義妹の成長
私は、屋敷に帰り急いでお父様に相談し、教育プログラムを組み立てた。
話を聞いたお父様も複雑怪奇な表情をしていたけど、こうなったからには仕方ない。
もともときちんとした教育を受け直す必要はあったので、本人がやる気になって逆に良かったのかもしれない、と思うことにする。
元々私と同じ教育係はついていたのだが、本人と言うかあの女がアリスンには必要ないと追い払ってしまうことが多かった。
その時間はカタログを見たり採寸をしていたりそれはそれで忙しくしていたようだけど。
アリスンは今は自分がきちんとした令嬢ではない自覚があるようだが、その時のことをどう思っていたのだろうか?やはりあの女に洗脳されて、私は完璧な令嬢と思い込んでいたのかもしれない。
アリスンはあれ以来、あの女のことを口にしていない。
それが良いことか悪いことかは私にはわからなかった。
とにかく、日中は学院の講義があるため、夕方以降に令嬢教育を受けることとなった。
と言うわけで、私シャーロットが引っ越しである。
アリスンの部屋に。
これも侯爵家権限、特待生権限というやつだ。
これで日中以外はビシバシとしごくことができる。
基本的には私が教師役を務め、私が対応できないときは私が教わった先生方に来て頂くことになっている。
「またフォークの使い方がおかしい!」
「背筋が曲がってましてよ!」
食事時から、
「気を抜かない!いつでも見られてる意識!」
「歩き方!もっとしとやかに!走るなんて言語道断!」
「それ以上だらしのない姿でいるなら背中に棒をいれて差し上げてよ?」
移動中から、
「今日はこれですわよ、国の重臣たちについて。」
「今日はお休みだからじっくりお勉強できますわね、ほほほ」
「作法についてよ。これができなければ殿下にも他の方にも紹介なぞできませんわ」
寝る前、休日は勉強。
私が愛読書の少女小説を読むなか、私の出した課題をノルマまできちんとやってくれる。
お肌のためにあまり遅くならないようにはしているが、それでも大した集中力だ。
それが毎日続くものだから、音を上げてもおかしくない。
アリスンもげっそりしていたが、意外にも食らいついてきた。
普段の講義もしっかり受けているらしい。
私の友人も総出で、アリスンの教育に当たったが、アリスンはあっという間に友人たちと仲良くなってしまった。
アリスンはあの女が絡まないと、素直で明るくて、可愛いげのあるとってもいい子だったのだ。
貴族としてのふるまいや作法も、だいぶ様になってきた。かなりの進歩だ。
教師陣たちも、あれがあのアリスンかと目をみはっていた。
本当に、はじめから私と同じようにやっていれば、年齢差はあるとはいえ、婚約者候補に選ばれる可能性も高かったのでは…と、悔やみたくなる成長ぶりだ。
恋の力ってすごい。
たまに昔のことを思い出すのか、進みが悪く癇癪を起こし、
「シャーロット様は昔から侯爵令嬢だから平民育ちの私の気持ちなんてわかりませんわよ!」
「そうですわね!でも私が淑女教育を受け始めたのはあなたが来てからですけどね!その間サボってたのはあなたですわよ!」
と大人げない(私が…)やり取りをすることもあったが、
結局昔のことを持ち出すと私が弱い。
「ごめんなさい、言い過ぎましたわ。あなたは私よりずっと早いスピードで学んだことを吸収してますから、十分すごいのですよ。そんなに焦らなくても大丈夫ですわ。」
「…私こそごめんなさい。私なにもしてこなかったもの。自業自得ですわね」
「…」
一緒に勉強できていたら…そう言いたかったけれど、言っても仕方のないことだし、なんの意味もないのでなにも言えなかった。
あの女の話は、お互いに避けている。
毎日会って会話のやり取りをするようになって、アリスンの思い込みというか勘違いに驚かされることもはじめは多かったが、情報源はあの女なので、それは間違いと断定はせず、この方が納得行かないかしら?とそれとなく正していった。
アリスンもだんだん自分の思う常識がおかしいことに気づき、すんなり受け入れてくれるようになった。
あの女はアリスンに変な常識を刷り込んで何をしたかったのか…
とにかくアリスンの考え方はだいぶまともになってきた。
まぁ、毎日学院で過ごしていれば、貴族たちの 普通 、というものがどんなものかはわかってくるというものだけれど。
殿下とお付きのレナートがたまに様子を見に来るが、まだまだ未熟でございますからと言って会わせないようにしてきた。
遠目から、アリスンがしごかれているところを見守ってくれている。
今までのアリスンだったら間違いなく怒り出していただろうが、今は私が殿下を丁重に追い返してもなにも言わずにいる。
そろそろ、会わせてあげても良いかな、と思い出した頃、殿下たちが様子伺いに来てくれた。
殿下は相変わらずきらきらしく微笑んでいる。
完璧な王子っぷりだ。
「やあシャーロット嬢。元気そうだね」
「殿下もご機嫌麗しゅうございますね。そうだ、よろしければ、お茶でもいかがですか?」
「おや、良いのかな?」
「ええ。あの子へのご褒美ですわ。頑張っていますから」
殿下は嬉しそうに中へ入っていった。
レナートと目が合い、苦笑される。
「では俺も同伴にあずかろうかな」
「ええ、どうぞ。」
アリスンはいつにもまして明るく楽しそうにしていた。殿下しか見ていない。
私はお茶を出すよう侍女に指示すると、少し離れたところで立つレナートに声をかける。
「あなたもお座りになったら?」
「いや、なんか邪魔になりそうだろう?」
「確かに…」
私はアリスンと殿下を見つめた。
本来なら婚約者の私を放っておく殿下やアリスンに怒っても良いところなのだが、アリスンの気持ちを知って招いたのは私なので特に何も思わなかった。
黒い髪の殿下と、金髪のアリスンが並ぶと、それなりに絵になる。
アリスンもまだ13、いや最近14になったとはいえ、苦労したせいか、意外と大人びた顔立ちをしている。
それでいて明るく愛嬌のあるところは、素直に羨ましい。
まだ成長途中だが、きっと柔らかい雰囲気の美人になるだろう。
対する私は、黒髪ストレートで、殿下と並ぶと地味な絵面になる。
殿下自体は黒髪でも華やかな顔をしているのだが…
私は、自分のことを美しい方だとは思うし、回りにもそう言われるが、殿下やアリスンに比べれば地味顔であることは否定できない。
この点は、他の婚約者候補にもだいぶ当て擦られた。
まぁ、それ以外の部分で認めてもらっているから外野などどうでも良いけれど。
殿下は、私よりアリスンの方が好みなのだろうな、と思う。
私には凛々しく時に優しい完璧な王子の姿しか見せないが、アリスンの前ではなんだか楽しそうだし、私よりもアリスンを構うと言うことは、そういうことなのだろう。
責めるつもりはない。
殿下も一人の男性として、好きな人のそばにいたいはずだし。
私のことは、友人で、政略婚約と言っていたし。
私も、特に恋愛感情があるわけではない。
いつでも完璧な王子様だった殿下に憧れはしたし、尊敬もしている。
最初は笑いかけてもらえて舞い上がったりときめきを感じた覚えもある。
それがなぜ恋愛感情にならなかったのか、今でもよくわからない。たぶん、完璧過ぎて気後れしたのかもしれない。
殿下は私を未来の王妃にふさわしい扱いとして紳士的に振る舞ってはくれるけど、それだけだ。
私を愛称で親しげに呼んでくれたり、レナートに言うように面白いジョークを飛ばしたりもしないし、今アリスンに向けるような熱っぽい眼差しを向けてくれることもない。
ただ、王妃としてふさわしいと周りが認めたから婚約者になっただけの女なのだ、私は。
選ばれたときはうれしかったはずなんだけどなぁ。
あれから1年。なんの進展もしないまま。
政略婚約の意味合いも強かったから、今の目の前の光景を見ても、それほど落ち込んだりはしない。
いい気持ちはしないけど。
ただ、アリスンが今後どういう立ち位置になるか…
それは、私にもわからなかった。