4-12 これは明晰夢ですね。間違いない
その夜、何事も無くホテルに帰った私は、りるちゃんと一緒にシャワーを浴びた。
あれだけ食べたのにも相変わらず、と言うかホテルでも沢山食べているのにりるちゃんの瘦せた体型は変わらずで、でも、肌や髪の色艶は子供相応で綺麗ですべてすべしていた。
うん、栄養状態とかは大丈夫かな。
「明日はちゃんと綺麗な服着ていこうね」
「うんわかった!」
なんて無邪気に返答をしていたりるちゃんだったが、ベッドに入ったら寝入るのはあっという間だった。
(やっぱり疲れてたんですね)
”……”
(それで明日の事なんですが、一応は……)
なんて今夜もイナンナ様と一身二人で密談をしようと思っていたのだけれど、ベッドに入った瞬間寝入ってしまったのは私も同じだった。
* * * * * * * * * *
私は頻繁に明晰夢を見る。というか、見る夢が大体夢の中だとわかるってだけの話なんだけれど。
今日の夢はいつもの夢ではなかった。昼間に魔法を使った訳ではないし、見る可能性は少ないと信じていたのもあるけれど。
今日の夢の始まりは、ちょうど今住んでいるホテルの部屋からだった。
現実にそっくりな景色だったけれど、私にはすぐにこれは夢の中だと理解する。
うん、どうせ明晰夢なんだし好き勝手に動こう。
流石に夢の中らしく、細部がぼやけて周りの状況は意識を集中しない限りはっきりと見えなかった。
それでも、私は思った通りに部屋を出て、どこか見知ったような所を歩いていく。歩いて、歩いて、エレベーターに乗る。もちろんエレベーターの待ち時間なんてほとんどない。ボタンを押したらすぐにドアが開く。
この光景のベースは多分デパートの中かな? 買い物しに行った時の記憶かもしれない。
何かの本で、夢は記憶の整理とか本で読んだことがある。いつもの夢だけは例外だけれど、これはきっと私の記憶から出来たもので、夢だとわかっている分自分の好きにできて楽しめるはず。
そんな事を考えているうちにエレベーターが階上へと進み、そのドアが開いた次の瞬間、見えたのは良く知った男の人だった。
エレベーターが開いてすぐに彼の部屋だなんて、流石夢ね、と感心する。廊下とか普通にあるところは全部飛ばしちゃってる。
彼をよく観察する。その服は昨日と大差ない着崩した服装のままだった。うん、私の想像力はそこまで及ばなかったみたい。
「来たか」
「****」
近寄って行く私に彼は声を掛けた。彼の言葉は聞こえるけれど、私の声は聞こえない。
そもそも私は喋っていないしね。
「足はついていないだろうな?」
「****」
「まぁ当然か」
彼は相変わらずソファに深く腰を落としていた。
昨日、「飲むのは止めてください」と言ったはずの酒もちゃっかりと飲んでいるぐらいにくつろいだ姿勢で。
私は問答無用で彼からグラスを取り上げて対面の席に座る。
そんな私に、彼は今までに見た事の無いようなきつい表情で一瞬睨みつけるも、すぐに普通に戻る。
「なんだ、真似事か?」
「****」
「まぁいい。それでどうして来たんだ?」
「****」
「今のお前には危ない事だってのは十分に説明したはずだ。どうして来たんだ!」
「****」
……我ながら何というか、夢でもこんな事を言われるのは心に苦しい。
彼が私の事を案じてくれているのは重々知っているのだけれど。
「おかげで計画の調整に苦労したんだぞ」
「****」
「予定日までにオヤジから借り受けたアレの調整も行う必要があるってのに。正直この身一つでは限界だよ」
「****」
この会話は例の兵器の記憶の焼き直しなんだろう。
「はっ、お前を賭け札に追加するつもりはない。終わるまで指をくわえて待っていろ。その方が安心できる」
「****! ****!」
記憶の焼き直しの夢とは言え、その物言いにはイライラさせられる。心配されるのはわかるけれど私だって!
思った通りに体は動き、私は立ち上がってから彼の所に近づく。
両手を伸ばして彼の襟首を掴んて引き寄せ、
そのまま私は彼に深く口づけをした。
……!!
どどどどどうして??
私そんな事考えていたの? あの人相手に!?
慌ててテンパってどうしようこれ! から一通りダメダメまで考えて、そこまで考えても私の唇は離れず、さらに、一呼吸、二呼吸、三呼吸までは離さなかった。
!?!?
その後、両手をバタつかせて離れたのは私からだった。
ああもう、夢の中の筈なのに、酒臭さが口に残った気がする。
十分な距離を取った後、出来ているのかいないのかわからないけれど、彼を睨みつけた。
そんな私を全く、全然、これっぽっちも気にしていないのか、彼は真顔のままこう言いのけた。
「何も言うつもりはない。だがな、一つだけ言ってやる。それを守れ、絶対にだ」
「****」
ああもう! 酷い夢!
何も言うつもりはないって言いながら続けて言ってるし!
さっきの事といい支離滅裂だよ!
と言う心のツッコミは当然無視される。
そんな私を不憫に思ったのか、彼は頭を押さえて振った。
「それと、気付いていないだろうから忠告するが、起きているぞ」
え? 起きている?
何の話?
私はまだ寝ていますよ? だってこれは夢なんだし。




