3,社交界デビュー
あれから7年が経った。私は今夜社交界デビューを果たす。姉はまだ社交界に出ていない。もう15歳なのだからデビューしててもおかしくない歳だ。両親がアセビを可愛がり過ぎて、性格が相変わらず自由気ままだったりする。社交界でやっていけるのか心配だそうで、アセビを両親は出したくないらしい。
(社交界といえば腹に一物抱えた魑魅魍魎の集まりです。しかし、姉様なら必ず乗り越えられます)
そう両親にも伝えたが、先ずは私が行って大丈夫か判断しろと言われた。いざ本番となると緊張する。何せ教育係からの教えと、書物からの知識でしか知らない。人付き合いに慣れていない私が上手く立ち回れる筈がない。
(誰とも仲良くしたくありません。私は地味でありたいのです。願わくば誰も私を認識できません様に)
社交界デビューは先ず、同じデビュー同士がペアになり踊る。それには先ず自己紹介をしなければならない。
「私はサツキ・ケスマンです。社交界は不慣れですがよろしくお願いします」
私が自己紹介をすると、明らかに空気が変わった。
こそこそ「目立たない方の王女殿下だわ」
こそこそ「ダンスが下手だったら爵位を剥奪されるんじゃ」
こそこそ「次期国王にふさわしいか見定められたりして」
こそこそ「仲良くした方が賢明だな」
(全部聴こえてますよ?)
心ない言葉の数々に早くも精神的に疲れてきた。
「私はあなた方と仲良くするつもりはありません。ですので、お気遣いは結構です」
気が付けば本音を言ってしまった。辺りはシンと静まった。
(……すいません姉様。私の意見は多分、役に立ちそうにありません)
私はダンスが苦手だが、何とかペアの足を踏まずに済んだ。あらかたデビュー組と踊ったら、さっさと壁側に退散した。すると、貴族の話す噂が良く耳に入る。
「救世主の元に王女様が良く出入りするらしいが、身篭ったんじゃないかと俺は予想した」と貴族の若い男。
(は? 姉様は医学を学びに通っているのですが?)
「何それ。詳しく教えて」と貴族の若い女。
「だって、まだ社交界デビューしないんだぜ? それには理由があるに決まってる」
「なるほど。一理ある。アセビ様を見かけると年々美貌に輝きが増してるのよ。あれは恋しているに違いない」
「婚約者の方だったり?」
「それは無い。婚約者との約束をアセビ様はすっぽかすらしい」
(……それは、あながち間違えてません)
未だに、姉はイベリス様との約束を良く忘れている。医学がよっぽど楽しいらしい。その度にイベリス様に申し訳ないと思う。
(それにしても……よく身内である私の側で、その話が出来ますね)
また別の貴族達が私の側でひそひそと話す。
「本気なのか?」
「ああ。親父は本気みたいだ。スカビオサの権力は増す一方だ。それを支えるアセビ様を消せば、自分が返り咲けると思い込んでいる」
(姉様を消す!?)
「正気じゃ無いな」
「1ヶ月後に暗殺者を送るらしい。俺はもう此処にはいられない。他国に逃げる。だから、今日でお別れだ」
「そっか。元気でな」
「ああ」
去っていく貴族の若い男を捕まえて、問いただしたかった。しかし、足が震えて歩けない。
(怖い。怖いです。姉様が殺されてしまいます。イベリス様っどうしましょう!?)
イベリス様ならきっと何とかしてくれる。私はゆっくりとその場から離れた。