34話 感謝のキモチ
「お願いします。佐藤君の友達を辞めて下さい」
「それを答える前に、理由を聞いていい?」
放課後になり、勉強会で図書室に向かう途中、トイレに立ち寄ろうとしたら急に手を握られて、そのまま人気のない3階の空き教室に連行された後、懇願されてしまった。
相手は会った事もない普通の女の子だが、彼女が俺の噂を流した犯人だろう。
美緒のプロファイリングで断定済だし、この状況が何よりの証拠だ。
「あなたが佐藤君の友達として相応しくないからです。親切に警告してあげたのに、何故それが分からないのでしょうか? 理解不能です」
自分こそが絶対正義という物言いに気圧されてしまいそうだが、それはできない。
こっちにだって言い分はある。
「合コンの件なら反省してる。だけど最初は男子だけのカラオケって話だったんだよ」
「言い訳とは見苦しいです。仮にもしそれが真実だとしても、何故合コンと分かった時、佐藤君を逃がさなかったのですか? あなたが新の友達なら、そうしていた筈です」
「し、新の友達? いや、そうしたかったけど、断れない流れだった訳で」
「言い訳を重ねないで下さい!! 時間の無駄です!!!」
駄目だ。会話になってない。
これは1つでも落ち度があればそこをトコトン追求して、正当な事情があっても聞いてくれないタイプだ。
「分かった。合コンの件は謝る。ごめんなさい。だけどこれだけは言わせてほしい。どうして勉強会の写真まで使ったの? 俺達は本当に勉強会をしていただけで、大月さんと木葉さんは関係なかったのに」
この至極真っ当な抗議に、彼女は何かと思えばという溜息を出してから。
「少なからず佐藤君の傍にいて、そんな事も分からないのですか? 確かに佐藤君と彼女達との関わりは現時点ではありませんが、近い将来、あなたという媒体を通じて繋がる可能性があったので排除しました。佐藤君に彼女達は不要なので」
「なっ…………………………、何その理由?」
つまり大輔の未来を勝手に予想して、勝手に心配になったから、大月さんと木葉さんを貶めたって言う事なのか?
どうしよう。全然理解できない。
「あなたは知らないでしょうけど、私は中学校でずっと佐藤君を見守ってきたのです。2・3年でクラスが同じ、更に1年では同じ委員会、そして高校まで同じになった以上、これはもう運命です。だから私はこの運命に従い、彼の清らかな心を守るべく、近寄って来る女を影で排除すると誓ったのです! これこそが世界の真理であり、無償の愛です! 彼が私に一生気付かなったとしても、私は幸せであり、みんな幸せになれるのです!!」
こええええええええええええええええええっ!!!!!
何このカルト演説!!
てゆーかそこまで尽くすのに何で無償!?
大輔が好きだからって動機の方がまだ納得できるんですけど!!
そんなぶっ飛び理論で対話不能と悟るや否や、演説で興奮気味になった彼女が迫ってきて
「だから佐藤君にあなたは必要ないっ! 最近知り合った存在に佐藤君が理解できる訳がないのですっ!! だから今すぐ佐藤君から離れなさいっ!!」
「い、いや、確かに俺は大輔の中学時代は知らないけど、知り合ったのは最近じゃな…」
「ヘホェアアアアアアアアアアアア!! まだ分からないのですかっ!? つまり私はあなたとは違うのですっ‼ ユーノットアイフェバーーーーーーーーー!!!」
ヤバいヤバいヤバい!!
ガチで本当に怖い!!!
鬼気迫る勢いで窓際に追い詰められてしまい、これ以上のけ反ったら窓から落下しちゃうのに、今この状況から逃げ出せるなら飛び降りてもいいくらいの気分だ!
「さぁこれが最後のチャンスです!! 佐藤君と別れて自分を悔い改めますかっ!?」
ううぅ、女子相手に力尽くは駄目だし、だけどこんな歩くトラウマが粘着しているのを大輔が知ったら、絶対に引き篭もる!
てゆーか今晩俺の夢に絶対出てくるってこの女っ!!
もうどうすればっ、誰か助け…
「市ヶ谷真守から離れなさいっ!!!」
勢いよく空き教室のドアが開かれてから、美緒が叫んだ。
息を切らした汗だく状態で。
「勉強会に誘っておいて自分は遅刻なんて、いい御身分ね」
「悪い、急な呼び出しが入っちゃって」
こんな状況でも俺への叱咤が入った後、これは好都合といった様子で彼女が振り向き。
「佐藤君の妹さんですね。はじめまして。あなたからも言ってくれませんか? 市ヶ谷真守は佐藤君の友達として相応しくないので、消えてほしいと」
「美緒、彼女の意見は…」
「あなたは黙って下さい! 今の私は佐藤君の妹と話をしているのです! そんな事も分からないのですか⁉ 最近佐藤君と知り合っただけの存在が調子に乗って有頂天ですか!? そんな常識の欠片もないなんてどうかして…」
「常識がないのはあなたの方よ。〝山葉大吉鈴〟さん」
「そっ、その名前で呼ぶなあああああああああああああああああああっ!!」
あーあ、美緒の奴、躊躇なく名前を言っちゃったよ。
10回の転校で数々の出会いがあり、そして地味に沢山いたキラキラネームを数多く見てきたけど、彼らの捻くれ率は総じて高く、そして目の前にいる山葉大吉鈴さんは間違いなくキラキラの最前線に属している。美緒のプロファイリングで犯人特定がされてこの名前を見た瞬間、そんな引っ越しの思い出が過り、穏便に終らせる道を選んだのだ。
てゆーかここまで邪魔臭い大吉初めて見たよ!
鈴だけでいいじゃん!
日本人なのにダージリンってどういう事だよ!?
本人も名前を呼ばれて発狂しているし、きっと性格が歪んだのは彼女のせいじゃない。とにかく親が悪い。てゆーか今すぐ市役所に行って改名して下さい。
「自分の都合が悪くなった途端に騒ぐなんて非常識ね。あと、兄さんと市ヶ谷真守が知り合ったのは最近じゃない。小4からの仲よ」
と美緒が言った途端、山葉さんの熱が一気に冷めてしまい。
「……………………………………………………えっ? ……でも中学で見た事なんて」
「小4で転校したの。でも文通のやり取りはずっと続いていた。兄さんはこいつと親友なの。子供の頃からずっと」
この主張に、山葉さんが目線を下げてから
「嘘、うそ嘘嘘嘘ウソ嘘うソウそうそうそソソッソソソ‼」
壊れたスピーカーの様な叫び声に恐怖を覚えたけど、誤解でここまで暴走してしまった事を考えると、ハッキリ言って悲惨だ。
「本当よ。受け入れなさい」
「証拠はっ! 証拠あるのっ! きっと捏造よっ!」
「山葉さんっ! いくらなんでもその物言いは!」
流石にイラッとして抗議しようとしたら美緒に止められてしまった。
「ほら~~。ないじゃな~~~~い。嘘吐きは泥棒の始まりよ~~~~~~~~~」
うぜええええええええええ!
相手が女じゃなければ気兼ねなく殴れたのに!
そんな山葉さんの顔芸に苛立っていたら、美緒が深い深い溜息をついてから。
「証拠を示せばいいのね」
そう言って美緒が鞄を開き、一冊のノートを山葉さんに差し出した。
あのノートって、まさか。
「これは昔の日記で、市ヶ谷真守について書かれているわ。兄さんと一緒の写真もあるから、捏造だと思うのなら気の済むまで確認しなさい」
そうして山葉さんが読み出したのは、あの〝市ヶ谷真守・観察日記〟だ。
これは大輔と俺がずっと一緒にいた証であり、美緒がずっと俺を見てきた証でもある。
そして写真は、誰がどう見ても俺と大輔が楽しく遊んでいる様にしか見えず、見ている方まで楽しい気分になれる代物だ。
(おい美緒、何であの日記がココに? まさかこの状況が予測できたの?)
(そんな訳ないでしょう。………………ちょっと持ち歩いていただけよ。悪い? あれは私のノートよ。私の気まぐれに文句があるって言うの?)
(いや、ないです。結果オーライです)
やけに力強く食ってかかってきたので、大人しく退いておいた。
小声でそんなやり取りを美緒としていたら、念仏みたいな山葉さんの声が聞こえてきた。
「………違う違う違う違う違う違う違うちがウチがう」
「まだ納得できないの? じゃあ市ヶ谷真守、今すぐ文通手紙を全部持ってきなさい」
「違うっ! そもそもこの子供、佐藤君と全然似てないじゃないっ!!」
「あなたの目は節穴なの? 完全に同一人物でそっくりじゃない。それに兄さんは小5・6で急成長したのよ。成長期って言語を知らないの?」
「五月蝿い! これは絶対に嘘なの! だってもしこれが本当なら、私はどうすればいいの?こんな私に偏見を向けずに一度だけ優しくしてくれたあの思い出だけが宝物なの! そんな彼の親友を貶めていたなんて、今更認められる訳ないじゃない!!」
「過去の過ちが認められないから、これからも間違い続けるつもり? 支離滅裂、論理破綻もいいところね。正に滑稽だわ」
女の喧嘩って怖い。
だけど大輔の奴、ほんとお人好しというか、優しい奴だな。
何があったのかは知らないけど、きっと大輔は正しい事をしたのだろう。
自分はヘタレイケメンで、女子のトラブルに巻き込まれまくっていた筈なのに。
「山葉さん。今から大月さんと木葉さんを呼ぶから、謝ろう。それでもう悪評を流さないって約束してくれれば、それでいいから。噂の犯人が山葉さんってバレてないし、ここで謝れば全部綺麗に収まるから」
これで山葉さんの熱が完全に消えて、撃沈してしまった。
「おかしい、どうしてみんな幸せになってないの? 私は正しい筈なのに」
そうして山葉さんが茫然とする中、美緒がこちらを向いてきた。
「あなたはこれでいいの? 一番の被害者でしょ?」
「事が収まればそれでいい。それに責任追及って面倒臭いだけじゃん」
「甘いのね」
そうかもしれないけど、俺はこの件で沢山の事に気付けた。
だから山葉さんに感謝する訳じゃないけど、後味を悪くしたくないだけだ。
自分が変われたという、いい思い出にする為に。
「そういえば美緒、よく俺がココにいるって分かったな」
「……………分からなかったわよ。トイレに寄ると兄さんが行っていたから、1年の男子トイレを全部調べてから、怪しい場所を虱潰しに探しただけよ」
「おい美緒、勿論それは大輔に確認させたんだよな?」
「ええ、2つめ以降はね。勢いで1つ目は私が調べたけど。鍵が閉まっていた個室を1つ蹴破って、中にいた男子を驚かせてしまったのだけど、後で謝りに行った方がいいかしら?」
「いや、そっとしておいてあげて」
ん、待てよ?
じゃあ俺を探しているのは美緒だけじゃなくて、もしかしたら大輔がココに駆け付ける可能性も。そしてこの推理は間違っておらず、それから程なくして走る足音が迫ってきてから
「真守っ!! やっと見つけた!!!」




