第14話 邂逅
翌日の放課後、一度生徒会室に集まった環奈達は西蓮寺志乃と合流してから異生物対策組織へと向かう。
ちなみになぜか有栖川セーラもいた。西蓮寺志乃が言うには、呼んでないし、今日異生物対策組織の支部に向かうとも伝えていないらしい。どこから情報を嗅ぎ付けたのかと西蓮寺志乃は気味悪く思う。
今向かっているのはさっきも言った通り、異生物対策組織の支部で、異生物対策組織の本部は東京都千代田区のどこかにあるらしい。らしいと言うのは、本部の詳しい場所は西蓮寺志乃自身も知らないからだ。
目的地である異生物対策組織横浜支部は、横浜異能学校からそれほど離れていない場所に建てられていた。
けれど、その建物は組織を名乗るほどの規模とはとても思えず、どこか小規模の団体が夜な夜な集まっていそうな様子だった。要するに、廃墟も同然にボロボロだ。
「あぁ……あれか、組織内に派閥みたいなのがあって、その中で一番力が弱くて、待遇が最悪ってな感じの理由があんのか?」
「この廃墟は見せかけ。支部はこの地下にあるのよ」
「なぜ隠す必要があるのでしょうか?」
「一般人の相手なんかしたくないからよ。……私達異生物対策組織はその名の通り、異形なる生物──モンスターに対する勢力。そんな存在があるのにも関わらずモンスターによる被害が続けば、被害者、或いは被害者遺族に責め立てられるのは明白よね。……危険な職業だって分かってるから誰もやりたがらない。だからせめて離職率を下げるために職員の自由を尊重する。でもそのせいで常に人手不足。……余裕がないのよ。組織内部の統制すらままならない現状で、一般人の鬱憤を受け止める余裕なんてないのよ」
廃墟を進みながら西蓮寺志乃が語る。
昨日は聞かされなかったが、異生物対策組織はかなり苦しい立場にあるようだった。
戦場跡の荒野に蔓延るモンスターを討伐するのに、強力な異能力者が半ば強制的に徴集させられる理由はこの辺りにあるのだろう。
……将来的な平和のために強力な異能力者を量産しないようにと抑制している場合じゃないように思える。
「他にも色々あるけど、まぁ、理由としてはこれだけで十分じゃない? 組織内の現状も大体知れたことでしょう」
地下に続くハッチを明けながら西蓮寺志乃が言う。組織の人間が出入りする際に頻繁に使われているのであろうハッチだったが、なぜだか埃を被っており、開けるとブワァッと埃が舞った。パタパタと手を振りながら階段を降りていく西蓮寺志乃に環奈達も続く。
「うへぇ……自由な時間を作れるとかプライベートを尊重するとか仕事の掛け持ちを認めるとか、そんな甘い言葉に騙されちまったなぁ……いや、話がうますぎるとは思ったんだぜ?」
「昨日ちゃんと言質はとったわ。私のテリトリーである生徒会室に自分から来たのだから、盗聴器の一つや二つ、仕掛けられていることぐらい覚悟してたわよね? 絶対に撤回はさせないわよ」
「……性悪でありんすね」
「あら、嬉しい言葉ね。ありがとう」
会話が一段落してちょうど階段を降りきったところにあったのは、映画などで良く見る研究所にありそうなとても厳重な鉄扉だった。階段の途中から、天井も壁も床もが白一色に染まってしまった事も、さらに研究所のような印象を強くしている。
その鉄扉の隣にはパスワードを入力するためのパネルが設置されており、半角英数字混合のパスワードを入力するために、ボタンはキーボードのような形をしている。
西蓮寺志乃が不慣れな手付きでパスワードを入力すると、滑らかな動きで機械的な音を立てて扉が開く。鉄扉の内側までは流石に真っ白ではなく、機械らしい鉄の色が覗いていた。
その先にはこれと同様の扉が幾つかあり、神経質にも似た過剰で厳重な警備が施されていた。
廃墟の下に広がっている建造物と言うだけでも怪しさ満載だと言うのに、これほど熱心に人を拒絶する設備を見てしまえば、否応なしに緊張感は膨れ上がり警戒心は高まる。
そして幾つかの鉄扉を突破していくと、その先にはホテルのエントランスのように開けた空間が出現した。この先も鉄扉なのだろうなと思ってしまっていたから、その突然の光景に呆気に取られてしまう。
空間全体がほぼ真っ白ではあるが、家具や観葉植物などの装飾品、フロントとでも呼ぶべき場所にいる人間や、行き来する人間などの存在がこの空間に色を付けている。
ちょっと待っててと告げた西蓮寺志乃が慣れた様子で、遠くからでは分かり辛いが名札に『ブラン』と記載された人のもとへと歩み寄り、何事かを話してそして戻ってきた。……ちなみに受付窓口は四つあり、西蓮寺志乃が向かった以外の場所に立っている受付嬢の名札にはそれぞれ『ノワール』『ルージュ』『アジュール』と記載されていた。
「さて、この支部でかなり偉い地位にいる人が来てくれるそうだから、そこに座って待っていましょう」
やはりここはホテルのエントランスか、病院の受付のような空間であり、近くには机と椅子などが設置されていた。
「そうだ、気になっていたのだけれど、あなた達って一体何者なの? ……モンスターパレードを殆ど鎮静化させるほどの力を持っているあなた達が今まで野放しにされてたのもそうだけれど、あなた達ほどの人間が学校内でも特に実力で目立っていたようにも見えない。……何か権力者が後ろについていて、あなた達の実力を隠蔽しているように見えるのよね」
「……考えてみると確かにそうだね。僕達は同年代の中でも……下手をすればそこらの大人よりも強い。そんな僕達が強力な異能力者として囲いこまれていないのっておかしいな」
「のぶ君の言う通り、確かに変ですね。でも周囲で権力の動きとかを感じたことなんてありませんでした。人前で名乗っても騒がれたことなんてありませんでしたし、皆さん普通に接してくれます」
「まぁいいじゃない細かいことなんか。志乃の報告に食い付いてきたシルヴェール中佐が来たら自ずと分かることよ。……ってもう来たわ」
有栖川セーラがくだらない話をやめさせると同時に、バタバタと落ち着きのない足音を響かせ、金色のポニーテールを振り回し、一人の女が駆けてきた。この白い空間に女の青い瞳はよく映えていた。
女は環奈達の側までやってくると、走っていたことを感じさせないほどに平然とした口調で話しかけた。
「待たせてすまない。私はマーガレット・シルヴェール。マーガレットが名前でシルヴェールが名字だ。ふむ、ふむ、そうかそうか、お前達がクドウの子供達だな。どことなく顔付きや雰囲気が似ているから見間違いようもない。……よし、じゃあまずは、一人一人名前を聞かせてくれないか? クドウと呼んでも区別できないだろう?」
やたらとテンションが高いマーガレットに少々気圧されつつも、その口振りから察するに、どうやら父の知り合いのようだった。権力者など遠い存在だと思っていたが、こんなところにそこそこの影響力と自分達との関わりを持つ人間がいたことに驚きつつも、環奈達は名乗る。
「環奈にアグナ、アルカにアッシュに美月、クレアと信幸か。……環奈の母親がフレイアで、アグナがニグレド、アルカがクラエルで、アッシュがアケファロス、美月がセレネで、クレアがソフィア、信幸がジェシカだな? どうだ合ってるか?」
「すげぇ全部合ってるぜ。シルヴェールさんは親父やお袋達とどんな関係なんだ?」
「クドウがヴァナヘイムに居た頃、一緒に冒険者をしていたんだ。だから、志乃がお前達を連れてくると言い出した時は、こんな形でクドウの子供達と会えるなんてと驚いたな」
「マジか! なら親父の弱点とかって知ってたりすんのか!? 例えば擽りに弱いとか実は繊細とか、そんな弱点とか知らねぇか!?」
「ふむ、弱点か……欠点ならたくさん思い当たるものがあるが、弱点と呼べるものは全く……強いて言うなら、惚れた相手には弱々しくなるということぐらいだな……」
ほうほうと頷いてメモを取るアグナ。
関係のないやり取りを続けるマーガレットに西蓮寺志乃が「あの、シルヴェール中佐、そろそろ本題に移りましょう」と声をかけるとマーガレットは「あぁ、そうだった。すっかり忘れてた」とハッとしたような表情になって、そこで漸く空いていた席に座った。
「確認しておくが、お前達は異生物対策組織に加入するという事で良いのか? 志乃からこの組織の現状をある程度伝えられていると思うが、それでもその意思は変わらないか?」
マーガレットの問いに、環奈は弟妹全員の顔を見回して意思を確認してから頷いた。
「そうか。……なら、現時点をもってお前達は異生物対策組織の一員だ。職員間の情報のやり取りに使用する端末や名札などの道具は近い内にお前達が住んでいる屋敷へ送らせてもらう。……いや、久しぶりにクドウ達にも会っておきたいから、私が直接持っていこう。となればエリーゼ達も誘って……っと、すまない。よし、では今日はこの横浜支部の案内と必要な書類の整理をしようか」
■□■□
各地に点在するワープポータルなどを駆使して効率的に旅をする。何度も何度もそうして色々な美しいものや醜いものを見て回る。そうする理由は、勇者であり母である、アデルのように強くなるためだ。
そうして何度目かのワープポータルでの転移先で騒ぎが起こっていた。数人の男達が二人組の男と女にいちゃもんを付けているようで、話を聞くにこの諍いにワープポータルは無関係なようだった。
二人組の男と女は両方とも黒髪に黒い瞳をしており、どこか親近感を感じさせる雰囲気を放っている。
「いいからその女をこっちに渡せって。てめぇがぶつかってきたせいでこっちは大怪我を負ってるんだ」
「あぁっ、絶対骨折れてるわぁ、めっちゃいてぇもん」
「ほら見ろ。滅茶苦茶痛がってるじゃねぇかよ」
古典的な不良の手法だと瞬時に理解した。おおかた、自分からぶつかったくせに被害者のように振る舞っているだけだろう。
旅路で何度も同じような光景を見てきたし、何度も同じように絡まれたからよく分かる。
「どうするの?」
「どうするって……道も塞いじゃってるし野次馬も集まってきたしで、邪魔にならないためにも早く片付けないと……話し合いで穏便に済ませられればと思ったけど、もう仕方ないか」
女の問いかけに諦めの念を覗かせながら男がそう返す。そんなやり取りを見せつけられれば目の前の当たり屋が苛立つのは当然、男の自信満々の発言に異世界人達は大喜び。……そう、ここは地球の大陸ではなく異世界の大陸だ。遠巻きに眺めているだけの野次馬ではなく、戦いのリングを形成するように取り囲む野次馬が集まっている。
ちなみにこの地方は春の暖かさとは程遠く、冬のように寒い。そのため黒髪黒目の二人組はフードのついたコートを着ており、顔の下半分を風から凌げるような作りになっている。
「力を貸してください──初夏さん」
黒髪黒目の男が空中に手を伸ばして呟くと、何もなかったそこから一振の剣が出現し、男はそれを当たり屋達のリーダーらしき男へと突き付ける。それを見て「あれは確か……『アニマ使い』とか言う奴だったか」と無意識の内に呟いてしまう。
「なんっ……」
「手を引いてください。あまり人殺しなんてしたくないんです」
「……はっ、闇魔法で生み出した幻だろぉ……!? 脅しになると思って──」
男が手にする剣を本物だと信じない様子の男に、目にもとまらぬ速さで剣を振るった黒髪黒目の男。人を殺したくないと言うのは本音のようで、今の一撃で殺すことはせず、肩を浅く斬り裂くだけにとどめてある。
空中から生み出された剣が本物だと理解した当たり屋達は転がるようにして一目散に逃げていった。野次馬からは「喧嘩に刃物を持ち出すなよな」などと文句が飛ぶが、男は気にした様子もなく隣の女と何かを話し、どこかへと去ってく。
自分がなぜその後に付いていっているのかは分からなかった。先ほど覚えた親近感からか、アニマ使いと言う珍しい存在だったからか、何にしろ自分が意思を持たずに尾行していることに変わりはない。
もし尾行していたのがバレて敵だと認識され、攻撃されてしまったら実力不足故に対処できず死んでしまうだろうが、そんな心配などする価値はなかった。
二人組が曲がり角を曲がる。少し間を空けて自分も曲がれば、衝撃が走った。何事だと尻餅を突いたまま見上げると、そこには黒髪黒目の男と女が立っていた。
けれど、抱く感情に驚きや緊張、恐怖と言った感情はなく、ただバレてたのか、これからどうなるのだろうかと冷静に考えていた。さっきの話を聞くに問答無用で殺されたりはしないだろうが、だからと言って安心も何もなく、ただその心境は尾行している最中からまったく揺らがないだけだった。
「どうして僕達の後を?」




