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3-27 閑話・夢・トラウマ

「……良し、できた」


 安堵とともに、周りから称賛の声が上がった。


「奈苗ちゃん、詠唱ないのにすごく綺麗」

「爆弾娘やるじゃん!」

「傷跡全然ないー!」


 後ろを向いて見回すと、結局クラスメイト全員が注目して見ていて、そこには玉井さんも倉下君もいた。

 みんな私の魔法を褒めてくれていた。


 この時すごく私は嬉しかった。だから、私は一瞬にしてクラスの中が静まり返ったことに、全然気づきもしなかった。


「上手に出来たな、奈苗」


 そう言って後ろから先生が私の頭を撫でてくれる。


 二回三回と頭を撫でてくれて、すごく嬉しくて、先生の方を振り向いた時、私は周りから遅れてあることに気付いてしまった。

 直後に先生もそれに気づく。


 それは、周りが一瞬で静かになった理由。


 撫でてくれていたのは、先生の青痣のあったところから生えた、新しい腕(・・・・)だった事に。


「どういう事だこれ……何がどうなっているんだ」


 水代先生が元の右腕と、|前腕から生えた新しい右腕・・・・・・・・・・・・を確かめるように動かしている。

 当の私はパニックを通り越して、頭が空っぽになっていた。


「ははっ……新しい腕が出来たみたいだ。すごいな、稲月は」


 私を安心させようとして、先生は頑張って笑顔を作ってくれた。


「でも先生……その腕……」


 新しい腕は細く長く、普通の腕の二倍ぐらいの長さはあった。

 それに、腕の途中から生えているその姿は、作り物のようで気持ち悪い代物だった。


「ああ、気にするな。後でちゃんと術医師のところに行って診てもらうから。稲月は気にしなくていい」


 気にしなくていい。

 その言葉が、私の責任感を再点火する。


「ううん。私、もう一回治すね!」


 魔力の励起なんてほとんど飛ばして、集中だけを行った。

 だから行動も早くて、私がやったのはすっと手に魔力を集めて新しい前腕の付け根に当てるだけ。


 先生が止める間もなく使った私の二度目の治療の魔法の直後、生えていた腕は指先から萎れていった。

 そして付け根の部分から、枯れ葉が落ちるかのように取れて落ちる。


 青痣があったところにはすべすべで真新しい皮膚が出来ていて、明らかに出来立ての状態だった。

 それで終わったと安心させてくれたら良かったけれど、実際は違う。


 どうだろう? うまく出来たかな? と凝視した瞬間、真新しい皮膚が盛り上がった気がした。


 直後、そこから一気に再生が始まり、腕のような物が際限なく伸び続け、あたかも触手のような何かを生み出したのだった。


 伸びた腕の先にある指だったものがさらに伸びて腕のようになり、そこから生えた指はまた腕になり連なる。

 連なって重なって無数のイカの足のようになった腕が伸びつづけ、次第に天井が埋め尽くされていく。



「奈苗ちゃん! 何したの!」


 玉井さんが大声で私の事を呼んだ。

 その声で、ようやくその先生の腕から目を離すことができ、私は彼女の方を向く。


「私……先生の……腕を治そうとして……」


 しゃがみ込んだままの姿勢で、震える声で私は答えたけれど、


「奈苗ちゃんあぶな……」


 次の玉井さんの声は、最後まで続かなかった


 声の代わりに、ヒュンと軽い音が鳴った気がする。


 伸び続けた腕のいくつかが教室の中を一瞬で横に薙ぎ、他のクラスメイト諸共、立っていた人はみな壁に飛ばされてしまっていた。


「「キャー」」「「助けてー」」


 悲鳴を上げていたのは、私のようにしゃがみ込んでいた人だけ。

 そう、私は無事だった。


「あ、あれ……玉井ちゃん……? どこ……?」


 教室の中は椅子と机が散乱し、そこに幼稚園児の描いた絵のように、クラスメイトが滅茶苦茶に散らばっていた。

 暴れまわる触手になった腕と、クラスメイトの叫び声が響き渡る教室は、小学生の私にトラウマを植え付けるには十分すぎる光景になった。


「玉井ちゃん! ……ねぇ、どこなの!?」


 悲鳴があちこちに上がる中、私は教室中を見回す。

 さっき私に危ないと言いかけた玉井さんは、教室の壁のあたりに机と一緒に重なり合っていた。

 教室の中は、所かしこに赤い斑点が飛んでいる。

 赤い水たまりも視界に入ったけれど、私にはそれを怖いものとしか認識が出来なかった。


 なに……これ……?


「稲月……危ないから早く離れろ……」


 先生は私のすぐ近くに倒れていた。

 顔が青くなっていて、すごく苦しそう。

 先生はそれでも、なんとか激しく動く腕を押さえつけようとしていたけれど、体ごと振り回されそうな状態になっていた。


 これは……私の……せい? ……私のせいだ……


 先生さえ直視できなくなった私は、目と耳をふさいでしゃがみ込む。


 私が、失敗したからこうなったんだ。

 私の魔法が下手だったせいで。

 先生の言う事を聞かなかったせいで。

 私のせいで! 私のせいで!


 後悔と緊張と恐怖とで頭がいっぱいになり、色は私の視界から消えていく。


 ゴンゴンと何かを叩きつける音だけが教室に鳴り続け、視界だけでなく私の心までも黒く塗りつぶしていく。


 私のせいで! 私のせいで! 私のせいで! 私のせいで! 私のせいで! 私のせいで! 私のせいで! 私のせいで!


 それに耐えきれなくなった瞬間、私は大声で叫んだ。

 


「やめてー! 全部消えちゃって!」



 私は≪どん!≫しか魔法が使えない。なんてのは子供たちの間だけの話だった。

 将来を心配した父の勧めで、大学病院で術医者に診てもらったところ、私の状態はもっとひどい状態だった。

 潜在魔力量が異常に高くて、さらにそれをコントロールする能力が壊滅的に無い。

 お医者さんから説明を受けた時は、壊滅的の意味が分からかなかったけれど、こう言われて私も納得したのだ。


 みんなが水道と蛇口なら、私はダムから水を出すようなものですよと。


 だから、恐怖に塗りつぶされた私は、ダムから水を流してしまったのだ。

 全てが消えるようにとそれだけを願って。



 そのあと、私は気を失ってしまった。

 事の結果を知ったのは、次の次の日に、入院していた病室で目を覚ました後だった。



「寝ている間に色々と検査をさせてもらいましたが、稲月さんは外傷的なものは何もない事は確認しましたので、安心してください」


 駆け付けたお医者さんに軽く確認をされた後、そう言われて、私はほっと息をついた。


「魔力回路などの方はまだ精密な検査が必要なので、体調が大丈夫でしたら後ほどお願いします」


「あ、はい……」


 魔力回路って…体の中にある魔力の通り道だよね。私、何かしたかな……?

 あれ? どうして今病院に居るんだっけ? 学校は……?


「ところで、私どうしてここに居るんですか……?」


 考える前に口から出たその言葉に、お医者さんの先生は渋い顔をした。

 そして、「全て綺麗になりましたよ」とだけ。


「どういう……ことですか?」

「そのままですよ。全てが綺麗に消えました。この件はね」

「綺麗に……ってどういうことですか?」


 ここで、私の記憶が漸く戻ってくる。

 暴れまわる水代先生の腕。叫ぶクラスメイト達。玉井さんに倉下君。


「そうだ。みんなはどうしたんですか? 私みたいに、どこかの病院にいるんですか?」


 ……二呼吸ぐらいの沈黙が流れる。


「……みんなどうしたんですか?」


 嫌な予感がしたけれど、二回目の問いの後、お医者さんは、全てを説明してくれた。 


「担任の先生の右腕は既に消えましたよ。

 あとは、教室もです。警察と救急隊が入った時点では、教室内は綺麗になっていて、事件なんて無かったような状態だったそうです」


「……良かった」


 なんて、そこで安堵した私がバカだった。


 お医者さんの話が、そこで終わっているなら良かったのに。

 お医者さんは、そのまま話を続けていた。


「担任の方の右の腕は、肩口から全てが消えていました。

 異形の腕があったそうですが、その様な形跡はなく、元々、腕すらあったかすらわからないような状態になっていました」


 もうそれを聞いた瞬間、私の頭から血の気が引いていくのが分かった。

 私の表情に気づいているのかいないのか、お医者さんはさらに話を続ける。


「もう一つ。これは、他の人から言った方がいいとは思うのですが……私がここで伝えろと言われているのでね……」


 ごくん。私の唾をのむ音が響く。


「教室からは、机や椅子とともに、生徒全員が消えていたと報告がありました。

 発見されたのは、稲月さん、あなたと担任の水代さんのみです

 詳細な調査はまだ続けられているそうですが、他の方が生きている可能性は限りなく低いとの……」


 え?

 え??


 ……生徒が全員……消えた?

 それって、爆発娘と私をからかっていた倉下君も、仲の良かった玉井さんも、他の友達もみんな……?


「そうです。残念ながら、ご学友の方は全員です」


 と言われた言葉は、片耳から入って反対側へ流れ出ていた。

 

 私が、全部消えるようにと願ったから……


「私のせい……」


 そう、私のせいで、私のせいでみんな消えてしまった……消えてしまった!!!

 涙が、溢れた涙が止めどなく流れていた。


「あ……あは、あはははははは!!! 私のせいだ! 私のせいです!!」


 もう何も考えられなくて、私は泣きながら笑っていた。

 体を動かすのさえ怖くて、ただその場で笑いながら泣いていた。



 そして、私は目が覚める。

 イナンナ様の嘘つき。全部昔の事思い出しちゃったじゃない。


”ごめんなさいね、ナナエ……”


 その声は目に入る朝日と共に消えていった。

次話より章が変わります。


ここまで読んで頂いた読者様、ありがとうございます!

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