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5-20 戦いの余韻

 夜空が見える。雲はまばらで、星が良く見えた。


 そして、誰かが私を覗き込んでいる……?


”目が覚めた?”


 澄んだイナンナ様の声が聞こえる。

 瞬時に覚醒する私の頭。

 見えるのは星空だけ。

 彼女の姿は朧にも見えない。


「あっ……がっ……!」


 寝ている体勢を自覚した私はすぐに体を起こそうとしたのだけれど、出来たのは全身に響く激痛に喘ぎ声を出すだけだった。


(私、どうしたんですか?)


 そう思考で伝えはするものの、筋肉痛とは言えないレベルの痛みが体のあちこちから頭に届き、覚醒したはずの意識は何度か白くなる。


”無理しないで。ひとまずの脅威は去ったから、回復に努めるのよ”


 それは私の質問とは違う答えだったけれど、私は無理に動くのを止めて極力体が痛まないように力を抜いた。

 そんな私に、優しい声でイナンナ様は話しかける。


”ナナエはちゃんとやれたわ。でも、詰めが甘かったわね。

 乗員を殺ったところで、自爆されたのよ。至近距離からそれに巻き込まれたの”


(白くなったのってやっぱり……)


”ええ、そう。でもね、槍に魔力が十分に蓄積してあって助かったわ。

 防壁を張って一気に後ろに飛び去ることで、爆発からの影響はほとんど受けずに済んだわ”


 じゃあ、どうして……という私の言葉の前に彼女が続ける。


”今さら言うのもなんだけれど、訓練その三よ。勝ったと思っても決して気は抜かない事”


 勝った後の心積もり、つまり私は残心が出来ていなかった。

 薙刀の練習の時にも時折言われた事があったっけ……

 命に直結するような状況を経た今は、その重要性が初めて分かった気がした。


”初戦なのだから無理は言わないわ。格上相手に勝てたのだし、結果としては上出来な方よ”


 気を失うような失態を晒してしまった以上、そう言われた所で私の気分は上がらない。


”そこまで気にしないの。本当に上出来よ?

 だから今休ませてるのは本当の意味でナナエにご褒美ね。

 少し不思議ではあるけれど、目下の脅威は歩行兵器一体だけだったわ。歩行兵器が爆発して崩れ落ちるのを見届けた後、私はナナエの体を無理やり使って、他に敵は居ないか探したの。でも何も見つからなかったわ。

 何か他に脅威が見つかったのならどんな手を使ってでも起こしていたのだけれどね。安全だったから、私は一人でこの体を操って安全な所に来て休ませていたのよ”


 安全な所と言う言葉に従うべきか、訓練その三を守るべきかで葛藤が生まれる。

 纏まらないときは聞くしかない。


(……ここ、どこなんですか?)


”山よ。私が最初にあなたに入ろうとした祭壇の場所”


 足稲山。ああ、だからかすかに見覚えがある景色なのか。


(どうしてここに?)


”私にとって相性のいい場所なのよ、祭壇に出来るぐらいにはね。ここに来るだけで少しは私も回復できるから。

 後遺症……というより、極力あなたの寿命を縮めない形でゆっくり回復してもらっていたの”


(イナンナ様、ここまで私を連れて来たんですか?)


”ええ、そうよ。今だから言うけれど、私にとっても初めての経験よ?

 ナナエが意識を失っていたから私がこの体をコントロール出来るのはいいとして、逆に魔力は全然使えないでしょ?

 魔力がほとんどない人間の体で人に見つからないように隠れて歩くなんて事、初めてすぎて大変だったわ。

 なんで私がこんな事してるのかしらね? なんて何回思った事かしらね”


 ふふっ


 非難するようでいて、実はまんざらでもなかったという口調で話すその言葉に私は笑みを浮かべようとした。でも、その少しの動きでさえ、どこかの筋肉は痛みを訴える。

 そんな痛みに顔を引きつらせながら、私はある返事を期待して彼女に感謝を告げる。


(ありがとうございます、の方がいいですか?

 それとも、初めての経験良かったですね、って言った方がいいですか?)


”バカね、ナナエは”


(じゃぁ、助けてくれてありがとうございます)


”……本当にバカね、ナナエは”


 ふふっと、今度はお互いに笑った。

 ひとしきり笑った後、イナンナ様は声色を変えずに私に尋ねた。


”そうそう、初めての経験と言えば、今回あなたは初めて人を殺したわ。それについて何か感想はある?”


 脳裏に浮かぶ、槍を伝うチョコレート色の液体。

 チョコレートコーティングされたスティックのクッキーのCMみたいに、とろりと流れていくチョコレート色のそれが、操縦している人の血なのは薄々理解していた。


(私が殺したんですか?)


”ええ、爆発する前には死んでいたわよ。ほぼ即死ね”


 殺した人は私の直接的な仇かどうかはわからない。殺した人がどんな人で、もしかしたら家族がいたかもしれないけれど、私にはわからない。

 何か明るい未来がその人にあったかもしれなくて、奪ってしまったかもしれないけれど、それも私にはわからない。


 でも一つだけ、思う事はある。



(別にどうとも思いません)



”そう、それは良い返事ね。それじゃ、改めて初戦の勝利おめでとう”


(……ありがとうございます)


 自分で戦う事を決断した時点で、私の目的の為に誰かの命を奪う事になるかもしれないとわかっていた。

 それがすぐに来たってだけで、終わってみれば、本当にどうも思わなかった。


 この気持ちにイナンナ様のコントロールがあるのかはわからないけれど、多分私は無いと信じている。

 私は、多分薄情なのだろう。

 自分のエゴを通した結果、他の人の命を奪ってしまっても何も思わないのだから。正義の為なんて取り繕うつもりもない。自分のやってしまった事を理解した上で、私は特にそれに関して何も感じなかった。


”素質はあるって事ね”


 イナンナ様の言葉に、何の素質ですか? とは聞かなかった。

 多分、この非情さは神に選ばれる際には必要な事なんだろうなって薄々ながら気づいたから。

 聞かない以上、正しいのか間違っているのかはわからないんだけれども。



 そこまで考えたところで、ぐぎゅる……と大きく私のお腹が鳴った。



(聞きました?)


”恥ずかしがらなくていいわよ? 今更なんだし、私の体でもあるのだし”


 普通に返されても、女性として恥ずかしいと思うぐらいには大きくお腹が鳴ったと思う。


”結構時間は経っているからね、お腹が空いていてもおかしくない時間よ。非常食持ってきていたでしょ? 食べたら?”


(……そうしますね)


 取り付く島も無い言い方に私は同意した後、横たわっている体を起こそうとしたのだけれど、


「あっ……ふんっ……!」


 当然ながらに起きる全身への激痛に再度喘いでしまい、体はまた仰向けの状態に戻される。


(イナンナ様、どうして体がこんなに痛いんですか? 無茶した影響のせいですか?)


 覚えているだけでも左腕は一回、足は三回か四回は強制的に回復されている。おそらくそれは寿命を著しく縮める行為で、多分その後遺症なんじゃないかと思っていた。


"ええ、無茶した影響よ。さっきも言ったけれど、魔法で無理に回復をしないのは今後の為を思ってだからね?

 加速思考についていけるだけの速度を体に持たせたらどうなるか、よくわかった?"


 深くため息をつくのでさえ、少し痛い。

 思い違いを反省するとともに、百聞は一見に如かずとは言うけれど、無理やり加速するってこういう事なのねと実感する。


 これでもっと速度を上げるとしたら回復は必須になるし、寿命なんてあっという間に尽きる……とも。


”このぐらいの痛みで収まるぐらいなら本当に御の字よ。部分的な回復の回数もそう多くはないし、何度も言うけれど、これで初戦なら上出来よ”


 何度彼女に褒められても、現実を実感するしかない私の気持ちは上がらなかった。


”きっと食べたら少しは良くなるわ。少しだけ痛みを感じなくさせてあげるから、起きて持ってきた荷物から食べ物食べなさいな”


 彼女は私を元気づけてくれようとしている。

 その言葉と共に、感覚が鈍るようにすっと全身の痛みはすぐに引いていった。

 体を起こすのも嘘みたいに痛くなくて、普段通りに動ける。……気がした。


(これ、痛みを感じていないだけですか?)


”そう、感じていないだけ。全身の悲鳴は続いているわ。だから、早く食べなさい”


 言われるがままに、私は頭の下に置いてあったリュックサックを開ける。

 戦っている最中に壊れたのか、二つの水のペットボトルは両方とも壊れてリュックの中をびしょびしょにしていた。

 でも、例のクッキーバーの箱の方はとりあえずは大丈夫そうだった。結構ぐちゃぐちゃに潰れていたけれども。


 封を開けて、半分は粉になったクッキーを一つ、また一つと口の中に入れていく。

 味は微妙だった。麻痺しているせいかあんまり感じられないのと、思いたくないけれど、ちょっと血の味がする気がして。


 イナンナ様に勧められるままに、二日間分六箱全部を食べた所で、口の中はパサパサで喉はカラカラになっていた。


(水欲しいですね……)


”下の()()()()()使()()()()()()()()()()()()


(市内停電してましたからね、復旧していれば大丈夫でしょうけれど……)


 と、私はすぐに話の齟齬に気づく。


 自動販売機を使う時間? もしかして……?


 すぐさま魔力感知状態に視界を切り替えて市内を見る。

 標高は低い足稲山の中腹とはいえ、普段よりも視点の位置は高い。

 停電は継続していて市内は暗く、動く光は一つ、二つだけしか見えなかった。それよりも気になったのは、戦う前にはあれだけ良く見えていた魔力の光がほぼ消えていた事だった。


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