3-24 帰り路
「だから、わからないのよ!」
「ホントに!? そうなの? 稲月さん隠してない!?」
夜野さんがテーブルを叩いた衝撃で、うどんの汁がちょっとこぼれる。
足稲山を降りた私達は夜野さんのうどん屋に来ていた。
フラフラになっていた彼女を送るついでだったのだけれど、流れであれやこれやとやっているうちに夕食も頂いている。
ちなみに、足稲山の上から続いていた彼女からの追及は躱し切れるものでなく、今も続いていた。
「読子もいい加減許してあげたら? 稲月さんも困っているわよ」
なんて、夜野さんのお母さんから援護が入るけれど、全然止まることは無く、
「絶対なんか隠してるでしょ!?」
「特訓も私が来なかったらなんか凄いことしてたんじゃないの!?」
「ねぇ! 何があったの!?」
と矢継ぎ早に追及され続けている。
実際、色々あって隠しているわけだけれど、今のイナンナ様の話って複雑すぎて話をしてもわかってもらえなさそうだよね。
”そうね。それに、私の状態の事は極力隠しておいてほしいわ”
って事だし、どうしたらいいかな……
視線を回すと、目に入って来たのはうどんだった。
「ね? 折角のうどんが伸びるからその話はあとにしない?」
何とか追及を止めたくて、うどんに話を変えてみる。
うどんは来てから既に五分は経っていた。
乗っけてある天ぷらは、つゆを吸ってふやけちゃってるし。
「うどん、早く食べないと可哀そうだよ」
ピタッ
何の気も無い一言の筈なのに、あんなに追及していた夜野さんの動きが止まった。
視線を私とうどんに交互に向ける事二回。
「うどん、伸びたら美味しさが減るわね。早く食べないと」
そう言うなや、まだ話は終わっていませんからねと言わんばかりの視線を向けた後に、追及をやめた夜野さんはうどんに取り掛かったのだった。
「それで正解よ、稲月さん。読子はうどんには目が無いからね」
と、夜野さんのお母さん。
「お母さん、うるさい」
うどんを啜る合間にそう返し、そのまま夜野さんは私にも一言。
「結果的に引き止める事になってしまって悪かったわ。稲月さんも少しでも冷めないうちにうどん食べてしまって」
「あ、うん」
これで正解だったらしい。夜野さんが静かになった所で、私もうどんを食べ始めた。
ずるずると啜る音だけが私たちの周りに響く。
うどんはちょっと柔らかくなっていたけれど、適度につゆを吸っていて美味しかった。
出汁の効いたつゆが美味しくて最後につゆを飲もうと思ったけれど、天ぷらの方も沢山つゆを吸い込んでいてほとんど残っていなかったのが残念なぐらいで。
食後にまた再開されるかと思った夜野さんからの追及は、結局なかった。
特に何かしたつもりはないんだけれど、食べながら聞いた一言が影響したみたい。
単に「夜野さん、うどんどうしてそんなに好きなの?」と聞いただけなのだけど、その後は「人には言いたくない事もあるのよね」と言うだけで流されてしまった。
「本当に送らなくていいの?」
「あ、うん。大丈夫よ。ここからなら大きな道に出てさえすれば真っ直ぐにホテルまで帰れるし。道はわかるから平気よ」
「そう、じゃぁいいわ。暗いから帰り道気を付けてね」
「うんわかった。おば様、うどんありがとうございます」
「いいって、気にしないで、読子の大切な友達だからね。気にしないでまたおいで」
「ありがとうございます。それじゃお休みなさい」
夜野さんのお母さんとはカウンター越しに挨拶して、夜野さんは店の外まで送りに来てくれる。
「大丈夫よ、夜野さん、外まで出てこなくても」
「あ、ううん。一つ聞き忘れたのだけれど、明日も練習するのよね?」
…………
一時の間をおいて、うん、と小声で夜野さんに返す。
「そう、良かった。明日も付き合うから頑張りましょうね」
電灯が並んでいるだけの夜道を歩きながら、夜野さんの言葉を思い返す。
明日も頑張る……か。
今日は正直上手に行っていたと思うのだけれど、何が悪かったのだろう。
”多すぎよ、魔力”
(それだけですか?)
”目下、一言で言える分にはそれだけね”
(一言以上にだとどうなるんですか?)
”……”
何かを言いたげなイナンナ様は、そこで言葉を止めた。
寒空の夜道を、一人無言で歩くのは寂しい。
雪こそ降ってもいないけれど、夜はかなり冷え込んでいるし、大きな道に出るまでは人気が全くない。
(イナンナ様?)
なんとなくこんな時には話し相手が欲しくなる。なんてことは心の奥底にしまいたいけれど、イナンナ様には筒抜けか。
”聞こえているわよ”
(じゃあ何か反応してくださいよ。私には伝わらないんですから)
”……後でゆっくり話をするわ。風邪引かれても困るから、今は早く帰りなさい”
(せっかくの帰り道、時間あるんですから今じゃダメなんですか?)
”じゃあ走りなさい。早く帰れるし体も温まるわ”
(なんですかそれ)
あんまり釈然としない。
”色々あるのよ。さ、走って”
(何かあるんですか?)
”いいから、走る! 話はホテルに着いてからしてあげるわ”
(絶対ですよ?)
何かあるんだろうなと感づいたけれど、それが何かはわからない。
まぁ、うどんの腹ごなしだと思えばいいかな。




