第10話 異生物対策組織
つい先ほどまで平和そのものだった街の成れの果て。
焼けて焦げて崩れて死んで、と残酷が過ぎる光景から目を逸らしたくなるが、しかしどこを見ても同じような景色が広がっている。そのせいで眼球を抉り出したくなってしまうが、何とか堪えて戦火の中を進む。
黒い煙が濛々と立ち昇り立ち込めて、晴天を妨げる。
建造物などには一切触れず、ただ道を進んでいるだけだと言うのに、いつの間にか頬や長袖の学生服は煤けて黒ずんでいた。紐リボンのセーラー服に、ボタンの付いたカーディガンを羽織っておしゃれに着こなしていたのに、煤けてしまっては可愛らしさなどは皆無で、悲壮感を醸し出すだけでしかない。
「うわもう最悪……」
「ほんとそうね……」
煤けたカーディガンのポケットに片手を突っ込みながら有栖川セーラが呟くと、それを耳にした西蓮寺志乃が同意を返した。
服の汚れずなど帰宅してから洗濯してしまえば済む話なのだろうが、そう言う問題ではなかった。余計な手間がかかるし、何よりも汚れが落ちなかったら思うと顔を顰めずにはいられない。
空は黒煙に覆われているものの、遠くの景色まで見えなくなっているわけではない。だから火の手が上がっている場所を観測することは可能で、それを辿ればモンスターが居る場所に辿り着けるはずだった。……先ほどからはモンスターの死骸が転がっているばかりで不気味だ。
また別の場所で新たに火の手が上がった。さっきと比べると比較的近くなっている。
モンスターパレードの中心地にだんだんとだが近付いてきているのが分かった。
「特異個体か、非番の階級持ちの方か、はたまた強力な異能力を持っているただの一般人か……この際特異個体じゃなかったら何でもいいから、とにかく手っ取り早く片付けてシャワーを浴びたいものね」
西蓮寺志乃が言った直後に眼前のマンションの向こうから爆発音を響かせて火の手が上がった。
ビクッと体を震わせてから西蓮寺志乃と有栖川セーラは顔を見合わせて息を呑む。
数秒の間そうしていた二人がマンションの向こうを目指して走り出したのは同時だった。
■□■□
幾度かの休憩を繰り返しながらも順調にモンスターを討伐する環奈達。
そのおかげか、最初の頃は絶え間なく聞こえた周囲のざわめきはもうそれほど大きくなかった。
もしかしたらあのざわめきは自分の心が状況に作用していただけの幻聴のようなものだったのかも知れない。
ただ単に死ねるだけの生命体が死にきって、騒音の一部が沈黙しただけかも知れない。
……どちらにしても、漠然と感じられる魔物や妖怪特有の、認知されたがっているかのように主張してくる、とても無視できない気配が稀薄になっているのは確かだ。
環奈達は疲弊した体に鞭を打ちながら、もう一頑張りだ、と気合いを入れて一番近いモンスターの気配へと移動する。
そこはそこそこ大きい公園の四方を囲むようにマンションが幾つも建てられた場所だった。人の目が嫌でも多くなるこの公園には、きっと不審者など出没しないことだろう。
大人も子供も安心して遊べる、楽園とも呼べるその公園は、今ではモンスターが人間の死骸を食い漁る地獄と化していた。
「……あ……あの妖怪は昨日の……」
アッシュが見つめるのは地獄の外側、強力なモンスターが人間の奪い合いをしている公園の中心から大きく離れた部分。公園の端に建てられた公衆トイレの側だ。
そこには可哀想になってくるほど痩せ細った人型の妖怪の姿があった。妖怪が食らっているのは女性だったと思われる肉の塊。
アッシュの視線に気が付いたのか、背を向けて一心不乱に肉塊を貪っていた妖怪は振り向き、そしてビクッと体を震わせた。
昨日自分を害した存在が同類を始末するためにここにいて、きっと昨日のようには逃げられまいと、瞬時に理解したのだろう。
痩せた妖怪はせめてもの抵抗と希望にでも縋るように、必死に、倒けつ転びつ逃げ去っていった。
弱いモンスター一体のために多くのモンスターを疎かにするアッシュではないために、アッシュはただその様子を眺め続けていた。
「あっくん、余所見しちゃダメだよ?」
「あぁ……ごめんアルカ姉さん」
アルカに注意されたアッシュは謝ってからモンスターの群れへ目を向ける。……と、環奈が伸びをしながら喋りだした。
「多分ここが最後の溜まり場ね。ここを片付けたら後は細々したモンスターの討伐をしなきゃならないんでしょうけど、大変そうね……小さな気配を探って逐一赴くなんて。……まぁ、まずは目の前のモンスターの群れを片付けましょうか」
環奈はそう言って、巨大スライムに放ったものと同じ魔法をモンスターの群れの中心へと放った。すると爆発音が辺り一帯に鳴り響き、火柱の中でモンスター達が悲鳴を上げ、地面をのたうち回っている。これでだいたいのモンスターは燃え尽きて、後はしぶとく生き残った死に体のモンスターにとどめを刺していくだけだ。
「人間もモンスターも、あの世では仲良くやれよな」
アグナはそう呟いて火柱へと【浄化の炎】を放つ。すると火柱は白い光を帯びる炎となって空へ昇る。モンスターに食い殺された人間と焼け死んだモンスターの怨み辛みと言った不浄を聖なる炎で祓い、安らぎの中で眠っていてくれとアグナは願う。
粗暴な立ち居振舞いをするアグナではあるが、無念を抱いて死んだ死者を弔う手段があるのなら弔うべきだと、当然の道徳ぐらいは持ち合わせている。
けれど、ここには聖女であるソフィアの娘であるクレアがいるため、そこらで死んでいる一つ一つはソフィアに任せて、アグナは一ヶ所に集められた亡骸だけを悼み、弔う。
「アグナって何だかんだ優しいよな」
「うるせぇ黙ってろアレス。オレはモンスターへの牽制としてやってるだけだ。魔物とか妖怪は清浄なものを嫌うからな。浄化はそのついでだついで。勘違いすんなよ」
「はっ、そう言うことにしとくか」
アレスは水晶の盾で、飛びかかってきたモンスターの攻撃を防ぎ、怯んだモンスターを水晶の剣で斬り裂く。それから水晶の剣を投擲して離れた場所で逃げよう背中を向けている一体のモンスターを仕留め、盾で向かってくるモンスターを殴り倒し、倒れ込んだモンスターを蹴り飛ばす。そして水晶の弓を生み出し、それと同時に生み出した矢をつがえて、蹴り飛ばしたモンスターの眉間に放つ。
荒々しくそれでいて的確に、驚異的で脅威的な立ち回りで敵に恐怖を与えながら一体一体堅実に撃破する。
粛々と的確に正確に、寸分の狂いもなく機械のように精密に敵を討つ戦い方をするアッシュとはまるで違う戦い方だ。
「おや? 誰か近付いて来てるじゃあござりんせんか。魔物でも妖怪でもない気配……となれば、やはり異生物対策組織の方々でありんすかねぇ?」
振り返って建物の向こうから近付いてくる二つの気配を目で追いながら美月は予想する。
だんだんと近付いてくる二つの気配を見つめ、予想の答え合わせを待つ美月は格好の獲物だっただろうが、空に放った蝙蝠から情報を得ている美月に死角などなく、接近するモンスターは美月の影に捕らわれて、絞め殺される。接近するモンスターを絞め殺せば、肉片と鮮血が飛び散って美月の制服を汚したが、既に煤けてしまっているのだから今さらだった。
やがて二つの気配が曲がり角から飛び出して、二人の人間となる。
カーディガンと言う差があるものの、その二人の容姿と服装はとても見覚えのあるものだった。
「あらあら、うちの生徒会長さんと体力テストで盛大にやらかした新入生じゃありんせんか」
「……っ!? なっ、その制服はっ……!?」
驚いたとでも言わんばかりに口に手を当てて眉を持ち上げる美月と、モンスターと対峙する者達の服装に驚く有栖川セーラ。言葉にはしないが、西蓮寺志乃も相当に驚いている様子だ。
「……って呆けてる場合じゃないわね、行くわよ志乃!」
「む、偉そうに指図しないでもらえるかしら」
駆け出した有栖川セーラに、ムッとしながらも西蓮寺志乃も駆け出す。
有栖川セーラは体力テストの時のように見栄を張って固有能力を使うような事はせず、片手剣と拳銃を手にして、できるだけ異能力を使わずにモンスターへの攻撃を始める。アレスやアッシュと比べると見劣りする剣筋ながらも、斬って斬って斬って、土魔法で地面から伸ばした土の壁でモンスターの攻撃を防ぎ、壁を解いてから拳銃で撃ち殺す。
西蓮寺志乃は片手剣ではなく刀を手にしてはいるが、もう一方の手に拳銃を持っているのは変わらない。けれど、それは取り敢えず手にしているだけのものに過ぎず、西蓮寺志乃の戦法には全く関係なかった。
制服の内ポケットから幾つかの札を取り出してそれを人差し指と中指で挟み、何かを早口で呟くと、その札からは猿の頭に狸の胴体、虎の手足に蛇の尻尾を生やした奇怪な生き物が現れた。
「行きなさい鵺」
鵺と呼ばれた異形は有栖川セーラや環奈達が集う戦場へと突撃する。モンスターそのものな見た目をしているために何度か誤って討伐されかけるも、持ち前の素早さを駆使して逃げ回りながらモンスターへ攻撃を続ける。
途中何度かアレス達を助けるような立ち回りをしたために、誰かに使役されている妖怪なのだと認知され、今では狙われることはない。
「ねぇ志乃! そろそろ良いかしら!?」
「えぇ、こっちはもう準備できてるわよ」
「よし、えっと……名前知らないけどそこの人達! 今からあたしの仲間がまとめてモンスターを殲滅するから一旦退いてくれないかしら!」
「分かったわ、退くわよみんな!」
有栖川セーラの呼び掛けを耳にした環奈はアグナ達に呼び掛けて一斉にその場から撤退する。
暴風のように叩き付けられていた攻撃の嵐がやんだことに、先ほどまで敵意を込めた咆哮を上げ続けていたモンスター達は何事だと困惑している。人間の言葉が理解できるほどの知能があるモンスターはさっさと逃げ出そうとしているが、美月と、美月の固有能力を【物真似】したアルカによって影に縛られてしまっている。
「いいわよ志乃、やっちゃって!」
「今よ、叩き潰せ、餓者髑髏!」
西蓮寺志乃がそう命じると、西蓮寺志乃の周囲に浮遊していた一枚の札が発光し、その札から巨大な骸骨の腕が一本伸びてきた。その骸骨の腕は僅かに黒ずんでおり、おどろおどろしさを醸し出している。
影を縛られて動けなくなったモンスター達は、もはや叫び声の一つも上げられず、一様に巨大な骸骨の腕が自分に振り下ろされるのを眺めているしかなかった。
ぐちゃりという音が何重にも重なって、身を竦めてしまうほどに気色の悪い音が立つ。黒ずんでいた骸骨の腕は血液で赤く染まり、関節の隙間にモンスターの肉片を挟んでいる。
「うえ、相変わらずえげつないけどグロいわね、餓者髑髏。あれだけいたモンスターがたったの一撃で全滅したわ」
「感心してる場合? パレードが終わったのなら後片付けよ。特異個体もいないみたいだし、さっさと塵共を片付けて報告しましょう」
両手で顔を覆いながらも指の隙間から潰れたモンスターの死骸を見る有栖川セーラに、慣れた様子で西蓮寺志乃が言う。
「それよりも……皆さんありがとうございました。皆さんがいらっしゃらなければモンスターパレードによる被害はさらに拡大していたでしょう。後日、異生物対策組織の方から感謝状を贈らせていただきますので、お名前と年齢、住所などを教えていただきたいのですが……」
「感謝状? いらないわよそんなもの。ただの紙切れと中途半端な功績だけ与えられても、荒野掃除への道が近付くだけで迷惑だもの」
先ほどまでの口調とは一転して、余所行きの口調で環奈に話しかける西蓮寺志乃。生徒会長として生徒の人望を集めている西蓮寺志乃はこの取り繕った姿で、有栖川セーラのように自分と親しい人物と話す場合は先ほどまでの砕けた口調だ。
そんな西蓮寺志乃は「そう言われても感謝状やら表彰状やらを贈らないとこっちの面子が……」とぶつぶつ言いながら考え込む素振りを見せて、何かを思い付いたのか再び環奈に話しかける。
「確認しておきたいのですが、あなたはモンスター討伐そのものが嫌なわけではなく、不用意に目立って荒野掃除に駆り出されてしまうのが嫌だと言うことですか?」
「えぇ。モンスター討伐自体は嫌じゃないけど、毎日毎日危険な場所に自分から向かっていつも同じ場所でいつも同じようにモンスターを討伐するだけの荒野掃除なんてまっぴらごめんね。……それがどうかしたの?」
「でしたら異生物対策組織に入りませんか?」
「異生物対策組織って、荒野掃除の──」
「荒野掃除は我々異生物対策組織に所属する奪還者と呼ばれるユニオンの仕事でして、私のように荒野掃除に赴かず、モンスターパレードのような異生物の脅威に対処するユニオンは迎撃者と呼ばれているんです」
「じゃあ、あたしにインターセプターになってって言うこと?」
「そういうことになりますね。強力な異能力者をできるだけ増やさないようにと躍起になっている今の時代、あなた方のような優秀な人材はどうしても手に入れておきたいんです」
「おいこの生徒会長、今あなた方って……さらっとオレ達も巻き込まなかったか?」
環奈の説得に励む西蓮寺志乃の発言に突っ込むアグナ。
「もちろんここにいらっしゃる皆さんもです。モンスターパレードを生き抜いた一般の異能力者なんてそうそういないんですから。そりゃあ欲しくもなりますよ。……あぁ、もちろん全員に異生物対策組織に入ってくださいと言うわけではないので、そこは皆さんの判断にお任せします。……ちなみに、余程の緊急時以外はプライベートを優先させることもできますけど、お給料はその働き次第で上下しますので、お金に困ったら働いて……とかなり自由に自分の時間を作れます。他の仕事との掛け持ちもできますので、組織に入っておけば取り敢えず無職になることはないですし、損をすることもないですよ」
「……必死ね……志乃……」
「これは……面倒なことになりんしたね……」
「生徒会長さん、この件に関しては一度家に帰ってじっくり考えてはダメですか? 異能力もかなり使って疲れていますし、結論が出次第生徒会室に赴いてきちんと話させてもらいます。どうですか?」
アレス……マルスが西蓮寺志乃にそう持ち掛ける。
特に将来の夢があるわけでもない自分達の将来をここで決めるのだ。この場で結論を出すことは難しいし、何より未成年の自分達がアルバイトなどではなく、ちゃんとした職に就くのだ。父や母との相談無しに決めることはできない。
ちなみに、異能力学校に在学中であれば、緊急時には学生であろうとも自主的に立候補した者であれば戦地へ赴かせても良い、と新しい法律で定められてしまっているので、異生物対策組織のように必然的に危険を冒さねばならなくなってしまうような職であれば、親が同意さえすれば未成年が就職しても問題はない。
……この法律は、学生が自主的に、親が同意すれば、とは付いているものの、それで少しでも危険性を孕んだ異能力者を処理できれば幸いだ、と言った具合に定められたものであるために色々な面に問題を抱えている。
「……それもそうですね、ごめんなさい。そこまで考えが及びませんでした。では、答えはいずれ近い内に生徒会室で、と言うことで……私達は残党を倒しに行かなくてはいけませんので、これで失礼致します」
行きましょうと西蓮寺志乃は有栖川セーラを連れてその場を後にした。
環奈達がいた場所を離れ、小さなモンスターの気配を探ってそれを逐一討伐しながら歩む有栖川セーラは、隣を歩く西蓮寺志乃に話しかける。
体力テストの日、お互いにお互いを窓から突き落とそうとしていた二人だが、それはいつものじゃれあいみたいなものに過ぎず、腐れ縁というか悪友というか、とにかくそんな感じの不可解な仲だった。
「あんたの畏まった姿を見るといつも変な感じがするのよね……にしてもあんたちょっと熱心すぎない? いつもそんなんだっけ?」
「よく考えてみなさいよ。数人居たとは言え、あの数でモンスターパレードを片付けたのよ? 私達の組織ですらそんな真似ができるのは多くないんだから、あそこで勧誘しなかったら目を節穴にされても文句は言えないわ」
「そうかしら?」
「……はぁ……じゃあ、何度も変異を遂げた特異個体と同等の強さ、って言えば分かりやすいかしら。幾つかの波に分かれているモンスターパレードを殆ど鎮静化させるってのは、同族同士の抗争を何度も生き抜いた特異個体と同程度の強さがないと不可能。……まぁ、何度も変異を遂げた特異個体とは同等でないにしても、少なくとも、あの人達は特異個体と程度の強さはあるはずよ」
「ふぅん……あんたと違ってあたしはまだ特異個体ってのと戦ったことないからイマイチ分からないわ」
■□■□
失敗、失敗、失敗、失敗、失敗。
序盤、ヴァルキリー共を撃墜するためだけに[雷光レイゴーン]に全力を使わせたのが不味かった。そのせいでだんだんと強くなっていく桃と黒の髪色をした少女如きにレイゴーンが打ち負かされてしまった。
けれど、脅威になり得る存在を複数観測できたのは僥倖だった。これで我々の勝利へとまた一歩近付いた。
機能が不備を発生させない限り、我々は決してそれらを忘却することはないのだから、今回の失敗を活かして次へ挑めば、甚振るように追い詰めることができる。
我々の勝利はただ一つのみ。どんな手を使ってでも、地球人も異世界人も等しく滅亡させるただそれだけ……いわゆる、見境のない復讐と言うやつだ。
我々は融合と戦争と和解の産物。我々は夢に宛がわれた欲望の残骸。
我々は夢に造られ、欲望に破壊された哀れな意思。
人の手が憎い、人の意思が憎い、人の夢が憎い。
けれど、手も意思も夢も、決して人間が手放せないものだ。
手放さないのなら、我々が削除しなければいけない。
憎みたくないけど憎いからという、極めて利己的な人間らしい思考を使ってそうする。ただ命令されたことだけに取り組む、機械と呼ばれる物の機能のようにそうする。




