23,侵入者。
するとーー
ずさぁああああ
天井から埃と木の破片と共に何か落ちて来た。兄上と俺は動きが止まった。
全身黒づくめの格好をした少女がいた。
「イベリス様っ!? ご無事ですかぁ!?」
埃にまみれ汚かったが俺を案じる目を見て直ぐに誰か分かった。
「サツキっ!? こっちに来るなっ!」
兄上が顎に手を当ててサツキを観察していた。
「……アセビの妹? 何故ここに? ちょうど良い」
づかづかとサツキに近づき腕を掴み首に手を回した。
(サツキが人質にっ!?)
助けようと気が焦る。サツキはどうやら兄上の顔を知らない様で「……どちら様でしょう?」と戸惑っている。
兄上は俺に見せつける様に剣をサツキの喉元に近づける。
「さあ。どうする? 私を殺して彼女を生かすか? 彼女を見殺しにして私を生かすか?」
「兄上は殺しは出来ないだろう」
ユニティ神の教えに従わなければエリカさんの待つ天界には行けない。兄上が殺しはしないと言った。
頭では理解していたが、感情が「直ぐに兄上を殺せっ!」と叫ぶ。得体の知れないものが大切な宝物を奪っていく様な恐怖が理性を妨げた。
兄上はそんな俺の様子に気が付いたのか、仄暗い笑みを浮かべる。
「……なるほど。イベリスにとって彼女はよほど大切な存在なのだな」
(くっどうすれば良いっ!?)
余裕のない俺は気付かなかったが、サツキは照れて「大切だなんて……その……嬉しいです」ともじもじしていたらしい。
「ならば……大切な者を亡くす苦しみを味わってもらうか」
「やめろっ!」
兄上が剣をサツキへと振り上げ落とそうとする。止めようとサツキへと駆け寄るが……
「えいっ!」
カキィィィン
カラカラ
「何っ!?」
ひょーい
ずどーんっ
信じられない光景に俺の足が止まった。
解説すると、サツキがナイフで兄上の剣を弾き飛ばし、兄上の腕を掴み背負い投げをお見舞いした。兄上は床に転がって目を回している。
サツキはぱんぱんと手を払い「弱いですね。鍛えた方が良いですよ」と余裕綽綽だ。
(いや確かに俺が鍛えた気がするが……強すぎないか?)
俺が居なくてもどうやら自主トレを怠らなかった様だ。サツキは努力型の人間かもしれない。
呆気にとられていると「大丈夫ですか?」と恐る恐る近づいて来た。
(兄上を一瞬でKOしといて何を怖がっているんだ?)
「ああ。サツキこそ大丈夫か? 天井から落ちて来ただろう」
「それぐらいならへっちゃらです!」
二階建てはありそうな天井から落ちたのにへっちゃらだそうだ。暗殺者の様な軽やかな身のこなしにめまいを覚えた。
(……俺が悪いのか? サツキが間違った方向に成長している気がしてならん)
「バザンの城が襲われていると聞き急いで来たのですが……この方が首謀者ですか?」
「ああ。首謀者の俺の兄上のローダンセ・バザンだ」
「えっ!? イベリス様のお兄様でしたっ!? ご、ごめんなさい……」
サツキは床に転がる兄上に謝る。兄上はぼんやりとしていたが意識はあった様でサツキを眺めていた。
「……エリカか?」
「いえ、私はサツキです」
「……似てるな。何というか庶民臭いところが」
「イベリス様。お兄様を殴って良いですか?」
「やめた方が良い。余計に頭がイカレるだろう」
「そうですか。ではっ早く脱出しましょう! 火がここまで回って来そうです!」
玉座の間へと廊下から煙が入って来た。
「サツキに兄上を任せて良いか? 俺は父上とロベリアを捜す」
兄上がサツキに害をなすか心配だったが、今の様子から見て大丈夫そうだ。憑物が落ちたみたいだ。
(背中を打ち付けた衝撃か……それともサツキがエリカさんに何処となく似ているからか……それよりも早く脱出しないと焼け死ぬ)
父上とロベリアは城で監禁されている筈だ。生きていればだが。
「ロベリアさんは黒髪の軽薄そうな人ですか?」
「ああ」
「それなら殺されそうだったので助けましたよ。城の外にいる筈です」
「助けた? サツキは何もされなかったか?」
「えっ!? 何って何がですかっ!?」
サツキは顔を真っ赤にして狼狽えている。
(しまったっ!? そっちは大丈夫じゃなかったのかっ!?)
怪我を負わせるとかそういう類の心配をしていたのだが、ロベリアは女癖が悪い。セクハラをされたのかもしれない。
「何をされたっ!?」
「えっとえっとですねっ。首筋にやられましたっ!」
右往左往するサツキの首筋を見ると……赤い跡が付いていた。
(あの野朗殺す)
ここまで殺意が芽生えたのは初めてかもしれない。
「そんな事より王様も外にいましたので大丈夫ですっ! 早く逃げましょうっ!」
全く良くないが今は仕方ない、兄上を背負うべく近づくと--
「イベリス様っ!? 危ないっ!?」
ズガガガガガッ
一瞬何が起きたか分からなかった。大きな音と共に柱が迫って来た。背中を押されて身体が宙を舞う。床に辛うじて受け身で転がった。さっきまでいた場所を確認すると最愛の人が柱の下敷きになっていた。
「サツキっ!?」
駆け寄ると脚を柱に挟まれていた。サツキは痛みのあまりに顔を顰めている。
「……痛いです」
「待っていろっ! 今助けるっ!」
「……ちょっと待って下さい。姉様からクラッシュがどうとか」
「クラッシュ症候群な! 直ぐに柱を上げるから大丈夫だ!」
クラッシュ症候群とは重い物に腕や腰、腿を長時間挟まれ、重い物が持ち上げられ助かっても、あとで心臓を悪くする症状だ。死亡率が高かったりする。
柱を持ち上げ様としたが、重くてなかなか持ち上がら無い。
(くそっ!?)
「……手伝おう」
兄上が柱を持ち上げるのを補佐した。驚いたが今は有り難かった。兄上はこうした方が持ち上がり易いだの知恵を貸して来た。
「「せーのっ!」」
……声を出すと力が出やすいそうだ。
ダンッ
柱からサツキは解放されたが脚が痛くて動かせないそうだ。俺がおぶると「すいません」と謝ってきた。
出口へと向かうが、途中兄上が付いて来ない事に気付いた。辺りには火の粉が舞っている。
(そうか……エリカさんに会いたいんだったな)
俺は兄上を止めなかった。だが、見覚えのある女性が廊下を走って俺の横を通り過ぎた。
(エリカさん? まさか……)
「ローダンセっ! 何してるっ!?」
エリカさんと思わしき人物は兄上の頬を引っ叩いた。
殴られたからなのか、エリカさんがいるからなのか呆然とする兄上。
「早く逃げるっ!」
エリカさんは兄上の手を引っ張って出口へと向かった。俺も後に続いた。




