3-25 どうすればいいの?
イナンナ様に促されるままに私は走り始める。
地面が凍っていないか気にしながらだったけれど、走り出してみれば凍える体にはちょうどいい暖かさになってきていた。
”ホテルまでどのくらい?”
(歩いて20分ぐらいだと思うので、走ったらすぐですよ)
”じゃあ止まらないで行けるわね”
(随分急かすんですね)
”……あなたの大事な人が待ってるでしょ?”
大事な人……?
あ、よく考えたらホテルに連絡してないから、りるちゃん夕食待っているかな?
夕食にうどん食べてたなんて言ったら怒るかも。
自然と走りが早くなる。
(そうならそうと、最初から言ってくれればいいのに)
”ナナエは自分でそのぐらい気づきなさい”
ごもっとも。と思いながら夜道を走る。
人影も車通りもほとんどなくて、信号もほとんど捕まらなかったせいで思った以上に早くにホテルに着くことが出来た。
あ、信号は大体が黄色の点滅になっていた。
あんまり夜で歩かないから知らなかったけれど、夜はそうなるものなのかな?
おかげで捕まらなかったから良かったけど。
フロントでの一連のやり取りを終えて部屋に戻ると、りるちゃんはベットでぐっすり寝ていた。
机に田中さんからの丁寧なメモが一枚。
「田中さん、りるちゃんのごはんに付き合ってくれていたんだ」
お腹がすいていたようなので先にご飯を食べて、お風呂にも入れていてくれたみたい。
「田中さん、仕事出来そうな感じしているのに、いいベビーシッターしてるなぁ」
と、独り言を漏らしてから、りるちゃんが寝てることに再度気付く。
起こしちゃ可哀そうだし、静かにしないとね。
それからシャワーを浴びたり明日の用意を済ませたりしていると、とっくに日付は変わっていた。
よし、寝る用意も出来たしと、布団の中に潜り込んで目を閉じる。
(色々聞かせてもらいますよ、イナンナ様)
……
返事が無かった。
(聞こえてます? 聞こえてますよね? イナンナ様?)
”聞こえてるわ、何度も呼びかけなくていいわよ”
(じゃあ返事をして下さいよ)
”こっちにも都合があるのよ”
(そんな事言わないでくださいよ。
ホテルに帰ったら話をするって言ってたじゃないですか)
”そんな事言ってたっけ? ってナナエなら言う所よね”
……そんな事は前にあったりなかったりしたけれど。
”ええ、あったわね”
と、呼びかけた事以外の思考もちゃんと読み取られる。
”まぁいいわ。
それで、さっきの話の続きだけれど、恐らくだけれど、そう遠くないうちにナナエは魔法を使えるようになると思うわ”
その一言は、その……確かに聞きたかった言葉ではあるけれど、すごくあっさりと言い流されてしまって……感動よりも先にポカンと気が抜けたようになってしまった。
”もちろん、色々な制約もあるし、実用的に使えるまでにはかなりかかると思うわ。とは言え、最終的にはコントロールして使うことは出来るようになるはずよ”
(ええと……、それは、喜んでもいいのでしょうか?)
イナンナ様相手にガラにもなく口調がかしこまってしまっている。
”良い、と思うわよ。単純ではないにしろ、希望を持っても問題ないわよ。ただね?”
ああ、やっぱり来た。
いい事の後には必ず悪い事がある、それが世の常だよね。
”さっきも言った通り、実用的になるにはまだまだ先の話なのよ。
それに、もし魔法を使えるようになったとして、ナナエは今何をしたいの?”
(何って、それはお父さんの復讐を……)
”それって、具体的に何をしたいの? 魔法で何をしたいわけ?”
(……)
返事がすぐに出せなかった。
お父さんの仇を取る。私はそう決めた。
だけれど、何をどうすればお父さんの仇を取ったことになるのだろうか?
お父さんを直接的に狙った犯人を見つける?
見つけた後どうすればいい? 警察につきだせばいい?
『魅力的な力も持っていて、それを武器に雑草のように相手の組織に根を広げる相手なんだ』
という霧峰さんの言葉が頭をよぎる。
警察も本当はダメなんじゃないだろうか? と。
もしそうだとすれば、直接狙った犯人じゃなくて、お父さんを狙った悪の組織自体を潰すとか?
でも……
でも、どうやって?
魔法で、何を? 発見する? 組織を潰す? 相手に反抗されたら……私はどうすれば……?
”ようやく気付いた?”
と、答えの出ないループに陥りそうなところで、イナンナ様の言葉で現実に引き戻される。
”今ははっきりとは言ってあげないわ。もう少しだけ自分で考えてみなさい。
ただ、もしこれ以上を望むなら、やろうとしている事に対しての心を決めてからにしなさい”
イナンナ様はそれ以上は語らずに無言になってしまった。
真っ暗な天井を見ながら、私は一人考える。
失神していた夜の事、霧峰さんが撃ってきた銃の事、人を殺したことがある? と言うイナンナ様からの質問。
……この先、もし私に危険が迫った時に、私はどうすればいいのだろうか。
ああ、そうだよね。こんな事、暗い夜道の真ん中でするような話じゃなかったね。
普通の女子高生の私には、それはそれはすごく難しい問題で、考えているうちにいつの間にか瞼はゆっくりと落ちていった。




