8,婚約パーティー
あれから3年が経った。私は16歳。姉は18歳。私は相変わらず、これといった特徴のない人間であった。それとは逆に姉は、美しく気高い女性へと成長した。プラチナブロンドの髪は更に輝き、身体も女性の憧れとなるスタイルになった。姉は医学に精通し、王女である立場を最大限に活かして医学の発展に貢献した。その行いは誰もが称え、『聖女』と称される様になった。
私と姉の事を『月』と『太陽』に喩える吟遊詩人がいるが、とんでもない。『月』はきちんと人々に美しいと愛でられている。存在感がほぼ皆無な私は精々『空気』だろう。
20歳になると、姉は隣国であるバザン国へ嫁ぐ。本来なら16歳から嫁ぐ予定であったが、姉が愚図り、親も手放したくないと愚図った結果がこれである。私は結局は無しにならないかとハラハラしていたりする。
今日は私の婚約を発表するパーティー。私の相手は従兄妹のグラジオラス様だ。王家の血を受け継ぐグラジオラス様が次期国王陛下に指名された。グラジオラス様の歳は私の一つ上だ。
そんなグラジオラス様は輝く金髪に碧瞳の美男子だ。眉がキリッとしているのが特徴である。グラジオラス様はパーティーの為にお化粧を施してもらっている私に特注で作らせた豪華なネックレスを渡してきた。
「存在感が皆無なお前にこれをやろう! これで少しは目立てるだろう! 感謝するが良い!」
この言葉にときめける乙女がいたら是非とも会ってみたいものだ。ネックレスは純金なのかずっしり重かった。
(筋トレには最適ですね)
「ありがとうございます」
「ふふん。気に入っただろう?」
(控えめなパステルカラーのこのドレスに合うかは謎ですね)
今回のパーティーで着けるか迷っていると、「パーティーではそれを必ず付けろよ」と言われた。
(まぁ。良いですよ。私はファッションにこだわりはありませんから)
着替えの部屋に姉も入ってきた。グラジオラス様が「げっ」と眉を顰める。姉はグラジオラス様を見てニッと口を弧に描く。目が輝いていた。
「グラちゃんっ! 何してるの? そのネックレス凄〜い! ギラッギラッで素敵!」
(姉様のおめがねにかなった様ですね。あげても良いのですが、グラジオラス様が怒りそうですね)
「誰がグラちゃんだっ! 今日のパーティーに何でお前が来るんだ! 呼んでないぞ! ……ネックレスを褒める気持ちは分かるが」
「サツキの姉でグラちゃんの従姉弟の私が出席しない訳ないわよね〜? あっサツキ。イベリスもさっきこっちに着いたから、パーティー出席出来そうよ〜」
「えっ!? イベリス様もいるのですかっ!?」
(それなら、このネックレスは着けたくありませんね……)
「グラちゃん。このネックレス頂戴!」
「やらん! 貴様にそれを着けたらただでさえ鬱陶しいのにギラッギラッで更に鬱陶しいだけだろ! 俺より目立つんじゃねぇ!」
「それは無理かなぁ」
(姉様がグラジオラス様をからかって遊んでますね。……グラジオラス様がお気の毒に見えてきました)
パーティーの開催を大勢の人達の前でグラジオラス様が宣言した。
「皆様どうぞごゆるりとお楽しみ下さい」
グラジオラス様が進んで何もかもしてくれるので、ただ隣で立っているだけで楽だった。
(容姿の整ったグラジオラス様は人目を引きますし、私はあまり見られて無いのが、また良いですね)
挨拶周りも率先してやってくれるので、私は隣で微笑んでいれば済んだ。
(しかし、貴族の方々に「お似合いですね」と言われるのが少し納得いきませんね)
グラジオラス様は時折ある一点を睨んでいる。その先を見ると……
「アセビ様っ! 素敵ですっ! お美しいっ!」
「イベリス様とアセビ様の並ぶお姿は一流の画家が描いた絵画の様です」
「イベリス様っ! あっあの! ファンです! 握手して下さいっ!」
姉とイベリス様が貴族達に囲まれていた。
(……目立ってますね。グラジオラス様より)
グラジオラス様の米神に青筋が立った。私の手を引っ張って姉とイベリス様の元へと向かう。辿り着いた頃には人の良い笑みを浮かべていた。
「イベリス様。ご機嫌麗しゅう存じます。自国では軍神と称される程の戦上手だとか……」
イベリス様はグラジオラス様に紳士スマイルで対応した。
「これはグラジオラス様。此度はご婚約おめでとうございます。お相手がとても素敵な女性で羨ましい限りです。是非、交換して欲しいぐらいです。後、軍神とは周りが誇張して付けただけでして、私は至って普通に戦ったまでです」
「グラちゃんっ! サツキが素敵なのは重々承知だけど、私も素敵な女性だよねっ!」
「「お前は少し黙っていろっ!」」
「サツキっ! サツキは姉ちゃんの味方だよねっ!?」
姉が涙ぐんで私に抱き付いて来たので、よしよしと撫でてあげた。
(美人な姉様に靡かないとはこの2人は特殊なのですね)
イベリス様とグラジオラス様はお互いを褒め合っているのに、何故か険悪モードだ。
(イベリス様は益々カッコよくなられました。グラジオラス様はそれが気に食わないのでしょう。自分より美形な人が嫌いですから。でも、イベリス様が不機嫌な理由は分かりません)
イベリス様が私に話しかけてきた。
「サツキ。婚約おめでとう」
無理して笑っていた。私の胸がズキっと痛む。
(そんな風に笑わないで下さい。私が悪いみたいじゃないですか。好きで婚約してません)
「……ありがとうございます」
下を向いて表情に出さない様に無表情に伝えた。
「そのネックレス。サツキっぽくないな」
「あっ。これはグラジオラス様に頂いた物です」
「……そうか」
「…………」
(気不味いです。姉様助けて下さい)
姉に視線で訴えると姉はグッと親指を立てた。任せて! らしい。
「グラちゃんのセンスは素敵よね! 私に頂戴って言っても、『お前が付けると益々美しくなるだろう』って言って譲ってくれなかったのよっ!」
姉が照れてグラジオラス様の肩をバンバン叩く。
「言ってないっ! 断じて言ってないっ!」
(言い方が違うだけで、似た様な意味でしたよ。やはりグラジオラス様は美人な姉様が好きという事ですね。普通の好みで安心しました)
イベリス様がグラジオラス様を尊敬する目で見ている。
「グラジオラス様は凄い方だ。こんな猿を美しいと言えるとは尊敬に値します」
グラジオラス様は心底嫌そうな顔をする。
「言ってないと言っているだろう!」
姉は「もう照れちゃって可愛いっ!」と照れている。
いつの間にか険悪な雰囲気は無くなっていた。
(流石、姉様です)