5-9 一人の女子会
いつも通りのベッドに仰向けになった状態で私はイナンナ様に話しかける。
(と言う事で、イナンナ様)
”ええ、わかっているわ”
以心伝心というか、彼女の返答はそのぐらい早かった。
”まずは魔力の件ね。
これに関しては、私がどうこう言うよりナナエの目で見た方がいいわ。
窓から外を見てみなさい”
ベッドの上から飛び降りた私はそのまま窓際へと向かう。
”周りには誰もいないから、怖がらずに魔力を感知してみて。
学校で練習した時のことを思い出して”
イナンナ様の指示の通り、私は魔力に対しての感覚を呼び起こし、視界にフィルターをかけていく。
ホテルの上階の窓から見る暗闇の中には、大通りには車の光の流れがあり、住宅地の方には所々に電灯と家の明かりが灯る。
そして、魔力の流れがそこに上書きされて見えてくる。
(あれ、魔力ですよね? あんなに不自然に流れるものなのですか?)
こうやって見るのは初めての経験だったけれど、視界には細々ではあるが、いくつもの魔力らしき金色の線が流れていた。
それらはそこに留まるわけではく、時折絡み合いながら一点を目指しているようにも見える。
方角的に行きつく先は龍神教の施設の方なんだろう。
私が魔力の流れをしっかりと目で捉えている事に及第点をくれたのか、”ちゃんと見えているのね”と一言置いた上で彼女は続きを説明する。
”地脈とか特別な場所の場合、地面や空気中に魔力が流れることはあるわ。それが溜まる事もある。でも、あれは人為的よ。誰かが意図して集めているわ”
(集めて、何をするんですか?)
”何でも出来るわ。十分に集まればそれこそ人の願いを叶えるとかでもね。でも、今重要なのはそれではないわ”
彼女がそう答えた瞬間、頭のどこかでピリッとした警告のような感覚が走った。
(今重要なのは、何をする、何が起こるかより、何が起こっても対応できるようにする。ですよね?)
私が思い浮かぶ事はそれだった。
例えば、また銃撃されたときに、今度は自分で対処できるように。
心は通じ合っていて、肯定の反応でそれは紡がれる。
”ええ。今のあなたなら、少しはやれるはずよ”
今の私に何ができる……?
撃たれた瞬間の事を思い出す。ゆっくりと弾がわき腹を通り抜けてく感触。
あれをもう一度味わうのは嫌だった。
それに反して、私はイナンナ様が作り出した防壁を思い出す。弾が滑るようにはじき出される姿と一緒に。
そう、こっちが正解。今の私はとっさにあのぐらいの防壁は出せるようにならなければいけない。
そこまで考えたところで、私はもう一つの事が気になった。
(そう言えば、あの白黒の世界って、何だったんですか?)
それは銃撃されたときに見た、時が遅くなったと表現するのが的確な世界。
体は全然動かなかったけれど、魔力だけは即座に出すことが出来たのはどうしてなのだろう?
”あれはね、簡単に言うと、ナナエを半分眠らせていたのよ”
イナンナ様はそう答えたけれど、まだ理解には程遠い。
”ナナエの意識が低下していると、私が関与できる部分が増えるのよ。
意識が低下すると、私の方で魔力を融通してもらい易くなったり、体を強制的に動かしたりできるの。
でも、完全に寝かせてしまったら、魔力の励起とかのあなた主導での行動が出来ないから半分だけ寝かせたって寸法よ”
(それはいいとこ取り……ですか? でもそれならどうして白黒の世界に?)
”白黒の世界で見えているのは、私がそうナナエに伝えているだけよ。そうじゃないと意識が飛んでいるナナエの視界からは碌な情報が手に入らないからね”
そう言ったイナンナ様は、ふと感心したような声で続きを話す。
”でも、いいところ取りってのは言い得て的確ね。
視覚は多少犠牲になるけれど、お互いがお互いに動きやすい状態になるわけだし。
そうそう、あの状態になると思考の速さも私に近くなるでしょう?”
部屋と外の境を仕切る窓ガラスには、部屋の光で反射した私だけの姿がおぼろに映っている。
そこにはイナンナ様の姿は見えなかったけれど、彼女に話しかけるように口に出してそれを聞いた。
「思考が、イナンナ様に近く?」
次の瞬間、視界から剥がれ落ちるように色が抜けていく。
窓に映った私の姿は消え去り、白黒の輪郭が残るだけの世界が視界を占める。
”そう、この世界よ”
その声に反応して、私はおもむろに窓を触ろうとして手を上げようとした。
どれだけ力を込めても、意思を強く込めてもほとんど上がらない腕を感じながら、彼女が言っている意味を次第に理解していく。
(これって、時が止まったというよりも、私の思考速度が上がったってことなんですね)
”そうね。もっと思考速度を上げる事は出来るけれど、あなたの肉体の速度は変わらないわ”
こうやってやり取りをしたのはコンマ何秒と言う時間の間になるのかな? そんな事を考えながら私は次の質問をする。
(この世界でも、魔力だけは変わらないんですか?)
”そう。あなた方が魔力と呼んでいる力に関しては、ほぼ時間を無視して展開出来るわ。
励起、集中、転換だったわよね? 魔力の三段法ってやり方。
普通の人間がそれを行う場合、それぞれの過程には発動するための意思が必要になるわ。
やるぞ、何をするぞ、って命令を思考する際にね、数秒でもそれ以下でも必ず時間の影響を受ける事になるのよ”
(この世界なら、その思考時間が短縮されるからほぼ即座に魔法が使えるってことですか?)
疑問形だけれど、私はイナンナ様の言いたかった続きを答える。それに対して、彼女からの同意は間を置かずに繋がっていった。
”ええ。そう言う事。
人間が魔法を使おうとする前に、私達は一歩も二歩も先に魔法を使うことが出来る。
これははっきりとわかる神と人間の違いね”
これがイナンナ様とわたしの違い。
言われた言葉をよくよく噛み締める。
身に余るような力があるとわかったのだけれど、私にはまだ奢る気持ちなんてさっぱり湧き起らない。
むしろ逆にまだ足りないという気持ちが、焦燥感と一緒にふつふつと湧き上がるぐらいで。
足りない、これだけでは何かが起きた時に絶対に足りない。その気持ちが募り、さらなる何かを求める。
”落ち着きなさい、ナナエ”
その一言と一緒に、インクがにじみ出るように世界には色が戻り、即座に私の手が窓のガラスへと吸い寄せられて触れた。




