追い詰める義姉
入学パーティーの場で、やはり予想通りの言動をした義妹。
騒ぎが大きくなる前に少し離れた小部屋に義妹を連れ込んだ私は、置いてあったソファに義妹を突き飛ばし、目の前に立って思いきり見下ろした。
私に実力行使されたことなどない義妹は、少し怯えた色を見せていたが、赤茶の瞳ですぐににらみ返してきた。
「あなた。本当にいい加減になさい。ここは屋敷ではないのですわ。れっきとした社交の場。私に恥をかかせないで」
「な、なによ!お姉さまが悪いのよ!お姉さまこそ、私に恥をかかせないで!」
「あのね。わかっていないようですが、あそこにいる誰もかれも!あなたの言うことなんて信じませんわ」
「それは、みんな、お姉さまに騙されているのでしょ!」
「そういう言いがかり、本当にうんざり」
「私だってお姉さまにはうんざりよ!」
「では聞きますが。私が、みなさまを騙して何をしているって言うのです?」
「…。」
普段これほどしつこく言い返すことのない私に詰め寄られ、義妹は言葉に詰まる。
しかしすぐに私を睨み付けると鼻で笑った。
「あら?良いの?私知っているのよ。お姉さまってば、王子さまの婚約者を決めるパーティーで、身体を使って審査の方々を籠絡したのでしょう?」
「はぁ?」
寝言は寝てからいってほしい。
「お姉さまみたいな貧弱な身体でも効果あるのねって、お母様と感心していたのよ」
「何をバカなことを…」
「動揺して言っても嘘臭いわね」
「…あまりにも下らなすぎて驚いているの!」
さりげなく私のプロポーションをけなしてきて腹が立つが、まぁ確かに、目の前の2歳年下の義妹よりささやかな胸は貧弱と言えなくもない…。
「そうだわ。お姉さま、やっぱり私に王子さまの婚約者の座を譲りなさいな。私の方がスタイルいいし、マナーのなっていないお姉さまよりきちんとした淑女である私が相応しいわ。私が王妃になれば、平民たちも喜ぶし」
斜め上の発想に思わず頭を抱えたくなる。
「無理に決まってますわ!あの場は、王妃になる教育を受けている令嬢のなかで、最も王妃にふさわしい令嬢を選ぶもの。ただ見て話してるだけじゃなくて、前々から試験とかそういうのもこなした上で、あの場で決められるのですわよ?」
「どうせ試験も不正をしたのでしょう?わかりきってるわ」
もうほんといい加減にしてほしい…
「あのねぇ。私はこの2年、成績優秀で模範的な生徒に送られるダリア賞を2年連続で頂いております。私はこの学院の模範生として常にあり続けているのですわ。その事は、間違いなく候補者のなかでプラス評価。でもそれだけよ。試験も不正のしどころなんてありませんわ。だって、多くの貴族たちの見ている前で行うのですわよ?」
「でもお姉さま…」
「いい加減にして!あなたが今批判しているのは、私じゃなくて国のシステムやら、審査をした貴族たちなのよ?あなた、今の話よそでしてごらんなさい。うちの侯爵家はいい笑い者ですわよ!」
「でも、だってお姉さまが…」
「でもでもだってでもお姉さまがでもない!あなた本当に、うちの家を潰したいわけなの?あんな非常識な娘を外に出すなんてと陰口を叩かれるだけならまだいいですわ。きちんとした家ならまず間違いなく交流を持たないようにして、取引もやめて、最後には蹴落とすでしょうね。じゃないとうっかり他の王族の前とかで粗相をしてしまったら国同士の争いになったらとんでもないもの!」
私が早口で言い連ねるていると、義妹はニヤーッとした笑いを浮かべだした。
「お姉さまってば非常識な娘だなんて、自分のこと言ってるの?」
「バカも休み休み言え!お前のことよ!ほんとうに面倒くさいったら!」
裏の事情を理解しているつもりでも、つい口が悪くなってしまう。わかってくれている人がほとんどだから、今まで多少の斜め上の妄言にも取り乱さないでこれたけど、やっぱり溜まっているものはあったらしい。
恐らく私にお前だのバカだの言われたのははじめてだと思う。私もこんな口の悪いことを言ったのははじめて。
義妹はさすがに言葉を失った。
「今まで家の中ならと思って厳しくいってこなかったけれど。もう我慢ならないわ。良い?よく覚えておきなさいな。さっきあなたはもう少しで、反逆罪になってもおかしくなかったのよ」
「…反逆罪!?何をいっているのよ!お姉さまの方が反逆罪じゃない!王子さまを騙して婚約者になるなんて!」
バシッ!!
思わず、平手で義妹の頬を張っていた。
手が痛い。
たまにあの女に平手打ちされたことがあったけど、思ったより叩く方も痛いのね。もちろん叩かれる方が辛いだろうけど。
「痛い!暴力なんて最低だわ!こんな人が王子さまの婚約者だなんて!」
義妹は大声で叫びながら私の横をすり抜けて出ていこうとする。
私はまた腕をつかんでソファに投げ飛ばした。
「私の話は終わっていませんわよ。あとここは防音だからなに叫んでも無駄。自分のためを思うなら私の話を黙って聞きなさい」
「な、なんなのよ…」
豹変する私が怖くなったのか、義妹は涙目で少しおとなしくなった。
私は構わず話し出す。
「あなたが向こうで言おうとしていたのは、さっき言っていた私が不正したとか身体使ったとか言うことですわよね?」
「もちろんそうよ。お姉さまが自分の保身で私に最後まで言わせてくれなかったんじゃない。」
また始まった下らない話は無視をすることにして、続ける。
「それを言ってしまっていたら間違いなく言い逃れできなかったですわね。感謝しなさい。私が止めなかったらあなた今ごろ牢屋のなかですわよ」
「なんですって!?いい加減なこと言わないで!」
「本当のことだわ!あなたが妄想を垂れ流すのは勝手だけど、それを聞いた人はどう思いますの?あの審査は公正。万が一、あなたが言うことが正しかったとしても、公正であると言う立場が崩れていないならば、それを不正があっただの証拠もなく言うことは、それを主催した王室にとってみたら害意ありと見られて反逆罪。お分かり?もちろん、不正は絶対にあり得ないけれど」
「…」
「不正したとか証拠でもありますの?ないでしょう。誰か証人でも?」
「…い、いるわよ!証人!」
さすがに驚いたわ。なんとなく予想はつくけど。
「誰よ!?」
「お、お母様…」
「ばっかじゃないの。あんなあなた以上のバカが不正の証人だなんて、誰が信じると思ってますの?」
「ひどいわ!平民だからって私のお母様をバカにするなんて!」
だって本当にバカなんだもの。あなたのお母様。
義妹のことさえなければ、さっさと追い出したのに。
「どうせさっきから言っているあなたのその妄想も、ぜーんぶあなたのお母様が言い出したのでしょ。だいたいねぇ。前からずっと言いたかったのですけれど。その平民だからって!みたいなの、ほんと恥ずかしいですわ。私が同じ平民だったら、一緒にするなって思いますわね。意味お分かり?平民がみんなあなたみたいな人だと思われたら心外、て意味ですわよ」
「な、あ、くそ!バカにしないで!」
「だってそうでしょう?平民が貴族になって、まず偉そうになる。私は侯爵令嬢なのよ!とかいって下級だけど貴族の侍女たちを顎で使い、私にたいしては都合が悪くなると平民だからバカにするのね!とか、矛盾してることにお気づき?」
「く、、」
「貴族には確かに鼻持ちならない方や、平民を差別する人もいるわ。でも少なくとも私は貴族たるもの、公平であり、また民のために学び模範となるべきと考えておりますわ。あなたに今強く当たっているのは、平民だからとか全く関係ありません。単にあなたがクズだからですわよ。あなたやあなたのお母様の言動は、平民のことも、貴族のことも貶めている」
義妹は歯を食いしばって、ギリギリと音を立てていた。
「ゆ、許さないわ…!」
「あなたに許されなくても構いません。あなたは侯爵令嬢としてふさわしくない。私のことをお姉さまなんて呼ばないでくださいませ」
「この、、クソ野郎がぁぁ!!!」
殴りかかってきた義妹をかわし、その腕をつかんでもう一回ソファに投げ飛ばした。
「私だけならまだしも、お母様も侮辱するなんて絶対許さないから!」
投げ飛ばされた体勢のまま、手足をバタつかせながら吠える義妹。
私はソファに歩みより、義妹の目の前にしゃがみこむ。
痛ましいものを見るように義妹を見やった。
ここからが、本当の闘いだ。私と、義妹―アリスンの。
「あなたって意外と母親思いなのね。…かわいそうに」
「ど、どういうことよ…!」
「どうもこうも、あなたのお母様はあなたのことを本当に、愛しているのかしら?」
「え…」
「あなたは、本当に、愛されているの?」
「なにを…そうにきまっているじゃない!」
「じゃあ、どうしてあなたはいつも、あの人の顔色を窺っているの?あの人の言うことを信じて、何かおかしいと思ったことはない?それを伝えたら怒られたことは?」
真っ青な顔で、言葉を失うアリスン。
「…アリスン。
普通の母親はね。常に愛情をもって接してくれるはずですわ。
素敵なレディになってほしいと思ったら教育も受けさせる。よい行いをしたら誉めるし、娘が間違ったことをしたら叱るでしょう。
あの人は、あなたが回りとうまくやれるように心を砕いてくれたことがあります?
抱き締めてもらったことは?
あなたが辛いとき、どういう言葉をかけてくれました?
あなたをあの人がどう扱ってきたか。それがつまり、あの人があなたをどう思ってるかの答えですわ」
アリスンは色をなくした表情で、わなわなと唇を震わせながら言葉を絞り出す。
先程までお互いにヒステリックに言い合いをしていたのが嘘のように、小さな声で。
「で、でも…お母様は…私が言うことを聞いたら、誉めてくれたわ…」
「言うことを聞く人形が欲しかっただけでは?…いいえ、アリスン。あなたにとって辛いことを言うわ。あなた、あの人に利用されているだけですわ」
「そんなこと!…ない」
「あなたも薄々気づいていたでしょう?でも疑うと…
捨てられる、と思っていたんじゃなくて?」
明日から予約投稿されてます。ほぼ毎日、終わりまで行きますよー