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1,流行病

 

 私が6歳の頃だった。あの頃に流行病で沢山の人が亡くなった。外出は控える様にと教育係から注意され、私室に引きこもる様になった。家族との接触も減らして、ひとりでチェスをしたり、読書をする日々を送った。そんな日々は、元気な姉の声で終わりを告げた。


「あ〜そ〜ぼ〜! 退屈で死んじゃう!」


 私室の廊下へ続く扉から声が聞こえた。姉を注意する侍女の声も聞こえた。


「アセビ様! いけません! 私で我慢して下さい!」


(……私で我慢? どういう事ですか? 私と姉様との遊びは禁止しといて、姉様と侍女は遊んでいたという事ですか?)


 サツキにとって引きこもっていた事は苦では無かった。しかし、それは皆がそうだからと思っていたからだ。まさかの裏切り行為に頭がくらくらしてきた。


 その裏切り行為を無意識にしていたアセビは無邪気に侍女に文句を言う。


「だってー。ゲームしてもわざと負けるんだもん。つまらない! サツキは違うもん! ちゃんと勝負してくれるもん!」


(……姉様。そりゃ王族には遠慮しますよ。でも、私の方が良いと言って下さるのは嬉しいです。しかし、私は裏切られても大人の言う事に従います)


「姉様。部屋に戻って下さい。侍女との接触も控えて下さい。姉様は大切な御身です。それをきちんと理解して下さい」


 私はきちんと理解して欲しいと願った。流行病で沢山の人が亡くなったという報せが毎日届くのだ。王族として、民の手本となる行動をするべきだ。


 しかしーー


「遊ぶったら、遊ぶのー!!」


 ドーーンッッ


 扉が弾けんばかりに勢いよく開かれた。そこから現れたのはプラチナブロンドの長い美しい髪を編み込みにした空色の瞳の勝気な8歳の女の子であった。


「チェスをしていたのね! 私が相手になるわ!」


 私の目は死んだ魚の様な目であっただろう。姉の願うままにチェスの相手をした。


(8歳児に何を言っても無駄ですね。姉様ってチヤホヤされて育ってるし、自分を中心に世界が回ってると思ってそうですね)


 その後、教育係が現れて、何故か私が説教を受けた。


「アセビ様を何で止めなかったのですかっ!? 私は注意しましたよねっ!? 陛下に何と申せば良いのでしょうかっ!?」


 引っ詰め髪に円眼鏡に紺の地味なドレスの教育係はヒステリックに叫んだ。言い訳はしといた。


「言っても聞いてくれませんでした」


「ちゃんと理解するまで、言わないと意味がありませんっ! 貴女の努力不足ですっ!」


(そうきましたかっ! もう何も言いません)


 私が黙りを決め込むと、プラチナブロンドの髪が私と教育係との間に入った。


「サツキを責めないで! 私が全部悪いの! サツキはちゃんと私を止めたわ! 私のわがままなの!」


(……姉様。嬉しいです。……姉様の所為で怒られてますけどね)


 教育係は態度を急変させた。にこっと穏やかな表情になる。


「アセビ様はよろしいのですよ。全てはサツキ様の責任です」


「「えっ?」」


 私も姉も意味が分からなくて呆気にとられた。教育係は先を続けた。


「アセビ様は将来はこのケスマン国を出てバザン国の第三王子の元に嫁ぎます。サツキ様はずっとここにいらして次期国王陛下と結婚し補佐します。バザン国は野蛮な地です。アセビ様にはせめて此方では心のままに過ごしていただきたいのです。サツキ様は次期国王の補佐という重要なお勤めが待ってます。それで、特別厳しく致しております。ですので、サツキ様は説得する力をつけて頂きたいのです」


(なるほど、教育係の厳しさは理解出来ました。姉様が可哀想です)


 案の定、姉がぐずり出した。


「野蛮な地って嫌! 嫁ぎたくない! サツキとずっと一緒にいたい!」


 教育係は眼鏡をキラッと光らせた。


「わたくしに言われてもどうする事も出来ません。仮にアセビ様が断っても、代わりにサツキ様が嫁ぐ事になりますね」


 姉は「そんなんじゃ意味ないー!」と叫んだ。






 数日後。私は高熱にうなされた。関節が痛い。どうやら、流行病に罹ったそうだ。意識が混濁して、夢なのか現実なのか分からない状況が続いた。


 姉が横たわる私の手を握ってくれた。手を握ってくれると不思議と痛みが和らいだ。姉が泣いていた。


「ごめんね。……ごめんね。全部私がいけないの」


 震えた声に「そんな事ないです」と笑いたかった。力が全く出ない。また意識がとんだのか、次に目覚めたら、医師らしき男の声が聞こえた。


「大丈夫。回復に向かってる。薬が間に合ったんだね」


 それを聞いた教育係がほっと息を吐いて「良かったです」と胸を撫で下ろす。


(私は助かったのですか?)


 医師に訊こうと、口を開くと口が渇いてまともに喋れなかった。口をはくはくさせてると、それに気付いた医師が身体を支えて水を飲ませてくれた。水を勢いよく飲むと


「うっ。ごほっごほっ」


 むせてしまった。医師が「ゆっくり飲んで」と注意する。お水がとても美味しいと思えた。身体が随分と楽になっていた。倦怠感はあるが、ずっと苦しかった時と比べると雲泥の差だ。


(そうでした。姉様が来ていたのかもしれません。病気がうつってないか心配です)


「姉様は?」


「ん? アセビ様かい? この部屋の扉に貼り付いているよ」


 姉が扉に貼り付く姿を想像したのかクスッと医師は笑った。医師を改めて観察してみると、頬がこけて目の下にクマがあった。老けて見えたが、よくよく観察すると20代頃に見えた。流行病の所為でまともに寝ていなかったのだろう。


「あの……ありがとうございました」


 医師は目を丸くした。


「君本当に6歳児? 随分と大人びた話し方だね」


「そうでしょうか。今まで言われた事がないので気にした事ありません」


 教育係は医師に注意する。


「この方は王族でございます。庶民とは格が違うのです。貴方様のおかげで助かりましたが、口に気をつけた方がよろしいかと?」


 医師は少し苛立った。


「王族だから庶民とは違うと? 皆赤い血が流れているのに……。薬だって王族だろうが庶民だろうが関係なく効く」


 沢山の命を助けた医師だからこその意識だった。教育係は不快そうに眉間にシワを寄せる。


「……命の恩人にこれ以上、不愉快な思いをさせたくありません。早急に出て行く事をお勧めします」


(そんな言い方は無いです!)


 案の定、医師は不機嫌そうに荷物をまとめると部屋を出て行く。が、扉で待ち構えていた姉に抱きつかれた。教育係が悲鳴を上げた。医師が狼狽えている。


「アセビ様だね? 何でくっ付いてくるんだい?」


 姉は泣き叫んだ。


「妹を助けてくれてありがとう!! 私ずっとずっと後悔してた!! でもっ貴方に救われた!! この恩は絶対に忘れない!! 私を弟子にして下さい!!」


 教育係がショックのあまりに気絶した。



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