3-18 不運な朝
ん……
私は、朝日が差し込むぎりぎり手前、いつもの時間に目が覚めた。
予想していた激痛で飛び起きるなんて事もなく、今朝の目覚めは思ったよりも悪くない。
またりるちゃんが私の布団に入っていて、ちょっと驚いたけれどね。
”おはよう、ナナエ。よく眠れたかしら?”
(おはようございます、ええ、なんかスッキリしてます)
頭の中でイナンナ様に挨拶をしてから、布団から出て体を伸ばす。
寝る前はあんなに体調が悪かったのに、今はどちらかと言うと調子がいい方だった。
そんなに長く寝たかな?
そう思ったけれど、時計はいつも通りの6時ちょっと前を指している。
(イナンナ様、何かしました?)
“いや、何もしてないわよ”
この時は何も思わなかったけれど、朝ご飯を食べた時に妙に空腹を感じて納豆ご飯を二回おかわりした時点で、私はイナンナ様がこっそり治癒の何かをしたんだろうと確信していた。
(何も言わなくてもお節介焼いてくるあたり、流石神様だよなぁ)
最近あまり食べていなかったせいもあって、久しぶりの満腹感を覚えながら向かう学校への道のりはなんだか気持ち良い。
そんなこともあって、学校に行くころには夢の事なんてすっかり忘れてしまっていた。
* * * * * * * * * *
お昼休みはいつの間にか定番メンバーに加わった夜野さんを入れて、先生と私と夜野さんの3人で視聴覚準備室で静かにパンを食べていた。
『現場検証の結果、未明に起きた火事の火元は寝タバコによるものと見られています』
誰も話をしないまま黙々とパンを食べている間、準備室に備え付けになっているテレビはBGM代わりに地域のニュース番組を垂れ流している。
「次の評価査定、ロクでもない事になってるだろうなぁ」
早々に食べ終わった水代先生は、ぼそりとそんなことを呟きながら無意識に胸ポケットを探り、タバコに手を出そうとしたところで動きを止める。
「生徒のいる前で吸っちゃ流石にまずいか」
そう言ってタバコを戻したものの、ソワソワと落ち着かない様子の先生。
「最近タバコの量、増えてませんか?」
「そんな事、無くもないと言うか、増えたぞ。年明けてから色々とやる事が増えてな」
と、先生は夜野さんからの質問に苦い顔で答えていた。
「そして、今日はクラスから2人目の停学者出しただろ。これが今年度の評価査定に響きそうなんだよなぁ」
ため息をついた後、先生は心底困ったような視線をチラリと私の方に向けるが、私だってそれはどうしょうもない。
視線を外し、一口齧っただけの手元にあるサンドイッチに目を向ける。
小さく、くぅーと私のお腹がなった。
正直今すごく空腹だけれど、私にとってはこの一つのサンドイッチさえ強敵に思えた。
“運が無いのよね、ナナエは”
(ホントですよね……)
なんて、口には出さずにイナンナ様と脳内で会話をする。
朝あれだけ元気に沢山食べたのに、今また食べるのをためらっているのは理由があった。
時間はちょっとだけ遡るけれど、今日の朝一は体育の授業でいつもの薙刀だった。
昨日の一件もあり、妙に仲が良くなった私と夜野さんは授業中お互い何も言うまでもなくペアになっていた。
そして、型の練習の後の練習試合で、夜野さんのうどんパワーと私の納豆ご飯パワーをぶつけ合う死闘を繰り広げたのだった。
お互いに得意な中距離。突きも払いも切り掛かりも有効な距離を保って、入れ代わり立ち代わり攻撃と防御を繰り返す。
どちらかと言うと受けからのカウンターが得意な私は、夜野さんの攻撃を誘って崩してから攻撃に移りたいのだけれど、彼女の攻撃は早くて力強いためにどうしても防御に専念することが多かった。ようやく攻めに回れても、私の牽制はすぐに捌かれて仕切り直しになる。
そんなやりとりを幾度と繰り返し、真冬なのに二人とも汗だくになりながらせめぎ合うが、実力が伯仲している私達は一向に勝負がつかない。
このままじゃ埒があかないと思った私は、得意のカウンターを捨てて今まで見せた事のないコンビネーションで攻めに出ることで状況の打破を狙っていった。
一歩下がって距離を取ってから、踏み込んで大振りで上段から袈裟に切り込む。
大仰に叩きつける形の薙刀は夜野さんに簡単に受けられてしまうが、力強く打ち込んだそれは受け流す事をさせずに大きく弾かれた。
初撃は弾かれることが目的。その反動を利用して上手を引き、後ろの手を上げることで下から柄で切り上げていく。
先日見た柄尻での攻撃の真似ではあるけれど、学校では下からの攻めは教えていないので、この対応は出来ないと読んでの攻撃だった。
流石と言うか、夜野さんは慣れない攻撃に対してもやや姿勢を崩しながら下がって回避する。
同時に避けられた私もの方も、柄をかちあげて脇をがら空きにしていた。
そこに出来た明確な隙を夜野さんは見逃すはずがない。彼女は不十分な体勢からであっても私の隙を狙って突きを出す。
と、ここまでが私の予想通りの運びだった。
脇を開けたのは誘いでしかなく、私には再度上手を前に出すことで勢いを殺さずに出せる矛先での横薙ぎのもう一手があった。
不十分な姿勢から突きを出した夜野さんは一瞬遅く、逆に十分な体勢からさらに踏み込んで薙ぐ私の攻撃は先に彼女の胴に入るはずだった。
はず、だった。
踏み込んだ足が滑らなければ。
最後の一撃に十分な加速をつけるために踏み込んだ私の足が、床に撒き散らされた汗で滑った。
勢いよく滑ったせいで、避けるどころか、逆に吸い寄せられるように夜野さんの胴突きが私のみぞおちにすっぽりと突き刺さる羽目になったのだ。
綺麗に入った結果、その場にうずくまった私は、直後、朝沢山食べたご飯を盛大に吐き戻していた。




