14,第一王子の切ない恋物語②
翌日。朝から外が薄暗かった。空は雲に覆われ、今にも雨が降りそうだった。私はそれを見て憂鬱になった。
(雨が降っても会ってくれるだろうか? 濡れるから嫌だと来なかったりして)
空は不思議だ。雨が降りそうなだけで気分を悪くする。
(また待たせては申し訳ない。早めに行こう)
約束の時刻より半刻(1時間)ほど早くアパートの前に向かった。ちょうど雨が降り出してきた。傘をさして濡れた石畳を進むと、子供サイズの皮の靴が見えた。視線を上にずらすとエリカがびしょ濡れで立っていた。
「どうしたっ!? びしょ濡れじゃないかっ!?」
私は上着を脱いでエリカの頭の上から被せた。沈んだ表情だった。濡れた紙袋を抱えていた。エリカはその紙袋を私に渡してきた。
「……これ昨日の服。返す」
(えっ!? 要らないのかっ!? 昨日は喜んでいたのにっ!?)
訳が分からなくて混乱した。
「それはあげた物だ。返されても困る」
「……私も困る」
「どういう事だ?」
「……両親に盗んだ物だろうと殴られた」
「え!?」
エリカの顔をよくよく見ると青痣が出来ていた。
(私の所為で殴られたんだっ!?)
「すまないっ! どう詫びれば良いのか……」
エリカは暗い表情で首を横に振る。
「……良いの。これ返さなくて良いのなら貰っても良い?」
「ああっ! 何処に行くんだ?」
エリカは私の前から去ろうとする。家でもなく、市場の方へと。彼女はぴたっと止まった。後ろを向いていて表情が分からなかった。
「……身売りしてくる。うちには帰れない。もう会えない。さようなら」
また再び歩き出したから私は慌てて手を掴んで止めた。
「待て! 身売り? 何だそれは? エリカにとって良い事なのか?」
「……全然良くない。でも、それ以外に生きていく術を知らない」
(全然良くないっだと? 生きていけない?)
「ならばっ! 私の所にこれば良い! これは私の責任だっ! どうか私に任せてくれ!」
「……え?」
エリカの瞳に僅かに光が宿った。安心させる様に私はエリカを抱きしめた。エリカの身体は冷え切っていた。長時間、外にいたのかもしれない。
「任せてくれ。守ってみせる」
「……うん」
(服をあげただけで、こんな仕打ちを受けるのかっ)
私は正直、世間が怖くなった。
私がエリカを連れて城に戻ると城中が騒然となった。使用人達がエリカを見て値踏みをし始めたのだ。
ひそひそ「ご友人? 恋人?」
ひそひそ「格好がぼろぼろじゃないか」
騒ぎを聞きつけ執事の爺やが私の元へと慌ててやって来た。私は爺やを見てほっとした。
(爺やならきっと何とかしてくれる)
まだ7歳だった私には身に余る問題だった。
爺やはエリカを見て安心させる様にしわくちゃの顔で笑った。爺やは目が細いので、笑うと目が無くなる。優しいその笑顔が私は好きだった。エリカも混乱していたが、爺やを見て落ち着いた様だ。
「ようこそおいで下さいました。ローダンセ様のご友人とお見受けします。ささ客室に案内します」
私達は爺やについて行った。客室には泊まれる様にリビングと寝室と浴槽室がある。リビングに着くと執事が「少々お待ち下さい」と部屋の外に出る。何をするのか気になって爺やを観察していると、使用人達に指示や説明をしていた。
「あの方はローダンセ様のご友人です。丁重に扱う様に。あと、メイドは湯あみの支度を2人分しなさい」
「「「はい」」」
エリカの正体が分からなかった使用人達は爺やの説明で少し落ち着いた。爺やがこちらに戻って来て様子を見ていた私達を見て「おやおや」と目を細めた。
私は少し不安だった。
「あの使用人達に口止めしなくて良いのか? エリカの事を言い触らすのでは?」
爺やは「殿下は賢くなられましたね」とふむふむと満足そうだ。
「人は駄目だと力づくで抑えると反発したくなるものです。ですので、正しく説明をして、彼らにどうするべきか考えさせる事が重要かとこの老いぼれは思っております。殿下も学んでどう対処するのか、独自で考えてみて下さい」
しわくちゃの顔で言われると何故か説得力がある。大好きな爺やの言葉を私は胸に刻む事にした。
爺やは私達にバスタオルを頭から被せた。全身が濡れていたので、良く乾いたバスタオルに包まれると安心する。エリカは思い切った様に私に問い掛ける。
「貴方は王子様なのですか?」
「あっごめん。言ってなかったね。私はローダンセ・バザン。バザン国の第一王子です。以後お見知り置きを」
教育係の教えに則った礼儀正しい挨拶をしてみたが、バスタオルで様にならなかった。
爺やが冷や汗をかいている。
「殿下。身分を隠していたのですか?」
「いや、言うタイミングを逃しただけだ」
(隠していたとは人聞きの悪い)
エリカはバスタオルで顔を覆って何やらぶつぶつ言ってる。正直言って怖い。爺やがそれを見て「お可哀想に……衝撃のあまりに塞ぎ込んでしまいました。殿下……どうするのですか?」と私を責める様に見る。
爺やが考えてくれ。私はまだ子供だ。 と言いたかったが、確かに私の責任だ。
(考えないとな)
「この子は私が服を贈ったから両親にそれを盗んだ物だと疑われて家から追い出された様だ。爺や。私は世間にどうやら疎い様だ。この子の両親の気持ちがさっぱり分からん」
爺やは顎に手を当てて考えた。
「なるほど、その方のご両親の気持ちが分からないと……ご両親にはお会いになりましたか?」
「いや。会ってない」
「それなら分からないのは当然です。会ってもいない人間の気持ちなど、誰も分かりません。その両親を世間の括りに入れて決めつけると視野が狭くなりますよ」
「会うべきか?」
「殿下が考えて下さい。爺やは申し上げました。正しく説明をして、彼らにどうするべきか考えさせる事が重要と」
(爺や……それはもう答えを教えている様なものだぞ?)
「ありがとう爺や。助かった」




