20,アセビと兄上がくっつけば良いんだよ。(イベリス視点。7の後のお話)
アセビに暗殺者が仕向けられたがサツキの活躍もありアセビは助かった。
暗殺者の死体が脳裏から離れなかった。
(兄上の友人を思い出すな。あの時は母上が手を下した。あの優しい母上が手を下すとは今でも信じられないが……)
豆が出来た手が血塗れに見えた。
骨を断つ感触。血の匂い。人の叫び声。
自分が殺した村人の姿がよぎる。
(……俺が言えた義理はないな)
手を強く握り、込み上げる感情を抑えた。
「ねぇ。もっと景気の良い顔出来ない?」
正面から女の声が聞こえた。無感動に見やるとプラチナブロンドの長い髪を編み込みにして纏めた自分と同じ15歳の少女がいた。旅行用のシンプルなワンピース姿だ。不機嫌そうに眉を吊り上げる。
アセビだった。今俺は馬車でケスマン国から自国へと帰るところだ。何故アセビもその馬車に乗っているかというと『将来はそっちで暮らすからね〜。敵情視察しないとね〜』らしい。
(敵情視察……確かに敵はいるな。この猿でも慎重に動くんだな)
少し見直したが旅に同行されるのは気分が悪い。苛立ちのままに「これが俺の通常の顔だ。嫌なら婚約を破棄しろ」と睨んでやった。
アセビがわざとらしく溜息を吐く。
「してやりたいけど、あんたが信用できないんだよ」
(信用? ああ。俺にはサツキは渡せんって事か)
「俺が信用ならんのは、俺がお前を信用してないからだ」
(俺の所為にするな)
「あんたさぁ。なんかさぁ。……やっぱり何でもない」
アセビは言い掛けて辞めた。
「最後まで言え」
「はぁ……私とあんた何処となく似てる」
「やっぱり言わなくて良い」
(似てないからな。絶対に似てないからな)
アセビも嫌そうな顔だ。
「……同族嫌悪ってやつだね」
「…………」
「私さ。暗殺されそうになったじゃん。それで黒幕を炙り出して処刑しようと思ったの。そしたら、サツキが「殺してはダメです」って言って来たの。「何で?」て聞いたら、「生きて罪を償わないとダメです」て言われたの。サツキかっけーってなったの」
「格好良いな」
「私だったら悪い奴はずっと悪い奴って考えるけど、サツキは違うみたい。更生するって信じるらしい」
(更生……楽観的だな)
「無理だろう。他人に期待などするべきじゃない」
(いつかは仲良くなれると思ったがロベリアとはもう決裂した。尊敬していたローダンセ兄上でさえ今はもう敵だ)
兄上は友を失ってから、身分差を無くそうと暗躍している。婚約者のローズが行方不明なのも兄上の仕業だと予想している。兄上は狂ってしまった。
(王族や貴族を兄上は嫌っている。ロベリアは良い様に利用されている。兄上に嫌われているとも知らないで愚かだ。俺たちがサツキとアセビの様に仲の良い関係になるのは不可能だ)
バザン国の王都へと無事帰還できた。アセビが父に挨拶すると言うので城を案内していた。
城の廊下を歩いていると女性の悲鳴が響く。しかも複数。
(多分、兄上が女性に捕まっているな)
アセビは「何事っ!?」と辺りを警戒する。声のする方へとアセビが走っていく。ゆっくり追いかけると、金髪に緑の瞳の貴公子がメイド達に囲まれていた。オーラがキラキラして眩しい。しかも、憂いを帯びた表情で笑う姿には色気が漂っていた。メイド達の目がハートになっている。
「ローダンセ様っ! 素敵っ! 格好良いっ! 愛人にして下さいっ!」
メイドの思い切った告白に思わず噴き出しそうになった。アセビは「え? 何これ? アイドルの握手会?」と唖然としている。
ローダンセは困った表情だ。
(メイドときて愛人とくると嫌でもエリカの事を思い出すだろう。あの表情は堪えているのか?)
怒るのかと思ったが優しくメイドを嗜めていた。
「残念だけど私には心に決めた人がいる。君の気持ちには答えられない」
メイド達は「婚約者様の事を忘れられないのですね」とか「一途な所が素敵」と5年前から行方不明のローズの事を想っていると考えている様だ。
「おや? そこの美しい方はもしやアセビ様ですか?」
ローダンセはアセビへと歩み寄る。アセビは戸惑いながら「あっどうも」と王女としては失格な挨拶をする。
ローダンセはアセビに微笑むと俺に視線を向ける。
「アセビ様は平民の方々から支持が高いと聞く。その様な素晴らしい方が婚約者で羨ましいよ」
「そうですか。ならば譲りましょう」
俺が兄上に「どうぞどうぞ」と言ったのだが兄上は冗談と思ったらしい。くすりと笑った。
「興味のないフリかい? こんな素晴らしい姫君を譲るなど本音では嫌だろう」
兄上はアセビにぐっと近づき壁際に追い込んだ。いわゆる壁ドンをしおった。アセビの口の端がピクピクしている。
(ザマァみろ)
アセビの嫌がる姿に日頃の恨みがスカッと浄化された気分だった。アセビの目が「見てないで助けろっ!」と訴えてくる。
背後ではメイド達の悲鳴が上がる。
(これは……俺への嫌がらせのつもりだな。全然効かないが)
アセビは抵抗しようと胸板を押すが、非力の為びくとも動かないらしい。兄上もそこまで力がある方では無いが、男女の差というものだな。ずっと見ていたが、兄上がアセビに顔を近付ける辺りで、これを止めなかったらアセビがサツキにチクって俺が嫌われるなと思い兄上を渋々止める事にした。
「兄上。お戯れはよして下さい」
兄上からアセビを引き剥がした。背後のアセビから「止めるの遅いっ!」というオーラを感知した。
(アセビは兄上の色気にやられなかったか……残念だ)
自分に靡かないアセビに落胆したのか、兄上は忌々しげに俺を睨む。
(俺の所為じゃない。アセビが特殊なだけだ)
「君が羨ましいよ。私がアセビ様の婚約者であったのならば、あの様な悲劇は起こらなかった。いっそ憎たらしいね」
そして俺の耳元に囁く。
「村人じゃなく君が死ねば良かった」
「っっ!?」
自分が殺した村人を思い出すと胸が抉れる気分だ。
(俺が死ぬべきだったか……)
「ああ。それと君が捕まえてくれた領主? どうやら獄中で殺害された様だ。喜ばしいと思わないか? 君は殺したがっていたね? その領主は随分と君に怯えていたよ」
歪に笑う兄上に恐怖を覚えた。
(兄上が殺したんだっ)
確証は無かったが勘がそう告げた。兄上は去り際に言い残した。
「君は村人では無く領主を殺すべきだった」
兄上は正しい事を言っている。俺を正しく否定する。身体が震えてきた。
(兄上が敵に情報を漏らす様にロベリアに指示したとすると俺にわざと村人を殺させたのか? 俺が躊躇えば殺せて、生きていても精神的に追い詰めれる。どれだけ俺を憎んでるんだ)
落ち込んでるとアセビが「うっわ。あの正義ヅラ嫌いだわっ。気持ち悪っ」と震えていた。
「……アセビ。話の内容理解してないだろ?」
「うーん。こうっ野性の勘が危険だと告げるのよ。奴は信用ならんってね!」
「……俺も信用ならんのだろ?」
「あんたとは種類が違うのよ」
「あっそ」
アセビと喋っていると落ち込む自分がアホらしくなって来たのであった。




