37話 これから
「美緒ー、大輔のお見舞いで来た。入るぞー」
10回以上ノックをした後、断ってからゆっくりと扉を開けると、美緒にしては可愛いらしい部屋で、けど当の本人が見当たらないので居ないのかと思った時、ベッドの上にある丸まった布団がある。
「美緒、今からベッドの傍に行くけど、それ以上は近づかない。嫌なら嫌って言えよ」
この問いに返されたのは無言だったので、ゆっくりと近づいてからヘッドに腰を下ろして、布団を見ない様にしながら、話し掛けてみた。
「ごめん美緒。こんな大事になって」
こう謝った後、長い静寂が続き、それでも黙り続けていたら、
「……………気にしないで。あなたの意見に私は同意して、現場に私もいた。ここで文句を言うのは筋違いよ」
ほんと、美緒は真っ直ぐだ。
好きなだけ文句を言っていい筈なのに、常に正しさと向き合っている。
そんな美緒だからこそ、放っておく事なんてできない。
「大輔の更生、全然ですまん」
「全くよ。合コンに行ったり、悪評が出回ったりで散々だわ。人を増やしたのに苦労が倍以上になるなんて意味が分からないわ」
「返す言葉もありません」
「……………でもあなたは、私の約束を守ってくれた。ずっと兄さんの傍に居続けて、同じ中学だった大月さんの口止めもしてくれて、何よりも最近の兄さんは、楽しそうだった。兄さんを笑わせるのは、私には出来なかったから、その部分は感謝しているわ」
「そっか。ありがとな」
「それに、この件で3日だけ木葉さん・大月さんと友達になれて、友達なんて低俗な馴れ合いにしか思えなかったけど、あの2人は、悪くなかったわ」
「……………………………ええっと、ならこれからも仲良くすればいいのでは?」
「無理よ。3日って約束だし、こんな面倒臭い女と一緒に居たがる訳ないじゃない。木葉さんのちゃん呼びは慣れれば平気だったし、私に色んな話をしてくれて、結構嬉しかった。それに大月さんのズバッと本音を言う姿勢も、結構好きだったわ。あと…」
「悪い美緒っ! それ以上言う前にこれだけは言わせてくれ」
「……………何よ、自分でも恥ずかしい事を喋っているのは自覚済みよ。今は本音を出し切ってスッキリしたい気分なの。それくらい察せないの?」
「いや、ほんとごめん! だけど、その、美緒は布団に丸まっているせいで見えてないのかもしれないけど、
……………ココに居るの、俺だけじゃないから」
そう伝えた後に長い長い沈黙が続き、それから美緒が布団の隙間からちょこっとだけ顔を出すと、ずっと俺の傍にいて静かにしていた木葉さん・大月さんと目が合った。
「成程、市ヶ谷のストーカー行為は美緒っち命令だったのか」
「じゃあ私達が友達になれたのって、美緒ちゃんのお蔭ですね。素敵です」
「違う。あなた達との友情契約は終わったわ。お帰り下さい」
そう言ってからガッチリと布団に閉じ籠っちゃったけど、2人がその布団に抱き付いて。
「駄目ですよ美緒ちゃん。私達はこれからもずーっと友達です」
「その友情契約はお試し期間、延長も可能」
「帰って」
「お話も、もっともーっとしてあげるからね」
「美緒っちのギャップ萌えはレベル高い。面白い」
確か昔の伝承で、弟の悪戯好きにウンザリした姫が洞窟に引き篭もった後、あの手この手で出そうとするって話(天岩戸)があったけど、こんな羞恥攻めもあったのかな?
そんな事を考えていたら、丸まっていた布団がパージされ、美緒に胸ぐらを掴まれてからドスの効いた声で。
「市ヶ谷真守、確か〝後で好きなだけ俺を殴っていい〟って約束をしたわよね?」
「いやいやいやっ! あれはあの時限定でもう時効だから! 勘弁して下さい!」
今の美緒なら、俺が泣いても殴るのを止めないだろう。
「やっと美緒ちゃんが出てきました。そのパジャマ、とっても可愛いですよ」
「ナイスツンデレ。やはり王道が一番」
「市ヶ谷真守、この状況に少しでも罪悪感があるのなら、私の質問に答えてくれるかしら?」
「はい喜んでっ!!」
ここからは選択肢を誤れば、即死確定の綱渡りだ!
そう覚悟してから、どんな質問がくるのかと身構えると。
「噂、どうなってる?」
「……………俺の噂なら鎮火して、もう誰もしてないと思うけど」
「違う、私の噂。兄さんが落下した現場で、醜態を晒した私の噂。包み隠さずに全て話しなさい」
「あー……。やっぱりそっちかー」
流石は美緒、昨日学校を休んだのにそこに気付くとは。
いや、もしかして気付いたからこそ、こんな状態になっているのかもしれない。
「ええっと、あの事件は女子を助けた大輔の武勇伝みたいな扱いで、ますます大輔の女子人気が上がって…」
すっ(美緒の右腕が上がる)
「白状しますっ! 大泣きした美緒のギャップに驚く人が多かったです。〝現場に駆け付けた妹が大泣き〟〝鬼の目にも涙〟って茶化す不届きな奴も居ました!!」
大輔の落下音は学校中に鳴り響き、そのせいで救急車が来るまでの間に野次馬が結構来てしまったので、大輔だけでなく美緒も有名人になってしまったのだ。この宣告に美緒が胸ぐらを掴む手を解いてから、静かに布団に戻り、また丸まってから、こう嘆いてきた。
「……………やっぱり。……………もうどの面下げて学校に行けばいいのよ。今も誰かがブラコンとか影で散々馬鹿にしているんだわ」
「いやいや妹が兄の心配して何が悪いんだよ! 美緒は間違ってないって」
確かにそんな事を言われるかもしれないけど、正しい行為を茶化せば周りもシラケる筈で、きっとすぐに収まる筈だ。
「美緒、暫くは辛いだろうけど、学校を休む方がマズいから耐えてくれ」
「それは分かってる。分かってはいるけど」
やっぱり理屈じゃ割り切れないか。
だけどこの反応なら今は駄目でも、明後日の月曜にはどうにか立ち直って…
「そうだよ美緒っち。もし月曜も学校を休んだら、二股疑惑に拍車がかかる」
「えっ? 大月さん、何それ?」
俺が知らないキーワードが出てきたんですけど。
「当事者の市ヶ谷は知らなくて同然。泣きじゃくる美緒っちを市ヶ谷が力強く抱き締めて、これはもう絶対に彼氏彼女の関係って騒いでいたら、市ヶ谷には合コンで出会った彼女がいるって話がでてきて、その事実を知った美緒っちはショックで昨日学校を休んだってシナリオになてる」
「何それ全部嘘っぱちじゃん!!」
「でもこの人が合コンで知り合った女だよね?」
大月さんが見せてきたスマホ画面には、七瀬さんの写真が表示されている。
「藤田かっ! この噂流したの絶対藤田だろっ‼」
あいつ俺の噂鎮圧に協力してくれたのに、なんつー手の平返しっ!!!
「私も周りから市ヶ谷君と美緒ちゃんはどうなの?って質問をされましたけど、2人はとっても仲良しですよって言っておきました」
「木葉さん!? 何であなたまで燃料投下してるの!?」
「でもあの日、市ヶ谷君が図書室になかなか来なかった時、美緒ちゃんが『あれが理由もなしに遅れるのはおかしい』って、真っ先に探しに行っていましたし」
「あの時は大袈裟だと思ったけど、ここまで話が大きくなるとは」
「ええっ? それ本当………………………、あっ!?!?」
すぐに丸まった布団を見てみたら、殺意の波動が駄々漏れ状態になっている。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!!!!
「市ヶ谷君、その七瀬さんを私は知らないですけど、美緒ちゃんの方がきっといいです」
「あと美緒っちが『おにいちゃん』って叫んでいたから、学校ではクールだけど、お兄ちゃんや市ヶ谷の前では甘々なキャラになっているのではという噂もある」
「2人共っ、お願いだからこれ以上美緒を刺激しなっ
この瞬間、丸まっていた布団から何かが飛び出した。
右肘を大きく振りかぶって。
それと同時に俺は両腕を下げて両脇腹ガード、更にバックステップで間合いも確保!
今度こそ回避し
ズボゴッ!!!!!!!!
「ごはっ!」
真正面からの、ボディ……ブロー……………
バックステップで肘鉄が空を裂き、空ぶった肘鉄からのカウンターも届かない間合いとなった筈が、肘鉄が振り抜かれた後、無限の弧を描く様な軌道となり、硬く握られた拳が真っ正面に伸び、バックステップの間合いを帳消しにする渾身のボディブローが、両脇腹のガードで正面がガラ空きとなった腹筋にめり込み、俺の胴体をへし折ったである。
美緒……、お前がナンバーワンだ………………………………
そうして俺は子供が興味を失った玩具のように投げ捨てられ、一切動かなくなりました。
「えええええええええええ、一体何が起こったんですか!」
「今、市ヶ谷が空中で海老みたいな形になった」
一瞬の惨事に2人が固まっている中、息を荒げている美緒が宣言した。
「こいつと私が修羅場? そんな訳ないでしょう。馬鹿らし過ぎて吐き気がするわ。そう思わない?」
「はっ、はい! そうですね!」
「ごめんなさい調子に乗りました。許して下さい!」
美緒の気迫に慄き、2人が頭を下げるのと同時に、部屋の扉が開かれて。
「皆さ~ん、ティータイムの準備ができま…、って美緒! またやったの!?」
「まもるうううううううううううううううう! また食中りなの?」
大輔は俺の傍で悲しみ、彩さんが美緒を叱る光景を見た2人は。
「また、つまりこの光景は初めてじゃないと」
「あ、あははははははははは」
「優奈、とりあえず5人で仲良くして、美緒っちは暫く見守る方向で」
「そうですね。市ヶ谷君と美緒ちゃんには、時間が必要みたいです」
そんなこんなで1時間後に目を覚ました後、楽しいティータイムが行われました。
その後に美緒から改めて『大輔の更生』を託されたので、全く進んでいないヘタレイケメン佐藤大輔の更生は、これからも続くのである。




