2-10 練習試合・夜野さん
体育の授業の後半は、恒例の練習試合だった。
(唯一、体育の時間で盛り上がるのがこの時間なのです)
試合の順番を待ちながら、無言のまま脳内でイナンナ様に話しかける。
”そうなの?”
(はい、そうなのです。
クラスの四強と言われる私と、万能委員長の夜野さん、小柄で変幻自在な犬屋敷さん、大柄で膂力に溢れる元井さんの四人のいずれかが組み合わさる時は盛り上がるんですよ)
”あなたも入るなんて程度が知れ……”
(今日の大一番は夜野さんと犬屋敷さんです)
と、イナンナ様の言葉に思考を被せた。
”……”
(基本に忠実な夜野さんと、変則的な攻撃を得意とする犬屋敷さんの試合は面白いですよ?
かくいう私も、変則的な戦い方をする犬屋敷さんが苦手でなんで、試合をちゃんと見て、なんとかして対抗策を見つけたい所なんですけどね)
静かになったイナンナ様は置いておくとして、二人の試合は始まった。始めの合図とともに二人は中段で構え、互いの矛先をちょんちょんと叩き合う。
挨拶のようにも見えるが、れっきとした体制崩しの小競り合いだった。お互いに薙ぎや突く事をせずに、払って態勢を崩すことを選んだらしい。
ちょんちょん ちょん ちょん パンッ
開始早々、最初に仕掛けたのは犬屋敷さんの方で、数回目で強く相手の矛先を叩くが夜野さんの姿勢は崩せず。
夜野さん自体はそこで攻めに回らなかったため、また叩き合いになるかと思った振り出しの一合目で犬屋敷さんがさらに動きを見せた。
再度強く叩きつけるように見せて、夜野さんの矛先に自分の矛先を当てる寸前で薙刀の位置を変えずに身だけ前に前進させる。握りの位置もほぼ矛先に当たるぐらいまで前方に滑らせたのだ。
そして、犬屋敷さんは夜野さんとかなり近い身の位置から強引に矛先を叩きつけに行く。
その結果、予想以上の力が入ったことで夜野さんの矛先は床に叩きつけられた。
これは決まったかな?
二人の間合いは近く、夜野さんは矛先を下に落とされ、犬屋敷さんは十分な体勢のまま次の行動に移ろうとしている。
私には、このまま前進した犬屋敷さんの矛先が伸びて胴突きが決まると思えた。
だが、実際にはそうならず、夜野さんにはさらなる慮外の一撃が飛ぶことになる。
犬屋敷さんの矛先もそのまま夜野さんの矛先を押さえつけるかの如く、地面に向かう軌道を描いたのだ。
薙刀の試合は刃に当たらないと勝負が決まらない為、矛先の動きには十分に気を付ける必要がある。
そんな常套句を笑うかのように、犬屋敷さんの手首は返されて、上から刃ではなく柄の上段振り降ろしが夜野さんを襲う。
互いの矛先と体捌きに気がとられていた夜野さんは、全く柄にまで気が及んでいなかった。
その為、柄の一撃を避けられず、体勢を右に崩させれていたせいで頭部には当たらなかったものの、左肩を痛打したようだった。
「いたっ!」
薙刀を落としてうずくまる夜野さん。
勝負として一本は取れないが、薙刀の戦法として柄で叩くのは有りだった。叩いて怯ませてから改めて切りつけて一本を取ればいいのだ。
とは言え、現実的には柔らかい穂先と違って固い柄で叩かれると本当に痛い。状況によっては、骨が折れるんじゃないかと思うぐらい痛い。
いつか重大な事故が起きそうなものだとは思っているが、偏に薙刀が許されている理由は、私たちが神學校の生徒だからと言う事があるのだと思っている。
骨折ぐらいまでなら、簡単に治せてしまう人が身近にいるのだから。
「あっ、ごめん大丈夫?」
犬屋敷さんも薙刀を置いて気遣うが、別段深く気遣ってもいないのはそれが理由でもあった。
「大丈夫よ……全然見えてなかったから、しっかり入っちゃった」
夜野さんは正直すごく痛そうで、肩に手を当てている。
「まだ続けれそう?」
「いえ、やめとくわ。今回はあなたの勝ちね」
そこで勝負は終わった。戻って来た彼女は、痛むのかずっと肩を押さえ続けている。
”上手ね”
そうイナンナ様が私に言った。
(ええ、犬屋敷さん上手でしたよね。あれは初見だと避けられませんよ)
”違うわよ、ナナエ。あの女、痛みを取るために丁寧に冷やしているのわからないの?”
(あの女? 犬屋敷さん?)
”魔力で空気を冷やして、叩かれたところが腫れないように冷やしているのよ。地味ではあるけれど、丁寧な魔力の使い方をしているわね”
(ん? 何の話ですか?)
私は周りを見回す。
夜野さんの押さえている肩が少し明るく見えたので、そこでようやく何が起きているのかを理解した。
”理解するのが遅いわよ。魔力の流れを感知することも出来ないのね”
イナンナ様の指摘が痛い。
(……魔力量が多いせいで、繊細な事苦手なんですよね)
”嘘おっしゃいな”
隠そうと思って考えた事だけれど、その場しのぎで答えた嘘はあっさりと見抜かれる。
実際の所、私の感じ取る能力に関しては人一倍繊細なのだけれど、それには問題があった。
(本当は繊細過ぎて、魔力を感知し続けると実物の感覚なのか魔力の感覚なのか良く分からなくなってくるんです。
だから、いつもは魔力を極力感じないようにしているんです)
”ホントにもう……”
今度は正直に言ったのだけれど、返されたその言葉が言葉の通りなのは自分でも理解していた。




