第11話 奇跡のような軌跡
一度異能学校に戻り、この格好でクラスに戻るのもアレだからと職員室にいた教師に事情を説明し、早退する。
ちょうど職員室に担当の数学の教師が居たのが幸いして話はスムーズに進んだ。
そうして煤と血で汚れに汚れた服装で、通りすがりの人から奇異の目を向けられながら帰宅する。
当然ながらモンスターパレードに向かった時点で屋敷には連絡がいっており、母親達は屋敷の中でそわそわとしていた。
そしてつい先ほどモンスターパレードから生還した時にもう一度屋敷に連絡がいったようで、限界だった母親達は玄関で子供達の帰宅を待っていた。
環奈達が鍵を開けて屋敷に入るなり、母親達は扉を破壊するかのような勢いで飛び掛かり、触診が如く体に触れて存分に子供達の無事を確かめた。……自分が産んだわけではない子供達にでも分け隔てなくそうしていたところから、家族愛の強さが窺える。
母親からの触診を終えて居間へと移動する。
それからは説教が始まった。
あれほど心配してやまなかった子供達が完全な無傷で帰って来たことに心の底から安堵すると同時に、それならば遠慮してやる必要はないと、それはもうたっぷりと、舌が回らなくなってしまうのではないかと言うほど存分に説教をした。
そうして存分に説教しながら何度も今回の出来事を振り返り、自分と秋に良く似たこの子供達の体には、やはり母親である自分達と父親である秋の両方の血が流れているのだなと再認識させられた。……当の秋は説教が終わるとほぼ同時に現れたのだが、なぜだか一連の出来事を全て知っているような素振りだった。
「お前達はどうしたいんだ?」
「え?」
「異生物対策組織で働くのか、働かないのか。何でこのことを知っているのかは聞くなよ。俺はお前達の父親だから、としか答えられないからな」
秋はあれだけ過保護だ過保護だと思っていた、自身の母親である夏蓮の気持ちが、今は手に取るように分かった。
けれど、だからと言って微生物のように小さい蘇生生物を使って子供達を四六時中ずっと監視したりはしない。
愛しているから……愛しているからこそ、時には耐えなければならないのだと知っているから……知ったから。
ならばどうやって子供達の現状を知ったのか。
そんなものはただの行き過ぎた勘でしかない。もはや固有能力のように強力過ぎる勘でしかない。寝室からモンスターパレードによる騒ぎを聞き付けて瞬時に辿り着いた、空想や幻想の一端のような勘でしかなかった。
それをこうして「お前達はどうしたいんだ?」と自信満々に口にできるのも、この勘は正しいものだからという勘だ。
「…………」
「良いぞ、思考しろ相談しろ。時間なんてものは十分過ぎるほどにある。じっくり考えを一つにして、自分が納得できる答えを出せ」
「珍しいですね、あなたが父親然とした振る舞いをしているなんて」
「ん、今は春だけど雪が降る?」
「アキ、成長したねぇ? あ、ボクも成長したけどね!」
普段は大きな子供のように振る舞っている秋が珍しくそれっぽいことを言っていることに、アケファロスとセレネとクラエルが驚いた様子で言う。
そう、言ったのだ。アケファロスとセレネはともかく【念話】でしか会話ができなかったはずのクラエルが、口を動かして喋ったのだ。
それも当然だろう。あの頃のクラエルは生まれたての幼児と大差無い幼さだったが、流石に20年近く生きれば言葉を発することができるようになってもおかしくはない。
……と言っても、この場にいる者は子供達以外の全員が、ヴァナヘイムに居た頃とは全く容姿が変わっていないのだが。
ならば成長して発声器官が完成したとかも何もないだろうと思うかも知れないが、アキに完全蘇生されて不老化すると同時に、秋と親しい人物には【変形】のスキルが与えられており、今や容姿ならば自分の意思で自由に変えられるようになっていた。
なので詳しく言えば、クラエルが人体について学び、発声器官などを深く知ることで、自力で発声器官を構築することができるようになり、喋れるようになったと言うわけだ。
「こんな時ぐらいしか格好付けられないからな。少しでも父親としての威厳を保っておかないと舐められてしまう」
「アグナがあんな有り様なのだし、もう手遅れだと思うのだ……」
「言ってやるでない、ニグレド。まだ取り戻せる、まだ何とかなると思ってアキなりに一生懸命頑張っておるのじゃから黙っておいてやるのが良妻という奴じゃ」
「ぅぬ、分かったのだ」
「全部聞こえてるからな」
ニグレドとアルベドがひそひそとやり取りをしているが、何もしなくとも普通に聞こえてきたためにそう言っておく。もはや当て付けなのかと疑ってしまうほどには丸聞こえだった。
「大丈夫ですよ旦那様。私にはちゃんと格好良く見えましたから」
「あっ! くぅぅっ……流石ソフィアたん……抜け目なくダーリンにアピールしていく……!」
「それは良いんだけど、いつも思うんだがジェシカのその、ダーリンってのは何とかならないのか? バカップルみたいで恥ずかしいんだよな」
「何とかなりませーん。それにもし間違われたって、もう結婚しちゃってるから問題ないし、私とダーリンがバカップルみたいに見えちゃうほど仲良しってことの証明にもなるもん」
結婚してるから、と言う辺りで言い返せなくなったアキは諦めてジェシカのダーリン呼びを受け入れる。
それからもやいやいと会話しながら子供達が結論を出すのを待つ。すると、玄関の方がドタドタと騒がしくなった。上手く鍵穴に鍵を差し込めないもか、ガチャガチャと微かに音が聞こえてくる。
この場にいない家族の誰かで、こんなにも慌ただしくやってくる者と言えば一人しかいない。
「クドっ……じゃなくて、あ、アキっ! 子供達がモンスターパレードに向かったってほん……ってあれ? 子供達もみんな居る?」
「おぉ、アデル。急いで帰って来たみたいだが、見ての通り全員無事だ。負った怪我をクレアが治療したからかも知れないが、全員無傷で帰って来た」
「えぇ……? もう……なぁんだぁ……まぁ、うん。とにかくみんなが無事で良かったよ。多分お説教も終わった後だろうと思うからこれだけ言っておくけど、危ないことするにしても、絶対に無事で帰ってくるんだよ? ボクみたいに戦いの中で片腕を失くすとかやめてね? 約束だよ、みんな」
自分にはある右腕がそこにはないアデルが心配そうな顔でそう言えば、環奈達に頷く以外の選択肢はなかった。
秋の固有能力である【強奪】の能力にある【魂強奪】で、肉体全てを喰らった相手の魂を取り込んで魂が記憶している情報を得て、精神世界と現実世界の二つの世界を一重に重ねて行う、完全蘇生で完全な状態で蘇らせたにしろ、秋に喰い殺される以前に欠損していた腕を構築することはできなかった。
そのため、完全蘇生を経て今を生きているアデルは右腕を欠損したままの姿だった。
「そうだ、後で持っていこうと思ってたんだが、ちょうど良かった。ついさっき漸く完成したところだったんだ」
そう言って白い渦へと手を入れて、何かを探すようにゴソゴソと動かした秋は、白い渦の中から人間の腕にそっくりな機械の腕を取り出した。
いわゆる義手という奴だ。なのだが、秋が造るものが普通の代物であるはずがない。
この義手は装着者の魔力や妖力と言った異変力と同調して動く。なので義手の内部に流れているエネルギーを操作するだけで思いのままに義手を動かせるようになり、しかも義手の外部ではなく内部に流れているエネルギーを操作して動かすために、エネルギーの消費による疲労は一切ない。
それだけではなく、せっかく科学と魔法が交わったのだからと、アニメや漫画でよく見る機械人間のように、戦闘や日常生活で使える機能を色々と盛り込んである。
それらの機能を一通り説明して手渡すと、最初は嬉しさのあまり涙目になり「ありがとうアキ……っ!」と感極まったように礼を言ってたアデルだったが、最後には引き攣った苦笑いを浮かべながら礼を言うまでになっていた。
「やりすぎよ、アキ……」
「そうか?」
ジト目のフレイアにそう言われるが、こうした科学と魔法を組み合わせた物などその内たくさん出てくるのだろうから別に大した問題ではない、と言うのが秋の考えだったためにやりすぎた自覚はない。
「ねぇ、お父さんって向こうの世界にいた頃は冒険者って言うのをやってたのよね? それでゲームみたいにレベルを上げて強くなったのよね?」
「あぁ。そうだが、それがどうかしたか?」
「ならあたしは異生物対策組織に入るわ。異生物対策組織は言ってしまえば、こっちの世界の冒険者ギルドのようなもの。ならあたしはお父さんみたいにたくさんのモンスターを倒して強くなれる異生物対策組織に入りたい。……あたし達にはお父さん達が見れるステータスって言うのが見れないけど、あたし達もお父さん達みたいにモンスターを倒すことで強くなれる。だからあたしはモンスターを倒して強くなって、いつかお父さんに勝ちたい!」
環奈は真剣な眼差しで秋に言う。
「お前が決めたことなら止めないが、その代わり、さっきフレイア達に言われた事と、アデルに言われた事はちゃんと守れよ」
「もちろん分かってるわ」
「……あぁそれと、一つ気になってたんだが、環奈はどうして俺に勝ちたいんだ?」
「……それは、あたしがお父さんに勝った時か、あたしがお父さんには絶対勝てないって諦めた時まで秘密よ」
「そうか。なら頑張って俺を負かしてくれ。言っておくが手加減なんかしてやらないからな」
「当たり前よ。手加減なんかしたら赦さないんだから」
ふふんっ、と笑顔を浮かべる環奈に秋は頬を弛緩させた。
その後、アグナとアルカ、アッシュと美月とクレアと信幸が異生物対策組織に入ることを決めた。つまりマルス以外の全員というわけだ。
戦いの中に刺激を求めて、と伝えたアグナは当然母達に引き止められたが「手足を失ってまで戦いに没頭する気はねぇよ。まぁさっき親父が持ってた義手を見た時に一瞬迷っちまったんだが、やっぱ手足を失ってまで刺激が欲しいとは思わねぇ。だから安心してくれ、信じてくれ。オレは五体満足のまんま寿命やら病気やらで死ぬからよ」とアグナが伝えると、心配そうに渋々ながらも許可がおりた。
そして母達は再認識した。認識したくなくて意識したくなかった現実を見せつけられた。
自分達は一度秋に喰われて殺されて、そうして魂の情報を記憶されているから何度死んでも完全蘇生で生き返る事ができるが、魂の情報を記憶されていない子供達は、普通に老いて普通に死んでいくのだと。
腹を痛めて産んだ愛しい子供達が自分達より先に老いて、完全で無欠で本物の死を遂げる。
そんなのはもちろん嫌で嫌で……脳が焼き切れてしまいそうなほどに嫌だと喚いて嘆いて暴れ回りたくて仕方なかったが、だからと言って秋に、自分の子供を喰らって殺してくれなどと言えるわけがない。
ステータスの表記だけで自分が何者なのかが分からなくなっているような、頼りないほどに曖昧で弱々しい相手に、自分の子供の全てを知って細胞の一つ一つを組み上げて完全な状態で蘇生させてくれ、だなんて言えるわけがなかった。
子供達の魂の記憶を何も知らない今だからこそ、一度全ての生物の情報を得てしまって他人への興味が薄れているからこそ、なおさら言えるわけがなかった。
そうして子供達のことも知ってしまえば、子供達への関心は薄れてしまうかも知れないから。
……なんてことはないと知っているし、信じている。
伊達に秋の精神世界から虚空を眺めていたわけじゃない。
精神世界と言うからにはそこには秋の思考や感情などもあるわけで、それを知れば大体の思考パターンや感情の機微なども大体予測はできるようになる。
幸か不幸か、ヴァナヘイムそのものや、ヴァナヘイムの生物全ての完全蘇生を行う際に、一つ一つの魂の情報を丁寧に確認して整理していた秋は、何もない虚空に居ながらも心を変化させることができていた。
そのため、精神世界での存在が許されたフレイア達が秋の心のパターンを知るのは、時間さえかければ余裕だった。
それを知った上で、秋に子供達を喰って殺してくれと要求するのは酷だと判断していた。
次に言ったのは以外にもアッシュだった。普段から眠たげで自分の意思を伝えることなど全くないアッシュがだ。けれど、理由を聞いてみれば、それは環奈と殆ど同じものだったは、なるほど、らしいな、と納得した。
「僕は剣士ですし、母さんと同じく騎士です。誰かのために戦って戦って、或いは自分のために戦って戦って……そして強くなりたいんです。母さんのように……いえ、母さんよりも強くなって、僕は誰にも負けないから大丈夫なんだって、母さんを安心させたいんです」
……と、アッシュが想いを告げた。自分を産んでくれて、触れてくれて、話してくれて、育ててくれて、関わってくれて……母親なら当たり前のことだが、そんな当たり前のことが嬉しかった。だから誰にも負けないぐらい強くなって、母を安心させたい。
そこまで言われてしまえば、もう誰も何も言えず、認めざるを得なかった。
そしてアルカ、美月、クレア、信幸と続いていき、最後に残ったのはマルスだ。
簡単にまとめると、アルカは父や母と同じ道を辿りたいから。美月は異生物対策組織より簡単に稼げる仕事はないし、何より姉や兄と一緒にいたいから。クレアは環奈達が傷付いてしまった時に治療したいし、危険な自分の異能力と向き合う勇気が欲しいから。信幸は姉や兄と一緒にいたくて、それでいて自分の異能力の正しい使い方を知りたいから、と言ったような理由からだった。簡潔にまとめたせいで薄っぺらく感じられるだろうが、実際はもっと詳細で饒舌に語っていた。
残ったマルスは、他とは違う選択をした。
「僕に戦う勇気なんてものはないから、異生物対策組織で働くのは無理かな。モンスターなんてものが溢れるこの世界で生き抜けるようにって、色々と尽くしてくれたお父さんには申し訳ないけど、やっぱり僕はアレス無しでは戦えない……アレスに頼ってばかりの自分を見たくない。だから……僕は姉さん達と同じ道を選ばない」
「もしマルスに戦う勇気があったとすれば、お前はどうする?」
「もちろん姉さん達と同じ道を進むよ。みんなと一緒にいたいって言う気持ちもあるけど、僕はお父さんとお母さんのことを誇りに思ってる。色んなことを成し遂げた父さんに、龍っていう強い種族ながらも優しいお母さん。そんな二人みたいに強くて優しい人になりたい。だからみんなと異生物対策組織に入ってモンスターを倒して人を助けて強くなりたい」
「それがお前が本当に歩みたい道だな? 良いのか諦めて」
「諦めたくなんかないけど、僕は戦えないから……」
「諦めたくないならまずは、戦う勇気がないとか言って自分を弱者だと決め付けるのをやめるんだ。イメージが重要になってくるスキルや魔法なんてものが存在しているこの世界でそれは危険過ぎる」
「……うん、分かった……でも──」
「──って言われてもそんな簡単に変われたら苦労はしないよな。だから少しずつだ。少しずつで良いから俺の言ったことを噛み締めて、一つ一つ丁寧に意識してこなしていけばいい」
俯いて黙り込んでしまったマルスに、椅子から立ち上がって近付き、秋は優しく言う。
「大丈夫だ。お前は俺とシロカの子供だ。弱いわけがない」
そう言ってボサボサの白髪を撫でてから「さて」と言って伸びをして、秋は去っていった。向かったのは恐らく寝室だろう。
マルスは秋に撫でられた白髪に手を当てながら、何かを考え込むように目を閉じている。
自分とそれほど変わらない容姿なのに、手の大きさや厳つさなども対して変わらないはずなのに、どうしてか自分の頭を撫でた秋の手がやたらと大きく感じられた。




