4-2 忍び寄る影
「その、なんだ、稲月。本気……なのか?」
半信半疑のまま問う先生。
でも、その一言は、私にとって重みが違った。
それは言うまでもなく、先生にとっても消せない傷跡を残したのが私だから。
そのせいで私が魔法を使わなくなった事を先生は知っているし、その後もずっと励ましてくれて、見守ってくれていたのが先生だったから。
完全に諦めていた、魔法を使う事への努力を私が見せる。
先生の問いに答えるというのはそういう事だった。
「うん。先生、私、今回は本気です」
先生の目を見てしっかりとそう答える。
「そう……か。そうなのか……」
と、言った後、先生は色々な感情が混ざった何とも言えない顔になった。
「やる気になったのは良い事だ。だが、それでどうするんだ?」
「どうするんだ……って……」
「魔法の練習をするのはいいが、それで稲月は何をするんだ? って事だよ」
奇しくも、先生のその問いはイナンナ様からの問いと同じ。
「それが確かに、神の依り代になったからと心を入れ替えたというのであれば問題はないけどな。
お父さんの復讐をすると言った所で、一体何をするつもりなんだ?」
繰り返される問い。
夜野さんが何か言いだそうとした所を私は遮った。
「私は、お父さんを殺したのが誰か知りたいんです」
結局の所、どうしたいのか昨日の夜からずっと考えていたのだ。
”知ってどうするの?”
「知った上で、ちゃんとしたところにお願いして、然るべき処断をしてもらうようにする」
自分で直接手を下すと言う事もずっと考えていたけれど、過去のトラウマを思い出した後の今は、その手段は除外したほうがいいと思っている。
イナンナ様から魔法が使えるようになるというお墨付きを貰ったはいいけれど、間違いなくそれは今すぐじゃないし。
私が頑張りすぎると、また惨事が起きるかもしれない。
もしそんな事になって友達を失ったら本末転倒になってしまう。
だから、今回は私に出来る事だけで、でもちゃんとお父さんの仇には罪を償わせる事を選んだ。
(とは言え、私が直接ってのも最終手段として取っておきますが)
と、心密かに考える。それはイナンナ様にだけ聞こえる様に。
「直接何かすると言わないだけマシか」
先生は私を見てそう小さく呟いた。
”それで心は決まっているのね?”
(はい。それでもまだ具体的に何をすればいいかはわかっていないんですけどね)
”一つ物事が決まればすぐに後はついてくるわよ”
先生の方を向きながら、イナンナ様との会話を済ませる。
「それなら、先生にもちょっと考えがある」
と、先生のこの一言に呼び出しのチャイムが重なった。
続けて聞こえたアナウンスは、「高等部二年の水代先生、至急職員室まで来るように」と言う他の先生からの呼び出しだった。
みるみる表情が曇っていく水代先生。
「どうしたんですか?」
「いや、稲月達とは関係ない。これは別件だ」
「別件?」
「ああ、別件。稲月には前にちょっと話をしたの、覚えているかもしれないが」
なんだろう?
「忘れてるよな。その時は世間話の一つだったからな」
「何か問題があったのですか?」
思い出そうとしている私をよそに、夜野さんが聞く。
「ああ、目下、職員室で問題なのはこっちの方だよ。
まだ先生達のみでしか情報回していないんだが、先週あたりから外出したまま家に戻らなくなっている生徒がいるんだ。
しかも日を追う毎に増えている」
「家出とかですか?」
「それならいいんだけれどな。
素行不良の生徒が戻らないってのならまだしも、家庭環境なり生活態度を見ていても問題ない生徒が突然家に帰らなくなるんだ。
しかも数まで増えてる」
「それならどうして」
「ああそれと、」
と、夜野さんと先生の声が被る。
「先生、お先にどうぞ」
譲ったのは夜野さん。
「ああ、それと、この件は他言無用な。お前たちは口が堅いと信じているから話したんだ。
それに、この話をしておいたら危険な事には首を突っ込こんでも突っ込み過ぎないだろうしな」
と、先生は机の上にある紙束に目配せをした。
「すまんが、後は放課後時間があればだ。
先生は職員室に行くが、お前たち、くれぐれも危ないことはするなよ?
夜野は危ない事にならないように稲月の首輪を握っているように」
「……はい」
足早に部屋を出ていった先生を見送った後、私たちは二人で顔を見合わせる。
「最後に先生、何か言おうとしていたよね?」
「流石に稲月さんでもわかったわよね」
「うん。夜野さん、それちょっと酷いけれど、うん」
そう言ってから、何かなと思って手に取って見た紙束の一番上にあったものは、確かに私が先日見た新興宗教のパンフレットだった。




