18,第一王子の切ない恋物語⑤ (エリカ視点)
私は貧しい身の上だ。父は大商家の元で使用人として働いている。母も短い時間だが父を手伝っている。家の事ぐらいしか手伝えないけど、母の負担を失くそうと自ら手伝っていた。
家の前の枯れ葉をほうきではいていると、同い年に見える7歳ぐらいの美しい少年が話しかけてきた。金髪にエメラルドの様な緑の瞳。ウインド越しに見た宝石店のネックレスの宝石を思い出した。格好も上品なものだった。
(……まるで王子様みたい)
私は夢を見ている気分だった。
年相応の無邪気な顔で「掃除が好きなの?」と問われて現実に戻った。
(……馬鹿にしているの?)
王子様の様な少年は掃除をした事が無いのだろう。所詮貧しい自分は見下されていると思った。
「……好きな訳ないじゃない」
思わず少年を睨んでいた。
そっぽを向いても少年はめげずに質問してくる。適当に答えていると「私がお金を持ってくるから一緒に買い物に行こうっ! 明日またこの時間に来るからここで待っていてくれっ!」と言って去っていった。
(……買い物? 私と?)
少年と買い物が出来ると思い楽しみになった。それに何か買ってくれるのか期待した。
翌日。待ち合わせの時刻に外へ出た。少年が来たのを見て思わず笑いかけたけど、素直に喜びたくなくてついつい「……遅い」と可愛くない事を言ってしまった。
(……私は何か買って欲しいから来ただけで、楽しみってわけじゃない)
心の中で言い訳をしていた。
少年は冷たい事を言われても全くめげなかった。
「またしてすまない。さあ約束通り買い物に行こうっ! 好きなものを言うと良いっ! その代わりに私に買い方を教えて欲しい」
無愛想な自分には友達がいなかった。だから、この少年が不思議で仕方なかった。仲良く出来そうだと期待してしまう。
「……変な奴」
私と仲良く出来る人は変に違いない。今までの経験から素直に喜ぶのに抵抗があった。
仕立て屋で少年はどうやら服を私に贈ってくれる様だ。新品の服は値段が高い。私はずっと近所の人や親戚のお下がりだった。だから、そんな高価な物を貰えないと断ったけど
「いいや。贈る。君は私の初めてのお友達だ。これぐらいさせて欲しい」
と押し切られてしまった。正直に言うと友達と言われて凄く嬉しかった。
名前はローダンセだそうだ。第一王子と同じ名前だなと思った。王子様にあやかろうと同じ名前を付ける親が多いのでこの少年もそれだと思った。
私の名前が可愛いと言われて、名前がなのに自分の事を可愛いと言われた様でドキドキした。
服を選ぶ時に家の手伝いも出来る格好が良いと思いエプロンドレスにして貰った。私の名前のエリカという花の刺繍が施してあるのを女店主は持ってくる。
「うんうん。可愛いね。お坊ちゃんも喜ぶよ」
グッと親指を立てる女店主の言葉に照れた。
(……ローダンセが喜ぶ。良いかもしれない)
私はその刺繍が施してある服を選んだ。
着替えを終えて店の入り口に戻るがローダンセの姿が無かった。
(……騙された? 友達って言ったのは嘘?)
気分が沈んだ。
女店主が「おやあ? いないね。大丈夫。あのぐらいの男の子は好奇心旺盛ですぐどっか行っちまうんだ」とニッと笑う。
(……そうなの?)
少し疑ったが、女店主が大声で呼ぶとローダンセは慌てて戻って来た。
(……良かった)
安心したけどそれを素直に伝えたくなくて
「……置いて行くなんて酷い」と怒ってみた。
「可愛いっ!!」
(えっ? 私の事?)
嬉しくて顔が熱くなった。
ローダンセはアパートまで送ってくれた。ずっと顔が熱くて、どうしようと思っていると、ローダンセのおでこが私のおでこに当てられた。近すぎて顔がよく見えなかったけど、ローダンセの肌が触れていると思うと限界がきた。ドキドキで死にそうだ。
(……涙まで出て来た)
これ以上は身が持たない。私はローダンセからふらつきながら離れていった。
あれから色々あって8年経った。ローダンセは仕事が忙しくて私とずっと逢えていない。城にメイドとして勤めて2年が経つ。初めの頃はメイド長や先輩が私がローダンセの友達という事で優しかった。しかし、私が最近ずっとローダンセに会えていない事を知ると、仕事量を増やしてこき使う様になった。
別に仕事量が多いのは構わないが、態度が厳しいのは辛かった。しかも、ローダンセの婚約者にくっ付いてる使用人達が私へ嫌がらせをしに来た。ローダンセの友人である私が愛人にならないかと疑っているそうだ。
(……当然の疑いね。……もし……もしも私達に身分差が無かったら)
詮無いことをずっと考えている。両親は8年前の様に私に冷たくなった。私の人生はローダンセを中心に回っている。ローダンセの態度で私の周りも変わる。
(……依存かな。……離れないと危険)
このままでは身の破滅が待っている。私は決心した。
ローダンセの執務室へと向かった。すると、扉が開いていた。
(っ!?)
ローダンセとローズが抱き合っていた。
(ダメっ! これ以上は危険っ!)
その先のことを見ては正気ではいられなかった。廊下をひたすら走った。ひたすら逃げた。
(私の居場所なんて何処にもないっ!)
城の庭の片隅で泣いた。何もかもがどうでも良くなった。草が揺れる音がした。
(……誰か来た? ローダンセ?)
少し期待して振り向くと、王妃様が垂れ気味の瞳で私を優しく見つめていた。ローダンセ様と同じ瞳の色に気持ちが緩んだ。
「辛い? 悲しい? 逃げたい?」
私の心を見透かす様に王妃様は言葉を紡ぐ。
私は「……全部です」と吐き出す様に呟いた。
王妃様は「そう」と目を閉じて思案していた。
次に目を開けた時その目には力強いものが宿っていた。
「ならば逃げなさい」
王妃様の差し出す手を私は自然と握った。




