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11,侵入

 


 材料を買い占めている貴族の医師は、かつて姉に暗殺者を放った者であった。その者は一度、私が情報を集めてそれを証拠に姉が裁判にかけて牢獄に入れたのだが、どうやら脱走したらしい。流行病の影響で警備が緩んでいた隙を突かれたそうだ。


 件の材料とは毒草で闇取引されているものだ。闇組織との繋がりが強かったその貴族の医師は、これ幸いと毒草を買い占めているそうだ。


(全く反省してませんね。……信じられません。きっと、分かり合えない人種なのですね)


 ならば仕方ないと私はナイフが潜む袖を摩った。私の侵入スタイルは黒い長袖に同色の長ズボンだ。長い茶色の髪はポニーテールに纏める。マスクの着用は勿論した。


 例の医師が潜む屋敷へと私は静かに向かった。塀に囲まれており、門が1つある。門には警備の者がいた。門から離れた塀に勢いよく飛びつきよじ登る。ロープの付いた鉤爪を取り出して屋根に引っかけ壁を伝い二階の窓のガラスを慎重に音をなるべく小さくする様に割った。鍵を開けて無事に室内へと侵入する。見たところ使われていない部屋だった。天井の板を外し、屋根裏を匍匐(ほふく)前進で進む。


「がっはっはっはっ! 何が聖女様だっ! 薬の材料さえ無ければ、唯の役立たずだろっ! これを使って、俺の罪が帳消しになる様に取り引きだっ!」


 それは例の医師の声であった。


(……ターゲットを見つけました。裁きの鉄槌を下します)


 天井を壊し廊下へと着地する。埃と天井の残骸で廊下は大惨事だ。白衣を着た50代頃の医師が埃で咳き込んでいた。


「ごほっごほっ! 何だっ!?」


 袖に隠したナイフを手に持ち替え、医師へと飛びかかる。医師は白髪混じりの薄い頭だった。ふくよかな身体を仰け反らせる。


「ひぇえええっ!?」


 医師の首にナイフを当てた。


「喋らないで下さい。殺してしまいます」


「っ!?」


「薬の材料の元へ案内してください」


「わっ分かったっ! 案内するっ! だから助けてくれっ!」


「……案内したら、考えない事もありません」


 医師は怯えながら私を倉庫へと案内した。警備の者に「こっこれっどかぬかっ!」と医師が指示して無事に私は材料が保管してある場所にたどり着いた。


「これで良いだろっ!?」


「ええ」


 私はパッとナイフを首から外した。するとニヤリと医師が笑い私を毒草へと体当たり……しようとしたので、すかさず避けたら自分が毒草の山へと突っ込んでいった。その背中を私は踏みつけた。毒性の高い草だ。そこに顔から突っ込めば無事ではいられない。


「ぐおおぉぉぉ! ぐるじぃっ!」


「自業自得です」


 暫くして、グッタリした医師を警備の者に見せると、「殺されたっ!? ひぇえええっ!?」と逃げて行く。


(多分生きてますよこれ。泡を吹いてますが……)


 負けと思ったのか屋敷に人が居なくなった。外で待ち構えていた姉が派遣した兵士に後を任せる。


(毒を治療してもらえるのかは姉様次第です。ご愁傷様でした)






 城へと帰宅すると、部屋に置き手紙があった。


[アセビが病に伏せった。薬が間に合えば良いのだが]


 筆跡はグラジオラス様のものだ。私は急いで町の診療所に向かったが、感染の恐れがあると追い返された。2日経ち、スカビオサ様から[診療所に来るように]と手紙を貰った。嫌な予感で一杯だった。


 診療所に着くと、スカビオサ様が「あそこの部屋に君の姉は眠っている」と病室に案内された。部屋に入ると姉が確かに眠っていた。いても経っても居られず姉に「起きて下さい」と駆け寄る。ゆるゆると姉は目を開けた。


「サツキ? ありがとう。おかげで薬出来たよ」


「姉様は大丈夫なんですかっ!?」


 部屋の扉が開いた。グラジオラス様も来たようだ。


「アセビっ!」


 姉様が少し笑った。


「……グラちゃん。良かった。お願いがあったの。訊いてくれる?」


 弱々しい姿に私とグラジオラス様は姉の最期を予感した。グラジオラス様は悔しそうに唇を噛む。


「……ああ。聞こう」


「ありがとう」


 姉は力無く笑った。


「私ずっとグラちゃんの事好きだった。……ちゃんと異性として」


 姉の告白に私とグラジオラス様は息を飲んだ。


(……知っていました。グラジオラス様を見る姉様は恋をする人の目でした)


「グラちゃん。私と結婚して?」


 グラジオラス様は力強い目で姉を見つめ手を握った。


「勿論! だから生きろアセビ! 死ぬなっ!」


 姉は泣き笑いの表情を浮かべた。


「……ありがとう。それと、サツキごめんね。ずっとサツキがイベリスの事好きだって知ってたのに、譲ってあげなかった。サツキが心配だったの。ごめんね」


「っ!? 姉様っ!? 気付いていたのですかっ!?」


(隠していたのにっ!?)


 グラジオラス様が「そうだったのか」と僅かに驚いていた。


「うん。だって私サツキの事大好きだもん。でも、もう邪魔しない。だから、イベリスの所に行って良いよ?」


(そ、それは姉様が死んじゃうって意味ですかっ!?)


「姉様っ! 確かにイベリス様の事はお慕いしてますっ! ですがっ姉様が居なくなるのは耐えれませんっ! どうか生きて下さいっ!」


「ありがとう。サツキ。イベリスと幸せになるって約束して? じゃないと、姉ちゃん困る。妹の幸せを祝わせて?」


「……分かりましたっ。幸せになってみせますっ!」


「2人とも約束だよ?」


「はい!」


「……ああ」


 私もグラジオラス様も姉様との約束を守ると誓った。だが…………


「よしっ! なら、これで万事解決っ! さっ! 城に帰るよー!!」


 姉が勢いよくベッドから起き上がった。さっきまでの死にそうな雰囲気が嘘のようだ。


 私は目を点にした。グラジオラス様は顎が外れんばかりに呆気に取られていた。


「ふふーん。どう? 私の迫真の演技? 新たな才能が開花しちゃったかもねー!」


 騙されたと気付いた私達は怒り狂った。


「ふざけないで下さいっ!?」


「ふざけるなっ!?」


「えっ。2人とも怖っ!? 私いつ死ぬって言った?」


 確かに言ってはいない。いないが……


「姉様なんてもう知りませんっ!」


「見損なったぞっ!」


「げっ。怒らせちゃったか〜。ごめんね!」


「「ふんっ!」」と私達はそっぽを向いた。


(姉様が助かって良かったのですがっ酷いですっ! あんまりですっ!)


 私は暫く姉を無視したのであった。



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