義妹とおバカな義母
残念ざまぁをお楽しみください。
びたーん!
私の目の前でずっこける、義妹。
彼女はばっと顔を上げると、涙目で私を睨み付けてこう言った。
「お姉さまったらひどい!私を転ばせるなんて!」
フッ。
私は、鼻で笑った。
「あら。あなたが勝手に転んだんでしょう?私のせいにするのはおよしなさい」
「お姉さまが脚をひっかけたのでしょう?どうしてそんなことを言うの?そんなに私が平民の血を引いているからって憎いの!?」
「お黙りなさい。周りに迷惑よ」
周りからの注目を浴びていることを気づいているのかいないのか、義妹はわなわなと震えながら大きめの声で呟く。
「みんな、お姉さまに騙されているのね。いつも私に意地悪馬ばかりしていることを知らないから。お姉さまが王子さまの婚約者に選ばれたなんて信じられない。きっとなにか不正をしたのだわ…。審査員もお姉さまに…!いたっ!痛いわ!」
「良いからさっさと来なさい。」
妄想を垂れ流す義妹がこれ以上暴走する前に、私は彼女を引っ張って部屋から出た。
私はシャーロット・ミュラー。15歳。
ミュラー侯爵家令嬢。
そして2歳年下の義妹は、アリスン・ミュラー。
一応、同じく侯爵令嬢。
私たちの関係は少し(特に彼女にとって)複雑だ。
元々、本来だったら彼女の父親が、侯爵家を継ぎ、当主になるはずだった。
だが、彼は失踪し、弟である私のお父様が当主になった。
彼はどうも、市井の女に惚れ込み、侯爵の座を捨てたらしい。
というのも、彼が死んだあと、彼の妻、義妹の母親を名乗る女が、幼子を連れて侯爵家に現れた。
義妹は、当時6歳。
顔立ちに兄の面影を見た私のお父様は、彼が身に付けていた指輪を持っていた女とともに、義妹を養子として引き取った。
その時もあの母親を名乗る女とひと悶着あったらしいが、結局、放っておくとなにするかわからないという理由で侯爵家に置くことになったらしい。
私は、はじめその二人の存在すら、知らされなかった。
しかし2ヶ月ほど経ったとき、たまたまふたりが住まわされていた離れに遊んでいて入り込んだ私と、出くわすことになった。
離れの建物は、ほとんどが、高い生け垣に囲われている。
私は庭を探検しているときに、たまたま、子どもなら潜り抜けられる隙間を見つけ潜り込んだのだ。
そのまま建物の周辺を見て回っていた。
侍女と遊んでいた義妹が、たまたま見えたので、思わず近づいた私は、声をかけた。
「こんにちは!」
「…だれ?」
義妹は驚いたように目を丸くしてこちらを見ていた。
私は安心させるようににっこり笑って挨拶をする。
「わたし?シャーリーよ!あなたはだれ?」
「わたし、あ、あり」
「あり?」
「アリスン様でいらっしゃいますよ」
アリスンははじめてあった人との緊張からか、どもっていた。
見かねた侍女が笑顔で教えてくれる。
「アリスンって言うのね!かわいいおなまえ!」
アリスンは当時確かに可愛らしかった。
はじめは固かった表情も、年の近い私にはすぐに打ち解けて、にこにこして寄ってきてくれるようになった。
私は、それからも何度かアリスンのところに遊びに行った。
父には内緒で。
一度、お父様にはアリスンのことを聞いてみたが、困ったような顔で、「おまえの妹のようなものだ」といった。
なぜアリスンはこの屋敷で暮らせないのかと問うと、さらに眉を下げ、
「ちょっとな…こちらに連れてこれるようにしたいとは思っているから、今はあまり、離れに行ってはいけないよ」
と、そう言われてしまったのだ。
その理由を、私はいずれ知ることになる。
「アリスン!クッキーを持ってきたのよ!一緒に食べましょう?」
私はその日も、アリスンのところへ行っていた。
アリスンも、私が来るのを楽しみにしてくれていた。
「シャーリーおねえさま、ありがとう!」
世話役の侍女も含め和気あいあいとお茶を楽しんでいると、部屋の扉が急に開いた。
それを見たアリスンと侍女が急に真っ青になったことをよく覚えている。
「五月蝿いわ!私が休んでいるのに、騒ぐなんて、躾がなっていないようね!」
もちろん、扉を開けたのは鬼の形相をしたあの女だった。
「も、申し訳ございません」
「おかあさま!ご、ごめんなさい」
ふらふら近寄ったアリスンは、邪険に払われた。
払ったときに私と目が合う。
「鬱陶しいわね!…あら?おまえは誰?」
私は一連の流れに少し怯えたが、淑女たるもの、誰にでもしっかりと挨拶をするべしと教育を受けていたので、礼をつくして挨拶をした。
「ごきげんよう。ええと、アリスンのお母さま。はじめまして。わたくし、ミュラーこうしゃくれーじょうシャーロットと申します」
それが間違いだった。
「こうしゃく…れいじょう?」
「はい。シャーロットと申します!」
「なんですって…!?」
「え…?」
あの女は、また急にキレだした。
当時は訳のわからないまま、怒鳴り付けられる声と胸ぐらを捕まれて揺さぶられることに泣きじゃくったが、今思えば単純な話である。
曰く、アリスンが侯爵令嬢であり、おまえは侯爵令嬢ではない。
そして自分達が屋敷に住めないのはおまえがいるからか!とのこと。
ご苦労様ですこと。
気がついたら、自分の部屋で眠っていた。
私はお父様に、離れに行きアリスンに会うことを禁止された。
その後2年半くらい、アリスンやあの女に会うことはなかった。
離れに行くことがなければ会うことはない。
あの二人はある意味軟禁状態だった。
もちろん、外に行くことはできる。が、警備に言わないと門は出られない。
しかし、本宅の屋敷には警備を通過しないと通れず、(実際何度となく侵入しようともしていたらしいが)屋敷に来ることもなかった。
私はアリスンのことは心配していたものの、その後すぐ母が病気になり、療養についていき、その後母が亡くなったこともあり塞いでいて、なにもすることはできなかった。
アリスンのことをお父様に聞いてみたが、困ったような顔で、いつか一緒に暮らせるようになるから、少し待っていなさいとかわされていた。
そんな折り、事件が起きた。
離れがぼや騒ぎを起こしたのだ。
ちょうどその時、お父様は長期の出張に出掛けたところだった。
仕方なく、あの女とアリスンが屋敷にやって来たのだった。
アリスンは、すっかり性格が曲がっていた。
「お姉さま、わたくし、火事で色々なものを無くしたわ…」
「なんて可哀想に。私のものでほしいものがあったら譲るわ」
といったらあの女もついてきて、ドレスを何着もふんだくられて、アクセサリーやらいろんなものを物色していった。
「それ…まだあなたには大きいのでは?」
「すぐ大きくなりますから大丈夫です!」
アリスンは、ぶかぶかのドレスをどんどんピックアップしていくし、あの女に至っては
「(それ、大人がつけるアクセサリーじゃないのだけど…)」
怖いので黙ってました。
まぁ、10歳児の持ち物なんてたかが知れてるが、あんまりにも持っていくので自分の着る分が無くなりそうだった。
「さすがに、そんなに持っていかれちゃうと私が着る服が無くなってしまうのだけど」
そう言ったものの、急に目に涙をため私を睨み付けたあの目、今でも思い出せる。
「お姉さまは私をみすてた!そのくせ色々なものを買ってもらっているじゃない!ずるいわ!」
驚いて、なにも言えないでいるとほとんどが持っていかれてしまった。
もちろんそれでは困るので、後日新しい服を作ったが、今度はなんと部屋ごと取られた。
「私ずっと狭い部屋で大変だったのに、お姉さまはずっと広い部屋なんてふこうへいよ。」
アリスンのいた部屋はそこそこ広くて陽当たりもよく、庭もよく見えるお客様思いの客室でした。
そしてそこには取られた私の服がたくさんあったので、とりあえず着るものには困らなかった。
そんな感じで、私のものを取っていくこと数回。
彼女らに遠慮がなくなっていた。
そしていつもなあなあで取られていた私もさすがに我慢の限界になる出来事が…。
「なにをやっているのですか!?」
「何って、私に似合う服を探しているの」
「それは私のお母様の服です!勝手に漁らないで!」
あの女があろうことか私のお母様の部屋を物色しだした。
アリスンはともかくあの女は名前も口にしたくないくらいずっと嫌いだったので我慢ならなかった。
「どうせもう死んでるんでしょ!使わないなら私が着てあげるって言ってるの」
「お母様の服にさわらないで!」
「五月蝿い!邪魔よ!」
私は突き飛ばされて打ち所が悪く、脳震盪を起こして倒れた。
その間にお母様の部屋はめちゃめちゃになっていた。
そんなときに、お父様が一時帰宅したのだ。
さすがのお父様も激怒し、あの女を追い出す寸前まで行ったが、
最終的にはお母様の遺品を燃やすと脅され、いつの間にかお父様の後妻におさまっていた。
そしてアリスンは養子になり、ほんとに侯爵令嬢になった。
うそだろ!?と当時は嘆いたものだ。
だが、お父様も考えなしにしたことではなかった。
「シャーリー。おまえには伝えておこう。あのふたりは、恐らく…」
それは、驚くと同時にどこか納得の行く疑念だった。
「そんな、それって…あ、アリスンはどうして」
お父様は、その問いには答えてくれなかった。
「今はまだ、あのふたりを離すことはできないんだ。すまないが、おまえが無理しない程度に、アリスンのことは気にかけてやってくれ。あの女のことは、私に任せなさい」
お父様は、あの女のわがままをたくさん叶えた。
あれがほしいと言えばカタログを取り寄せ、ドレスを作れと言えばお針子を呼びつける。
あの女も満足そうにソファにどっかり座ってお菓子を食べまくっていた。
まぁ、カタログは下級貴族向けのあまり高くないものだし(値段は書いていないタイプ)、ドレスの生地は安めのもので針子も普段私とかが作るときの専属のお針子さんじゃなくて、そのお弟子さんとか。本当は手際が良くないからなんだけどじっくり時間をかけて計測するから、その日は暴れまわることがなくてほんと助かった。
お弟子さんたちもバカにされたり鞭打たれたりはあったけど、多少我慢すればいいだけだし、技術習得のいい練習になったみたい。もちろん鞭打ちはお父様に連絡がいって、怒られてたけど。
そうやってモノを増やしていき、あの女好みの部屋と持ち物に大変身。悦に入っているうちに、お母様の遺品を少しずつ取り返した。
はじめは屋敷を我が物顔でうろうろして、私に嫌みを言ったり嫌がらせをしてきたりしていたけど、そうしないときは一日中ゴロゴロしてお菓子ばかり食べていて、気がついたらコロコロに太ってますます引きこもるようになっていた。
なので3年もする頃にはたまに発狂して暴れまわるくらいで、影の薄い存在になってしまった。
人質ならぬモノ質も取り返したので、もう何も怖くなかった。
ただ、どうしても何もできないことがあった。
アリスンのことだ。