年末大掃除!ボツ作品No3
何度も言いますが、この作品は単発作品で続きません。ご了承ください。
「おい見ろよ、郵便屋だぜ」
歩く度に声が聞こえてくる。
「お優しい郵便屋さんが戦場に何の用だよ」
一歩、また一歩と歩くだけで罵る声が聞こえてくる。
当然だろう。殺し殺されの戦場に、慈善という名の偽善を振りまく人が訪れているのだから。
それでも僕は行くしかない。それが僕の仕事だから。
僕が生きている理由だから。
「失礼します。ご利用を承りました、武装中立郵便局の者です」
兵士に案内され、司令官用のテントに案内された僕とパートナーの少女のふたりは、ノックする扉がないため大声で名乗り、返事を待った。
すると数秒おいて「入れ」と短く返事があった。
失礼します、と一言入れて入室し敬礼する。
「ご利用ありがとうございます。僕は武装中立郵便局『ラ・レットルアルメ』所属ノエル・スヴェストル一等配達員です。ご用件をどうぞ」
敬礼を解いて答える。名目上は民間の慈善組織だが、実際はただの軍隊に等しいこの組織に鍛えられた僕は、傍から見ても軍人そのものの動きをしていることだろう。
「ご苦労、郵便軍。依頼だが、手紙の代筆と配達を頼みたい」
『郵便軍』とは、僕たち武装中立郵便局の呼び名だ。『郵便屋さん』や『お手紙係』といった蔑称とは違い、僕たち自身も自称することがある俗称だ。
「了解しました。手紙の代筆と配達でよろしいですね」
先方が頷くのを確認し、隣に立つ少女に声をかける。
「準備をして、ライラ」
彼女はライラ・コーウェン二等代筆員。僕とコンビを組んでいるパートナーだ。やや大きい制服に翡翠色の髪と瞳をした小柄な少女。いつも反応が薄くてろくに返事を返してくれない。別に気にしてないけど。
「代筆ですが、タイピングと手書きを選べますが、どちらがよろしいですか」
「ほう。手書きができるのか。ではそちらにしてくれ」
「では、机を拝借してもよろしいでしょうか」
先方の指示に従い、秘書用の机にライラを座らせる。
「宛名はいかがしましょうか」
「妻と娘へ、としてくれ」
先方が言うと同時に、インクを滴らせた羽ペンを握るライラが丁寧な字で規則的に言葉を綴る。まるで機械のように。
「それでは、手紙の内容を彼女に話してください。ああ、はっきりと話していただければ普通の速さで構いません」
腕を組み、目を閉じて椅子に座る先方に話しかける。
「そうか。では、拝啓妻と娘へ。突然の手紙を許してほしい。仕事ばかりで家族を顧みないダメな父親だったが、今回ばかりは死を覚悟している。だから手紙を遺そうと思っている。遺書のような手紙になってしまってすまない。いま私は、最前線にいる。きっとこれが最後の任地に・・・・・・・・・」
最初に言った『死を覚悟している』とは本気なのだろう。目を閉じてはいるが、その表情からは遠い故郷の家族を思い出しているのがわかる。
刻まれた深いしわ、所どころ覗く数々の傷跡、火傷の残る首。きっと人生の大半を炎と血が染める戦場で過ごしていたのだろう。
「妻へ。初めて君に出会ったとき私は・・・・・・・・・・・・・・・」
果たして彼は、故郷へ、愛する家族のもとへ帰れるのだろうか。
「娘へ。君が生まれたとき、私は・・・・・・・・・・・・・・・」
もし帰れなくてもこの手紙だけは家族のもとへ届けることを約束しよう。
「・・・・・・・・・・・・・・・君たちを、これからもずっと愛しているよ。以上だ。頼むぞ郵便軍」
目を開け、改めてこちらの方を見つめてくる。
「ああそうだ。一つ忘れていた。最後に、『すぐに君たちのもとへ行く』と付け加えてくれ」
「わかりました。以上でよろしいですね」
「ああ。これで本当に完了だ」
「では、宛て先をお願いします」
葉巻を咥え、火を付けようとしていた先方が答える。
「リンドの町、五番地だ」
いままで一言も声を発することなく黙々と作業をしているだけだったライラが口を開く。
「リンドの町は・・・・・・・」
「ライラ」
僕はそれを押しとどめる。それでも声を出そうとするライラにもう一度声をかけ、止める。
ライラが話さなくなったの確認してから先方に笑顔を向ける。
「リンドの町、五番地。確かに承りました。お代は二百ニクスです」
「それだけでいいのか?」
「ええ。仕事柄お代をいただかない訳にはいきませんが、あくまで慈善組織なので最低限の費用だけに、と」
町のカフェ昼食でも取ればおよそ二十五ニクスほどかかる。手紙の配達料と考えれば異常なほど高いが、それが代筆ありで、しかも場所は戦場と考えれば疑うほどに安いだろう。通常の郵便では特別料金として五倍は、いや十倍は確実に取ることだろう。
余談だが、この値段はインク代と交通費分だけだ。給料は一般の募金や国の援助分から出ている。感謝から多額の募金する人も多いのだとか。
「百八十、百九十、二百。確かに二百ニクス受け取りました。ご利用ありがとうございました。次回のご利用時にもノエル・ライラコンビをご指名ください」
渡された二十枚の十ニクス硬貨を一枚ずつ数え、しっかりと百ニクスあることを確認してから専用の袋にしまう。
ついでに多少の宣伝を加えてから司令官用のテントを後にする。
テントを離れ、軍の幕営地から遠ざかった頃、隣を歩くライラが訊ねてきた。
「なんで言わなかったの?リンドの町はもう無いって」
そう、あの時彼が示した町は国境にある町で、数日前の爆撃で無くなっていた。それでも僕が何も言わなかったのは・・・・・・・
「たぶんだけどね、彼は故郷が無くなったことを知ってたんだと思う。ついでに言うなら家族が生きていないことも。だから『死を覚悟している』なんて言いながら『すぐに君たちのもとへ行く』なんて付け足したんだよ」
「それにさ、ライラ。手紙っていうのは届くことだけじゃなくて書くことにも意味があるんだよ。届ける相手がいなければ意味が無いとかじゃなくて、届けたい言葉があるってことが大切なんだよ。その気持ちが手紙の届ける本当の言葉なんだよ。わかるかな?」
隣を歩くライラは小さく首をかしげる。
「わかんない」
「そっか。それじゃあいつかライラもわかる日が来るといいね」
小さいライラの頭をぐしゃぐしゃと撫で、支給されたジープへと乗り込む。
僕らは武装中立郵便局『ラ・レットルアルメ』。
戦場で命を散らす者の最期の声を届ける者。
大切な誰かへの言葉を紡ぐ者。
大切な誰かからの思いを伝える者。
いつだろうと、どこだろうと。
僕らを求める声がある限り、世界の果てだろうと僕らは向かう。