できるわけだ。……魔物は一般人から不可視の存在にはなれるが、透過したりはできない。


 数分走り続けた頃、巨大な生首の妖怪は路地裏の行き止まりへと追い込まれていた。普段ならば建物をすり抜けるなりしていたところだが、低級の妖怪である巨大な生首は、ヒト種の視線を受けた状態ではそれができなかった。


「はぁ……はぁ……ボク……もうそろそろ限界だよ、あっくん……っ」


「……これが終われば今日は帰りましょう、姉さん、犬飼さん」


 帰宅後何度目かになる妖怪の追跡やら戦闘やらを経て、既に三人は限界が近かった。特に、妖力を乗せた風で妖怪を探知しているアルカは妖力の消費も相まってアッシュと犬飼翔より酷く疲弊してしまっている。


「一応聞きますが、僕達の言葉が分かったりはしませんか?」


 疲れているため戦闘を避けて話し合いたかったのもあるが、意思の疎通ができるほど成長してしまっている妖怪であればそれだけ戦闘での危険も増すため、話し合いで情報を得て、無駄に危険な戦闘を避けたかった。


 だが、意思の疎通ができる妖怪などほんの一握りであるため、念のために確認しているだけにすぎず、今回の問いかけも取り敢えずという気持ちでしたものであり、大して希望は抱いていなかった。


 しかし、それに反して眼前の生首はニィッとお歯黒を見せつける口を動かさずに声を発した。


「殺サナいでクだサイ」


「……っ!?」


 拙い口調ではあるが、確かに「殺さないでください」と言葉を発した。


「久遠君、あの生首は特異個体だ。僕も初めて見たけど間違いない」


 特異個体とは、何らかの要因によって通常と異なる個体へ成長を遂げた存在の総称だ。『ネームド』や『ユニークモンスター』などの名前を持つモンスターや、言葉による意思の疎通が可能なモンスターなどが特異個体にあたる。つまり、みずくめと名乗るミクや、アルカの母であるクラエル、アッシュの母であるアケファロスなども特異個体と見なされるわけである。

 ……ちなみに意思の疎通が可能なモンスターは基本的に、危険過ぎる存在でない限り問答無用で討伐されたりはせず、いくらかの問答を経て殺すか殺さないかが判断されたりもする。


「……分かりました殺しません、殺しませんから、幾つか質問に答えてくれませんか?」


「殺さなイデくだサい」


「えっと……」


 同じことしか繰り返さない妖怪に戸惑うアッシュ。もしかしたら同じことしか喋れない、特異個体になりかけている状態の妖怪なのかも知れないと頭に過るが、取り敢えず聞いておくことにした。


「昨日、この近辺で買い物帰りの主婦が殺害される事件が発生したのですが、あなたは何かご存知ですか?」


「殺さナいでクだサイ、殺サないでクださイ、殺サナいでくだサイ、殺サナイデクだサイ、殺さないでクだサイ、殺サナイデください、殺サナいデクださい、殺サナいでクだサイ、殺さなイデくだサい」


 壊れたように、けれどしきりに何かを伝えようと宙を漂う巨大な生首。

 限定的な言葉しか発することができないだけで、確かに知性はあるようだった。そこで何かを思い付いたアッシュは「ちょっと待っててください」と言い残してその場を走り去っていった。


 殺さないでください、とぶつぶつ呟きながらも言われた通りにそこで待っている巨大な生首と向かい合うアルカと犬飼翔は、なんとも気まずい雰囲気に包まれていた。


 やがて帰って来たアッシュが手にしていたのは、真っ白な紙と、黒と赤のペン、そして十円玉。何をするつもりなのか理解できない様子のアルカと、「なるほど、それは思い付いかなかった」と何かを察した様子の犬飼翔。


 アッシュは息を切らしながら真っ白な紙に次々と五十音を書いていく。そして空いた部分に0~9の数字と、はいといいえの選択肢、そして赤いペンで鳥居を書き、地面にその紙を置いて、鳥居に十円玉を置いた。


「今からもう一度あなたに質問をします。あなたはこの十円玉を妖力で動かして答えてください」


 アッシュが言うと、巨大な生首は目を見開いて驚きを露にして「殺さないでください」と頷いて答えた。


「昨日、この近くで買い物帰りの主婦が妖怪によって殺害される事件が発生しました。あなたはこの事件について何かご存知ですか?」


 十円玉に妖力の気配が宿り、ゆっくりとそれが動いていく。その最中に、ここまで再現する必要はなかったのではないか、と脳裏に過ったが、目の前の光景に視線を向けて無理矢理振り払う。

 十円玉は『はい』と鳥居の横にあった選択肢に触れてから鳥居の場所へ戻った。


「主婦を殺害したのはどんな妖怪でしたか?」


 十円玉は『やせほそったがきのようなようかい』と五十音の羅列をなぞる。


「痩せ細った…………っまさか……!?」


 巨大な生首が示した存在に心当たりがあったアッシュは声を上げる。

 ミクと出会った公園、モンスターパレードで訪れた四方がマンションに囲まれた公園……そこで逃がしたあの妖怪なのではないか。そんな勘にも似た憶測は強ち間違いではないような気がした。


 それから我を取り戻したアッシュは「ありがとうございます」と礼を言ってからさらに特徴などを聞き出していき、憶測を確信へと近付けていった。

 そして最後に一応聞いておくことにした。この事件と同時進行で追っている存在についてだ。ミク曰く、可哀想なまでに痩せ細った妖怪とは別件らしい事件だ。


「ここから少し離れたところでの事件なのですが、子供が行方不明になる事件が頻発しているんです。これに関しても何かご存知だったりはしませんか?」


 子供が行方不明になる事件、と聞いた巨大な生首は唇でお歯黒を隠し、表情を憤りに染めていた。それに何かを感じ取るアッシュとアルカだったが、生首が出した答えは『いいえ』だった。

 今まで快く答えてくれていたからか、憤りの理由を尋ねることはできなかったが、犬飼翔が言うには「犯人が抱くような感情ではなかった」そうなので、きっと個人的な理由があるのだろう……元々の目的が主婦を殺害した妖怪の捜査だったのだから、上出来と言える成果が得られたのだ……と納得してから巨大な生首に礼を言ってからその場を去り、その後、犬飼翔にも捜査の助力に関しての礼を言ってから帰宅した。


 どうやらマーガレットが来ているようで、屋敷の玄関にはマーガレットが呼んだのであろう、父の友人のものと思われる靴が並べられていた。

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